きむ兄(木村公洋)|メディア作家

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きむ兄(木村公洋)|メディア作家

@uraihiro

「高卒・社員経験なし・資格なし・車なし・家なし」の40代後半|社会の底辺から放送作家15年の企画力で2ヶ月1500万インプを叩き出す|「あなたの経験を、資産に変える」|相互なしで勝つ「サバイブ哲学」と、読み手の心をハックする「言語化の技術」|元よしもとNSC|コルクラボ|福岡在住|思考の源泉(note)は👇

東京→2020年11月に福岡移住 Katılım Eylül 2009
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きむ兄(木村公洋)|メディア作家
学歴なし、資格なし、免許ない、家なしの40代。社会の底辺を這いつくばっていた僕が唯一磨き続けた武器が「言葉」でした。 放送作家15年の「企画力」をXに持ち込んだ結果、 たった2ヶ月で1500万インプ。万バズ連発。 相互フォローも媚びも一切なし。「個人の経験」は磨けば最強の「資産」に変わると証明しました。 論より証拠。 僕の「企画力」が本物かどうか、まずはプロフの【ハイライト】を見てください。数字を取ったポストを全て公開しています。 僕は綺麗な言葉は書きません。 ・持たざる者の「生存戦略」 ・組織に頼らず生きる「個の技術」 ・40代からの「逆転」の思考法 綺麗事抜きの「サバイブ哲学」を毎日届けます。 「何もない」と嘆く前に、僕の実績(言葉)を踏み台にしてください。 ▼ 生存戦略の全貌(note)はリプ欄へ。本気で変わりたい人だけ読んでください。
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信頼は完璧さから生まれない。一致から生まれる。 言ったことをやる。やれないことを言わない。間違えたとき認める。三つが揃った人間の言葉だけが、組織に本当の意味で届く。 届いた言葉が、人を動かす。動いた人間が、また本音を持ってくる。この循環が、強い組織の骨格だ。 弱さを見せられるリーダーが最強な理由は、優しいからではない。弱さを開示した瞬間、部下の防衛が解ける。防衛が解けた場所でだけ、本音が動く。 本音が動く組織は、問題を隠さない。隠さない組織は、問題を早期に潰せる。早期に潰せる組織が、長く生き残る。 軸がブレた瞬間、組織は静かに離れる。言動の一致が唯一の求心力だ。
大井川 尚(Takashi Oigawa)@oigawa_cxo

「正解」を出すほど、組織の思考は停止していく。信頼は“完璧さ”から生まれない。弱さを見せられる人に、人は本音を話す。完璧な経営者より、正直な経営者が強い。言動が一致している人だけが、長く信頼される。軸がブレた瞬間、組織は静かに離れていく。信頼される経営者になっていますか?

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他人と比べることをやめた人間は、孤独になる。だけど、孤独だけが本当の自分の速度を教えてくれる。 比較は即座に自分の位置を教えてくれる。上か下か、勝ちか負けか。座標が分かると安心する。 でも、それは他人が作った地図の上の座標だ。他人の地図で自分の位置を確認し続けた人間は、自分の地図を一度も描いたことがない。 地図のない人間は、どこへ向かっているか分からない。 比較をやめた瞬間に訪れる感覚がある。何を目指しているのか分からなくなる感覚だ。これは迷いではなく、他人の地図が消えた後の本来の静けさ。 この静けさの中でだけ、自分が本当に向かいたい方向の声が聞こえてくる。 他人に勝つことを上限にした人間は、他人の成長に自分の限界を委ねている。 昨日の自分と比べる人間だけが、限界を自分で設定できる。自分で設定した限界は、自分で更新できる。更新し続けた人間の天井は、どこまでも高くなる。 比較をやめることは、レースを降りることではない。自分だけのレースを今日から始めることだ。
はと@hatomiku

