たみ | メンズナース🩺

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@tami_maro

メンズナース歴28年 | 急性期病院の師長を経て、ベネケア訪問看護ステーションを立ち上げ | 誰もが「家でよかった」と言える支援を届けます✨ ナース募集中✨  伊丹 | 尼崎 | 宝塚 | 川西市全域

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この度、在宅医療支援機構が運営する看護師向け求人サイト「NsPace Career」に、当社のインタビュー記事が掲載されました。 ぜひご覧ください。 ▼インタビュー記事はこちら ns-pace-career.com/media/facility…
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ボクは生まれた時、泣かなかった。 だれもが思い浮かべる 「オギャーッ」という産声がなかった。 泣きもせず、青紫色になったボクを見て、 先生と助産師さんは母から離し、 必死に処置をしてくれたそうだ。 口や鼻の羊水を吸い、 逆さまにして、お尻を叩き、 なんとか泣かせようとしてくれた。 横になったままその光景を見ていた母は、 生きた心地がしなかったと思う。 そして、やっと小さな産声をあげた瞬間、 母は 「生きてくれてありがとう」 と心から思ったと言う。 ボクはこの話を、子どもの頃から何度も聞いて育った。 あの日、たくさんの大人が 必死に命をつないでくれたから、 今のボクがいる。 だからなのかもしれない。 命の重みを考えるようになり、 いまメンズナースとして 人の命に向き合っているのは。 医療現場では、 絶望の中にいる患者さんや、 不安で押しつぶされそうな家族と向き合うことがある。 「これでよかったのか」 「自分は力になれているのか」 そう悩む日もある。 でも、迷うたびに思い出す。 泣かずに生まれた小さなボクを、 諦めずに救ってくれた人たちのことを。 初めての産声に涙した母のことを。 あの日、命をつないでもらったボクだからこそ、 今度はボクが 誰かの命や暮らしを支える側でいたい。 その思いを胸に、 今日もナースとして生きている。 @tami_maro
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新人ナースへ。 新人の頃、夜勤が本当に苦手だった。 ナースコールが鳴るたびに 「お願いだから重ならないでくれ…」って思ってたし、 オムツ交換してる最中にまたコール、 処置が終わらないうちにまたコール、 それだけで頭の中が真っ白になっていた。 先輩たちはテキパキ動いていて、 自分だけが何もかも遅く感じた。 ある夜、 コール対応も記録も遅れてしまって、 申し送りのあとに先輩から 「優先順位をもっと考えないとあかんで」 と言われた。 その言葉は正しかった。 そんな事は分かっている。 分かってるけど、 ボクにはそれができなかった。 更衣室でひとりになった時、 「ナースに向いてないのかな」 「また今日も迷惑かけたな」 そんなことばかりを考えていた。 でもある日の勤務で、 何度もコールを押すおばあちゃんの部屋に 呼ばれて行った時のこと。 正直、 心の中では 「さっき行ったばかりなのに…」って思ってた。 でもベッドサイドに行くと、 その人がボソッと 「あなたが来ると安心する」 って言った。 たったそれだけの一言だったのに、 胸にずしんときた。 新人って、 できないことが多くて当たり前だと思う。 報告のタイミングも、 優先順位も、 記録も、 処置も、 最初から上手くできる人なんていない。 でも、 不器用でも、 余裕がなくても、 目の前の人を大事にしようとしていることは、 ちゃんと伝わる。 患者さんは、 完璧なナースを求めているんじゃない。 ちゃんと自分を見てくれる人を求めている。 覚えることが多すぎて苦しくなる日もあると思う。 先輩の何気ない一言で 眠れない夜もあると思う。 帰り道、 自分だけができていない気がして、 泣きたくなる日もあると思う。 でも、大丈夫。 あの時いっぱいいっぱいだったボクも、 続けてきたから今がある。 失敗したことも、 怒られたことも、 自信をなくした日々も、 全部ムダじゃなかった。 その経験があるから、 しんどそうにしてる新人さんを見ると放っておけないし、 不安そうな患者さんの気持ちにも前より気づけるようになった。 新人の今は、 うまくできなくてもいい。 昨日の自分より、 ひとつ成長できたらそれで十分。 焦らなくていい。 比べなくていい。 ちゃんと悩みながら働いているあなたは、 もうそれだけで立派なナースです。 がんばれ、新人ナース。 今日しんどくても、 その一歩一歩が、 いつか誰かを救う力になる。 @tami_maro
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「美容系に行きたいんです…」 
A子は、申し訳なさそうにそう口にした。
ボクが師長として面接を担当していたときのことだ。 何人目だろう。
彼女は決して仕事ができないわけじゃない。
むしろ真面目で責任感のあるナースだった。 だけど、現場の忙しさや夜勤のつらさに押しつぶされ、
次第に“やりがい”を見失っていた。 「若いうちしか行けないので…」
「夜勤がもうつらくて…」 彼女の声は小さく震えていた。
言葉のひとつひとつに、 積み重なった疲れがにじんでいた。 ボクは引き止めなかった。
志を持って選ぶ道なら、応援したい。
苦しい現場を飛び出すのも、 時にひとつの勇気だからだ。 でも、ボクの胸の奥は複雑だった。
ナースが次々に美容の世界へ進んでしまったら、
いまの医療体制はどうなるのか。 確かに美容の道は魅力的だ。
キラキラした環境で、
給料も良く、夜勤もない。
きっと彼女もより輝くことができて、
人間らしい暮らしが待っているかもしれない。 一方で、病院や訪問の現場では、
今日もどこかで誰かが”命”を守っている。
 医療的ケアが必要な子ども。
転倒して動けなくなったお年寄り。
がんの痛みに耐える患者さん。 そうした人たちに寄り添う存在が、
少しずつ減ってしまう現実を想像すると、
ボクの胸はざわついた。 医師の世界でも同じ傾向があると聞く。
「直美(ちょくび)」と言って
初期研修を終えてすぐに “直”接 “美”容医療に進むことを
そんなふうに呼ぶらしい。 ボクは思った。
これは、ナースや医師が悪いのではない。
彼らを送り出してしまうほど、
現場の環境が厳しいということだ。 それでも、 「患者さんの笑顔に救われた」
