りょう/暗号資産 retweetledi

2026年、日本でステーブルコインは「投資」から「支払い」へ行けるのか?
もし1年後、2026年の年末になっても、日本でステーブルコインが普通の支払いとして使われていないとしたら、それは技術や制度の問題ではありません。誰も、それを成立させに行かなかっただけだと考えています。
この文章は、事業計画でもピッチでもなく、2026年に向けて何をやらないと決めるべきかを、自分自身に確認するために書いたメモです。正解を提示する意図はありません。
また、日本でUSDCを扱う意味が、どこに生まれうるのかを、できるだけ現実の構造に即して整理しました。
2025年までの日本では、「クリプト」という言葉が主に投資や実験の文脈で語られてきました。触れる人は増え、制度も少しずつ整い始めた。
一方で、支払いに使われる前提のステーブルコインについては、持てるようにはなったものの、生活の中で使う理由は整理されないままでした。
決定的に欠けていたのは、お金として使う理由です。
ステーブルコインを保有することと、日常の支払いに使うことの間には、大きな断絶がありました。理解すべきだとは言われても、実際に使うかと問われれば、多くの人は言葉に詰まる。
この違和感こそが、2025年の実態だったと思います。
そして2026年は、ここで明確に分かれる年になります。ステーブルコインが引き続き投資や概念の延長線上に留まるのか。それとも、支払い手段の一部として、現実の生活に組み込まれていくのか。
この分岐点で重要なのは、構造や技術の優劣ではありません。どこに立つか、つまり立ち位置の問題。
2026年におけるSlashの立ち位置は明確です。
Slashは決済インフラではありません。取引所でも、カード会社でもない。目指すべきは、USDCを持っているだけで、自然に使える状態にする”翻訳レイヤー”だと考えています。
多くのユーザーは、実は何も求めていません。USDCを運用したいわけでも、賭けたいわけでも、学習したいわけでもない。ただ、”使えるなら使う。”それだけです。
だから2026年のSlashの仕事は、USDCを便利に見せることでも、革新的に語ることでもありません。
USDCを使うことを、”判断不要”にすることにあります。
なぜ2026年にSlashの余地があるのか。その理由は極めて現実的です。日本では、クレジットカードは強すぎ、銀行送金は重すぎ、QR決済は事業者依存が強い。その間に、新しい選択肢が入り込む余白が確実に存在しています。
価格が安定し、事前に使える上限が決まり、使いすぎない。ステーブルコインは、この空白にきれいに当てはまる性質を持っています。
問題は一つだけです。誰も、どう持てばいいのか、どう使えばいいのか、どこまで安心していいのかを翻訳できていない。
Slashの役割は、まさに”この翻訳。”
USDCという具体的な存在を入口にしながら、ユーザーにとっては、ステーブルコインを使っているという意識すら持たせない状態をつくること。それができて初めて、技術は生活の側に降りてきます。
USDCを普及させることは、特定の通貨を広めることが目的ではありません。
日本において、ステーブルコインという選択肢そのものを、当たり前の存在にすることです。その結果として、”JPYステーブル”が受け入れられる土壌も、自然に整っていきます。
2026年のSlashの目標は、”ステーブルコインを使う理由を、初めて日本で成立させる会社になる”です。
構造は手段にすぎず、精算は裏側の話です。主語は常に、ユーザーの行動に置かれるべきだと考えています。
この流れが成立すれば、2027年にはステーブルコインで払うことが一部の人にとって当たり前になり、2028年には、それがステーブルコインかどうかすら誰も意識しなくなるでしょう。
そのときに勝つのは、最も大きな会社でも、最も技術的に優れた会社でもありません。
”一番最初に、使わせた会社”です。
pre-card.slash.vision




Slash Vision Labs@SlashWeb3
USDCで、いつも通りに支払う。 Not crypto. Money.
日本語
















