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sbmx54
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sbmx54
@sbmx54
CROSSFAITHが好きな1911自動拳銃専門銃工|民間警備出身🇨🇦|ATC(規制銃器携帯許可)保持🇨🇦|元町火消🚒|
大阪市 天王寺区 Katılım Mart 2023
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平和学習で絶対に伝えない話をします。
私の亡くなった祖母の話しです。
昭和20年沖縄戦のさなか、
毎日降り注ぐ爆弾や銃撃から逃れるため、
山の中腹にある壕に身を潜めていました。
しかし山の中には食料も水もありません。
激しい攻撃の中、それを取りに里へ降りることは死を意味しました。
夜になると目の前の伊江島が赤く燃えていました。
でも、激しい攻撃が止む時がありました。
それは遠く日本本土から特攻機が飛んできた時です。
特攻機が飛来したとき、米軍の艦の砲は特攻機を撃ち落とすために空を向きました。
米兵も生き残るために必死でした。
その僅かな時間に人々は山を降り、芋の茎や水を汲みに行ったのです。
海の方を見ると、日本の飛行機が米軍の攻撃を受け、次々に火を吹いて海に堕ちていくのが見えたそうです。
人々はその特攻機を見て涙を流しました。
そしてこう祈りました。
「もう来なくていい、来なくていいんだよ」
その言葉は邪魔だとか、無駄だからという意味ではありませんでした。
「どうせ私たちは死んでしまう、だからあなたたちはここに来ることなく生きてほしい」
そう願いながら堕ちていく特攻機に手を合わせていたのです。
戦後、仏壇の上に大切に飾られていた
一枚の写真があります。
それは天皇皇后両陛下の御真影でした。
「この人だれ?」と尋ねた幼少の私に
「この人は日本で1番偉い人なんだよ」
と笑顔で教えてくれたのです。
沖縄の新聞や平和教育では、
沖縄は捨て石だったとか、
軍は住民を守らないとか、
特攻隊は犬死にだったとか
平気で生徒に吹き込みます。
でもあの激しい戦いの最中、
明日をも知れぬ命を繋いでいた
沖縄の人々に生きる希望を与えたのは
日の丸を背負った特攻機でした。
戦争という混乱の中では様々な事が起こりました。
事実は決して一つではありません。
皇軍兵士に酷い目に遭わされた方もいます。
命を奪われた方もいるでしょう。
でもそれが全てではありません。
火だるまになり堕ちていく特攻機に
手を合わせ涙した人々がいました。
自分たちの歴史観にそぐわない者は
謝罪しても何をしても許さない。
そんな極端で排他的な人々が
教育界やメディアを牛耳っています。
平和とは何でしょうか?
戦争は悲惨だ、死屍累々だ、
全ては日本軍のせいだと
偏った思考を植え付け、
沖縄を殊更被害者扱いし、
日本軍イコール本土と置き換え
本土の方々に贖罪意識を植え付け
沖縄県民を卑屈にさせて本土との
分断を図るのが平和教育でしょうか?