「ありがとうの言葉で頑張れた」
そんな小さな光を胸に、
多くのナースや医師が なんとか踏ん張っている。 だけど、光よりも影が大きくなるとき、
人は次の道を探すのだろう。 A子の面接を終えたあと、
ボクは長いこと考えこんだ。
「どうすれば、ナースがここに残りたいと思えるだろう」
その答えを探すために、
ボク自身もまた新しい道を選んだ。 
病棟の師長から、訪問看護へ。 師長の立場ではできなかった環境を 自分自身で作り上げる。 訪問の現場では、 病院とは違う“看護”が待っていた。
 患者さんの暮らす部屋に入り、
家族と共に、その人の人生に寄り添う。
 モニターのアラームもなく、
聞こえるのは家族の笑い声や生活の音。 そこには「その人らしさ」があった。 その空間を守るために、 ナースが必要とされている。 A子のように、 美容へ羽ばたいていくナースもいる。
それはそれで尊い選択だと思う。 けれど、患者さんのそばで共に歩む道を選ぶナースもいる。 どちらも間違いではない。
 ただ、ボクは願う。
「苦しいからやめる」のではなく、
“自分がこうありたい・生きたい”と思える選択をしてほしい。 そして、ナースが安心して働き続けられる環境を、
これからボクは作っていきたい。 @tami_maro
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たみ | メンズナース🩺
実は、ABEMA Primeにちょっとだけ出演します😳 abema.tv/channels/abema… こんなテーマで、ボクのポストがテーマとマッチしたようです^^; x.com/tami_maro/stat… 緊張しかしません💦
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「おばあちゃん、もう口から食べられないらしい。 病院から胃ろうという管で食事をとる方法のことを、言われたんだけど…」 父が困り果てた顔で ボクにたずねた。 ナースのボクは、病院でも 胃ろうの患者さんをお世話していて、 その方法が本当に良いのかは正直わからない。 胃ろうは、口から食事を摂ることが できなくなった人にとって、 胃に穴をあけたチューブから 栄養を補うための手段。 ボクがお世話した胃ろうの方は、 ほとんどが意識がない方だった。 患者さん自身が、 その決断をすることができないので 家族がその選択を迫られることになる。 ボクはその現実に、 ほんとにこれでいいのだろうかと いつもモヤモヤした感覚があった。 ボクの祖母は、戦後の混乱した時代を 生き抜いてきた人。 ボクが小さい頃から、農作業やミシンをしながら  いつも笑顔でボクたちを支えてくれた。 よく山へ山菜を摘んでは 家族のために料理をしてくれて、 みんなの喜ぶ顔を生き甲斐にしているような人。 好き嫌いもなく何でも食べることに こだわっていた人だった。 そんな祖母も認知症を発症してからは、 少しづつ祖母らしさがなくなっていった。 そして、家で暮らすことが難しくなるほど 認知症が進んでしまった。 施設に入ることを余儀なくされ ほどなくして、 祖母は寝たきりになった。 口から食べられるチカラを失った祖母にとって、 ただ生きるためだけに 胃ろうで栄養をとる生活が、 本当に幸せなのだろうか。 父がボクに相談してきたのは、 そんな状況の中でのことだった。 「おばあちゃんに胃ろうを作ったほうがいいのか……お前はどう思う?」 ふたたび父親からたずねられた。 ボクは答えに悩んだ。 ナースとしての知識では、 胃ろうを作れば祖母の命は延びるだろう。 でもそれでどうなる? ボクは答えを見つけられないでいた。 「おばあちゃんは、どうしたいと思うかな……」 ボクは、ボソッとそう答えるのが精一杯だった。 父もまた、答えを出せずにいた。 ほかの親戚とも話しを重ね、母も、祖母の兄弟にも意見を求めた。 きっと、それぞれが祖母に対する思いがあったのだろう。 「何もしないということが可哀想…」 「なんとか食べることができないのか…」 「苦しくないようこのまま逝かせてあげたら…」 家族の中でも、悩み揺れ動く日々が続いた。 最終的に、息子である父親にその決断を 委ねられることになり 胃ろうは作らず、そのまま静かに祖母を見送ることにした。 でもこれは簡単な決断ではなかった。 胃ろうを作らず栄養を与えないということは、 祖母の命を縮めてしまう怖さがある。 家族の選択で、タヒを早めてしまい まわりから責められることがあるかもしれない。 本人の思いもわからない状態で、 人の命を決めなければならない 責任の重さを ボクはひしひしと感じていた。 ボクが今までお世話してきた患者さんの家族も、 なかなか決断できなかったことがあった。 きっと、ボクと同じ思いだったのかもしれない。 たとえ家族であっても、命を扱うことの責任の重さは 計り知れない。 ボクは祖母から身を持って思い知ることとなった。 数週間後、祖母は静かに息を引き取った。 苦しむ様子もなく、安らかな顔だった。 ボクたち家族の選択は、 ただ祖母が苦しまないように、 あの世に旅立ってほしかっただけ。 うちだけでなくきっと胃ろうの選択を迫られている 家族はどこも、 複雑な思いを抱えている。 家族の数のぶんだけ、その迷いがあるかもしれない。 @tami_maro

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「なんでもいいから早くもってこいっ!」
ふだんめったに怒ることのない医師が、 ボクにそう言い放った。 
ボクは集中治療室(ICU)のナース。 一晩中、呼吸器につながれた 3kgくらいの赤ちゃんの お世話をしていて、 夜勤の仕事を終え、朝の引き継ぎの時間を迎えようとしていた。 引き継ぎをした先輩は、 手際よくつながれた呼吸器をチェックし、 ある異変に気づいた。 
「んっ?なんかおかしい。この子、息してない!」 「えっ!まさか。朝までアラームも鳴ってなかったし、 異常はありませんでしたよ」
ボクはとっさに自分に落ち度はないかのように反論した。 「いや、肺に空気が入ってない!すぐ、先生呼んできて!」 
先輩は呼吸器の管から自分の手で バックをもむ方法に素早く切り替えた。 ボクは間違いであってほしいと思いながら、 近くの先生に声をかけた。
「先生、すぐ来てください!〇〇ちゃんの呼吸がおかしいんです!」 急いで来た医師の顔色は一変し、
「なんでもいいから早くもってこい!」
とボクに怒鳴った。 普段のおだやかさはなく、 だからこそ、 ボクは一気にパニックに陥った。 (何を持ってくれば?モノ?薬?)
