
加藤隆生
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加藤隆生
@ohoho1974
株式会社SCRAP代表取締役。リアル脱出ゲームを作っています。 最新作!「カミとミコ」 最近作った「謎の館からの脱出」「77不思議脱出」「夜の幽霊アパート」 ロボピッチャーというバンドもやっています。 ロボピッチャー https://t.co/ZkEpFqpNOL










【謎解きゲームにおける「よい難易度」とは?】 「カミとミコ」が発売されて、ちょうど一週間が経った。 僕はこの一週間ずっと、そわそわとSNSを追い続けた。 ひとまず、届くべき人に届き、動くべき感情が動いているようでほっとしている。 特に僕が注目していたのは「難易度」についての感想だった。 この難易度ってやつに悩まされたことのない謎制作者はいないだろう。 適切な難易度の定義は人によって違うし、地域によっても時代によっても変わる。 同じ謎を出しても、ある時は「難しすぎる」といわれ、ある時は「簡単すぎる」といわれる。 完璧な難易度なんて、この世界にはきっと存在しないのだ。 僕の「よい難易度」の定義は、「解けなかった人が嫌な気分にならない」ことだ。 難問を解けた人が気持ちいいのは当然なので、一旦おいておく。 重要なのは、解けなかった人がちゃんと納得してくれるかどうか。 僕が作るゲームはすべてこの基準で作られているし、僕がSCRAPのゲームを監修するときもこの基準でやってきた。 当然「カミとミコ」に関しても、難易度の調整をし続けた。テストプレイで意見が出るたびに、謎を変え、セリフを変え、キャラの動きを変え、グラフィックを変え、文字の出るタイミングを変え、ウィンドウを変え、音楽のボリュームを変えた。 僕は最後の半年間、ずっとその整理をしていたような気がする。少しでもスムーズな方へ。誤解のない方へ。物語を邪魔しないほうへ。ストレスなく遊べる方へ。 その結果、ある種の人たちは「カミとミコ」を単純で簡単なゲームと思うかもしれない。 僕の意図以上に「難易度が低い」と思う人もいるかもしれない。 それでもまあ良いや、と僕は思った。 結局のところ、すべての人にとって完璧な難易度はないのだし。 僕が一番よいと思う難易度で作るしかない。 そもそも、このゲームにはとても大きな謎が隠されていて、その謎をヒントなしで解き進めるのは相当難しいはずだ。どうすれば乗り越えられるのかわからない困難が待っていて、それを驚くべき方法で解決しなくてはならない。 その驚きは物語に寄り添いながら、どんどん大きくなっていく。 つまりこれは、このゲームの物語にとって最も良い難易度で、この物語を進める人の感情を最も動かす難易度で、解けなかった人が不愉快になることがない難易度だ。 僕は最後の最後まで調整をして、僕が思う完璧な難易度で「カミとミコ」を世の中に送り出した。 それから一週間の時間が流れて。 答えていただいたアンケートや、SNSに流れる言葉をむさぼるように眺め続けて、考え続けて、僕はある場所の難易度をほんの少しだけ変えることにした。 あのシーンのあの場所に、あと少しだけ滞在してほしいと心から思ったから。 グラフィックは変わらない。 文字は一文字も変わらない。 でも、ある場所の「ある色」を少し変えるだけで、難易度はおそらく数分ぶんだけ上がる。 難易度が上がることで、今よりあと数分、物語の中に留まることが出来るようになる。 その数分でゲームの満足度が劇的に変わることはないけど、自分の中でゲームを反芻するときの言葉がきっとほんの少し変わる。 このゲームのことを人に話す時の言葉が、今より少しだけ鮮やかになる。 そんな難易度調整をしてみました。 すでにクリアしている方は、超高難易度の間違い探しをするような気持で、どこが変わったのかを探してみてください。 ヒントは「あのシーンのあの色が、他と同じになっています」 このヒントだけでわかる人もいるかもな。 イベントもゲームも、生き物のように変化していく。 おかしなところがあれば修正するし、もっとよくできるところがあるならよくしていく。 難易度がほんの少し変わるだけで、ゲーム全体の明度がぐっと上がったりもする。 そんな風に僕は、ずっと「カミとミコ」と共に生きています。 realdgame.jp/s/kamitomiko/ #カミとミコ

