
雷
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雷
@thunderbolt914
雷(らい)のWeb活動用垢。人見知りで無言フォロー常習者。趣味は絵を描いたり文章を書いたり。ファンタジーとオカルトが大好き。シリアスとギャグを行ったり来たり。ハロこえに参加中。 https://t.co/ztmX3szwUC


■今日の動画 日本語ペラペラ外国人が語る漢字の素晴らしさ【海外の反応】 本日19:30に投稿しますー! コメント、チェックお願いします! youtu.be/ZeZUUNKVmZ8

英語も日本語と造語能力はそれほど変わらんと思うんやけど、英語の組み合わせるパーツがわからんのがなあ(logyで〜学とかそのへんのはわかるけどCetoで鯨は知らぬい

日本の友人へ 最近、日本語は単なる「文字の言語」ではなく、一種の「情報圧縮システム」のように感じるようになりました。 最初は、ひらがな・カタカナ・漢字の混在は単なる「複雑さ」だと思っていました。 しかし今では、それぞれが特定の役割を持った設計構造のように見えます。 ひらがなは音を運ぶ流れる骨格のように感じられます。 カタカナは外来要素を取り込む翻訳ツールのように機能しているように思えます。 漢字は意味を一瞬で圧縮するデータパケットのように感じられます。 そして気づいたのは、日本語は単に「読む」ものではなく、「理解しながら展開(解凍)する」言語なのではないか、ということです。 そこでいくつか質問があります。 なぜ日本語はこのような層構造のシステムへと発展したのでしょうか? もし漢字だけ、あるいはひらがなだけに統一されていたら、日本語における「思考のスピード」は変わっていたと思いますか? また、学習者にとって本当に難しい部分はどこにあるのでしょうか? 発音でしょうか?漢字の暗記でしょうか?それとも文脈によって意味が変わるという感覚でしょうか? そしてもう一つ: 日本語学習者は、どの段階で「言葉を読む」ことから「雰囲気そのものを理解する」ようになるのでしょうか? ナイジェリアから見ていると、日本語は単なる言語というよりも、一種の思考プロトコルのように感じられます。 皆さんはどう思いますか?

【お詫び】 『刀剣乱舞ONLINE十周年記念 本丸録』掲載内容の不備に関する対応の変更につきまして、ご報告させていただきます。 本書籍を楽しみにしてくださっていたお客様、ならびに関係者の皆様にご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。 詳細はリンクよりご確認ください。 books.shopro.co.jp/pdf/honmarurok…

フレイルとは健康と要介護の中間で要介護にならないよう予防するべき状態の事だそうだ。最近その辺のレクチャーを受ける機会があって「フレイルってご存知ですか?」と聞かれて、「鎖に鉄球がついた西洋の武器でしょうか」と言いそうになったけど、もう大人なのでちゃんと「知りません」と言った。

「強い女だ。ワシの妻にして強い子を産ませる」 オークのセリフやと思うやん。 鎌倉武士のセリフやで(要約あり)



パナマの友人から「この曲が日本の作品だってのはわかってるんだけど、作品名がどうしてもわからないんだ!知っていたら教えてくれ。もう何年も探しているんだ」って連絡が来たから教えてあげたらすごく喜んでた 名もわからない作品を耳コピで楽譜を完成させたらしいけど、その熱意と演奏に感動したよ