急変に慣れていなかったボクの頭は真っ白だったのを 先輩が察してくれて、
「〇〇(薬剤)持ってきて!」と 指示してくれた。 (あっ、〇〇は金庫に入ってた?…)
ボクは急いで金庫へ向かう。 (自分の責任だ、自分がちゃんと見ていなかったから……) 誰にも助けを求める余裕なんてなかった。

ボクの中の責任感が、 周囲に頼ることをためらわせていた。 金庫は暗証番号を入力しないと解除されない。 普段は間違うことなんてないのに、 ボクは何度も間違えた。 なんとか薬を取り出し準備していると、 まわりの先輩が気づき急変だと 他のナースに伝わった。 どうやら赤ちゃんは、呼吸器のチューブが抜けかかり、 息ができていなかった。 先輩の気づきと医師の迅速な対応で赤ちゃんはことなきを得た。 夜勤の終わりに夜勤メンバーで振り返る場が設けられ、 ボクは非難されるのではと恐れ、 後悔に押しつぶされそうだった。 
「もっと早く気づけていたら」
「もっと冷静に動けていたら」
「もっと助けを求めていたら」
できなかった思いだけが頭を巡った。 そんな時、先輩は言った。
「あんな時、一人で正しい判断をし続けるのは難しい。 だからこそ、みんなで支え合うことが大事なんだよ。 緊急時は人を集めることが命を救う確率をぐっと上げる。 自分だけで抱え込まず、 もっと周りに頼んなさい!」 ボクは痛感した。 あの時人を頼れなかったことが、最大の失敗だったと。 命に関わる緊急事態には、だれもが焦りと不安、 苛立ちが押し寄せる。
昔のボクのように、 「間違えたらどうしよう」「怒られたらどうしよう」という不安から 自分のことしか見えなくなることがある。 それでも、ボクはこの体験から 困ったときには助けを求める勇気を持ち、 しっかり人に頼ること。 そうすることで、患者さんを助けることにつながることを 心の底から思い知ることとなった。 この時の出来事を機に、ボクは少し強くなれた気がする。
困難を乗り越えたからこそ、 看護師としても、一人の人間としても成長できたのかもしれない。 @tami_maro
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病院のICU(集中治療室)。 ナースのボクは 「〇〇さん。ご主人に、何かしてほしいことはありますか?」 もう末期の患者さんの奥さんに、そっと声をかけた。 明日をもしれぬ命のご主人。 奥さんはボクに 「この人、明日もまだ生きていますか?」 と切ない目をして聞いてきた。 ボクは言葉に詰まった。 「大丈夫」なんて言えやしない。 そのことは、ボクが一番よくわかっていた。 「ボクたちがよく見ていますから…」 としか言えなかった。 期待した答えが得られず、背中を 丸めて帰る奥さんに、何か少しでも 希望を持って欲しくて ボクは奥さんのしてあげたいと思うことを聞いてみた。 せめて、最後のときを しっかりと関われるようにしてあげたい。 そんな思いからだった。 なぜなら その時に、ボク自身も大切な祖父を亡くしたばかり だったから。 仕事で忙しく、 祖父の最期まで付き添うことはできなかった。 その後悔が、 目の前の患者さんと重なり、 ボクはこの男性を まるで自分の祖父のように感じ始めていた。 (残された奥さんのために、ボクにも何かできることはないか…) 自問自答しながら、 「〇〇さん。ご主人に、何かしてほしいことはありますか?」 そう聞くと、 奥さんは、しばらく考えたあと 「これと言って… そう言えば、カラオケは好きでしたよ」 ちょうど個室だったから、 患者さんの好きな音楽を流すことを提案した。 「えっ、そんなこと。 してもいいの?」 奥さんも、一瞬驚いたけれど、 とても喜んでくれた。 「管が入っているから、お水は飲めませんねえ」 と心配そうに言われたら、 ご主人の好きだったお茶を含ませた ガーゼで口元を湿らせたりもした。 手には点滴がいくつも入っていたが、 「奥さん、大丈夫ですから手に 触れてあげてください」 と、カサカサしている肌に 保湿クリームを塗ってもらった。 奥さんもご主人のために、 自分が何かできることはないかと 探しているような雰囲気だった。 ボクは、その思いに応えたかった。 奥さんと一緒に、残された時間を この患者さんのために何ができるかを考え続けた。 そんな関わりを続けていると ご主人のいままでの生き様を、 奥さんは時折笑いながら語ってくれた。 ご主人との出会いや仕事のこと、退職してからのこと 孫のこと、そしてこれからのこと….。 どれもが奥さんにとって、忘れ難い記憶として 鮮明に語られた。 しかし、そんな奥さんとの束の間の やりとりも虚しく、 ご主人は帰らぬ人となった。 お見送りのとき、 ボクは今までの素直な気持ちを吐き出した。 「じつは最近、祖父を亡くしたばかりで…。 ボクも気持ちのどこかで、 ご主人を自分の祖父と重ねてみていました…」 感情が抑えきれず、声が震えてしまい 医療者としては相応しくないかもしれないけれど、 どうしても、これを伝えたかった。 すると奥さんから、 「そうだったの….。 でもあなたに看取られて、本当に良かった。 あなたも辛かったでしょう」 ボクを気遣ってくれた。 涙声のその言葉に、ボクは救われ、奥さんと 一緒になって泣いた。 祖父の最後に寄り添えなかった後悔と、 あの時なにもできなかった無力感は、 奥さんの言葉によってほぐれていった。 言葉のぬくもりを、とても感じた。 @tami_maro
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たみ | メンズナース🩺
「ナースコール、また鳴ってるよ」 先輩ナースのその一言に、
若手ナースだったボクは、 内心イライラしていた。 若手が率先してナースコールを取る。
そんな暗黙のルールが、 その病棟にはあった。 鳴り止まないコール音。
誰もが、どこか余裕を失っていた。 認知症のCさんは、
1時間に何度もコールを押す人だった。 「トイレ」
「水」
「やっぱりいい」 その繰り返し。 正直、ナースコールの“緊急性”は、
もう意味をなしていなかった。 ある日、またコールが鳴った。 (また、Cさんか…) そう思ったボクは、
手元の仕事を優先してから向かった。 「はい、どうされました?」 少し強めの口調だったと思う。 すると、Cさんはぽつりと言った。 「すぐ来てくれないのね」 言い返すことはできなかった。 ナースステーションに戻ってから、
ボクは小さくつぶやいた。 「ちゃんとやってるつもりなのに…」 理解してほしいのに、伝わらない。
助けてほしいのに、言えない。 気づけば、涙がにじんでいた。 その日の夕方。
また、Cさんのコールが鳴る。 ボクは深呼吸してから、部屋に向かった。 「どうされました?」 そして続けて、
「さっきは、 すぐに来られなくてすみませんでした」 Cさんは少し驚いた顔をしたあと、
ゆっくり話し始めた。 「わたしね、夜になるとね…怖いのよ」 それは、“用事”じゃなかった。
“不安”だった。 家に残してきた家族のこと。
これからのこと。
ひとりになる夜のこと。 その日、初めて