突き抜けたければ、「人と比べるな」 人と比べないメリットは、 ・自分の目標に全集中できる ・他人が受ける評価等の雑音が入らない ・他人を「落とす」必要がない ・キャップが外せる (人と比べるとその人に勝つことが上限になる) 「同僚をライバル視」とか 近い人との比較してると井の中の蛙になる

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猫山課長
猫山課長@nekoyamamanager·
今日は妻が友人と遊びに行きました。夕飯はそれぞれになったので、レシピの幅を広げるべく夕飯を実験の場にしたいと思います。 4月から作る機会が増える予定なので、レパートリー増やさないとヤバいんですよね…
猫山課長 tweet media
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麻雀をしているキムタクに心を持っていかれました。しかも萩原聖人と一緒に打ってるところに。
山川 景子(Keiko Yamakawa)@keiko_y0909

AIに仕事を奪われる心配より、キムタクに心を奪われました。 2月の連休、ほぼ外に出ずに『ロングバケーション』を一気見。リアルタイムではほとんど観ていなかったのに、今になってど真ん中で刺さるとは。当時の私は、月曜夜にテレビの前に座る余裕なんてなく、髪を振り乱して働いていた側の人間。今思い出すと笑ってしまうような、やたら大きい携帯電話を持ち歩き、とにかく走っていたあの頃。リアルタイムで見ていたドラマではないけれど、「30年前の生活ってこんなだったよね」と懐かしい気持ちになりました。 でも30年たっても変わってないのは、ピアノ、家具、寝具、家電の諸々。人は生活にイノベーションを求めて現代社会と向き合い、AIが殆どの仕事を奪い、「私はどうなるの?」なんて質問をされることもありますが、変わらなくても人生は楽しくて充実しているはず。それを決めるのは、時代じゃなくて自分。 しかし、キムタクって、こんなに素敵な青年だったのね。遅すぎる気づきとともに、思わず大人買いでファンクラブに入会!人生、何歳からでも楽しい。

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続けられない人間は、結果を「収穫」だと思っている。本当は「種まき」なのに。 農業で考えれば当たり前だ。種を撒いた日に収穫できると思っている農家はいない。 でも、コンテンツを書いた日に結果を求める人間は無数にいる。この認知のズレが、続けられない人間を量産している。 怖いのは、撒いた種が見えないことだ。 書いた記事、発信した言葉、積み上げた思考。これらは地面の下で根を張り続けている。だけど、地上には何も見えない。見えないから「無駄だった」と判断する。 判断した瞬間に撒くのをやめる。やめた直後に芽が出ることがある。出なくても、土は確実に豊かになっていた。 ここに最も見落とされている事実がある。 継続で変わるのは、外側の結果だけではない。続けた人間の内側が変わる。思考の回路が育つ。言語化の精度が上がる。問いの解像度が高くなる。 この変化は数値化できないが、確実に地力になっている。 結果が出なかった時間は、無駄ではなかった。培養土になっていた。豊かな土からしか、本物の実は生まれない。
限界読書@genkaidokusho

x.com/i/article/2034…

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誠実さを「スキル」と呼ぶことへの違和感がある。 スキルは習得するものだ。一方で誠実さは習得するものではなく、すり減らさないものだ。最初から誰の中にもあった。 忙しさ、疲弊、合理化という名の言い訳が、少しずつ削っていく。 削れていく過程に、人間は気づかない。 「今回だけ」 「仕方なかった」 「相手も分かってくれるはず」 一つ一つは小さいが、積み重なった先に自分への信頼が消えている。他者からの信頼より先に、自分が自分を信頼できなくなる。これが最も深い損失だ。 誠実さを守ることは、他者のためではない。 すり減らさないことで、自分という人間の骨格を守ることだ。
ゆる麻布|3万部突破@yuruazabu

誠実さは最強のビジネススキルだわ。世の中あまりにも誠実じゃない人が多すぎる。誠実に対応する、約束を守る、みたいな当たり前のことをちゃんとするだけで、一気に信頼を獲得できるものやで。

