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りんご🍎
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りんご🍎
@ritsubon01
FIRE中(社畜を卒業しFIREしました)/関東在住/♀/投資歴20年以上/FP2級/予約困難店食べ歩き/外食多め/食事会や付き合いも多いので過度な節約はしません/今もちゃんと楽しむ/X初心者/
Katılım Ekim 2022
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@ritsubon01 毎年、母が送ってくれるんですが、ハルガニということしか知りませんでした😳
こっちに来てから、滅多に🦀を食べる機会がないので、とても美味しく感じます
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@yuki75868813751 ゆーきさん✨
ありがとうございます❣️
実は夫が札幌出身なので
毎回ささっと捌いてくれます🤭
義両親からの毎年春に
贈られてくるんです🦀💕
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@borscht_2 さとりさん💕
びっくりしました🤭
毎年この時期に北海道の流氷明けの毛蟹を頂いてます🦀✨
浜茹でで冷凍してないので味噌がたまらなく美味しいです😋
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@seijin_fire セイジンさん✨
シャリとカワハギの間に肝と芽ネギを入れて握ってくれるのですがホントに美味しいくてヤバいんです😍
カワハギを肝を溶いた肝醤油でツマミとして食べるのも美味しいですよね💕
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@ritsubon01 肝入りのカワハギはめっちゃ美味しいですが、握りは食べたことない…😳
あれが握りになるとか想像するだけで、ヤバいです😂
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@yuki75868813751 ゆーきさんの文才というか表現力も素晴らしいですね✨
私もあまり裕福な家庭ではなかったですが穏やかな父と母に愛情いっぱい育ててもらい感謝してます💝
穏やかに生きるっていいですね😌
思えば夫も義両親も穏やかです🍀
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「貧すれば鈍する」という言葉は、やはり真実を含んでいるのだと思う。
僕は幼いころ、「お金がない」というただそれだけの理由から、人の心や暮らしがどのように歪んでいくのか、そのほとんどを目の当たりにしてきた。
僕が生まれ育った街は、全国でも有数の貧しい地域だった。
「さんたんち」
漢字も分からない頃から、自然と耳に馴染んでいた言葉である。
友だちのお父さんたちは、そろいもそろってお母さんに八つ当たりをしていた。壁の薄い炭住に響く、鍋や釜を投げるような乾いた音。押し殺されることのない怒鳴り声と、それに重なるお母さんたちの叫び。
お母さんたちは、何人かで寄り集まっては、決まってお父さんの愚痴をこぼしていた。そして話題はいつも、「お金がない」「どうすればいいのか」という現実へと戻っていく。余裕など望むべくもなく、日々の疲れはそのまま、幼い子どもたちへと向けられていた。
幼いながらにも、僕には分かっていた。
あれは誰か一人の性格の問題ではない。生活がぎりぎりで、心にほんのわずかな余白すら持てない、お金が無いということ自体が人を追い詰めていたのだと。
お金がないと、何もできない。
お父さんたちはお酒も飲めない、たばこも買えない、ささやかな娯楽すら許されない。そうした小さな「できない」が積み重なり、やがて逃げ場のない苛立ちへと変わっていく。
その苛立ちは、家庭の中へと流れ込み、また次の苛立ちを生む。
終わりの見えない循環だった。
けれども今になって思えば、あの頃のお父さんたちもまた、別の意味で追い詰められていたのだろう。
働かないのではない。僕の街には、働く場所そのものがほとんど存在しなかった。
選択肢のない中で、日々をどうにかやり過ごすしかなかった人たちの姿でもあったのだと思う。
そんな環境の中にあって、僕の家だけは、どこか空気が違っていた。
友だちの家と同様に貧しかった。それでも、家の中はいつも穏やかだった。
父も母も、機嫌よく過ごすことを大切にしていた。お金がないなりに楽しむ、ということを、静かに、けれど確かに実践していたのだと思う。
質素な食卓でも、そこには笑いがあった。贅沢はなくとも、言葉のやり取りには温もりがあった。
そのおかげで、僕たちきょうだいは、あの街にいながら、どこか満ち足りた時間の中で育つことができた。
今振り返れば、それはとても得難いことだったのだと分かる。
ある日、父がぽつりとこう言った。
「ここにずっといる必要はないぞ」
そのときは、言葉の意味を深く考えることはなかった。ただ、その響きだけが、静かに心に残った。
やがて僕は、この街の輪郭を理解するようになる。
仕事は乏しく、未来の選択肢は限られている。気づけば、多くの人が同じ場所を巡り続けている。
――ここから出たい。
その思いがはっきりと形を持ったのは、中学生の頃だった。
手段は一つしかないと、自然に分かっていた。
勉強すること。
他に道がなかったからこそ、迷いはなかった。
中学生になると、周囲の生徒とは価値観や視点がまったく合わず、まわりから見れば、どこか浮いた存在だったであろうことは想像に難くない。
それでも構わなかった。
僕は、あの夜の音を知っている。
あそこに戻るわけにはいかなかった。
高校に進んでからは、アルバイトと勉強を両立する日々が続いた。眠気に抗いながら、それでもページをめくり続けた。
不思議なことに、その時間を苦しいとは思わなかった。
目指すべき場所が、あまりにも明確だったからだ。
大学合格の知らせを受け取ったとき、しばらくは現実として受け止めることができなかった。
父は静かにうなずき、母は目に涙を浮かべていた。
そのとき初めて、自分が本当にこの街を離れるのだと実感した。
東京での生活は、決して甘いものではなかった。
学費と生活費をすべて自分で稼ぐ必要があったのに加え、人の多さ、情報の多さ、そして何より、自分よりもはるかに恵まれた環境で育ってきた人たちの存在に、何度も気後れしそうになった。
それでも踏みとどまることができたのは、あの家庭の記憶があったからだ。
お金がなくとも、穏やかに笑い合っていた父と母。
あの空気を、自分の人生の中で再び実現したいと、そう願っていた。
大学を卒業し、働き始め、気がつけば東京での生活も長くなった。責任ある仕事を任されるようになり、収入もまた、かつての自分には想像もつかなかった水準にまで至った。
そして今、僕の家の中には、静かな時間が流れている。
怒鳴り声も、物音もない。
ただ、穏やかな日常がある。
貧しさは、人から余裕を奪い、選択肢を閉ざす。
けれど、それでもなお、すべてを奪い尽くすわけではない。
あのとき、父と母が守り続けてくれたもの――穏やかに生きるという意志は、確かに僕の中に残っていた。
その小さな灯を頼りに、僕はここまで来たのだと思う。
だからこそ、これからは僕がそれを受け継ぎ、また次へとつないでいきたい。
お金があること自体が、幸せを約束するわけではない。
けれど、お金があることで守ることのできる静けさや安らぎが、確かに存在する。
そのことを、僕は身をもって知っている。
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@yui_minamoto23 ゆいさん💕
メリノウールの長袖薄着を買ったんですね👍
昨日はCW-Xのスポーツタイツとモンベルのグリッドフリースを買いました✨
モンベルのフリースはコレを買いたいと見に行ったらなんとその商品がさとりさんお揃いになりました😆💕
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@ritsubon01 登山グッズ何買ったんですか?🥰
私は結局モンベルのメリノウール長袖薄手を買っちゃいました〜😂😂
高尾山に着ていきます😁👍✨
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