【謎解きゲームにおける「よい難易度」とは?】 「カミとミコ」が発売されて、ちょうど一週間が経った。 僕はこの一週間ずっと、そわそわとSNSを追い続けた。 ひとまず、届くべき人に届き、動くべき感情が動いているようでほっとしている。 特に僕が注目していたのは「難易度」についての感想だった。 この難易度ってやつに悩まされたことのない謎制作者はいないだろう。 適切な難易度の定義は人によって違うし、地域によっても時代によっても変わる。 同じ謎を出しても、ある時は「難しすぎる」といわれ、ある時は「簡単すぎる」といわれる。 完璧な難易度なんて、この世界にはきっと存在しないのだ。 僕の「よい難易度」の定義は、「解けなかった人が嫌な気分にならない」ことだ。 難問を解けた人が気持ちいいのは当然なので、一旦おいておく。 重要なのは、解けなかった人がちゃんと納得してくれるかどうか。 僕が作るゲームはすべてこの基準で作られているし、僕がSCRAPのゲームを監修するときもこの基準でやってきた。 当然「カミとミコ」に関しても、難易度の調整をし続けた。テストプレイで意見が出るたびに、謎を変え、セリフを変え、キャラの動きを変え、グラフィックを変え、文字の出るタイミングを変え、ウィンドウを変え、音楽のボリュームを変えた。 僕は最後の半年間、ずっとその整理をしていたような気がする。少しでもスムーズな方へ。誤解のない方へ。物語を邪魔しないほうへ。ストレスなく遊べる方へ。 その結果、ある種の人たちは「カミとミコ」を単純で簡単なゲームと思うかもしれない。 僕の意図以上に「難易度が低い」と思う人もいるかもしれない。 それでもまあ良いや、と僕は思った。 結局のところ、すべての人にとって完璧な難易度はないのだし。 僕が一番よいと思う難易度で作るしかない。 そもそも、このゲームにはとても大きな謎が隠されていて、その謎をヒントなしで解き進めるのは相当難しいはずだ。どうすれば乗り越えられるのかわからない困難が待っていて、それを驚くべき方法で解決しなくてはならない。 その驚きは物語に寄り添いながら、どんどん大きくなっていく。 つまりこれは、このゲームの物語にとって最も良い難易度で、この物語を進める人の感情を最も動かす難易度で、解けなかった人が不愉快になることがない難易度だ。 僕は最後の最後まで調整をして、僕が思う完璧な難易度で「カミとミコ」を世の中に送り出した。 それから一週間の時間が流れて。 答えていただいたアンケートや、SNSに流れる言葉をむさぼるように眺め続けて、考え続けて、僕はある場所の難易度をほんの少しだけ変えることにした。 あのシーンのあの場所に、あと少しだけ滞在してほしいと心から思ったから。 グラフィックは変わらない。 文字は一文字も変わらない。 でも、ある場所の「ある色」を少し変えるだけで、難易度はおそらく数分ぶんだけ上がる。 難易度が上がることで、今よりあと数分、物語の中に留まることが出来るようになる。 その数分でゲームの満足度が劇的に変わることはないけど、自分の中でゲームを反芻するときの言葉がきっとほんの少し変わる。 このゲームのことを人に話す時の言葉が、今より少しだけ鮮やかになる。 そんな難易度調整をしてみました。 すでにクリアしている方は、超高難易度の間違い探しをするような気持で、どこが変わったのかを探してみてください。 ヒントは「あのシーンのあの色が、他と同じになっています」 このヒントだけでわかる人もいるかもな。 イベントもゲームも、生き物のように変化していく。 おかしなところがあれば修正するし、もっとよくできるところがあるならよくしていく。 難易度がほんの少し変わるだけで、ゲーム全体の明度がぐっと上がったりもする。 そんな風に僕は、ずっと「カミとミコ」と共に生きています。 realdgame.jp/s/kamitomiko/ #カミとミコ