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キャリア迷子の原因は、捨てる覚悟がないことだ。 「なんでもできる」は武器に見えて、方向を消す霧だ。選択肢が増えるほど、脳は選べなくなる。 選べない状態が続くと、動けないまま時間だけが過ぎる。やりたいことを探し続けた10年より、やらないことを決めた一日の方が、キャリアを前に動かす。 今日から使える3つの実践 ①「絶対に嫌な働き方」を10個書き出す やりたいことより先に、確実に合わない働き方を言語化する。 長時間残業、一人作業、数字だけを追う仕事、人と関わらない環境。嫌なものを書いた分だけ、残るものが見えてくる。消去法が、最速の絞り込みだ。 ②残った選択肢を3つに強制的に絞る どれも捨てたくない感覚が出たとき、全部持ち続けることを禁止する。 3つに絞る制約が本当に大切なものを浮かび上がらせる。制約は思考の敵ではなく、思考を加速させる設計だ。 ③「5年後もやっていたいか」で最後の一手を決める 3つに絞った後、5年後の自分が続けている姿を想像できるかを問う。想像できないものは、今の自分が惰性で持っているだけだ。 捨てた数だけ、残ったものが輝く。
まりん|2ndキャリア設計プランナー@jiku_2ndcareer

キャリア迷子になる人は、選択肢が多すぎる。 何かに特化しているわけではなく、ある程度なんでもできてしまう。実は、それが迷子になる原因。 やれることが多くて、絞りきれないの。 人は、選択肢が多いほど選べなくなるものだから。 だからキャリアを見直したい人が最初にすることは、 やりたいことを探すことではなく、 やらないことを決め「選択肢は3つまで」に絞ること。 まずは、自分が確実に合わない・できない働き方を書き出してみることから始めてみてください。

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なお社長│妄想をカタチにする社会福祉士
完璧な選択をした人間より、迷いながら動き続けた人間の方が遠くへ行く…本当にそう思う。 正解を探して立ち止まっている間にも、時間は流れている。 降ろしていい。間違えていい。それも全部、前に進んでいる証拠だ。 後悔せずに進めば、それが正解になる。
きむ兄(木村公洋)|メディア作家@uraihiro

正解を探している人間は、人生を消費している。正解を作っている人間は、人生を設計している。 選択の前に正解は存在しない。あるのは選択肢だけ。どの道を選んでも、選んだ後にどう歩くかが正解を決める。 迷って出した答えに全力を注いだ人間の軌跡が、後から見ると一本の線になる。その線を正解と呼ぶ。 「ねばならない」は外から来た声だ。 いつ、誰が植えたか覚えていない種が、気づいたとき巨木になっている。根を張りすぎて、切ろうとすると自分まで痛い。 だから放置する。放置するたびに、また枝が伸びる。「ねばならない」の森の中で、本当に自分が望む景色を見失った人間がいる。 手放すことへの罪悪感は、植えつけられた価値観の最後の防衛だ。 降ろしていい。間違えていい。後悔していい。全部、生きている人間にだけ許される特権だ。 完璧な選択をした人間より、迷いながら動き続けた人間の方が、必ず遠くへ行く。 正解は選ぶ前に輝くものではない。歩いた後ろを振り返ったとき、初めて光る。

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期待とは、相手に渡した感情の手形だ。渡した分だけ、裏切られるリスクを負う。 「やってくれるはず」 「分かってくれるはず」 「はず」は相手への信頼ではなく、自分の願望を相手に投影しているだけだ。投影された相手は、その期待を知らない。 知らないまま動く。動いた結果が期待と違う。裏切られたと感じる。最初から、勝手にシナリオを書いて、勝手に傷ついている。 期待が多い人間は、他者を自分のシナリオの登場人物として扱っている。 登場人物はシナリオ通りに動かない。動かないたびに怒る。怒るたびにエネルギーが削れる。削れたエネルギーで、また期待する。 この回路が止まらない人間が「人間関係に疲れた」と言う。疲れているのは人間関係ではなく、自分が作り続けたシナリオの重さだ。 変えられないものに期待することは、存在しない扉をノックし続けることだ。 期待を手放した人間に何が起きるか。相手がそのままの姿で見えてくる。そのままの姿を受け取れた瞬間、初めて本物の関係が始まる。 期待を捨てることは諦めではない。相手を人間として見始めることだ。
なかゆー (中野 由妃絵)@nakayudayo