“Cさんという人”に触れた気がした。 それからボクは、 少しだけ行動を変えた。 コールが鳴る前に部屋をのぞく。
「今、大丈夫ですか?」と声をかける。 ほんの数分。
でも、それだけでコールの回数は減っていった。 ある日、Cさんが言った。 「あなたが来ると、安心する」 その言葉を聞いたとき、
あの日とは違う涙が、込み上げた。 新人ナースになる皆さんへ。 技術も、知識も大事。
でも “何に困っているか”に気づけたとき、
看護は少し変わる。 ナースコールの向こうには、
いつも理由がある。 それに気づかせてくれたのは、
Cさんだった。 @tami_maro
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「おじいちゃんが脳梗塞になって運ばれた」 父からの突然の電話。 集中治療室でナースとして働くボクが 疲れ果てた夜勤を終えて、 ソファでうたた寝しそうになっていた時、 ボクは一気に現実の世界に呼び戻された。 脳梗塞は、 軽い麻痺から寝たきり、 最悪の場合は命を奪う病気。 いつもその現実を目の当たりにしているからこそ、 身内にそれが降りかかる不安と 恐怖が胸を締めつけた。 急いで実家へ向かい、病院に到着すると、 祖父はほとんど意識のない状態で ベッドに横たわっていた。 ボクは無意識に祖父の手を握り 職業病のように 意識レベルや麻痺の状態を 自然と確認する自分がいた。 その瞬間、 家族としての感情と ナースとしての視点が交錯し、 心の中で葛藤が生まれた。 家族としてただ心配し、 寄り添うべきなのに、 分析的な目で祖父を見つめている自分がいる。 祖父の状態を観察することが 優しさからではなく、 職業的な冷静さに変わってしまっている。 そんな自分にどこか嫌気がさした。 祖父は言葉にならない声を出しながらも、 ボクが行くと少しだけ笑顔をみせてくれる。 それは、家族としての温もりを 感じる瞬間だった。 その一方で、 ナースとしての視点が再び顔を出した。 祖父のベッド周りは整理されておらず、 痰を吸引する機械が放置され、 シーツには汚れがあちこちに残っていた。 行き交うナースたちは、 面会するボクたちに 声をかけることなく、 慌ただしく走り回っている。 ボクはその姿をみて どこかやりきれない無力感と悲しみが胸に残った。 「祖父は、この病院でちゃんと見てもらえているのだろうか?」 家族としての素直な気持ちが 頭をよぎる。 と当時に、普段のボクは、 ちゃんと家族と向き合えているのだろうか という疑問が芽生えた。 家族が面会に来た時に 必ず声をかけている? ベッド周りの環境を整えている? シーツの汚れに気を遣っている? そのことを考えると、 ボクの無力感も 単なる思い上がりだった。 きっと入院している患者の家族も 同じような思いを抱いているに違いない。 それは、ボクが家族として経験したからこそ わかること。 患者を心配する気持ち、病状への不安、 医療者への期待と不信。 それらの感情に寄り添うことが、どれだけ大切か。 でも決してそれを不満ありげに 現場のナースに言い放つことも違う。 それを言われた時のナースの立場は、 一番ボクが理解しているからだ。 面会を繰り返していたボクは、 祖父の担当ナースたちに、 いつしか積極的に話しかけるようにした。 「いつもありがとうございます」 「祖父が穏やかに過ごせているのは、みなさんのおかげです」と 感謝とねぎらいの言葉を伝えるように心がけた。 最初は戸惑っていたナースたちも、 次第に笑顔で応えてくれるようになった。 驚くことに、祖父の病室の環境も少しずつ改善され ベッド周りが整い、 シーツも清潔に保たれるようになった。 ナースたちは、以前よりも 頻繁に祖父の様子を見に来てくれるようになり、 ボクにも声をかけてくれるようになった。 小さな変化だったが、ボクにとっては大きな喜びだった。 この変化は、ボク自身の看護師としての姿勢にも影響を与えた。 以前は、患者のケアを最優先としていたけれど、 今では、患者の家族とのコミュニケーションも 大切にしている。 家族の不安や悩みに耳を傾け、丁寧に説明する。 そして、「私たちは、患者さんと一緒に、ご家族も支えています」 というメッセージを伝えるように心がけている。 この経験を通じて、ただ患者の病状を改善することが 看護の全てではないことを痛感した。 患者の周りには、共に悲しみ、喜び、 時には不安に押しつぶされそうになる家族がいる。 その思いに寄り添うことも、 看護の重要な一部であると気づかされた。 @tami_maro
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たみ | メンズナース🩺
「ねえ、本当にそれでいいの?」 あわただしくご遺体の 対応をしていたナースのぼくは 主治医の言葉でハッとわれに帰り、 ご遺体につながっていた管を 抜く手をとめた。 ぼくは、ICU(集中治療室)で 亡くなった方の最期のお世話をしていたはずだった。 でも、 「オレ、何してた?」 まるでモノを扱うような 態度じゃなかったか!? 指摘された自分の心のない動きに 顔が赤くなった。 病院で亡くなった方の 最期のお別れの準備として、 患者さんの体に入っている管やチューブを 手早く医師といっしょに外し、 できるだけ自然な姿に整えないといけない。 (だけど今は病室も患者さんで いっぱいだから、次の人がICUに来る前に この人を早く片付けよう) ぼくの中には、そんな焦りがきっとあったと思う。 生きている時には決していなかったのに、 ポイポイと雑に管を抜き、 ご遺体には、なんの声かけもせず ただ黙々と作業をしていた。 しかもそのご遺体が、 早くお見送りの搬送ができるようにと サッサとストレッチャー(搬送用ベッド)に移し、 大切にすべき「最期のお支度」の時間さえ、 短縮しようとしていた。 そんなぼくの、雑な仕事を見て 疑問に思ったのだろう。 主治医は声をかけてきた。 「ねえ、本当にそれでいいの?」 その言葉を聞いた瞬間。 ハッと我に帰り、 ぼくの行動が全く患者さんに 寄り添っていなかったことに気づいた。 ICUでは手術の直後の方に始まり、 人生の灯火を消してしまう寸前の方まで 様々な方がいて ナースはいつも誰の、 何を優先するのか? という心の葛藤と戦いながら仕事をしている。 ICUのリーダーだったぼくは、 スタッフと患者さんの状態を見ながら 過ごすうちに、 いつの間にか優先順位ばかりを気にした 仕事ぶりになっていた。 もちろん人手不足や 時間の限界などが現実にあった。 そして、 ついにきた看取りで、 ぼくはまるでモノを片付けるように行なってしまった。 その時のぼくは、 お世話をした患者さんとの別れを悲しむよりも、 次の患者さんのために スペースを空けようと そんなことを”優先”しようと思っていた。 人の命、その別れの場面なのに 「業務効率」ということの下僕になって動いていた。 (ICUという特殊な場所のナースであり、 ぼくは、リーダーなのだ) そんな思い上がりと 思い込み。 主治医には、きっちりと見抜かれていた。 