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@mito70950481
SHARP PC-1251でコンピュータに触れて以来、主にメインフレームとUNIX系に戯れる人生。COBOLから各種Script言語まで分け隔てなくおつき合いっと...
Katılım Mart 2016
142 Takip Edilen30 Takipçiler
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60年前にソ連で途絶えた3進数コンピュータが、FPGAの上で蘇っている。
独立研究者が24トリットのRISCプロセッサ「5500FP」を実装。1965年以来、初の汎用3進数ハードウェアだ。
20MHzと遅い。だが同じ{-1, 0, +1}の体系を、AIのBitNetが効率追求の果てに「再発見」している。
美しいだけでは生き残れなかった技術に、初めて「実用」という味方がつき始めた。
note.com/joho_no_todai/…

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カリフォルニア州の新法が、Linuxを含む「すべてのOS」に年齢確認を義務づける。2027年1月施行。
違反すれば子ども1人あたり最大7,500ドルの罰金。
対応できない小規模OSのMidnightBSDは、カリフォルニア州民のデスクトップ利用を禁止するライセンス変更で応じた。
「子どもを守る法律」が最初に排除したのは、カリフォルニアの住民だった。
note.com/joho_no_todai/…
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最近のAi事情に驚く
最近気が付いたことであるが、各社のAiエンジンはそれぞれの独自の強みを生かそうとしている
GeminiはWEBをしっかり読んでいるし、僕のGmailも読んでいる
coPilotは僕のWindowsのパソコンファイルとクラウドディスクを読んでいるし
Grokは僕の最近のツイートを一発で読んでしまうし
ChatGPTはどんどん過激になっている
自分はもうすでに丸裸であるということに否が応でも気が付いた
ということは、自分が考えていることは、
アメリカ政府にみんな見られているのかと思うと、
なんか嫌な気分になる
だから、
これからはパーソナル、ローカルAiの時代になるだろう
そして、この市場はとてつもなく大きくなるだろう
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デジタル庁が「オープンソース化・OSS利活用に関する有識者検討会」とやらの議事録を公開したというので見てみたが、日本だけは本当に我々を舐めてるな。インナーソースを含めるなよ。我々とは何も関係ねーよ。政府がMetaみたいに僭称するなよ。委員もちゃんと止めろよ。
digital.go.jp/councils/procu…

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Linux敗北?「Loss32」が示すWin32最強説
Loss32・WINE・ABI・39C3
「Win32こそが、Linux上で唯一安定したABIである」。
この挑発的な命題を掲げ、デスクトップ環境すべてをWindows互換レイヤーで置き換える狂気のOS「Loss32」が39C3で発表されました。
なぜ開発者は「勝利」ではなく「敗北(Loss)」を名乗るのか。
その名に隠された、OS開発の不都合な真実と皮肉について解説します。
詳しくは返信欄で
#Loss32 #Linux #WINE #Technology
Win32 is the only stable ABI on Linux.

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優秀なエンジニアって、Linuxコマンドを呼吸レベルで使える人なんだな。
今の時代、若手はオンプレで泥臭く苦労した経験がない人も多くて、スピード感の差がすごい(自分も含めて)。
例えば、若手だとまずクラウドのコンソール画面やアラート一覧から眺めて迷子になりがちなところを、オンプレ世代のシニアは最初にDNSやネットワーク、OSのログから当たりをつけて、tcpdumpやdigを叩きながら5分で原因候補を絞っていく。
シェルやSQLはAIで秒で出せる時代だけど、「調べて打つ若手」と「昔書きまくって体で覚えて使いこなすシニア」ではまだまだ差が開いてる。
AIが吐いたクエリやスクリプトをそのまま流して様子を見る若手と、「このクエリはインデックス効かないな」「このワンライナーは失敗時のログが足りないな」と一瞬で書き換えられるシニアでは、障害対応のスループットがまるで違う。
オンプレからAWS移行が進んだらどうなるかわからないけど、現段階では「オンプレ世代の土台 × 現代クラウド × AI武装」までキャッチアップしてるシニア層の需要、めちゃくちゃ高い気がする。
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ひとつ分かりやすい見方を示すとすれば、
「楽器が演奏者を助ける」のが、A: 一流とされる楽器
「演奏者が楽器を助ける」のが、B: 一般的な楽器
ではないかと思います。
演奏家にとってこの差はあまりにも歴然です。
しかし今回のB「趣味で音楽を嗜むレベル」の楽器の場合、奏者が無意識(?)に楽器を“助ける”方向へ意識を向けるため、結果として全体を聴くと演奏が良く聴こえる、という現象が起こりやすく、その結果、多くの方がBを選んだのではないかと感じました。
また、A・Bで「全く同じ弾き方で」「分かりづらいように」といった番組側から奏者側への明確な意識統一が求められないことも、判断をより難しくした要因のひとつだと思います。
(個人的には、面白い展開を期待しながら弾いていました🫢)
「名器は弾きこなすのが難しい」といった言いまわしがありますが、この表現はある意味では正しい一方、楽器を弾かない方にとっては誤解を招きやすいのでは、と感じています。
感覚的なことなので個人差はありますが、多くの場合、一般的な楽器では実現が難しい音色であっても、名器では求めた音色を(比較的)容易に形にすることができます。
一方で、名器はポテンシャルが非常に高いため、多くの楽器で早々に訪れる“限界値”に到達することがなく、自分の中になかった音色の引き出しや、新しい発見を日々もたらしてくれます。
(過去に2年ほどストラディヴァリウスを弾かせていただいていた経験などから)
その分、選択肢が増え続けるという意味での難しさは確かにありますが…私にとっては「名器は到達点が見えない楽器」という表現の方がしっくりきます。
因みに、価値や価格が高くなくとも能力の高い楽器は確実に存在し、楽器の価値と能力が必ずしも比例するわけではありません。
質問を多くいただいたので、あくまで個人的な意見ですが✍️
#芸能人格付けチェック
#格付けチェック

