甲野善紀

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@shouseikan

時代は奔馬のように激しく変化してゆきそうだ。その馬を私の武術で乗りこなせるかどうかは、わからないが、その様子は、ここと、『風の先・風の跡』 https://t.co/RohxnQMYTE で発信したい。 Twilog:https://t.co/zkbX5dCFXy

東京都 Katılım Ekim 2010
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
今日は久しぶりに鶴見駅近くのサルビアホールで音楽家講座を行います。bit.ly/4496H6Q 音楽家講座と言っても音楽に関係のない方も参加できますので、今日の夕方フトと思い立った方もどうぞ。 会場は広いため、突然参加されてもお断りすることはないと思います。 講座の中では、最近私がつくづく実感している、ごく普通に通勤通学をして満員電車にも乗れる程度の運動能力のある方に備わっている、非常に優れた能力についてお話ししたいと思います。 そして、私の武術はそうした普通の人に備わっている優れた能力を、逆にその人を崩すために使わせてもらっているのだということを、実例を挙げて解説したいと思います。体験希望の方もどうぞ。
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甲野善紀@shouseikan·
昨日はもう初夏というより夏に入りかけているような天気だったが、4月も、もう下旬に入った。来月は7日に名古屋で講習会がある。bit.ly/3OpT3I5 その後、関西に移り、9日は京都で剣術に特化した講習会。bit.ly/3HJbLtF その翌日10日はいつもの京都講習会を行います。bit.ly/3EHpyvC 次の週の5月15日は久しぶりに夕方から下野市で講習会を行ないます。そして、16日、17日は仙台で講習会です。この15日以降の講習会に関して詳しいことはまた告知致します。 それから、先日アップし忘れましたが、5月7日から東京を発ち、名古屋で講習会を行い、翌日から関西に居るため、通常は第2金曜日に行なっている池袋コミュニティカレッジでの講座が、5月は第4金曜日の29日となりますので、お間違いのなようにお願いします。 池袋の講座といえば、今月10日にあった講座で印象的なことがありました。講座を終わろうとすると、或る女性が突然「すみません。御報告と御礼があります」と発言を求められてきたので、何事かと思って聞いてみると、私が3月初めごろに、この私のツイッター(X)が、しばらくの間、炎上した火傷の処置の件で、その女性が、私がその時述べた、現在の常識的処置とは全く異なる処置を、私が勧めた通りに実践したところ、従来ではとても考えられないほど速やかに、その火傷が経過したという報告だった。 何でも、熱くなっていたのに気付かずフライパンの柄を握ってしまった事で、朝に出来た手のひらの火傷が、夜には普通に顔を洗えていて、大変驚いたので、「その御報告と御礼をお話ししたかったのです」とのこと。 まあ実際にやってみれば明らかなことなのだが、世の中には試しもしないで闇雲に反対する人は少なくないのは、昔も今も変わらない。 こういう事は、やってみる人はやるだろうし、やらない人はやらなものだ。 この事については、いつか現在の常識が変われば、それが当たり前になるだろうが、それまでは、縁のある人限定の処置法でいるしかないようだ。
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甲野善紀@shouseikan·
気付けば4月も、もう半分過ぎた。この分では、たちまちのうちに、また暑い季節を迎えそうだ。 4月は首都圏以外での講座や講習会は2月や3月ほどではないので、少しは家のこともできると思っていたが、色々な用件が次々と入り、なかなか思う通りにはならない。 4月の後半の首都圏以外での講座や講習会は、25日に久しぶりに長野県の長野市で講習会を行います。bit.ly/3QKgAEO 翌日も長野市で講座を行う予定ですが、これは主催する方の関係者で、ほぼ埋まっているようです。ただ、若干なら御希望の方は参加可能との事ですので、26日に是非参加したいという方は、私のホームページの管理人にご連絡ください。 また、この25日の長野市での講習会の2日前の23日は、久しぶりに鶴見のサルビアホールで音楽講座があります。bit.ly/4496H6Q この講座は当日時間ができた方が急に来られても、会場が広いため参加可能ですので、当日お気持ちが動いた方もどうぞ。
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甲野善紀@shouseikan·
こちらこそお世話になりました。先月から工夫している捨身技「虎落落し(もがりおとし)」が、柔道に経験の深い方々にもその有効性を確認していただけたことで、私も次の段階へと進むことができます。 また、「身体を下がり気味にして浮きをかける」ことで、相手から仕掛けてくる技をキャンセルし、いわゆる「返し技」とは違う対応をすることに気付けました事は、昨日下原道場に伺った中で最も大きな頂き物になりました。 また機会がありましたら、そちらで講座か稽古会をさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。 それから、今回の気付きと、そこからの展開を撮影するため、また国井道之伝剣術稽古会にどうぞ。
たい@空気投げ研究家@vtotai

甲野善紀先生を下原道場にお迎えした特別講座、無事終了。 受付開始時刻前に道場入りしてすぐに稽古開始、そこから退館までの5時間弱があっという間でした! 講座では先生の捨身技、尻もちをつくように下がり続ける崩しに進展があり、貴重な場面に立ち会える機会にもなりました。 私も参加者の方に『浮』の練習法と効果や、寄りかからないと強い効果を体験していただきました。 合気道の方から空気投げのリクエストを受けて、最新のやり方で感触を楽しんでいただきました。 記念撮影は公開OKの方のみの公開です。 甲野先生、道場を提供していただいた下原先生、参加者の皆さま、ありがとうございました!

