ねこてつ🐾
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この発信は、安全保障上最大のリスクです。 国営に意味のない人気取りイベントへの出席を控え、日中に資料を読み、会議を済ませてください。 日本で最強の指揮権を無駄にすることなく、組織を指揮して国務を遂行して下さい。 6-8時間睡眠をとり、正常な意思決定ができるようにしてください。





7月に入ってからの土日は、公邸で『骨太方針』『日本成長戦略』『地域未来戦略』に関する分厚い資料を早朝から深夜まで読み続け、2週目は与党審査で加筆修正された部分を熟読検討するなど、高市内閣が初めて骨太方針や概算要求段階から関われる令和9年度予算や本格的に取り組める中長期の成長戦略に向けて、半端ない情熱を注いでいました。 併せて、先週末までは、週明けの国会答弁に備えた資料読みやペン入れなどもあり、書類の山と格闘して過ごしていました。 この土日も、閣議決定を目前に控えた3本の文書の最終案を再度読み込んだり、数千通も溜まってしまったメール処理で今日(月)の明け方まで仕事に追われていましたが、今日の海の日の午後は、私的に使える貴重な時間になりました。 平日は、公邸に戻ってから、風呂掃除、入浴、夕食、夕食後の洗い物、洗濯、簡単な掃除まででプライベートな時間は精一杯で、後の深夜時間帯は明け方まで官邸から持ち帰りの資料読みや国会答弁資料読みに追われます。 今日のお休みは本当に有難く、久々に5時間も睡眠を取れた上(総理就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化)、昼からは、手付かずだった大量の洗濯後のハンカチやインナーのアイロンかけと、お裁縫(スカートの裾のほつれのまつり縫いやジャケットの緩んだボタンの補強)を一気に処理。 私は特にアイロンかけが下手で時間がかかるので、つい先延ばしにしていた結果、スーツに合わせるインナーが殆ど無い状況に。 これで会期末までのハンカチとインナーを確保でき、明日から又、頑張れます!


こんな見出しだしたら地獄のミ〇ワみたいになっちゃうだろ!! っかぁーー!!寝てねぇわー!! 総理の働き方改革はいかに! 総理の足を引っ張る秘書! 無能な側近!高市総理の悲哀! みたいな見出しにしろ!! 高市さんを守れ!!!💢 #高市応援団


【なぜ高市首相は「アイロンがけ」を語るのか】JVL | 7.21 不思議な発信です。 国家予算、外交、安全保障を担う最高意思決定者が、自らのSNSで、睡眠不足や家事の苦労、インナーのアイロンがけやスカートのまつり縫いについて細かく語る。 伝統的な政治指導者像から見れば、かなり異例です。しかし、政治コミュニケーション論やポピュリズム研究の枠組みを使えば、この言動は理解できます。 これは「政治的真正性(Political Authenticity)」、なかでも「日常性(Ordinariness)」「不完全さ(Imperfection)」「告白(Confession)」を通じた自己呈示として読むことができます。 国家予算という国民から遠い仕事と、アイロンがけという極めて身近な家事を同じ文章の中に並べる。 その瞬間、国家の最高権力者は「雲の上のエリート」から、「私たちと同じように仕事と家事に追われる普通の人」へと姿を変えます。 「私は特権階級ではない」 「私は皆さんと同じ苦労を知っている」 「私は不器用だが、懸命に働いている」 こうしたメッセージによって、権力者と有権者の心理的距離を縮め、エリート批判をかわし、共感を調達する。 現代のポピュリズム的な政治コミュニケーションにおける定石の一つです。 さらに、「睡眠時間を削って国事に奔走し、家事まで自分でこなす」という物語は、勤勉、忍耐、自己犠牲を重んじる支持層に対して、「私は誰よりも国家のために身を削っている」という強いシグナルになります。 政策の成果ではなく、仕事の過酷さを見せる。 何を実現したかではなく、どれだけ頑張ったかを見せる。 支持者との感情的な結束を強めるうえでは、有効な手法でしょう。 同時に、この種の発信は、政策批判に対する予防線としても機能し得ます。 「私はこれほど働いている」 「眠る時間さえない」 「決して怠けているわけではない」 こう語ることで、政策に遅れや失敗が生じても、評価の焦点を「政策判断の妥当性」から「本人の努力と献身」へと移すことができます。 経済政策は妥当だったのか。 国民生活は改善したのか。 外交と安全保障は安定したのか。 市場や企業から信頼を得られたのか。 本来、問われるべきなのはこちらです。 ところが、「頑張っている首相」というナラティブが強くなるほど、「結果を出している首相なのか」という検証は後景に退きます。 トップが自らの苦労を繰り返し語らなければならないとすれば、それは政策の成果だけでは支持を維持できない政治状況の表れです。 苦労話によって支持をつなぎ留める段階に至ったのであれば、首相が考えるべきは、さらなる自己犠牲の演出ではありません。 自らの統治の成果と限界を正面から検証し、国民に進退を問うことではないでしょうか。 #政治コミュニケーション #ポピュリズム #政治的真正性 #SNS政治 #政治学