「たみくんの次を思う気持ちもわかるけど、 今は患者さんの人生の最後の時だよ」 言われてぼくは、 ヒザから崩れそうな思いがした。 けれどグッとこらえて思い直し、 改めて 心を込めて お支度をしようと思った。 今まで、後輩への指導では 「ぼくたちナースは患者さんに寄り添うのが仕事だよ」 そう教えてきた自分。 (その自分はこんな時に何をするべきか? 自分が元々やろうとしていた 看護と看取りの精神を取り戻さなくては) 恥ずかしさや後悔を後ろに捨てて、 ボクは向き直ると ストレッチャーに乗せてしまったご遺体を もう一度、丁寧にベッドへお連れして 「お支度」をやり直した。 髭を剃り、髪を整えた。 そして、ご家族が持参した思い出のスーツに 着替えさせてあげた。 胸元のボタンを留める瞬間、 その方が満面の笑みで 家族写真に収まっている姿が不意に浮かんで 鼻の奥がツンととした。 この人も立派な人生を送ったんだ、 そう感じた。 それから、 お顔も安らかに見えるよう、 ほんのり薄化粧を施した。 慣れない作業だったけど、 手を抜くことはできなかった。 準備が整い、ベッドの周りをきれいにして、 ご家族が病室に入ってこられた。 足元から一歩ずつ進んで、 静かに患者さんの顔を見た瞬間 「うぅっ…..お父さん……っ」 息子さんらしい人が 我慢しきれず嗚咽しながら声をあげ、 ヒザから崩れ落ちた。 そのそばで高齢の奥さんも小さくむせび泣き、 目元をぐしゃぐしゃにしながら 何度も何度も感謝と お別れの言葉を口にしていた。 あとから病室に入ってきたお孫さんたちも 泣いている2人を見て、 別れの悲しみを感じたのか、 大声で泣き出した。 その光景を前にして、 ボクの目からも自然と熱いものが流れていた。 それまでは「効率が最優先」と自分を急かしていたけれど、 そんなぼくが忘れかけてたものを、 主治医と彼らが目の前で教えてくれたような気がした。 @tami_maro
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「痛いよー!ひっぱらないでーっ!!」 2歳下の弟に 髪の毛をひっぱられ 大泣きしている4歳のボク。 無邪気な弟のすることに 家族がおもしろがって 笑っている。 そんな映像だけが いつもフラッシュバック。 ボクには 他に弟と遊んだ記憶が ない。 次の記憶は ボクの家の前の 踏みきりがない線路のまえ。 田舎にはよくある光景。 その日は 一緒に遊んだ友達と、 そこのお母さんが ボクを家に送ってくれた。 「あら?どうしたのかしら?」 ふと、友達のお母さんが 立ち止まった。 ボクたちも歩くのをやめて、 友達のお母さんが 見つめる方を見た。 ボクの家の前に 電車が 止まっているのが見えた。 そして、 「わぁぁぁ......うううぅっ.......」 ボクの母がそこに 泣き崩れている姿が見えて、 ボクの記憶は そこでブラックアウト。 ボクには 弟と遊んだ記憶がない。 享年2。 そしてずっと 記憶に残り続けていたのは 母の泣き叫ぶ声。 わが子を目の前で失う喪失感は どれほどだっただろう。 想像するだけでも 胸が張り裂けそうだ。 母はそれから ”うつ”になったと父親から聞いた。 幼いボクには 弟を失った悲しみというより 昼間でもうつむいて 泣いていたり、 1人思いつめている母に 「お母さ........ン」 声をかけることができずに 言いかけて あきらめたことが何回もある。 ボクは 母の悲しみ、苦しみを 見て育った。 ボクもまた、 さびしさを抱えて 育った。 いつの時代も愛する子供を 病気や事故で 突然に失う悲しみは 消えることはない。 どれだけ後悔をしても 生き返ることはないのに、 親は自分を責め続ける。 母を見ていて つくづくわかり、 何とかして慰めたり 助けたいと思った。 今、看護の道に進み 病院で働いていると あの時の母と おなじような場面に 出くわすことがある。 その度にフラッシュバックで 母の泣き叫ぶ声が 耳に聞こえてきて、 目を背けてしまう。 自分の息を吸うことさえ 苦しくなる。 だけどプロとして 廊下のすみに行き グッとこらえ 呼吸をととのえる。 そしてボクも 家族を失った ひとりの体験者として 悲しみの底にいる人の 支えになれるようにと 思いながら 看護の仕事と向き合っている。 これは弟が導いてくれた 道しるべだと思って。 @tami_maro
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ある病院の小児科にて。 ボクが学生の頃、担当した小5の男の子は 原因不明の心臓の病気で入院していた。 手術の必要はないけれど、 運動の制限や痛みを伴う検査も しなければならなかった。 ボクは、不安な彼をすこしでも 勇気付けようと 元気よくあいさつした。 『おはよう。たみです。 今日からよろしくね』 昔から子供の接し方に 自信のあったボクは、 彼が笑顔で 元気なあいさつを返してくれると 軽く考えていた。 ところが、 「う‥‥ん‥‥。」 彼は、 ちらっとボクを見たかと思うと すぐに任天堂の ゲームボーイに夢中 になった。 (まぁまぁまぁ…男の子やし。最初やしこんなもんかな。) 次の日。 ボクは今日こそはと意気込み、 元気な声で 『おはよう!昨日はよくねむれた?ごはんはどう?』 「う‥‥ん。ふつう‥‥。」 (でた!ふつう!今どきの子はなんでもふつうって言うやん) とは口には出さなかったけど、少しでも 彼のことを知ろうと、ボクも必死だった。 看護師になるための 実習中だったこともあり、 焦りがあったのかもしれない。 とにかくボクは、 彼に心を開いてほしくて ひたすら話しかけることにした。 『〇〇くんは食べ物なにが好きなん?』 『〇〇くん、好きなゲームは?』 『〇〇くん、なんの勉強が好き?』 『〇〇くん、友達と何して遊ぶのが好き?』 ボクの焦る気持ちに反して、 聞けば聞くほど、 彼の口数が少なくなっていくのを 感じた。 そしてどんどん 返事もテキトーになっていった。 ゲームボーイから流れる効果音だけが 病室に鳴り響いていた。 何かがおかしい。 ボクのかかわりの いったい何がまちがっていたんだろう? ボクは悩みに悩んで、 実習指導者ナースに 相談することにした。 『たみくん、〇〇君の気持ちは、今どうなんやろね?』 「すこしでも、寂しさを紛らわすために話し相手になりたいなと思って…。」 『違う違う。〇〇君の気持ちよ。 昨日まで元気に走り回ることができた男の子が、 急にわけもわからないまま 入院になったのよ。 運動も制限されて、 痛い採血やよくわからない 検査も頑張らないといけない』 それから続けて、 『あなたが同じ年に経験したとしたら、どう思うの?』 とピシャリと言われた。 ボクは、ハッとした。 彼が味わっているのは とてつもない”不安”と”恐怖”だ。 この前まで、”ふつう”の生活をしていた少年が わけもわからず病気と診断されて 痛い検査もこなし 親元を離れた病院で、ひとりぼっち。 怖い 不安だ 帰りたい 逃げだしたい なんでボクだけが そんな想いに駆られてるんじゃないか。 