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甲野善紀@shouseikan·
昨夜もかなり無理をして来ていただいたようで、ありがとうございます。ただ、無理をして来ていただいただけの甲斐はあったのではないかと思います。 このところ色々な気付きが稽古をする度にあり、私自身も驚いております。 明日は池袋コミュニティカレッジの講座bit.ly/3QtlQ1F がありますので、ここで最近の気付きについてまとめて話をして、希望する方には技を受けていただこうかと思います。 それにしても、この年齢でこれだけ次々と気づきがあるのは、本当にありがたいことです。これもこうした稽古の場を設定してくださった永田勝久・翠雲会会長や、関西も含め何人もの特に熱心に稽古研究をしてくださる方々の協力があってのことですので、こうした方々には本当に感謝しております。
たい@空気投げ研究家@vtotai

甲野善紀先生のメルマガ動画撮影 yakan-hiko.com/kono.html ・『虎落(もがり)』、『ソの字立ち』 これで浮をかける 捨身技のキレとコントロールが増した。 さらに相手によって加減できるようになったと言う。 私は受け身ができるということで、比較的危ない投げを受けたが、気がつけば目の前が畳で確かに危ない。 以前は前回り受け身がとれたが、今回はほぼ前受け身になることもあり、こちらに余裕が無くなっている。 半分捨て身をかける、半座投げも受けた感触が捨身技と同じで、抗えないまま大きく崩される。 座りでやるのは難しいと言うが、同じ操作を身体の中でやると触れた瞬間崩される不思議な感触になる。 ・虎落でちょっと下がる 剣術、組み手争いどちらで受けてもこちらの反応が鈍ってしまう。 本能的に様子を見てしまう反応が起こってしまって、対応できない。なんとも不思議な感覚。 この動きにはまだ何かありそう。 座りでやったらどうなるのだろうか?気になるところです。 今回はいつもよりたくさん動画を撮りました。 メルマガ読者の方はお楽しみに!

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甲野善紀@shouseikan·
4月の4日、5日と静岡から京都に回って講習会を行ない、6日は大阪の大手前高校でも稽古会を行なった。今回はある程度予測していたが、私が先月気づいた捨身技が、確かに今までのものとはその技の利きのレベルが違うことが確認できたし、この事とは別に「浮きの働き」の重要さにも目を開くことが出来て、明らかな進展があった。 23年ほど前、私は当時巨人軍で引退を囁かれていた桑田真澄投手の投球法や守備のやり方に関わって、2002年に桑田投手が最小防御率でそのシーズンを終え、その結果、私の名前が今までで最も世の中に知れたが、当時の私が現在の私の技に触れたら、驚いてなかなか寝つけなかったのではないかと思う。 しかし、そうなると奇妙なもので、そうしたことに本来なら関心のあるようなジャンルの人たちが来なくなるのである。このことは私が長年この武術指導とそれに関連する体の使い方を伝えてきて実感していることだが、スポーツを始め、武道や介護等、それぞれのジャンルの指導者が一番喜ぶのは「自分たちもすぐ理解できて少し役に立つこと」であり、最も嫌うのは「自分たちが理解できず非常に効果があること」である。 つまり、物理学における「慣性の法則」と同じように、人間の心理においても似たような、自分たちが理解出来る「昨日やったことは今日も、今日やったことは明日も、同じようにやり続けて行きたい」という思いがあるようだ。 まあ、私は収入が増えるよりも、自分の技が進展する方に関心があるので、これはこれでいいのだが、環境問題などを考えると、このままなんとなく世の中が現状のまま進むことはどう考えてもいいとは思えない。どこかで時代は大きな転換点を迎えなければならないだろう。 当然世の中は混乱するし、考えただけでも大変だが、歴史を振り返ってみれば人間は常にそのようなことを繰り返して来ている。 これからどのようなことが起こるか、まるで想像もつかないが、とにかく心と体に備えだけはしておかなければと思っている。
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先月、後半は風邪で家にこもっていたため、昨日は、ほぼ半月ぶりに東小金井の剣術の稽古会に臨み「剣術を稽古していなければ決して気付くことはなかっただろう」という柔道などの組技の際の崩しに気付く。 また、最近行っている捨身技に関しても、本気で行うと相手が危険なため、自分の中で手加減していたことに初めて気づいた。これは木刀や拳を寸止めで止めるような、単純な危険回避とは違い、私自身は全力でやっているつもりだったのだが、実は違ったという驚きの気付きだった。 このようなことは、私の武術探求の人生で初めての気付きで「人間というのは、本能的に相手を傷つけるまいとする働きがある」ということを、かつてないほど実感させられた。 4日は静岡でbit.ly/3Pmg2Xp、5日は京都でbit.ly/3EHpyvC 講習会を行いますが、どちらの講習会でもこうした新しい気付きを始め、基本的な体の使い方についてもご質問があれば答えますので、ご関心のある方はどうぞ。