東 亮汰 Ryota Higashi@HigashiRyota_Vl
ABCテレビ・テレビ朝日系「芸能人格付けチェック2026お正月スペシャル」 チェック3「弦楽八重奏」に出演させていただきました🎻 見つけてくださった皆さま、ありがとうございました😊 (終了まで告知NGでした🙏) 今回の一流楽器はなんと総額102億4000万円…!! 大波乱の展開でこちらまでもらい泣き😂 皆さんは正解できましたか?👀 #芸能人格付けチェック #格付けチェック
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システム標準化の方にスポットを当てた記事は少ないので貴重ですね!
【キホンのキ】ガバクラではどんなシステムが動いているのか qiita.com/shimo_govd888/… #Qiitaアドカレ #Qiita
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COBOL云々の話が出てきたので、少し思うところを。
実際のところ、COBOLはよくできた言語で、今でも現役でいられるのはなかなかすごいと思う。
COBOL技術者がJavaになじめなかった理由としては、「パラダイムシフトだ」とか「オブジェクト指向だからだ」といった説明がよく挙げられる。
しかし、僕は データ管理の方法の違いこそが本質 ではないかと考えている。
僕自身はCOBOLの実務経験がないので伝え聞いた話が中心になるが、COBOLはとにかく データを“桁”で厳密に扱う思想 が強い。これは固定長データとの相性が驚くほどよく、むしろ データ定義そのものがCOBOLの主役 と言ってよい。
「データが決まれば処理が決まる」
――そんなコンセプトがCOBOLの根底にあるのだと思う。
当初のコンピューター環境はリソースが極めて限られており、一度に扱えるデータは可能な限りコンパクトである必要があった。
桁での厳密なデータ定義は、この制約と見事に噛み合っていた。加えて、当時の業務システムは SOR(System of Record)型 で、扱うデータの構造は最初から明確だった。
標準化された銀行間取引用データなども固定長レイアウトが主流で、COBOLにとっては非常に都合がよかった。
しかし、桁による厳密なデータ管理には弱点もある。
・設計確定の時期を後ろに延ばしたい というプログラマの本質的欲求と相容れない
・データ構造の変更・追加に極端に弱い
特に前者の弱点は、社会全体で「システム化」を進める際に致命的だった。“厳密すぎる”設計は学習コストが高く、人材供給の課題と直結していた。
その結果、業界は厳密さの一部に目をつむり、
データを桁で持つのではなく、“型”に基づく参照で扱う言語(Javaなど) へと移行していった。
コンピューターのリソースが指数関数的に増え、多少の冗長さを許容できるようになったことも追い風だった。
やがて、国際決済網や保振のデータ規格も
固定長 → 可変長(XMLやISO20022など)
へと移行していった。この時点で、COBOLの最大の強みであった「桁を基準とした固定長データの扱い」は弱点へと転じてしまった。
本来であれば、この時点でCOBOLは歴史的な役目を終えていてもおかしくなかった。しかし、そこで立ちはだかったのが “膨大なCOBOL資産” である。
その物量ゆえにCOBOLは淘汰されず、
XMLなどの可変長データを受け取って Java 等の処理系でCOBOLが想定している固定長データへ変換する仕組み(逆方向も含む)を用意することで吸収していった。
こうして、可変長データが標準となった以降の時代においても、COBOLは変換レイヤーに支えられながら 今日まで生きながらえている のだと思う。
ここで話を「なぜCOBOL技術者はJavaなどに移行しにくかったのか」に戻すと、理由はオブジェクト指向やパラダイムそのものの問題ではない。
COBOLが持っていた“厳密なデータ観”と、Javaをはじめとする“型と参照による緩やかなデータ観”が根本的に相容れなかったからだと僕は思う。
これは、Javaで育った僕が動的型付け言語に触れたときに、どこか「品質が維持しづらい」「不安がある」と感じてしまうことに近いのだろう。
文化として身に染みた前提が違えば、それを壊す方向の技術には本能的な抵抗が生まれる。それが「型」であれば、動的型付け言語に「型のような仕組み」を後付けすることで違和感を吸収できるが、
COBOLが前提にしていた 固定長/桁基準の厳密なデータ観 は、可変長へ移行する際にそのまま引き延ばすことができない。データ構造そのものが哲学的に異なるからである。
つまり「パラダイムシフトについていけなかった」という言説は、クラスや継承といったオブジェクト指向の概念が難しかったからではなく、“データをどう捉えるか”という文化的で深い部分の違和感と嫌悪感 こそが最大の障壁だったと個人的には思っている。
そして最後にもうひとつ。
文化による「えり好み」は、本来職業プログラマにはとても不利に働く。
新しい言語にしか市場がないのなら、移行を拒めば失業に直結してしまうからだ。ただし、COBOLには前述した「巨大な資産」があった。
その保守には莫大な予算がつき続けたため、
COBOL技術者は結果として 「移らない自由」 を持つことができたのだ。
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