aoisora
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【迷惑行為】外国人男性が参道の竹に落書きする動画が物議 京都・伏見稲荷大社「マナー守って」 news.livedoor.com/article/detail… 千本鳥居につながるハイキングコースの竹林では、竹にイニシャルなどが彫られる被害が続出しているという。伏見稲荷大社は「マナーを守ってご参拝ください」と呼びかけた。



日本語を勉強していて、不思議に感じることがあります。 英語のように順番で意味を積み上げていくというより、全体の意味が少し遅れて立ち上がってくるように感じるのです。 最初は、ただ翻訳して理解しているだけだと思っていました。 しかし今は、何か違うのではないかと感じています。 日本語は「読む言語」というよりも、 読んだあとに意味が成立する言語のように感じられます。 同じ文章でも、読む人の経験や背景によって解釈が変わることがあります。 ここで少し考えました。 意味とは、文章そのものの中に存在するものなのでしょうか? それとも、読む側によって作られるものなのでしょうか? もう一つ気になるのは次の点です。 日本語のネイティブの方は、言葉を一つ一つ意識的に解釈しているのでしょうか? それとも、ほぼ“反射的に”理解しているのでしょうか? もし反射的だとすれば、それは「理解している」というよりも、 そのまま「感じている」に近いのでしょうか? さらに深く考えると、次のような疑問も浮かびます。 もし意味がこれほど文脈に依存しているのであれば、 コミュニケーションは、それを解釈する心に届くまでは未完成の状態なのではないでしょうか? もしそうだとすれば、「本当の言語」はどこに存在するのでしょうか。 文章の上なのか、話し手の意図の中なのか、それとも聞き手による再構築の中なのでしょうか。 もう一つの質問です。 日本語は思考そのものにおいて、曖昧さをより受け入れる傾向があるのでしょうか? それとも単に、曖昧さを無理に確定させないだけなのでしょうか? そしてもし曖昧さが自然なものであるとすれば、それは真理の捉え方にも影響するのでしょうか。 真理は固定されたものになるのでしょうか、それとも状況によって変わるものなのでしょうか。 また、ネイティブの方は、一つの文に対して複数の意味の可能性を同時に感じることがあるのでしょうか? それとも、正しい意味は通常すぐに一つに収束するのでしょうか? 最後にお聞きしたいです。 日本語はあなたにとって「情報」に近いものですか? それとも「感覚」に近いものですか? あるいはそれ以外の何かでしょうか? そしてさらに、その上でお聞きしたいのですが、 日本語はあなたの思考を形作るものなのでしょうか? それとも、すでにある思考を表現しているだけなのでしょうか? あるいは、その両方だと感じますか?


夫が言う。日本には温かな場所が皆に開かれていた。彼がかつて25年前に訪れた日本ではたくさんの優しい方々、英語ができないからと赤くなりながらも身振り手振りで切符を買うのを助けて下さり、ハラヘリでふらり、迎え入れて下さるお店ではメニューが分からないとお客さんが俺が食べてるのはこれ、このやつだよと、湯気で曇ったラーメン屋さん、煙が香ばしい焼き鳥屋さんで、周りのお客さんが囲んで助けてくれた。 桜が見たい、でもどこだろうと迷っていると、知らない御婦人がこっちこっちと手を引いてくださった。 老舗の和菓子屋さん本店でレシートご入用ですか?とご丁寧に夫ごときにお声を掛けてくださったのに「いらん」と言ってしまい、私がすみませんと頭を下げると「はは、和菓子が好きなんて珍しい西洋のお方やなあ、大事に柚子の入れ物抱えてくださるなんて可愛らしい、うれしいですな。また来てくださいね。」と、謙虚にユーモアを込めて笑って下さった。 夫が続ける。「日本のしとは優しい、優しいから傷つくし誇りに思える長い長い歴史や文化、伝統があるからそれを解らないで踏みにじるストレンジャーに違和感を覚えるのは当たり前なんだ。温かな場所は皆に開かれているのに扉を閉めさせてしまっているのはそれを尊重しない、土足で踏みにじるわからんぼう達なんだよ。残念ですよ、あんなに美しい国、人々に本当に触れ合わずに、にわか観光に、移住してもまるで国ごと引っ越したみたいに振る舞うなんて、失礼だよ、かなしいよ。」 私の近所にある古いパブがある。チェーンに多くの店が吸収されたり、参加していく中、そこは一見さんお断りのような無茶苦茶コアで入りにくい雰囲気が漂っている。何度も窓から入りたいなと伺ったが勇気が出なかった。中は地元の立ち飲みを愛する人々、テーブルがあるにその脇に立って飲む、又はゆっくりパイントエールと読書を味わう、そんな時間が止まったようなそこは30人も入ったら満員な小さなパブ。 かつて勇気を出し入った際には、私がどれだけイギリスのパブが好きで、疎外感を感じたり孤独だった時にはパブで人々のドラマを眺めて、あの方もお一人だな、どんな背景があるのだろうなど考えていた事を話したら、それ以来温かく、君は私たちの一員だから、と頑なで一見怖そうなバーマンの方や、まさにイギリス地元のジェントルマンさん達も温かく迎えてくださるようになった。 私が英語を話す努力もしないで、ただ指さしていたり、いきなり自国語でこれくれっていったら、どうなっていただろう。 日本でも、夫を受け入れてくださった方々がいた、扉は今も開かれているのだ。ただ、訪れる側が勝手にそこを狭く、固く閉ざしてしまっている。 私は今温かな人に恵まれ、温かな場所にいる。イギリスで常にその文化や伝統、しきたりを尊重している。当たり前のことだと思っている。 逆の立場で願う。訪れる人は日本の文化や伝統にどうか、どうか、尊敬を持って、人々を敬い、優先してほしい。そして、温かな場所にたどり着いてほしい。 夫に優しくしてくださる皆様、本当にありがとうございます。感謝しかありません。 パブ The Trafalgar 23 High Path, London SW19 2JY インスタグラム instagram.com/thetrafalgarsw…