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昨日は満開の桜の木々の下を通って一橋大学の有備館に行き稽古会を行った。ここであらためて、剣術の場合であっても「体に浮きをかける」ことの重要性が確認できた。 今週の末の4月4日は、久しぶりに静岡での講習会です。bit.ly/4pjqWt7そして、その翌日の5日は京都講習会があります。bit.ly/3EHpyvC どちらの講習会でも、この「浮き」の働きについて、剣術体術との関連についても紹介させていただき、体術の捨身技についても紹介させていただくつもりです。 京都では剣術に関心のある方は剣術の稽古もしていただけます。 御関心のある方はどうぞ。
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そして、来月4月4日は静岡講習会です。shintaikakumei.com/2026/03/18/kou… その翌日の4月5日の京都講習会#kyoto" target="_blank" rel="nofollow noopener">shouseikan.com/yotei.htm#kyotoがあります。 このどちらも最近気付いた捨身技を関心のある方には体験していただこうと思っています。ただ、突然強制的に前受身を取る形となるので、ある程度以上、受身が出来る人でないと、この技を受けることは出来ません。 また、4月は京都での剣術講習会はありませんが(5月は9日の夕方に予定しています)、剣術の技に関しても関心のある方には、この5日の京都講習会でも稽古していただけます。
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ここ数日、近所にも出かけず、一日のうち半分は寝ているような日々を過ごしているが、時間の経つのは今までと変わらず早い。 風邪症状は、ほぼ治まってきているが、半日は寝ている日が続いているせいか、少し体はふらつく。しかし、これも29日の15時からある、一橋大学の武道場での稽古会には戻っているだろう。
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思い返せば、私が風邪の症状になって近所に出かけることも難しくなったのは、今から約2年半前の2023年の8月の終わり頃だったと思う。 ちょうどCOVID-19のパンデミックが収まり始めた頃で、私にとって2018年の1月以来の風邪だったと記憶している。もちろん、軽い風邪症状になりかけたことはこの間にも、何度かあったが、休むほどではなかった。 それが、今月3月の中旬に、家人が旅行先で風邪にかかって、帰宅後数日寝込むことがあり、私も用心していたのだが、罹ってしまったようだ。 そのため明日予定していた東小金井駅近くの婦人会館での「国井道之伝剣術稽古会」に私は行けなくなりました。 今度の日曜日3月29日に一橋大学の東キャンパスの奥にある武道場で、15時から行う予定の柊雲会主催の稽古会には行けると思いますが、明日は休みとさせていただきます。 このところ予定変更が相次いでいて、稽古会や講習会の予定がいくつか変わっていますが、4月4日の静岡講習会t.co/l9hEUNjLWC、翌日5日の京都講習会t.co/HQe9xgwaDZは今のところ予定通りです。 また、4月12日の千葉県船橋市の下原道場での柔道を主軸にしての特別講座は、参加の申し込みが定員に達したため申し込みを締め切ったとの事です。 この12日の翌々週辺りになる4月25日の土曜日は、久しぶりに長野で講習会を行います。さらに、その翌26日は同じく長野県の上田市かその近辺で初めて講座か講習会をする予定です。詳しい案内は、また告知します。 そして、5月ですが、5月は9日、10日と京都で講習会を行う予定です。9日は夕方から剣術の講習会で、10日はいままで通りの京都講習会です。 5月の中旬は、場所などはまだ本決まりになっていませんが、5月の15日金曜日は久しぶりに栃木県の下野市で講習会を行い、翌16日は宮城県の仙台市に参ります。仙台では16日17日と、土日連続して講習会か稽古会のようなものを行う予定です。 5月の30日の土曜は毎年1回か2回行って何回目かになる大磯での稽古会です。 また音楽家講座は4月23日(木)、5月26日(火)、6月25日(木)と、いずれも鶴見駅近くのサルビアホールで行う予定です。
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甲野善紀@shouseikan·
気づけば3月も、もう20日。「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」という言葉が、つい先日久しぶりに届いた知友のメールにあったが、本当に月日が経つのは、この年齢となると一層早い。 明後日は「音楽家講座」の特別講座です。bit.ly/4496H6Q その他、今月の都内、首都圏での公開の講座・稽古会は、3月29日の一橋大学での柊雲会の稽古会があります。これに関しては、前回(2日前)のツイート(ポスト)に詳細は述べてあります。 そして、来月の4日は久しぶりに静岡の講習会が14時からあります。bit.ly/3Pmg2Xp  この会では最近アップされたダイレクト出版の動画「古武術に学ぶ身体の使い方Part①」の中で、私が解説している歩き方や、最近生まれた今までにない捨身技についても実演・解説したいと思っています。 