んべえ
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んべえ
@nbee711
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20歳そこそこの若い頃って、とにかく世界を見たくて「海外へ行くこと」自体が目的になりがちやん?でも、いざパスポートを持って3カ国、5カ国と海外を巡るうちに、現地で出会った40代や50代の知的で旅慣れた外国人から「京都のあの寺の庭園は素晴らしいよね」とか「日本のあの地方の文化はどうなんだ?」って突っ込まれた質問をされて、絶句するんよな。 彼らは日本に2回や3回旅行に来ただけやのに、日本人である自分が25年、30年と日本で生きてきて一度も足を踏み入れたことがない土地の歴史を、びっくりするほど解像度高く語ってきたりする。その時、英語が喋れんこと以上に、「自分の国のことを何も語れん自分」の薄っぺらさに、胸がキリキリ痛むんよ。

本に書き込む派と、本は綺麗なまま保つ派。前者は本を「思考の道具」として扱い、後者は本を「作品そのもの」として扱っている。 同じ読書でも、本の位置づけが根本的に違って…

既に、タブレット導入後から小学校のあちこちで学級がぶっ壊れ始めてますので、遅いです。

フランス人が日本に警告してる。 「今フランスは毎年40万人以上 移民を受け入れてます。 8%でもうぐちゃぐちゃです。 女性子供は1人で夜歩けないです。」 先に失敗した国の警告に 本気で耳を傾けるべきじゃないか?

翻訳文学を読むとき、原文の言語を知らないまま「この訳文が上手い」と評価するのは、本当に妥当な判断なんだろうか? 自分たちが褒めているのは原作者の筆力なのか、翻訳者の日本語力なのか、案外曖昧なまま読んでいる気がする。

