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13億人〜 ウィリアム・ヤン 誕生日オフ(エア)🎂 実施日:5/13 各自、朝起きたら心の中で 「お誕生日おめでとう」 とアメリカ方面に向かって唱えること! 以上!













■ ペダル・自己表現のバランスについて 🎤「ペダルについて教えてほしい。世の中には"ペダルをかけすぎたショパン"がたくさんあるし、今回のコンクールでも明らかにそういう演奏があった。でも君のペダリングは、とても精密で、まるで外科手術のように正確だった。」 William「そうですね。私自身、若い頃はペダルをかけすぎていました。でも技術が発達してくると、"ペダルをあまり使わなくても十分きれいに響かせられる"ということに気づくんです。そしてペダルを控えめにすると、音楽が本来持っている明瞭さが生まれて、作品そのものが語りたいことがよりよく聞こえるようになる。"ペダルをかけすぎたショパン"の演奏は本当に多いので、私はむしろ軽いペダリングのショパンのほうが好きです。」 🎤「そして、自己陶酔的なショパン、つまり自分を表現することに重点を置いたショパン演奏というのは、芸術作品への向き合い方として唯一の方法ではないよね。では、君が演奏しているとき、それは"ウィリアム・ヤンという人間が自分を表現している"という感覚なのかな?それとも別の何か?君の演奏のどこに"君自身"がいるのか、教えてほしい。何が"ウィリアムの演奏"を形作っているんだろう?」 William「いまの時代は、とにかく目立とうとする傾向がすごく強いと思うんです。そのせいで、音楽的に、あるいは身体的な動きの意味でも、派手なことや、過剰な表現をする人が多くなっている。でも私は、そういうものを必要だとは感じません。音楽そのものが本来とてもよく語ってくれるし、きちんと演奏されれば、そのままで十分伝わると思っています。そしてあまり語られないことですが、演奏家がステージに立つためにはある程度のエゴが必要なんです。もし自信がなければ、あの強いプレッシャーの中で簡単に押しつぶされてしまう。"自分の演奏には聴く価値がある"と自分で信じられなければ、ステージには立てないし、その気持ちが演奏に悪く反映してしまうと思います。」 🎤「 誰かが"君の演奏を聴きたい"と思っている、と信じなければステージには出られないよね。」 William「その通りです。自分の演奏が"聴くに値する"と思えていないと、それはそのまま演奏に現れてしまいますし、良い方向には反映されません。」 🎤「でも君の演奏には、"エゴ"と"無私性"の両方があるんだよね。自己肯定と、自己を消す姿勢、その両方。一見すると矛盾しているように聞こえるけれど。」 William「まさにその通りです。譜面に忠実であるよう最大限努めていますが、もちろん常にそうできているわけではありません。判断ミスで外れることもありますし、逆に意図的に外すこともあります。特にペダルに関しては、ショパンが書いたペダル記号の多くが現代のピアノにはそのまま適用しにくいと感じていて、そこは強く意識して調整しています。」 🎤「 あるいは、そもそもショパンが何を意図したのかを解釈するのが難しい、ということでもあるよね。」 William「本当にその通りなんです。」