私の歩き方は、かつての江戸期以前の日本人の歩き方を研究し、私なりに工夫したものですが、この江戸時代の日本人の歩き方に関しては納得のいかない人が、現代日本には少なからず居られるようです。実際、もうかなり前の1999年の春ですが、『婦人公論』の「婦人公論井戸端会議」(司会、糸井重里氏)で、私が野村雅一・国立民族学博物館教授と鼎談を行なって、この日本人の歩き方について野村教授と話してほどなく、この鼎談を読んだことがキッカケかどうかはわかりませんが、ワシントンポスト紙が「昔の日本人は同側の手と足を同方向に動かして歩いていた」という、ちょっと日本人を揶揄したような記事を載せ、それに対して在米の日本人が激 しく反発したという記事を週刊誌で読んだ事があります。 私が、この「ナンバ」と呼ばれていた昔の日本人の歩行法について知ったのは、私がまだ18歳の時、古武術界の嗜宿(きしゅく)として知られていた名和弓雄先生からでした。その後、私の知友の演劇関係者から武智鉄二監督の著書『伝統と断絶』を紹介され、その中でしきりに、かつての日本人がこのナンバで歩いていたため、近代のスポーツは不得手なのだといった事が書かれていました。 当時は「へぇ~、そうなのか」と思いつつ、私自身このことは頭の隅にあるぐらいでしたが、やがて合気道を始め、鹿島神流十八代を名乗られた国井道之師範が伝えられた剣術を学んでいくうち、この「ナンバ」と呼ばれる身体の使い方は、道具を扱うことをメインに考えられた身体の使い方であることに、次第に納得がいってきました。 そして、この間、何回か名和弓雄先生の許で様々な話を伺い、昔の日本人が現代人のように反対側の手と足を同調させて動かす歩き方はしていなかっただろうと確信出来てきました。 ただ、今でも悔やまれるのは、昔の日本人によって当たり前の歩き方なら、その歩き方に「ナンバ」という、わざとらしい名称が何故ついているのかという事について、名和先生に質問しそびれた事です。昔の日本人にとって当たり前の歩き方に、わざわざ名前が付いているのは如何にも不自然で、推測するに現代の左右の手と足が同調する歩き方、走り方が一般化してから、かつての日本人の歩き方とを区別するため「昔の日本人は『ナンバ』で歩いていた」という事を、誰かが言い始めたのではないかと思います。ただ、それが誰かはわかりません。 武智鉄二監督にしても、名和弓雄先生にしても、昔の人というのは自分のちょっとした思い込みを断定的に書く傾向が強く、武智監督にしても「ナンバの歩き方は爪先で地面を蹴る歩き方だ」といった、現在の私から見れば、どう考えても間違った見解を述べられていますし、名和先生も時代考証の専門家ということで、「昔は鹿角の刀架けなど決してあり得ない」と明言されていて、著書にも書かれていた事が、その後、詳しく調査したところ誤りであることが判明した例もありますので、昔の事というのは、それこそタイムマシンでも実用化され、現実に過去の世界に行って見ない限りは確かなことは言えないでしょう。 それが、まだない現在は、より冷静に細部の手掛りから推理する以外はありません。もし「ナンバ」に関して具体的な手掛かりを御存知の方があれば、お知らせください。 たとえば、いま例に挙げた「鹿角の刀架けは近代に入ってから使われたもので、江戸期には無かった」という名和先生の説は、「昔は四つ足の獣類の角に武士の魂の刀など掛けるはずはなく、また鹿の角では鞘の塗りの漆が傷つく」と、説得力のある説明を名和先生は述べておられたのですが、私がある時、新撰組の局長であった芹沢鴨が暗殺された時の証言に、「鹿角の刀架けが布団から見えていた」というものがあるのを知り、名和先生の説に疑問が生まれたのです。 その後、刀の拵え等に大変詳しい方と知り合えたので、この刀架けに、江戸期から鹿の角を使っていたかどうかついて質問したところ、十五代将軍徳川慶喜の写真にシッカリと鹿角の刀架けに刀が掛かっている様子が写っている物を見つけてくださり、江戸時代でも鹿角の刀架けは使われていた事がハッキリしました。 ただ、昔の人の歩き方に関しては、このようなハッキリとした証明は困難ですが、私が可能な限り見た、昔の人が火事や戦乱、地震などで逃げている絵に、現代人のように左足が前に出ている時、右手も前に出ているものは無く、多くは盆踊りのような両手を上に挙げて走っている姿でした。 また、明治も三十年代に入って映画が発明されると、当時の欧米人の関心が強かった日本をすぐに撮影しに来たものが残っています。期待して見たのですが、欧化啓蒙主義が吹き荒れ、あらゆる事を西欧化し、日本の伝統を嘲笑した後であっただけに、現代風に歩いている人が多く、伊藤博文などは、これみよがしに思いきり現代人のように手を振っていました。 「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」 「チョンマゲ頭を叩いてみれば因循姑息な音がする」 と、今までの自分達の文化を嘲った日本人の変わり身の早さには苦笑してしまいますが、先ほども申しましたように、昔の日本人の身体の使い方について、新しい確かな資料や証言をお持ちの方は、私のサイトの管理人宛て御一報くだされば幸いです。
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