小学校5年生の頃は 自分と他の子を比較しようと 自己の意識が芽生えてくる時期。 感情のコントロールも揺れやすい。 こんな時期に、よくわからない病気で入院。 ボクは何も分かってなかった。 なぜそれに気づかなかった。 (単に子供と遊ぶ感覚で、実習をこなせばいい。) そんな感覚でいた自分が恥ずかしい。 彼と接していた 昨日までの自分を とても情けなく思った。 翌日から、ボクは男の子に対する 声かけを変えた。 ”不安”と”恐怖”という彼の感情に 寄り添うように話しかけた。 すると、ポツポツと 自分のことを 話し始めてくれるようになった。 「はやく、元気になって家に帰りたい」 「どうなれば、家に帰れるの?」 「将来は、消防士になりたいな」 気づくと彼は、 ボクに笑顔を見せてくれるようになっていた。 実習終了日。 彼にあいさつに行くと、 実習初日に戻ったの? と思うほど 態度がそっけなかった。 (あれっ?なんか気に触ること言ったかな。) 寂しさもありながら帰ろうとした時、 「たみさん、ちょっといいですか?」 彼のお母さんに呼び止められた。 お母さんのうしろには、恥ずかしそうに 彼が隠れていた。 「じつはこの子、 たみさんに話しかけられてもらって、 本当に嬉しかったみたいなんです。 妹はいますけど、お兄ちゃんいないから。 恥ずがしがりやだから言えなかったみたいです。」 そのあと、お母さんから促された 彼からのプレゼントとして ボクは鉛筆と消しゴムのセットをもらった。 (ホントはダメなんですけどね。ナイショ。) お別れの時に撮った写真には、 うつむきかげんの照れた彼と 涙目になったボクの笑顔が収められていた。 @tami_maro
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「師長さん….あのぉ ジャ◯ーズのライブが当たってしまって….」 新人ナースのM子が、  申し訳なさと はにかみの中間くらいの顔で 師長のボクに話しかけてきた。 ボクはすかさず、 「え〜っ!よかったや〜ん」 と満面の笑みで返したのも束の間。 「そうなんですけど…. 実は、勤務の休み希望…. 当たると思ってなかったから出してなくてぇ…」 この言葉を聞いたトタン、 満面の笑みだったボクの顔は、 一瞬で”素”にもどった。 なぜなら来月の勤務表は、 もう出来上がっていたから。 せっかく苦労して作った勤務表を、 また組みなおさないといけないことを 瞬間的に理解できたからだ。 じつは、ナースの勤務表を 作ることは、師長にとって なかなか骨が折れる仕事。 (勤務表を作った人なら共感してくれるハズ) ナースは夜勤があったり、 ほかのナースの休み希望が重なったり、 育休のナースがいたり。 さらに大変なことに ナース同士の相性まで考えながら 組まないと後々メンドウなこともチラホラ。 こんな諸事情がからみあい、 ひとりを修正すると、全体のバランスが 大きく崩れることもある。 (それが師長の仕事ナンデスケドネ) ボクは、 (勤務希望は、前月の◯日〆切のはずだよね!) とは言わず、 「そりゃいきたいよね。なんとか一回みてみるわ!」 と、心は泣きながらなんとかしたい思いで M子に答えた。 そうしたいと思ったのはワケがある。 M子は新人ナース。 毎日、泣きそうになりながらも 必死に先輩のスピードについていこうとしていた。 この時期は、どんなに頑張っても なかなか実力がつきにくい時期。 (ちょっと仕事がしんどくなってきているのかもな) そんな印象を受けていた。 この時のM子にとって、 上司からの励ましも もちろん大事だけど、 アイドルの力は絶大だ。 彼女がアイドルを語る時は、一瞬で 本来の”素”を見せることがわかっていたから よっっぽど好きなんだろうなと感じていた。 そんな彼女を見ていると、 ふと自分が新人だった頃を思い出す。 新人の頃は、 ホントに毎日心が折れそうだった。 先輩や先生からも怒られ、 失敗するのが怖くてなかなか眠れない日もあった。 自分の「好き」さえ言いだす余裕なんてなくて、 ただただ必死だった。
(とくにアイドルが好きというわけではアリマセン) あの時、誰かがボクの “好きなこと” を 大事にしてくれていたら…。
そんな風に感じたこともあった。 「師長」という役割を与えられてからは、 日々の業務の中で、ついベッドの稼働率など “数字”や“効率”を考えてしまう。 でも本当は、スタッフ一人ひとりの 「がんばる気持ち」を守るのも、 師長の大事な仕事のひとつ。
 M子の「ライブにどうしても行きたい!」という 表に出したいけど出せない隠れた気持ち。
それはわがままじゃない。
本人にとっては、 “人生の元気をチャージする大事な一日”になるはず。 もちろん、現実的には調整が大変だったり、 ほかのスタッフにお願いすることもある。 でも、そのひと手間が、 M子の明日の元気につながるなら、 それでいいと、自分に言い聞かせた。 「ダメなものはダメ」というルールを伝えるのも師長なら、
「たまにはいいじゃん」と 背中を押してあげるのも、ボクのやり方。 ボクは、ようやく出来上がった 勤務表を見ながらM子に伝えた。 「M子、今回は、ちょっとだけ特別やからね。 ナイショやで。」 M子は、恐縮しながらも、 「ありがとうございます」という声は、 明らかに弾んでいるようだった。 ボクは、師長としてスタッフがやる気をもって 働ける環境を作ることも大切にしていきたいと思っています。 そう思いながら、来月の勤務表を手に取り、
頭をフル回転させる自分がいます。 ダレカタスケテ。 @tami_maro
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「バサッ!」 静まりかえったナースステーションに響く ボクの書いた記録用紙を 投げ捨てた音。 学生のボクは、何も言えずに その場に立ち尽くしていた。 指導するナースは デスクに肘をついたまま 記録を捨てられたボクのことをじっと見て またプイと横を向き 「こんな記録、読む価値もないわね」 そう言って、それ以上何も言わなかった。 ボクは自分が無価値のように扱われて 胸の奥がギュッとしめつけられるように苦しくなった。 ボクは看護学生として、 初めての外科実習に臨んでいた。 緊張と不安でいっぱいの毎日だったが、 患者さんのケアを通じて、 少しずつ自分の成長を感じられるようになっていた。 記録を書くのも、 患者さんの状態を正確に伝えるための 大切な仕事だと教わり、 自分なりに一生懸命取り組んでいた。 けれど、自分なりではダメだったのだろう。 「もっと調べることあったんじゃない?全然足りないわ。」 
指導者の言葉が頭の中で何度もこだまする。 (でも、どこがどうダメなのかすら教えてくれないのかな?) かと言って聞き返すこともできず、 ボクはただ「すみません」と小さな声で くり返すしかなかった。 悔しさと情けなさで 涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。 自分が良くなかったかもしれないが、 注意の仕方もあったと思うし。 何より否定ではなく 後輩を育てるのが指導なのに、 説明ひとつしてくれなかったことに 違和感が日に日に大きくなっていった。 実習中の昼休み、 ボクは偶然、指導者たちの会話を耳にしてしまった。 
