

スタジオセンゴク 宮下英樹
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@studio_sengoku
漫画家の宮下英樹の告知用アカウントです。告知のある時までは特に何もつぶやきません。



3話拝読。秀忠が家康の後継になった理由が豊臣家を重んじてるからという。 パタパタ秀忠も胃がキリキリしてたんだろうと。 対して重野なおき先生の秀忠は大阪の陣で「豊臣は滅ぼすべき!」となってるのは面白い。

@studio_sengoku 豊臣家も。何もしないのに。権力返してもらえるというのが、図々しいです。加藤たち豊臣恩顧の者達にかしずかれて、身の程が解らなかったのでしょう。

なぜ関ヶ原から大阪の陣まで15年も空いたのか?とても難しいところに切り込むね。 個人的には、猪熊事件から公家衆法度の制定、スペインとの断交・武器密輸阻止、そして江戸への家臣集住の完成、加藤清正の死あたりの複合的判断な気もする。

この家康の天下構想だと井伊直政の死去(取次大黒柱不在化)、家康の所在地移動、将軍就任、二代目譲位をどう解釈するか? 戦後処理終わったし豊家に自覚して運営してねという一歩引きなのか徳川家による天下への段階的移行準備なのか?

家康は家としての独立性と将来は担保したいが、武家のトップの座に関してはあまり執着していないので、秀忠と秀頼の二人で上手くやっていってくれれば一番かと思っていたかもしれない 政権内の権力争いに巻き込まれて徳川家が滅ばないための最適解を取っていたようにも見える

なんだか関ヶ原自体も、直接の原因は朝鮮出兵問題より蔵入地問題と思った方が筋立てが当てはまるなぁと。領地転封で筑前を蔵入地にされそうになった小早川秀秋がキーパーソンなのも皮肉というか

「センゴク権兵衛」の最終巻見るに大坂の陣を主導したのは秀忠で家康はそうでもない感じなんかな?

単行本になるまで前後がわからんけど 結局はなし崩しでもコレを豊臣恩顧大名が認めた時点で豊臣家は天下人の家じゃなくなったよなあ…

(あくまで想像でしかないですが) 秀頼と秀忠は、婿どの・舅どの、ではあるけれど、 実は気質において、似ているところがあったのではないか?(頭に血がのぼると頑固で向こう見ずな物言いでキレる) なんて想像してたので、先生の「家康の息子」って表現、個人的にはなんかストン、の感でした💡

輸入銅銭不足だったら、国内で鋳造したら良かったですよね。平安時代や江戸時代には出来たことかと思います。絶対量が不足していた可能性も残りますが、多分、中国との関係が悪くて、技術導入どころじゃなかったんでしょうね。そもそも原材料がなかったと主張する人もいますが、明銭も清朝銭も江戸時代の銭もありますので、そういうことではないと思います(ある種の嫌中派は、事実を犠牲にしてでも、中国に少しでも頼る発想が嫌なんでしょうね)。





秀吉政権から石高制に移行するのは、それまでの貫高制や貨幣経済に社会的な限界・要請があったからなんだろうか?などと当時考えてたと思います。

@studio_sengoku 秀頼もだけど。秀忠も。ですね。