このところ、あまりにも多くの用件に対応しているので、つい告知が遅れていましたが、4月4日は久しぶりに静岡で講習会を14時から行います。 世話人が多忙のため、具体的告知内容がまだ送られてきていませんが、会場は静岡駅からさほど遠くない、今までにも何度も行ってきた所になると思います。 そして、翌4月5日は京都講習会です。bit.ly/3EHpyvC 今月は久しぶりに大阪で講習会を行ないましたが、4月の関西での講習会や稽古会は、京都のこの一回のみとなります。 今月の首都圏での講座や講習会は、22日の「音楽家講座特別企画」bit.ly/3P88Lucと、翌週の29日に久しぶりとなる一橋大学の「有備館」で行われる柊雲会主催の稽古会が15時からあります。この会は、身体の動きもですが、私に質問したいことがあれば自由に質問していただける会で、参加費は無記名の封筒に参加される方々が無理のない金額を入れて持参していただく「お布施方式」をとっておりますので、直接武術は関係のないことでもどうぞ。 会場となる一橋大学の武道場「有備館」は、JRの国立駅の前の広い道路(都道146号)をまっすぐ南に500mほど、バスの停留所で一つ分進み、国立駅を背にして左側にある一橋大学の東キャンパス(この東キャンパスの門と道を隔てて一橋大学の西キャンパスの門があります。キャンパスの大きさは西キャンパスの方がはるかに大きく、間違えて入ってしまわないように気をつけてください)の門を入ってそのまま奥に200mほど進んだところに、この武道場「有備館」があります。道場の玄関はテニスコートの方に向いています。ここで午後3時から5時まで稽古会を行います。
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甲野善紀@shouseikan·
火傷については、ここで論ずることは、しばらくやめておこうと思っていましたが、私とはもうかなり以前から交流のある、極めて思慮深い、ある医療関係者から、非常に冷静な、この火傷の処置に関する考察文をメールでいただきましたので、ここにそのまま引用して紹介させていただきます。 -------------- 「火傷を温める」の話で、この話に接した人達のなかに、認識のズレがある事に気がつきました。 それは「火傷を温める」という事が、火傷するほどの温度を加えることでも、火傷した部分にさらに熱を上乗せすることでもないのに、かなりの人達に、どうもそういう話として受け取られているらしい、というズレです。 そもそも、入浴温度かそれより少し熱めのお湯というのは、まだ高い熱が残っている火傷箇所にとっては、ゆっくり熱を逃がすことになります。 その一方で、その周囲にとっては、血のめぐりを増やす方向に働きます。 つまり、同じ温度でも、火傷そのものとその周辺では意味が違い、単純な加熱ではない、ということです。 これは、火傷した部位を、お湯に浸す場合だけでなく、熱源で炙る場合でも、本質的には同じだと思います。 火傷の熱を急激に冷ましすぎず、周囲の血流をしっかり保つ。 ここが肝なのだと思います。 さらに言えば、昔のように氷や氷水で強く冷やすやり方は、今では推奨されず、常温から少し冷たいくらいの流水で冷やす、という考え方が標準的になっています。 つまり、火傷に対する標準的な対応も、熱を受けた組織に残っている熱を逃がすことと、周囲の皮膚の細かな血のめぐりを落としすぎないこと、この二つを同時に満たす方向に進んできているわけです。 論文が出ていた、ラットの熱傷実験は、冷たい水よりも、体温に近い三十七度のぬるま湯の方が、周囲の微小循環が保たれやすく、よりよい結果だったという報告でしたね。 そう考えると、火傷の初期対応を「冷やすか温めるか」の二項対立で考えるのは、やはり現実に起きていることを捉えきれていないように思います。 もっと言えば、皮膚はどこも同じ性質の固体ではなく、複雑な構造を持ち、しかも血のめぐりによって熱の移り方そのものも変わるわけです。 なので、ジンジンするくらいのお湯も、生きた生体に対して複雑に作用する話であって、単純な物理モデルでは捉えきれないのだと思います。 何度も同じようなことを書きますが、お湯は、超初期の火傷にとっては「緩やかな除熱」として働き、その周囲にとっては「血流を保つ助け」として働くのではないか、ということです。 「火傷を温める」ということが現実には何をしているのかを、改めて考えると、火傷を急に冷やしすぎず、残っている熱をゆっくり逃がし、周囲の血流を保つ、ということなのだと思います。 周囲との温度差を縮める、と言い換えてもよいのかもしれません。 先ほども言いましたが、火傷の手当ては、氷水で強く冷やす時代から、常温に近い流水で冷やす時代になっています。 今後さらに見直しが進むなら、もしかすると「お湯」という温度領域は、まだ十分に検討されていないので、新たな事象が見つかることになるのかもしれませんね。
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
気付いてみれば、もう3月も15日。「2月は逃げる」と言われるが、最近の私にとって3月は2月と変わらない。こんな状態では、この先4月も5月も同じかもしれない。 このような状態なので、私にとって優先課題であるはずの稽古での気付きについても、メモしておくのも、ついしそびれるほど。 そうした中、ちょうど一週間後の3月22日(日曜日)は、昨年一回目を行った「音楽家講座の特別企画」が京王線の分倍河原駅近くで、前回と同じ会場で行われます。主催者から、その告知を依頼されていたのですが、このところの多忙さで「告知しなければ、しなければ」と思いつつ、その告知が一週間前になってしまいました。 一週間後の日曜日となれば、もう予定の入っている方が大半だと思いますが、もし参加してみたいと思われる方がいらっしゃいましたらどうぞ。bit.ly/3P88Luc