「今年の学生、本当にレベル低いわよね」
「そうそう、記録もひどいし、患者さんへの声かけも全然できてない」 クスクスとした笑い声が聞こえてきて、 ボクはその場から動けなくなった。 自分のことを言われているのだと直感で分かった。 心臓がドキドキと鼓動して、 悔しさで手が小刻みに震えた。 もちろん、指導者も忙しい。 自分の仕事を抱えながら、 学生の指導に割く時間が十分に取れないこともあるだろう。 それでも、あの態度は正しいのか? 記録用紙を床に投げつけたり、 陰で学生を笑ったりしても 人は育たないと思えた。 自分たちが軽蔑されるだけだろう。 指導って 人を育てるってことなのに。 実習が終わり、学校に戻ったボクは、 同じような経験をした他の学生たちと話す機会があった。 驚いたことに、ボクと同じように指導者から 厳しい態度を受けた学生が多くいた。 中には、実習中に精神的に追いつめられて、 看護師になる夢をあきらめた人もいた。 「指導する人の態度ひとつで、未来の夢を奪っていないか?」 
その事実に気づいたとき、 ボクは強い怒りと悲しみを感じた。 看護師がただでさえ足りてないと言われているのに、 指導者の何気ない たった一言で 看護師になる道が閉ざされている。 ボクが受けた経験を 後に続く看護師が同じ思いをしてほしくない ボクは強くそう思った。 今のボクなら記録をちゃんと読み、カン違いしている部分に赤ペンで 「ここは、こう考えて」とか 「これは勝手に憶測しないでちゃんと調べて確認してください」と 正確に記録できるように伝える。 記録用紙をろくに読まずに捨てたりしない。 指導、教育って 怒るとか、自信を無くさせるのが目的じゃなくて 正しく行えるような技術と、それを学ぶ心を 伝えることだと思う。 看護師なら 後輩をいじめるより 思いやりや優しさを 育てられる指導者が ボクの理想になった。 @tami_maro
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「 タヒぬ前に、もう一度ドレスが着たい 」 病棟の師長だったボクは、 彼女の願いをなんとしても叶えたかった。 21歳のSちゃんは、 高校を卒業してすぐに、 アパレルの仕事に就き、 必死に働いていた。 そんな彼女の生活は、 病院での精密検査で一変。 進行した血液のガンだった。 数ヶ月におよぶ抗がん剤治療に挑んだものの、 残念ながら病気の進行は止まらず、 医師からの余命宣告を受けることとなった。 Sちゃんのカラダは、 抗がん剤の影響で 誰かの支えなしでは 歩くのもやっとの状態。 食事ものどを通らず、 日を追うごとにほほが 痩せこけていくのが 明らかだった。 そんなある日、スタッフから Sちゃんがボクを呼んでいると 話しかけられた。 病室に行くと、 お母さんも一緒にいた。 Sちゃんは、うつろな目をしながら 「タヒぬ前に、もう一度ドレスが着たい」 と、ボソッとつぶやいた。 お母さんは何も言わず、ただ涙を流していた。 ボクは、「ドレス?ここで?」と少し 戸惑いながら答えた。 そして、 「どうしてドレスを着たいの?」 Sちゃんに尋ねた。 「最後に…一度でいいからドレスを着て写真を撮りたい….」 ボクは困った。
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「お母さんが、認知症始まったかもしれん」
それは、父からの突然の電話で始まった。 
「えっ?あのお母さんが?」 ボクはちょっと信じられなかった。 母はいつも几帳面で、曲がったことが大嫌いな人。 A型の性格そのもので、責任感が強く、ボクにとって いつも頼りになる存在。 何かモノが欲しくておねだりする時も、 進路に悩んだ時も、ボクの思いを尊重してくれる人。 母の変化を聞いて、いつも認知症の方に接している ナースの自分と 家族の1人が認知症になったかもしれないと思う自分に 心がざわついた。 普段は、そこまで認知症の方とのかかわりに 悩むことはないボクが いざ身内にそれがおこると、焦りと不安がだんだん 大きくなっていくのを感じた。 どうやら、母は短時間のうちに同じことを何度も聞き返したり、 物を置いた場所を忘れたりしているらしいことを 父から聞かされた。 ボクが母に対する明確な想いを持つようになったのは、 幼稚園のころまでさかのぼる。 じつはボクは幼稚園の頃、イジメっ子だった。 自分の力を周りに示したくて、 同級生のほっぺをなぜか叩いていた。 「ほら、痛くないやろ?」 遊び半分でやっていたことが、友達を傷つけていたことに気づかず、 それはしばらく続いた。 もちろん、他の子から先生に告げ口され、 私の愚かな行為はすぐにバレた。 職員室での公開説教は、ボクにとって人生で初めて 人前で怒られる恥ずかしめの経験だった。 幼稚園から帰ると、母が幼稚園から電話があったと話した。 母は怒る時は手を出さないものの、 ボクは子供ながらにその威厳を恐れていた。 (きっと大きなカミナリが落ちるに違いない) ボクは、緊張で手足がギュッとなっていた。 でも、母の言葉は意外なものだった。
 「お母さん、なんでたみがそんなことしたのか知りたいわ。
たみは悪くないと思うで」 その瞬間、ボクは耳を疑った。 100%ボクが悪いのに、どうして母は私をかばってくれるのか。 罪悪感にさいなまれていたボクに、 たった一人でも味方がいてくれたことで ボクは悲しみとは違う涙があふれ、 この人をこれ以上悲しませることはしてはいけないと、 心に誓った。 それから年月が経ち、 ボクは「人のためになる」仕事をするようになった。 人を傷つけた後悔から、少しでも人を救える立場になるために。 母にあの時と同じ思いをさせないために。 ところが今、母は高齢者となり、 認知症の症状が見られるようになってきている。 母の奇妙な行動や言葉に、ナースでありながら最初は戸惑いを覚えた。 時には、”それはちがう”と間違いを正そうとしたり、 ”さっきも言ったやろ”と口論になりそうなときもあった。 でもその都度、ボクは思い出すようにした。 母がボクを支えてくれたあの時のことを。 ボクが子供の頃、母がボクを支えてくれたように、 今度はボクが母を支える番がきたのかもしれない。 昔受けた母の愛情を思い出すたびに、ボクの心は温かくなり、 母を理解しようとする気持ちが強くなった。 今、ボクは母のそばにいつもいることはできないけれど、 母の変化を受け入れ、彼女らしい人生を歩めるために 支えようとしている。 @tami_maro
