クラッシック音楽エピソード

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@mk9aa7m2

No Life!No Classical Music!中学受験国語、社会を指導している塾講師、家庭教師です。アマチュアオケ大好き💕このアカでは、意外に知られていないが是非残したいクラッシック音楽ジョークやエピソード、名言、コンサートやCDの感想を呟きます👍著書3冊。「やさしい中学社会歴史・地理・公民」(学研プラス)

東京 Katılım Mayıs 2011
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【小澤征爾がオーマンディから盗んだもの⁉️】 トロント響の音楽監督時代は、オーマンディに気に入られ、フィラデルフィア管に良く客演していて、その時はオーマンディのオフィスを使わせてもらっていた。ある時、引出しを開けると素晴らしい特注の指揮棒が10本くらい入ってた。黙って3本ほど持ってきてしまった。これがオーマンディの秘書にバレて、叱られた。後日、オーマンディは、どこに注文すれば良いか教えてくれた(小澤征爾)
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【小澤征爾が語るサイトウ・メソッドの真骨頂】 本番のときにどう振るかなんてほとんどどうでもいいんです。どうでもいいと言い過ぎだけど、まあそんなに大変なことじゃない。それとは別に、練習のときにオーケストラを仕込む技術、つまりオーケストラを仕込むための棒の振り方というのがある。これがいちばん大事なんです。僕はそれを斎藤先生から教わりました。そういうところはね、僕の場合、最初からまったくぶれがないです。まあ年齢とともに少しは変わったんだろうけど、基本的には変わらない。そう思います(小澤征爾)
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【小澤征爾、トロント交響楽団を鍛える】 1965年に、私(小澤征爾)が音楽監督に就任した当時のトロント交響楽団の水準は、あまり良くなく、メンバーをずいぶん変えました。恨まれながらね。コンサート・マスターまで変えちゃった。その人は僕の家まで文句を言いに来ましたよ。玄関まで。でもそのとき僕が新しくした連中が、今でもちゃんと残っています(小澤征爾)
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【小澤征爾と村上春樹が語る小澤の4種の「幻想」】 トロント(1966)〜小澤征爾はまだ三十一歳で、傾向としては『前へ前へ』というパワフルな演奏ですね。さっきも言った ように、音楽がたなごころの上で跳ねて踊っている。 ボストン(1973)〜第四楽章のファゴット、ティンパニーにトロントとの実力差を感じる。小澤も音楽監督として、ボストンの質を上げようと、細部にまでこだわった。最高のオーケストラを得て、手のひらに音楽を包んで大事に熟成させているという感じがあります。 サイトウ・キネン(2007)〜その包んでいた手のひらを少しずつ開いて、音楽に風を通し、自由にさせているという印象を受けるんです。音楽そのものに自発的な余地を与えるというか。外に出ていくのなら出ていけばいいというような。ひとことで言えば自然体に近くなっているのかな。BSOの時みたいに細部にあまりこだわってない。また、肩を壊したため、昔みたいに手が動かない。 サイトウ・キネン(2010)〜オーケストラの自発性がさらに大きい。
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茂木大輔
茂木大輔@mogimogimogigi·
@mk9aa7m2 プッチーニと似てますよね?とかねがね思ってました。
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【フルトヴェングラーのカラヤンへの嫉妬】ウィーン・フィルのオットー・シュトラッサーは、1940年代の末、楽友協会でのレコード録音のさいに、フルトヴェングラから呼び止められたことを憶えている。顔を真っ赤にして興奮したフルトヴェングラーは、「カラヤンのレコードのどこがそんなに特別で、批評家や大衆に人気があるのか」と訊ねたのだった。 「質問があまりにあけすけだったので、私は最初面喰らいました。でも、すぐに気を取り直して、あなたの長所――感情の激しさ、音の美しさ、みごとな盛り上がり――が、レコードでは充分に伝わらないのに対し、カラヤンの特徴である鮮明さや正確さは、レコードでも百パーセント再現されるからではないでしょうかと、答えたのです」(オットー・シュトラッサー)
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【カラヤンとフルトヴェングラーの確執〜「悲愴」事件】 ポリドールは大きな企画をカラヤンに提案した。チャイコフスキーの交響曲第六番をベルリン・フィルハーモニーと1939年4月に録音する企画である。これがまた、フルトヴェングラーとの関係を悪化させる火種となった。というのも、フルトヴェングラーが同じオーケストラとエレクトローラ/HMVで録音したばかりのレコードに、ポリドールが対抗しようとしていることは明らかだったからである(リチャード・オズボーン)
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【「奇跡のカラヤン」執筆者の運命】 「奇跡のカラヤン」執筆者のフォン・デア・ニュル自身は、批評にかんして公式な譴責を受け、フルトヴェングラーにはいっさいかかわらないよう警告された。しかし、フルトヴェングラーのほうは彼を目の敵にしつづけた。そんなわけで、フォン・デア・ニュルが徴兵されたとき(後にポツダム付近で戦死)は、フルトヴェングラーが裏で手をまわしたのだという噂が流れた。これが意地の悪い冗談なのか、意図的な誤報なのかは見極めがたい。本来馬鹿げた作り話だったが、こうして魔女狩りに手を貸しはじめたフルトヴェングラーも、当然ながらその報いを受けることになった(リチャード・オズボーン)
