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『音楽でも、歌でも、ダンスでも、演技でも、絵を描くことでも、絵画でも、彫刻でも、詩でも、小説でも、エッセイでも。どんな芸術でも実践しなさい。上手いか下手かは関係ない。お金や名声を得るためではなく、何かになっていくことを体験するために。自分の内側に何があるのかを知るために。そして、魂を成長させるために。』
カート・ヴォネガットさんの言葉。素敵だな。
お金や名声を得るために行動軸がある方はどこかで破綻します。
でもこれは、お金や名声が悪いということではありません。
お金も、名声も、誰かの役に立った結果として自然についてきます。
それ自体を否定する必要はありません。
ただ、それが一番の目的になってしまうと、心は少しずつ苦しくなっていく傾向があります。
ヒトはいつの間にか、自分が何のためにそれを始めたのかを見失ってしまいます。
経済学者のエルンスト・フェールさんは、利他の心は社会を支える大切な力だと語っています。
誰かが困っているとき、手を差し伸べる人がいる。
誰かが苦しんでいるとき、見て見ぬふりをせず支えようとする人がいる。
そうした利他的な心があるからこそ、人と人は信頼し合うことができ、社会は成り立っていくのだと思います。一人で生きていくことは、難しいです。とっても難しいです。だって僕たちは社会的な生き物なのだから。
福祉も、協力も、自由も、文化も、根っこのところには「自分だけではなく、他者も大切にする」という心があるのではないかなと思います。
その中でも芸術は、否応なしに自分を見つめることになります。
特にプレイヤーになると自分を見つめることが多くなります。
面白いことに、自分の内側を見つめることで、他者の痛みにも気づけるようになる。
自分の弱さを知ることで、誰かの弱さにも優しくなれる。
そのような方は、ヒトとしての深みを持たれているので、誰かの心に光を灯すことができると思います。ただ、だからこそ、心に負担をきたすことも、あります。
自分のためだけに磨いた力は、どこかで限界が来ます。
でも、誰かの幸せや、誰かの救いにつながるように磨いた力は、長く続いていきます。
歌うこと。踊ること。演じること。描くこと。書くこと。
それを純粋に自分のために学び、楽しむこと。
その行為の中で、自分の心が少し、やわらかくなる。
そして、そのやわらかくなった心が、誰かに向けられたとき、そこに利他の芽が生まれるのだと思います。
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