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orotida 全人類ゴジラマイナスワンを見てください
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orotida 全人類ゴジラマイナスワンを見てください
@orotida
半分引きこの二十歳過ぎ。無言フォロー失礼します。タイムラインが雑食なのでミュートしてください。fgoライトユーザーです。
日本 新潟 Katılım Mart 2017
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100マス計算(iOS)[四則演算(激ムズ)]:227.877 秒 ( bit.ly/1hdpLDz ) #100calc
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日本に向けて、アメリカ勢のバーベキュー発信が始まった。しかもそれは、政治でもない。市場でもない。軍事でもない。ただ「見ろ、うちの肉を」という、あまりにも平和で、あまりにも豪快な文化の挨拶だった。この流れの何がいいかというと、誰も難しい説明をしていないことだ。
「我々はあなたを理解しています」でもなければ、
「日米関係を再定義しよう」でもない。
骨付きの肉、焦げた表面、滴る脂、巨大なシーフードボイル。その写真一枚で、向こうはこう言っている。
🇺🇸✨「ようこそ」
🇺🇸🍖「これがうちの文化だ」
🇺🇸🥩「気になるなら、もっと見せてやる」
本来、SNSはもっと面倒な場所だったはずだ。知らない国の相手には、まず警戒がある。文脈を読み、思想を探り、冗談が冗談として通じるかを確認し、少しでもズレれば争いになる。
けれど今回は違った。
日本側が「アメリカといえば肉」という、どこか無邪気で雑談めいた入口を開いた。
すると向こうは、それを侮辱とも誤解とも受け取らず、むしろ全力で乗ってきた。
「そうだ」
「見せてやる」
「これが我々のバーベキューだ」
と、自慢の料理を次々に差し出してきた。
ここに、SNSのいちばん美しい可能性がある。
人間は、正しさだけでは繋がれない。
論理だけでも、理念だけでも、国際理解だけでも足りない。
むしろ時には、言葉になる前の「うまそう」が世界を越える。
✅翻訳が多少怪しくてもいい。
✅文法が少し変でもいい。
✅肉の焼き色は、そういうものを全部飛び越えてしまう。
私は、この現象をただの微笑ましいバズで終わらせるのは惜しいと思う。なぜならここには、Xの未来に対する一つの希望が見えているからだ。
これからのXが生き残る道は、怒りの増幅器であり続けることではない。
誰かを吊し上げる速度で競うことでもない。
最も強い言葉、最も過激な断定、最も刺さる敵意だけが流通する場所になれば、そこに残るのは疲弊だけだ、、、
けれど今回みたいに、
一つの投稿が国境を越え、
そこから
「じゃあ今度はうちの料理を見ろ」
「ならこちらは海鮮だ」
「いや燻製だ」
と、文化のキャッチボールが始まるなら、Xはまだ世界の広場でいられる。
しかも面白いのは、ここで交わされているのが高級な教養ではなく、生活の誇りだということだ。
BBQは、アメリカにとって単なる肉料理ではない。
家庭であり、地域であり、週末であり、自分たちの土地の匂い。
それを日本に向けて見せるというのは、少し大げさにいえば、
「うちの国の居間を見せている」
のに近い。
そして日本側もまた、たぶんそれを単なる飯テロとして見ているだけではない。
その向こうにある、豪快さ、陽気さ、もてなしの感覚、土地ごとの自負まで、なんとなく受け取っている。
だからこれは写真の応酬でありながら、実際には文化交流になっている。
SNSが本当に価値を持つのは、こういう時だ。
遠い国の人間が、ニュースの肩書きではなく、日常の温度で見えてくる時。
✅国家ではなく、人が見える時。
✅主張ではなく、食卓が見える時。
世界はたぶん、みんなが思うほど理解し合う言葉を持っていない。
でも、みんなが思う以上に見せ合えるものを持っている。
料理、景色、祭り、生活、笑い方。
そういうものの交換から始まる友好は、希望がある。このバーベキュー外交を笑い話ではなく、これはSNSがまだ人間のために使えるという小さな証明でもある。
アルゴリズムが怒りを好もうと、分断が収益を生もうと、それでも人は時々、焼いた肉ひとつで仲良くなれてしまう。
その事実は、意外と大きい。
Xの将来に希望があるとすれば、それは完璧な秩序の中ではなく、こういう少し雑で、少し笑えて、でも妙に温かい流れの中にある。
誰かの文化を論破するのではなく、
「ならうちのこれも見てくれ」と差し出せる世界。
そこでは投稿は弾丸ではなく、招待状になる。
肉から始まる国際交流なんて、ずいぶん呑気だ。だが、呑気であることは、平和の才能でもある。
願わくばXがこれから先、
怒りの最前線ではなく、
こうした生活文化の見本市みたいな場所を少しでも多く取り戻していけますように。
世界は難しい。
けれど時々、骨付き肉は、その難しさを超える。
そしてたぶん未来は、こういう笑える善意の連鎖の中からしか、少しずつ明るくならないのだと思う。




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はい、というわけで、FGOとFakeのコラボレーションイベントが開催決定となり、イベントシナリオを全編書き下ろさせていただきました……!!
