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「寄り添う」ことと「思いやる」ことは、まったく違う。
『かぐや姫の物語』の取材時、高畑勲監督が遺したことばが、今も深く心に突き刺さっています。
「日本は寄り添い型が多すぎる、日本はそれが好きなんですよ。健気が好きで、健気だと一番寄り添えるんです。だけどそんなに健気じゃないわけ、人間って。
そういうときに、そうだよな、っていう映画があってもいいと思うわけ。そうだよねぇって。ああいう状況だったらそうなるよねって。
僕は、思い入れるんじゃなくて思いやるっていつも言ってる。思いやるというのは理性が必要なんであって、こころこころっていうだけじゃだめなんです。
他人である人に対して思いやるっていうのは感情に赴くままの想像力じゃないはずですよ。もっと知的なもののはずです」
戦後80年をきっかけに、『火垂るの墓』を改めて見つめ直しているいま。
「感情に赴くままの寄り添い」ではなく、知的な想像力を持って「客観的に思いやる」ということ。その難しさと意味が、ようやく理解できたように思えています。
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さきほどのポストを次のように修正します。
【修正前】疑っています
【修正後】強く強く強く強く強く疑っています
高市早苗首相 @takaichi_sanae はもう5カ月以上、首相官邸での記者会見を開いていません。たまに短時間(2〜3分)の記者対応を行なっていますが、あれは「記者会見」ではありません。
畠山理仁(はたけやまみちよし)@hatakezo
高市早苗首相 @takaichi_sanae はもう首相官邸で記者会見を開かないのではないかと私は疑っています。内閣広報官もフリーランス記者を質問者として指名することはないでしょう。もし記者会見を開けば、フリー記者が不規則発言をすると警戒しているのでしょうか? 私は非国民認定されたのでしょうか?
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太平洋戦争で夫が生死不明となった増山たづ子は、故郷である岐阜県徳山村のダム計画が現実味を帯びてくると、村の記録を残すために、生活音を録音するだけでなく、60歳でカメラを手に村の撮影を開始。廃村後も、88歳で他界するまで撮影を続け、没後は10万カットのネガと600冊ものアルバムが残された。
こうした彼女の営みと残された記録には、単なる「個人の郷愁」にとどまらない深い背景が存在する。そこには、「国が一度やろうと思ったことは、戦争もダムも必ずやる」という言葉に表れているように、国家の巨大な政策によって夫を奪われ、さらに故郷まで沈められるという理不尽に対する強烈な抵抗と告発の意志が、一貫した原動力として流れていた。
撮影に際しては、年金の大部分をフィルム代や現像代、カメラの購入に充てるなど、私財を投げ打つ執念を見せた。彼女は村の消滅と自身の記録の営みを「ミナシマイ」と表現し、消えゆく故郷の運命を最後まで見届けるという強い覚悟を貫いている。
そのレンズを通じて捉えられたのは、日本最大級のダム計画に翻弄され、全村水没という過酷な運命をたどった徳山村の動態であった。住民間の摩擦や解体のプロセスなど、村が崩壊していく生々しい社会的な現実が克明に刻まれている。
結果として、約10万カットのネガと約600冊の手造りアルバムは、個人の執念による記録にとどまらず、日本の戦後開発の歴史や昭和という時代の変容を伝える極めて一級の民俗学的・文化的遺産として、現在へと広く継承されている。




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