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甲野善紀@shouseikan·
メッセージありがとうございます。まさか小石氏ご本人から、このような私のツイート(ポスト)に対してメッセージをいただいていたとは思いませんでした。メッセージを拝見していて、昔、駒場で貴兄が森田氏と一緒に住まれていた家では、シャワーの不具合で温水を浴びていても、途中から水になってしまうので、それを「修行タイム」などと名付けて、そうした不具合も日常の彩りに変えられていたことを懐かしく思い出しました。
yusuke koishi | 小石祐介 | KLEINSTEIN | クラインシュタイン@yuurat

あのFREE MAGAZINEのインタビュー面白かったですね。好評でした。懐かしいです。

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甲野善紀@shouseikan·
昨日の私の「火傷」に関する投稿に対して、また賛否、あるいはそのどちらでもない、私には理解し難い、ひどく話を難しくしている意見もある。 しかし、あらためて言うが、私が伝えたい事は簡単なことなのだ。「火傷したら水で冷やす」という方法が、現在は応急手当として常識だが、「熱湯が掛かった」とか「熱い鍋などにちょっと触れて火傷をした」といった類の、日常で起こる程度の火傷の場合、入浴温度か、それよりやや高めの湯に浸して、浸した当初のジンジンした痛みが和らぐまで数分から10分ぐらい浸しておけば、水で冷やした場合よりも格段に早く経過するということが、私の経験でも、私が教えた数えきれないほど多数の人達の体験からも事実なので、そのことについて語っているだけなのだ。 まあ、頭から私を否定したい人が、試しもせずに否定するのは仕方がないとして、私に丁寧に忠告していくださる方の「納得しやすい事と正しい事は別」とか「影響力のある方が応急処置を語る時は慎重であっていただきたい」という意見に接すると、本当に当惑する。 事は他の多くの療法の効果のような、その判定が有効であったどうかが判りづらいものではなく、試してみれば数時間でその効果がハッキリする、とても判りやすい事例なのだ。 その事実が専門家の間で全く世間に伝えられていないので、専門外の私が伝えたというだけのことである。 話がここまで拡がれば、こうしたことに専門の医学関係の方々の耳にも入っているのではないかと思うので、今後は是非そうした方々に目覚めていただきたいと思う。 「科学は今まで当然と思われてきたことに、あらためて疑問の目を向けて、新しい発見をしてきた」という事は、今まで散々言われてきたことだから。 火傷に関する2月末からの一連の投稿は、ほぼ言い尽くしましたので、今回を以て一応終わります。また、この件で投稿することがあるかもしれませんが、私も他に用件や仕事を多数抱えていますので、この問題にこれ以上時間を割いても、あまり意味がないように思いますので、ひとまずは終わります。 どうしても、この事で私に直接会って質問したいという方は、私の講座や講習会へどうぞ。 昨日の投稿に明日の池袋コミュニティカレッジでの講座の案内を付けておきましたら、私がこの件で自分の講座を宣伝しているように受け取る方もあるようですので、ここには具体的な案内は書きません。 ただ、このツイッター(現在「X」)は、基本的に私の活動の告知が大きな目的の一つですので、これからそうした講座や講習会の案内は当然行ないます。 そして、それらの講座・講習会で質問された事には、私が答えられる範囲でお答えしていますので、何か私に聞いてみたいと思う方はどうぞ。
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
3月6日に東京を発ち、7日京都、8日大阪と、2日連続関西で講習会を行って、一昨日帰ってくる。一週間ほど前から、私が「火傷は温める」とツイート(ポスト)したことに対して、かつて一度も起きたことのない批判が数多く私に寄せられ、私もそのことを書き始めた以上は落ち着くところまで、このことについては語り続けなければならないと思い、旅の途中であらためて私の意見を書いておいた。 そのため、ただでさえ忙しい最近の私が、ある程度時間を割いて、このことについて書いたため、締め切りギリギリのメールマガジンの原稿や、その他の用件が色々切迫してきて、なかなかこの続きを書くことができなかった。ただ、前回7日に、この件について私が投稿した後、私を激しく批判していた意見よりも、冷静な意見や私と同様な体験をした人たちの体験談などの方が多くなっていた。それは、実際にやってみれば明らかだからである。 あらためて書くが、熱い湯や飲み物が手にかかったり、熱い鍋などに触れて、ちょっとした火傷をした時、直ぐに (この「直ぐに」と言うのが重要で、 1分以内ならより効果がある)入浴温度か、それよりやや熱い程度の湯に、その火傷部位を浸し、ジンジンとした痛みが和らぐまで数分から10分程度浸しておくというものである。 