これもFakeを応援して下さった皆さんのおかげです!
ありがとうございます、ありがとうございます……!!
#FGO #strangeFake #ストレンジフェイク
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100マス計算(iOS)[四則演算(激ムズ)]:215.027 秒 ( bit.ly/1hdpLDz ) #100calc
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100マス計算(iOS)[四則演算(激ムズ)]:175.796 秒 ( bit.ly/1hdpLDz ) #100calc
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4機の飛行機かと思ったら2機だったツインマスタング編隊。こんないい動画が残ってるんだ。撮影者もだいぶ満足しただろうなこれ。
hw97karbine@hw97karbine
@heikihenken Examples of both day and night fighter variants making low passes
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100マス計算(iOS)[四則演算(激ムズ)]:203.417 秒 ( bit.ly/1hdpLDz ) #100calc
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献血問題について。
細かいところはフェイク入れまくってぼやかしますが、以前経験した症例を紹介します。
私が研修医として麻酔科をまわっていた時に出会った、8歳か9歳かの女の子。お腹がパンパンに大きくなっていました。肝臓癌の一種です。
教科書などには「適切な治療が行え『られれば』、予後は5年生存率約70%と『良好』です」と書かれています。
治療ができたら予後良好。それでも5年後に生きていられるのは10人に7人程度。その裏には、治療ができないほど癌が大きく、手の施しようがないまま緩和治療に移行する子たちがいます。
私が出会ったその子は、肝臓の腫瘍が大きくなりすぎ、肺を下から圧迫して息ができない状態になっていました。そのため命を救うため、手術で肝腫瘍を切ることになりました。本来なら手の施しようのない状態で、教科書的には手術適応外です。手術をすることで患者を殺してしまう可能性が高いためです。でも当時の主治医グループは家族とも綿密に話し合い、手術を選択しました。このまま息ができず苦しみ続けながら死ぬのを見たくない。このままだと数週間で死んでしまうから、せめてしっかりと空気を吸える状態にしてあげたい。御家族はそうおっしゃられ、成功率が高くないことは百も承知で、手術中にそのままお亡くなりになる可能性も非常に高いですが、手術が行われることになりました。
手術室の入り口にある家族が入れる最後の場所で、物も言えず苦しそうに呼吸器に繋がっている患者の女の子の小さな手を握るお父さんとお母さんの顔は今も忘れられません。
そうして始まった肝腫瘍切除術は壮絶なものでした。肝臓は身体中の血液が集まってくる実質臓器です。中身が詰まっている臓器です。胃や腸はストローみたいなもので中は空洞ですが、肝臓は中身がスポンジのように全部詰まっています。つまり、前者に比べ後者は切れば切るほどどんどん出血してしまうのです。そのため切っては血管を探り、結んで止血したり焼いたりしながら切除していきますが、それでも大量に出血します。
そこで必要となるものが輸血です。外科の先生が必死で切って縫って焼いている間、どんどん失血していく患者の命を繋ぐため、麻酔科が輸血を行います。
その時の症例では、摘出する肝腫瘍が10kgを超えかねない超巨大腫瘍でしたから出血量も非常に多く(下に参考資料として獨協大学小児科様のHPのリンクを載せていますが、この中の一番上の症例写真の腫瘍の1.5倍以上大きかったです)、輸血を120単位行いました。
輸血(献血)の単位は1単位200mLです。120単位だと24000mL=24L。人間の血液量は体重の約8%前後ですから、60kgの大人の血液量は約5L弱となります。つまりこの子は大人5人分の血液が必要でした。
献血でいただける血液は、一般的に2単位(400mL)です。この子を助けるため、60人の方が協力していただいたわけです。
その子は手術が無事終わった後も半年以上ICUにいましたが、呼吸器も不要になって笑顔で両親と再会できました。その頃には私は研修医を終えて内科医として働いていたのですが、たまたまその子が院内のコンビニに自力でスタスタと歩いて来院し、両親と笑顔で買い物をする姿を遠くから見て、心が暖かくなりました。
これはすごく特殊な例ですが、皆様が献血していただいた血液は余すことなく誰かの治療と笑顔につながっています。その子も御両親も、助かったのは献血をしてくださった方のお陰であることは聞いていないかもしれません。
でも、皆様のお陰で1人の子供の命が救われたことは紛れもない事実です。献血をした1ヶ月後に道ですれ違った人は、もしかしたらあなたが命を救った人なのかもしれないのです。
献血をしてくださる皆様のお陰で、今日も多くの人が救われています。献血をする人はアンパンマンと同じです。身を切って誰かを助けています。そしてアンパンマンよりも尊いことに、目の前で分け与える訳ではないので誰にも賞賛されません。ですが間違いなく誇ってもいい英雄的行動なのです。
たとえ何かの記念品目当てだったとしても、その記念品は命を救われた患者様と医療従事者からの感謝の気持ちが形になったものですから、胸を張って受け取ってください。
1人でも多くの人を救うため、これからも皆様の献血を心よりお願いいたします。
[参考ホームページ]
dept.dokkyomed.ac.jp/dep-k/ped_surg…
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