
自分の直感を信じるんやで。
shuto
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自分の直感を信じるんやで。

僕はよく言語化がうまいと言ってもらうことがあるけど、本を読むことが全てだと思う。それもそこそこ難しい本。何回か同じ文を繰り返し読まないと理解できない本はカルピスでいう原液だから、その原液が頭の中に入っていれば、あらゆる場面で適切に薄めて出せばいいだけ。難解書が実は一番コスパいい。


読まずにいられぬポスト作りは、至難の業。だから冒頭1文目に、持てるエネルギーの全てを注ぎ込まねばならない。 最初の1文で読者の関心を6割方引き寄せ、続く2文目で8割まで高め、3文目に差し掛かる頃には 「この長文は気合いを入れて最後まで読まなければならない」 と覚悟を決めさせる。 特に長文記事においては、この導入部の設計が、その後の文章が読まれるか否かを決定づける。 その際、書き手は言葉の微細なチューニングを要求される。 例えば、「タイムラインを漫然とスクロールする読者の手を止めるのは」と書くか、「読まずにいられぬポスト作りは」と書くか。 前者はフォーマルで距離を置いた響きを持つが、後者は読み手の懐に入り込み、心理的な距離を一気に縮める効果を生む。 読み手の脳内反応を想像しながら、言い回しや語尾を緻密に調整しなければならない。 手抜きして、雑に書き流していたら、読み進めてはもらえんよ。

舐められやすい人ほど、実は一番まともです。


AIに関連して「AIで社会はどうなる」とか「AIで仕事はなくなる」といったテーマについて、多くの人が眉間に皺寄せて議論していますけど、あまり生産的ではないなと思っています。 じゃあ、お前は何もしないのか?と聞かれれば、「自分の人生を鮮やかで楽しいものにするために、個人的に生成AIをどう使い倒せるか?」ということだけを考えています。 第一弾として、相当部分を生成AIに書かせた書籍を出してみたわけですが、結果わかったのは「書籍執筆の生産性は生成AIで数倍になる」ということと、 第二弾として、自分の作った楽曲をリミックスして世界に向けて発表するのに生成AIを使う、ということをやってみたわけですが、こちらもやはり生産性は数倍になったと思います。 生成AIのおかげで社会はどう変わるか?について議論するよりも、生成AIを利用して自分の人生はどう変えるか?について考える方がずっと得だと思うのですけどね・・・


05/24 ・合同写真展に行ったら好きな写真家の方が近所だった件 ・卵をベランダから外に投げる兄 ・カレーを作ったのにご飯を炊く前に寝落ちした


05/24 ・合同写真展に行ったら好きな写真家の方が近所だった件 ・卵をベランダから外に投げる兄 ・カレーを作ったのにご飯を炊く前に寝落ちした

05/23 ・ギャラ未払い泣き寝入り ・ヒップホップ ・拗ねるやつが世界一有害

カメラとか釣りとか、おじさんの趣味になりそうなものって、総じて ・競争しない ・できなくて面白い ・所有欲だけで満足できる という性質がありそう。 昔先輩に釣りを誘われた時、「釣れない釣り行こう」って言われた。あれでいい。