今までそうした折に水で冷やしていた人なら、その違いにびっくりするほど、速やかにその火傷は経過するだろう。 私も少しは世間に知られている人間で、解剖学者の養老孟司先生と2冊の共著を出しており、その中の一冊は『自分の頭と身体(からだ)で考える』という、世間の常識より自分自身の体験を重視することを説いた本であり、私がいい加減なことを言えば、養老先生にも迷惑がかかるので、よほど推理力のない人か、頭から私の言うことを否定してかかる人でなければ、私の言うことが「今までの常識とは違うが、出鱈目ではないのではないか」と、容易に想像がつくはずである。 この「火傷は温める」と似た、それまでの医学常識とは違うことが、現在はかなり世間に認知されているものに「湿潤療法」がある。 「怪我をした時に殺菌しない」という処置は、私が初めて知った時もかなり衝撃的だった。しかし、それにより、バイクのチェーンか何か巻まれて指先がぐちゃぐちゃになってしまった人が、ずっとこの「湿潤療法」を行った結果、もし普通の傷口を殺菌する傷の処置を行なっていたのなら、傷が治った時、指が少し短くなっていただろうが、綺麗に元の状態になったということを知り、この療法が革命的であることを知った。 もちろん「湿潤療法」は、傷口を殺菌力のある薬品で消毒せず、きれいな水で洗い流すだけだから、化膿する危険性もあるが、上手に経過すれば、殺菌するよりずっときれいに傷口が治るようだ。 こうした例を知っている人もいて、私の「火傷は温める」というという処置に関しても、体験はしていなくても、その可能性を否定はしない冷静な意見が増えたのだと思う。 冷静な意見の中には、エビデンスを示し、さらに説得力のある解説を望むものもあったが、私は自分で武術の研究を行ない、その体験を書いたり伝えたりしているのが仕事の人間であり、科学的論文などは全く私の専門外で、そうしたことは今回の件で従来の火傷の対処法に疑問を持った医学者の方にお任せしたいと思う。 あらためて「科学、科学」と、論文やエビデンスにこだわる人に私が言いたいことは、芸術家に対して「あなたはなぜ人々を感動させるのか、そのことを論文にして書かなければ認めない」などとは誰も言わないだろう、ということである。 芸術という心を扱うジャンルに論文が似つかわしくないことは、ほとんどの人は了解していると思う(もっとも、中にはなぜ感動するのかを科学的に分析するという動きも最近はあるようだが)。 この「火傷は温める」ということに関して、今回少なからぬ注目を浴びたが、私がかねてから多くの人たちに、あらためて考えて欲しいと思っていることは、医学にせよ、スポーツのトレーニング理論にせよ、心の働きというものを無視、あるいは軽視していては、本当に人間というものは理解できないということである。 スポーツのトレーニングにおいて、最近大リーグで活躍する山本由伸投手がウェイトトレーニングを行わず、好成績を上げていることに関して、ようやくトレーニング界の注目が集まってきたが、ウエイトトレーニングの問題については、私がかねてから散々言い続けてきたことである。 もちろん、運動不足の人や、見た目の筋肉を作り上げたい人にとってウェイトトレーニングは有効だろう。しかし、微妙な技術を伴う体技の世界においては、ウエイトトレーニングはよほど考えて行う必要がある。その何よりの理由は、体に負荷をかけ筋肉を刺激している時、そのことをやっていることに心理的に強い必然性を感じているかどうかが、役に立つ筋肉が養われるか、逆に動きを鈍くさせてしまう筋肉がついてしまうかの大きな違いを生むと思うからである。 バーベル等を持ち上げるウェイトトレーニングは、そのことに強い必然性を心は持ちにくいだろう。そのため、音楽などを聞いて退屈な気持ちを紛らわせたりしている人が多いようだ。つまり、持ち上げかけたバーベルを「面倒くさい」とその場で投げ出しても、別に体に問題はない。 しかし、木に登っていることを想像してもらえば誰にでも理解されると思うが、枝を握って自分の体を引き上げている動作は、非常に必然性がある。木に登っていて「あーめんどくさい」と枝を掴んでいる手を離す人間は誰もいないだろう。それどころか、潜在的に心は常に「もし枝を掴み損なったり、足を滑らせて体が落下しそうになったら、瞬間的に木に抱きついて落下を免れよう」とする動きを行う準備をしているように思う。そのため、そうした木登りや枝渡りなどで培われた身体の筋肉というのは非常に細かに分かれていて、独特の発達の仕方をするようである。 かつて桁違いな剣の腕を持っていた、奈良・十津川の中井亀治郎は、子どもの頃から猿を追って素早く木に登り、枝から枝を使って逃げる猿を追って、自らも木の上を異常な速さで移動することができるようになっていたため、現代のいかなるスポーツ選手もとても真似のできないような凄まじい運動能力を身につけていた。 その例の一つは、土砂崩れを起こした山の急斜面に空になった醤油樽を転がし、まさに落石と変わらぬ速度で落ちるその醤油樽を追って、棒でこの樽を叩きながら一気に谷底まで駆け下りる訓練を行なっていたという逸話があることだ。 「強い興味を持って、一つ間違えば大怪我か命がなくなるような状況で、その自分がやりたいことを行う」という時、人間は最も身体の機能が開発されるようである。 