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【「奇跡のカラヤン」に対するフルトヴェングラーの反応】 「奇跡のカラヤン」は、カラヤンとサバタ、フルトヴェングラーを同列に扱い、カラヤンが暗譜で「トリスタン〜」を指揮したことなどをたたえた。 これに対して、フルトヴェングラーは1940年に書いた「手記」で次のように反論している。 「彼らが国立歌劇場指揮者 X(カラヤン)をサバタと同列に並べたとしても、サバタを傷つけるわけではない。だが、彼らは芸術を裏切り、傷つけ、大衆を惑わせた。彼らが暗譜で指揮をする技術といった表面的な資質を過大評価するなら、彼らは芸術性のかわりに勤勉性を讃えることになる。彼らは、いつの世にも絶えることのない愚かな連中、コンサートホールにいながらサーカスを恋しがる人びととみずから肩を並べたのだ」(フルトヴェングラー)
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【1938年「奇跡のカラヤン」記事の見出し部分】 ティーティェン顧問官の快挙 国立歌劇場に奇跡のカラヤン 『トリスタン』の指揮者に鳴りやまぬ拍手 三十歳のアーヘン歌劇場音楽総監督、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、昨夜国立歌劇場の客演指揮者として二度目の公演をおこなった。彼はワーグナーの難曲『トリスタンとイゾルデ』の指揮に成功し、今日におけるドイツ最高のオペラ指揮者、フルトヴェングラーおよびデ・サバタと肩を並べることとなった(エトヴィン・フォン・デア・ニュル)
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古野悪太
古野悪太@dZuyW1A2XT42733·
@mk9aa7m2 私が以前、返信に書いたエピソード ですね。 細かい箇所がいろいろ形を変えて 語り継がれているようです。🤣
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【カラヤン&ウィーン国立歌劇場1937年の「トリスタン〜」】 「リハーサルは3回という約束だった。 だが、ウィーンに着いたとき、駅に出迎えたオーケストラの幹部から、プログラムが変更になったのでリハーサルは2回しかできないと言われた。 さて、私(カラヤン)は3日間ピアノで歌手に稽古をつけた――これがまたひと苦労だった。イゾルデ(アニー・コネツニ)が、稽古はそっちのけで自分にきた手紙を読んでいたのだ。 そして別の幹部がやって来て、オーケストラは1回しかリハーサルできなくなったと言う。もちろん私は地方出の若い楽長だし、面倒など引き起こしたくなかったから、私は承知した。 最後に何人か奏者が会いに来てこう言った。『たった1回のリハーサルじゃ、なにもできません。リハーサルなどやめましょう。そのかわり約束します。本番のときはマーラーが指揮したときみたいに真剣にやりますから』」 ぶっつけ本番の演奏の出来は素晴らしく、1938年ベルリンでの「奇跡のカラヤン」を思わせるものだった。
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【カイルベルトとモットルの最期】 孤独好きの読者家カイルベルトと内気な仕事の虫カラヤンは、生年が同じで親友だった。 1968年6月にカイルベルトはミュンヘンで、『トリスタンとイゾルデ』の公演中に倒れ、そのまま息を引き取った――「静かなパッセージで、緊張が頂点に達するときだった」と、カラヤンはのちに私(オズボーン)に語った。 それをきっかけにカラヤンは指揮者の内部に生じるストレスについて、医学的な研究をはじめている。 カイルベルトの死にかんして不気味なのは、カイルベルトと同様にカールスルーエの音楽監督だったフェリックス・モットルもまた、1911年6月にミュンヘンで『トリスタンとイゾルデ』の公演中に死去していることだ。 「しかもだ」とカラヤンは驚きを隠せぬ様子で言った。「カイルベルトは〈モットルのように『トリスタン』を指揮しながら死にたい〉と口ぐせのように言っていたんだ。」(リチャード・オズボーン)
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【下積み時代のカラヤン】 1960年代に汽車でカラヤンとベルリンフィルはドイツ国内を演奏旅行した。汽車がオーバーハウゼンに停車したとき、カラヤンは座席に身を沈めると、吐き捨てるように言った。「こんな町にさえ、断られたんだ!」彼の気持ちを引き立てようと、ツアー・マネジャーのエーリヒ・ベリーは明るく言った。「電話をしてみたらどうです? いまならたぶん雇ってくれますよ」。その言葉にカラヤンは心底愉快そうに笑い、その後は旅のあいだじゅう上機嫌だった(リチャード・オズボーン)
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【カラヤンが汽車と鉄道の駅が嫌いな訳】 1934年、カラヤンはウルム市立劇場を解雇された。そこで、彼は職を求めて各地の劇場に向けて、ベルリンを金曜の夜に発ち、土曜の夜の公演チケットを予約し、劇場の担当者に愛想をふりまいたが、どの劇場でも相手にされず、日曜にはベルリンに戻ることを繰り返した。カラヤンが終生汽車と鉄道の駅を嫌うようになったのはこの時期からだった(リチャード・オズボーン)
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阿部晋二
阿部晋二@rxij9·
本日は私の誕生日ですが、今年はピアノ指導者生活40周年となります。 これからも更に飛躍して、多くの方々のために生きていきたいと思っております。
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