無責任ヒーロー
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【コンカフェが、行きづらくなってきた話】
3月ももう終わり。コンカフェ界隈は卒業の季節だ。 店の前に並ぶ豪華なフラスタ、涙ぐむキャスト、そしてやり切った顔で推しと共にこの界隈から「卒業」していく常連客たち。 そんな美しくも羨ましい光景を横目に、僕はひとり寂しく秋葉原の街に残り続けている。ただただ、口座残高だけを減らしながら。
……それはともかく。
コンカフェに通い始めて、まあまあ月日が経ってきました。 数えたくないので正確には数えませんが、約2年。それなりに、どっぷりと経つ。
その間、この文化をずっと好きだったし、今も好きです。 でも、正直に言う。
最近、コンカフェが「行きづらく」なってきたな……と。
自分の中で何が変わったのか、あるいは界隈の何が変わったのか、しばらく考えていた。 キャストの質が全体的に下がったとか、悪質な店が増えすぎたとか、そういう表面的な愚痴じゃない。もっと根深く、構造的な話だと思う。
一言で言うと、「お客さんである自分」をただの数字として消費されている感覚が、以前よりずっと強くなったのだ。
たとえば、席についた瞬間、おしぼりより先に来る「ドリンクいただいてもいいですか?」の定型文。 たとえば、お互いの自己紹介や会話のキャッチボールすら始まっていないのに、ただノルマをこなすように回されてくるヘルプのキャスト。 たとえば、場の空気も温まっていないのに、マニュアル通りに差し込まれる「今日シャンパンどうですか?」の無機質な営業。
どれも、彼女たちに悪意はないと思う。 店のシステムや都合があるのも、重々わかっている。 キャストだって仕事だ。厳しいノルマがあり、その日の数字を作らないといけない。
でも、かつてのコンカフェはもっと、「あなたと話したい・楽しませたい」が先にあった気がする。
僕らを心地よくさせ、楽しませ、結果として「この子にお金を使いたい」「応援したい」と思わせてから、お金を使わせる。そういう順番だった。
今は、その順番が逆になっている店が本当に増えた。「まず課金してください。好意を持つのはそれからです」と言われているような気がしてしまう。 使わせてから、好きにさせようとする。
これが、さみしい。
僕がコンカフェに来るのは、可愛い衣装を着た可愛いキャストと楽しく話したいからだ。 高いシャンパンを入れたいと思うのは、その子の仕事に向き合う姿勢や、会話の中で見えた人間性を「好きになった」からで。 関係値ができる前、好きになる前に「開けさせよう」とするシステムが透けて見えた瞬間、その空間にあるすべてが嘘くさく見えてしまう。
そしてもう一つ。 近年、「行きやすい店」と「行きづらい店」の差が、極端に開いたように感じる。
行きやすい店は、実家のように居心地がいい。 一方で、行きづらい店は、扉を開ける前から構えてしまう。「今日はどうやって過度な営業を躱そうか」と、謎の戦闘準備を強いられる。 昔はそのグラデーションがもっと緩やかで、どの店もそれなりにフラッと入れる「余白」があったように思う。
コンカフェという文化自体は、まだ好きだ。 大切にしたい「好きな子」がいる店には、今日も行く。 でも、ふらっと知らない階段を上って、「どこか新しい店を開拓してみようか」という冒険心は、正直、すっかり薄れてきている。
これはきっと、僕個人の我儘や加齢によるものだけじゃないと思う。 長く通っている人ほど、同じような息苦しさを感じている人が、たぶん、増えている。
行きやすいコンカフェと、行きづらいコンカフェ。 その決定的な違いは一体何なのか。 ……長くなりそうなので、それはまた別の話で書きたいと思う。
嘘嘘、この話はこれで終わり。
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