火傷の話に戻れば、暗示をかける事が上手な人は、ただの消しゴムも「それが熱せられた石だ」という暗示によって人間を実際に火傷させることができるという事は、この世界では知られている話である。また逆に、気持ちの持ちようでは、普通なら間違いなく火傷をしている状況下でも何でもないことがたびたびある。 例えばある唐揚げ屋は、唐揚げを揚げるのに箸などを使わず実際に暑く熱せられた油に手を突っ込んで唐揚げを取り出し、さらにはお玉で鍋の中の熱い油をすくって手にかけて見せたりしている映像を以前テレビでも見たことがあった。 この、普通なら間違いなく火傷をするような状況下で、火傷をしないという人間がいることは事実で、他にも確か大阪の鉄板焼き屋で、熱せられた鉄板を手に持って客に出す店主がいたという話を聞いたことがある。ただ、この店主も想定外で熱いものに触れた時は火傷をすると語っていたそうである。 現代医学はこうした心理的働きを「プラセボ」とか「ノセボ」と名付けて、そうした働きがあることを認めてはいるが、それは薬の効果などを分かりにくくさせる不確定要素として邪魔者扱いしている観がある。しかし、人間というのは心の働きや意識の状態が身体に大きな影響を与えるという存在なのである。 今後こうしたことにも研究の目が向く医学が発達することを心から願わずにはいられない。 今週の13日は池袋のコミュニティカレッジで19時から私の講座があります。この火傷のことについても、具体的に私の口から詳しいことを知りたい方はどうぞ。 bit.ly/4bxQMWK
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
明日3月8日は、大阪で久しぶりの講習会を行います。yu-bukai.com/session/sessio… ほぼ満席のようですがご関心のある方はお問い合わせください。 この講習会で火傷に関するご質問のある方もどうぞ。
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甲野善紀
甲野善紀@shouseikan·
私が2月の末から3月の初めにかけて、ここで「日常、時として起こる火傷は、従来の定説のように、すぐ水で冷やしたりせず、逆に入浴温度か、それよりやや高い程度の湯に、しばらく浸し、浸した当初のジンジンした痛みが和らいでくるまで浸していると、水で冷やした場合より桁違いに早く経過する」という対処法に対して、「そんな馬鹿なことがあるか、火傷は冷やすに決まっているだろう」「危険な誤情報を広めるのは犯罪だ」「年をとって耄碌したのだろう」「晩節を汚さぬように」等々といった、かつて一度も体験した事がない批難の数々が送られてきた。 中には、私の言うことに同意する人の意見も少数あったが、私がこの「火傷は温める」という事を発表し始めてから一度もなかった批判の嵐である。 しかし、この現象は心理学を専門にされている研究者や社会学者にとっては「人間の思い込み」ということが、どれほど深く多くの人達の意識に刷り込まれ、それが今後どのように変わっていくかを見ることが出来る滅多にない機会ではないかと思う。 何しろ、今後この「火傷は温める」という処置法の話題がより大きく社会に広がっていけば、公平な視点を持った人もこの事に関心を持つようになるだろうし、そうなれば冷静にこの課題と向き合う人も出てきて、海外の研究で、「火傷は冷やす」とは違う研究論文にも気付くようになるだろう。 そうなってくれば、声高に 私を罵っていた人たちは 次第に 黙るか 、 いろいろと 理屈をつけて 自己弁護をするようになるだろう。 何しろ、この「ちょっとした火傷は温めた方が冷やすより、ずっと早く回復する」という事は事実なのだから。 私は武術の研究を通して人間の思い込みにより、ちょっとした手の向きの変化にも多くの人が長年気付いていないことを見つけだした。 例えば寝ている人を起こす時、頸椎から胸椎にかけての辺りに掌側を当てて起こそうとする一般的な方法より、親指を鉤がたに曲げて緊張させた手の甲側を、頸椎から胸椎の辺りに当てて起こした方が、遥かに楽に起こす事が出来る事に気付き、それを伝えて来た。 この方法は「古武術介護」という名称で、かなり世間に広まっている。 あらためて考えてみれば、私が「火傷をした時、冷やさずに温める」という方法に接した時、驚きはしたが、同時に強く興味を持ったのは、日頃から常識的方法が、最善とは限らないという事に、常に意識が向いていたからだと思う。それに、この「火傷は温める」という処置法は、別々に複数の方々から呈示されたので、わざわざ複数の人が、出鱈目な処置法を、私に知らせる確率は極めて低いと考えられたからである。 最後にあらためて言うが、この「火傷は温める」という方法は、日常のちょっとした、皮膚に損傷のない、熱湯が手にかかったり、熱い鍋に触れてしまった火傷に有効な処置法で、とにかく火傷してから温めるまでの時間が勝負である。 湯沸かし器のある場所でなら、すぐ湯が得られるだろう。電子レンジに濡れたタオルなどを入れ、それで覆うという方法もある。ジンジンと激しく痛むが、それが和らいだら数時間後から1日も経てば、火傷した事も忘れるぐらいになっていることが多い。 新しいことにチャレンジする気持ちを持たれている方で、たまたまちょっとした火傷をされた方が試されれば、その効果はまさに身体で納得されると思う。
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