違うと思います。
沖縄は全国の幾あまたの命によって
守られたことを
後世の子供たちに伝えていくべきです。
そして戦争を繰り返さないための
知恵を子供たちに。

日本語
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![黒黒 [KUROKURO]](https://pbs.twimg.com/profile_images/1487078249863680002/R59KQD0N.jpg)
『ホーム』を失ったすべてのゲーマーへ。
古参からどうしても伝えておきたい「居場所」に関する残酷な真実があります。
学校や仕事が終わり、いつもの道を歩いて、いつものゲーセンのドアを開ける。
もしあなたが「明日も100円玉を積めば、この日常が永遠に続く」という甘い認識のまま、ある日突然、店のシャッターに貼られた「閉店のお知らせ」の白い張り紙を見てしまうと……
「家庭でも職場でもない『ただの自分』でいられる唯一の避難所(サードプレイス)を根こそぎ奪われ、行き場のない亡霊として現実世界を永遠に彷徨う」ことになります。
① 「ホームゲーセン」という名の不可侵領域と、サードプレイスの正体
まず大前提として、過去における「ゲーセン」は、単なるゲームを遊ぶための施設ではありませんでした。その時はだれもそれを認識はしていませんが。
家庭(第1の場所)のしがらみからも、学校や職場(第2の場所)の重圧やヒエラルキーからも完全に切り離された、第3の居場所(サードプレイス)なのです。
そこでは、日中どんなポンコツ営業マンであろうと、テストの点数が赤点だろうと、ひきこもりや不登校だろうと関係ありません。「対空の精度が高い」「差し返しが上手い」「音ゲーのヒドゥンプレイの精度がやばい」というただ一点のみで、見知らぬ他者から無言の敬意(ギャラリー承認)を集めることができた聖域です。
社会的地位が完全にリセットされるその場所は、現代人が正気を保つための生命維持装置として機能しています。ガンダム勢は猿に戻ります。
② シャッターに貼られた「白い紙」がもたらす、魂の強制退去
聖域は決して永遠ではありません。
昨今の電気代高騰、筐体価格の高騰、そしてオンライン対戦の普及。ゲーセン経営は常に薄氷を踏むような状態です。
昭和の100円、平成の100円、令和の100円…同じ100円玉でも価値が変化しています。しかし筐体はコイン1枚を1クレジットの入場券としか判定しないのです。
ある日、あなたがいつものように足を運ぶと、入り口に1枚の白いコピー用紙が貼られています。「長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。〇月〇日を持ちまして……」。
昭和には無かった消費税。税込み100円は本体91円。令和の91円じゃコンビニのおにぎりも食べられなくなりました。
閉店告知のその瞬間から、常連たちは皆、まるで親族の葬式に参列するような顔で集まり始めます。
そして閉店の最終日。いつも通りの閉店の音楽とアナウンスが流れ、バチッという音とともにすべての筐体の電源が落とされた時、あなたたちは物理的な空間だけでなく、「そこでしか息ができないエラ呼吸だったゲーセン魂の酸欠」で喪失感を味わうのです。
③ 「オンラインでいいじゃん」無神経な言葉と絶望
ホームを失ったあなたに対し、ゲームをやらない外野の人間は無邪気にこう言うでしょう。
「今は家でネット対戦できるんでしょ? 何が悲しいの?」と。
彼らは全く理解していません。ランクマッチの画面越しでは、あの「筐体越しに伝わる殺気」や「負けた相手が舌打ちしながら両替機に向かう哀愁の背中」、そして「副流煙で寿命を縮めながらする1プレイ」は決して摂取できないということを。
ゲームというデータで遊んでいたのではありません。「ゲーセンという空間に集まる人間関係のバグ」を楽しんでいたのです。物理的なサードプレイスを失ったゲーマーは、快適すぎるオンラインの海で、かえって窒息しかけることになります。
④ 居場所を失った現代人が陥る「亡霊化」という末路
ホームゲーセンという心のフィルターを失った後、何が起こるか。
仕方なく別の大型店舗に遠征してみても、そこでは誰もあなたのプレイスタイルを知りません。あなたはただの「見知らぬお客様A」になり下がり、猛烈な疎外感に襲われます。
現実世界でのストレスを中和してくれる場所がなくなった結果、仕事や家庭の理不尽な重圧をノーガードで食らい続け、やがて精神のスタン値が限界に達します。
街を歩いていても、かつてゲーセンだった場所が小洒落たドラッグストアやコンビニに変わっているのを見るたびに、見えない筐体の幻影を探してしまう亡霊と化すのです。老害おじはダークサイドに落ちた魔物であり、過去を探し続ける亡霊です。
「ホームゲーセン」を始めとするサードプレイスは、あなたがあなたらしく生きるために用意された奇跡の空間であり、いつか必ず失われる残酷な砂の城。
まだ「ホーム」があるのなら、今一度その尊さを噛み締めておきましょう。
以前パチ屋さんだった場所が老人ホームになっていました。パチ屋さんの常連だった老人たちが一斉にボケ始めたので昨今厳しくなってきたパチ経営を退き、同じ会社が老人ホーム経営に舵を切ったそうです。家族は「おじいちゃんたち結局ずっと同じ空間にいるね。」と言っています。それはそれで幸せなのかもしれません。
![黒黒 [KUROKURO] tweet media](https://pbs.twimg.com/media/HEQM3BjakAASVLW.jpg)
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They are live, but not for long. Materials are running low. blackcanyonsystems.store/collections/pr…

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