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「ビビビビビッビビビビビッ.....!」 小児病棟の一室。 緊急事態を知らせるアラームがけたたましく鳴りひびく。 それはベッドに寝ていた男の子の小さな体が急変したことを告げていた。 「たみ、どいて!」 先輩ナースが叫び、 ベッド脇のボクを はねのけて 男の子にかけ寄る。 すぐに救命処置のためにベッドの周りには何人もの医師とナースが集まった。 「〇〇くん!まだ、 逝ったらあかーん!」  「まだお母さんが 来てないでー!」 先輩ナースは 必死に声をかけながら、 心臓マッサージを続けるので、小さな体がベッドの上で上下にゆれる。 それを見つめながら ボクはなす術もなく 呆然と 立ち尽くしていた。 『さっきまでいっしょに遊んでたやん。 そんで、また一緒に パズルしよって 言ってくれたやん』 直前まで、仲良く過ごしていた男の子の姿と 目の前の現実との ギャップにとまどい、 体が動かなくなっていた。 男の子と過ごした 楽しかった思い出は ボクの頭の中を 走馬灯のように 駆けめぐる。 もう、何をすればいいの か全然わからない。 やがて、 男の子のママが病室に かけつけた。 でも時は遅く、彼はすでに 旅立ってしまっていた。 『〇〇ちゃーん。 なんでなん? なんで....... ...なんで.....』 彼のママは 自分がいない時に 彼が逝ってしまった事実に正気では いられなかった。 ボクは、手も足も震えて その場で崩れ落ちるように泣いた。 無力感が大きな波のように ボクにおおいかぶさり 耐えられなくなり 人目をはばからず、 むせび泣いた。 男の子を失った事実。 自分の未熟さを突きつけられ、 力になれなかったことへの後悔が 胸の中にジワジワと 広がってきた。 そんなボクに 先輩ナースの声が 飛んでくる。 「泣いたらあかん。 あんたはナースやろ!」 ハッとした。 (そうだ。 ボクはナース。 今、1番悲しいのは 誰だ? 泣いている場合か? ボクのすべきことを 思い出せ!) 正気に帰り 涙でかすんだ目で 室内を見渡すと、 先輩は 男の子のママに寄り添い 背中をさすっていた。 言葉は聞こえなかったけど、 静かに寄りそっている先輩の姿は、 男の子のママの心を 支えて包み込む手のように見えた。 そうだ。 ボクたち 看護する者の役割は、 患者とその家族を "最後まで支えること” 家族を失った 悲しみ苦しみが和らぐまで支えることが 使命なんだ。 ボクは必死で涙をぬぐい、 そのママにそっと、 男の子が大好きだった パズルの欠片を渡した。 「ホンのさっきまで これで遊んでいました。 〇〇くん、パズルが大好きでしたよね」 彼のママも 「そうだったんですね。 ありがとうございます。 もっとしたかったでしょうね」とパズル片を しっかり握りしめ また一筋涙をこぼした。 病院を去るとき、 彼のママは 「本当に良くしてもらって、 あの子はここで皆さんに愛されて 楽しく過ごしてくれたと思っています。 親の私もまた、 どれだけ助けていただいたか分かりません。 ありがとうございます。 これからも 皆さんのご活躍をお祈りしています」 そう、 感謝の言葉を述べた。 その瞬間、 ボクにも、横に並ぶ 先輩の目からも 止まらない熱いものが 溢れていた。 @tami_maro
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「妊娠は病気じゃないからね」 ボクが師長を務める病棟で、 妊婦ナースのY子が働いている時に 上司から言われた言葉。 Y子は、患者さんへの気遣いもできて、 同僚からも頼りにされる存在。 「私が休むことで、 みんなや患者さんに迷惑をかけたくない」 と、自分より周りへの気遣いのせいで、 ちょっと無理をしがちな スタッフだった。 そんな彼女でも、 妊娠しながら働くのは簡単なことではない。 看護の世界では9割が女性。 だから、妊娠するスタッフもいるのは めずしいことじゃない。 ナースとしてお腹を抱えながら 働くことがどれだけ大変なことなのか。 ボクは奥さんが妊婦だった時の ツラさを間近でみてきたから よくわかる。 妊娠すると、 まず襲ってくるのが“つわり”。 常に船酔いしているような状態で、 食べたいのに食べられない。 吐きたいのに吐けない感覚。 ボクが二日酔いで吐いたら スッキリするのとは ワケが違う。 そんな状態でフツーに働くのも大変なのに、 ナースにはさらに夜勤がある。 夜勤は、 ただでさえ人間の ホルモンバランスを崩しやすい。 妊婦の体にとってもかなりの負担になる。 無理をさせると切迫早産のリスクもある。 このままだと、彼女だけじゃなく お腹の子も心配だ。 だからといって、彼女だけの負担を 減らしてばかりいると 他のスタッフからの 不満が出てくることにも 注意しないといけない。 女性の職場はとくに 平等と公平性にビンカンな スタッフが多い。 ボクは、病棟のスタッフに Y子への配慮は「特別扱い」ではなく、 「状況に応じた必要な配慮」として 丁寧に説明し、 理解と協力を求めた。 もともとY子の性格が、 誰からも好かれるタイプだったからなのか 女性のスタッフたちも 「無理しないでね」と 理解を得ることができた。 次に、Y子の勤務形態を なんとかしたいボクは、 夜勤の数や勤務時間を減らすこと、 負担のない病棟への配置転換を 女性の上司(独身)に相談することにした。 けれど、同じ女性だから “甘やかしてはならない” という思いが強く出たせいなのか、 上司からは、 耳を疑うような言葉が返ってきた。 「妊婦は病気じゃないからね、 そこまでする必要ある?」 ボクは、同じ女性の立場であるのに こんなことを言う上司が信じられず 空いた口が塞がらなかった。 つくづく個人差のある体調に 配慮することの 難しさを思った。 しかし、働きながらの妊娠は 流産のリスクが高いことも データでわかっている。 (妊娠は病気じゃないけれど、 新しい命を生み出すには、 リスクがある状態なのは間違いない。 母体も胎児も大切に守りたい。 妊婦が無理をして、体を壊してしまえば、 めぐりめぐって患者さんに迷惑がかかる。 なにより本人や赤ちゃんにもリスクが大きい。 だからこそ、ボクたち管理職が 率先してサポートするべきなんじゃないか!) ボクは、喉もとまで出そうになった言葉を、 グッと飲み込んた。 いまココで反論しても 倍返しになることが目に見えていたからだ。 それでも納得がいかなかったボクは、 さらに上の役職である女性の部長(子育て終えた方) に相談した。 本来は相談する相手が 間違っていたのかもしれなかったけれど、 その部長は、昔のボクの上司。 何より相談しやすかった。 ボクの話を聞き入れてくれた部長は、 スタッフがこれ以上カラダを 壊すことのないように Y子の勤務を短縮し 外来配置へと調整してもらうことができた。 その後、無事に出産したY子が かわいらしい赤ちゃんを抱いて 病棟に顔を出してくれた時、 病棟全体が温かい空気に包まれた。 彼女の笑顔は、これまでつわりや お腹を抱えながら苦労して働いていた顔じゃなく、 りっぱな母親になった喜びの顔になっていた。 ボクは、あの時の彼女の頑張りと、 周囲の支えがあったからこそ、 この小さな命が無事に生まれてきたんだと ほっと胸を撫で下ろした。 @tami_maro
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