simo
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@simoneodagirri
若狭、若狭ってなんだ… 主に浦和レッズと蒸留酒と鉄道と飛行機と経理と艦これおじさんで騎士君とトレーナーなど。一口馬主はじめました(社台・キャロット・ライオン他)。一口については主に別垢で。
JAPAN Katılım Kasım 2009
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Jリーグクラブで働くべくアメリカでの大学留学を終えて帰国し、当時の全Jクラブにアプローチしたが、まだ何者でもない自分を即採用してくれるクラブはありませんでした
まぁ簡単には決まらないだろうなと思いながらアプローチしていたので前向きではあったものの全戦全敗な日々に気持ちが落ちる時もありました
そんな時、川淵さんがゲストで招かれた何かの講演会(なんだったか忘れた)に参加
講演後、どうしても川淵さんと一対一で話をしたくて会場に最後の一人になるまで残り、会場を後にしようとしている川淵さんに勇気を振り絞って声をかけました
「自分はどうしてもJクラブで働きたくて色々動いているが、どこも自分を受け入れてくれない。一体どうしたらよいでしょうか」
川淵さんは僕を無下にする事なく、しっかり僕の目を見て
「それはまだ君の情熱が足りないんだ。本当にやりたい事ならば絶対に諦めずに突き進めるはずだ。頑張りなさい。君と一緒に仕事できる日が来るのを待ってる」
とエールを送ってくれました
当時チェアマンだった川淵さんからまだ何者でもない20代の自分に送られたこの言葉はとてつもなく大きく、その後の励みとなり川崎フロンターレの門を開く道へと続いていきました
それから時が経ち、20年後の2016年
フロンターレの新体制発表会見のゲストに川淵さんが登壇することになりました
登壇前の川淵さんの楽屋に伺い、20年ぶりに再会。20年前に川淵さんからいただいた言葉のおかげで今の自分がある事の感謝を告げました
川淵さんは20年前同様に真っ直ぐと僕の目を見てこう語りました
「まったく記憶にない」
と!
少しでも当時の僕の記憶があればと淡い期待を持ってしまってましたが笑、
川淵さんは誰に対しても僕のような人からの問いかけにブレずに同じような言葉を送っていたんでしょうね。その言葉がどんなに勇気を与えてくれたことか。
心から感謝しています
スポーツの世界で長く活動するようになり、僕も多くの若者から話しかけられるようになりました
川淵さんが僕にしてくれたように僕も時間の許す限り、まだ何者でもない人であっても真摯に向き合い、話を聞き、「いつか一緒に仕事できる時がくるといいね」と言葉を送ることを心がけています
川淵三郎(日本トップリーグ連携機構会長)@jtl_President
今日は僕の人生後半が決まった記念日。1988年51歳だったこの日関連会社への出向を命じられた。会社としてそれなりの処遇であったにも拘らず本人は過大な自己評価をしていただけに大変なショックを受けこれをきっかけにサッカー界に戻る決意を固めた。思えばこの出向がなければ今の自分は存在していない
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