これ結構マジで、人に期待する人ほど人間関係で疲れる。『やってくれるはず』『分かってくれるはず』その“はず”が外れるたびにストレスになる。だから、できる人ほど期待しないし、人は変えられない前提で動く。結局、変えられないものに期待する人ほど消耗する。

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「与えても返ってこない」と嘆く人間は、与えることを取引だと思っている。 GIVEしろという言葉は正しい。しかし「与えれば返ってくる」という文脈で語られた瞬間、GIVEは損益計算になる。 損益計算で動く人間の行動には、微細な回収の意図が滲む。滲んだ意図を、人間は言語化できなくても身体で感じ取る。感じ取った瞬間、本音を引っ込める。 与えているのに返ってこない人間は、与え方ではなく動機が問われている。 本当の意味で与えられる人間の条件は一つだ。 自分が満ちていることだ。枯渇した人間は与えられない。与えているふりをしながら、実は承認を乞うている。乞うている人間の周りに集まるのは、同じく乞うている人間だけだ。 ここに逆説がある。 与えることに執着している人間より、自分の人生を本気で生きている人間の方が、結果として多くを与えている。 充実した人間の存在そのものが周囲を刺激し、動かし、与え続ける。 GIVEは行動ではなく、状態だ。 満ちた人間からしか、本物は溢れない。まず自分を満たせ。満ちた先に与えることへの計算が消える。計算が消えた瞬間から、世界の応答が変わる。
ぴーたろ@Ptaro_chan

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急に距離を詰めてくる人間に、最も惚れやすい人間は、自分の輪郭が薄い人間だ。 理想化してくる相手の強い好意は、麻薬に似ている。「こんなに必要とされている」という感覚が、自分の存在を証明してくれる。 承認の渇きが強い人間ほど、強度の高い好意に吸い寄せられる。吸い寄せられた瞬間から、相手の理想像に自分を合わせ始める。 ここに本当の罠がある。 相手のフィルターに合わせて変形した自分は、もはや自分ではない。変形した自分を愛されても、本当の自分は愛されていない。 しかし、変形に慣れると、本来の自分の輪郭が分からなくなる。去られた後に残るのは、傷だけではない。どこまでが本当の自分だったかという深い空洞だ。 理想化してくる人間は鏡ではなく、プロジェクターだ。 あなたを見ているのではなく、あなたという白いスクリーンに自分の映像を投影している。スクリーンが動いた瞬間、映像が歪む。歪んだ映像を「裏切り」と呼んで去る。 振り回されないためには、まず自分の輪郭を太くすることだ。 輪郭が太い人間には投影できない。本物しか近づけなくなる。
マノマノ🌾@manomano_farm

急に好意を持って「距離を詰めてくる」タイプの人ほど、ある日突然一方的に嫌って去っていくからね。そういう人は自分にとって都合のいいフィルターでしか相手を見てなくて、関わるうちに粗が見つかり勝手に幻滅する。結論、勝手に理想化してくる人なんかに振り回されず自分の人生を生きるといいです。

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会社の飲み会を「くだらない」と切り捨てた人間が、独立後に誰にも相手にされない。 これは飲み会の話ではなく、場を作る能力の話だ。会社という守られた環境では、嫌いな人間とも同じ空間にいられる。それ自体がトレーニングだ。 でも、個人事業になった瞬間、誰もあなたに付き合う義務がない。「この人といると楽しい」と思われなければ、静かに縁が切れる。 会社の飲み会は、最も低コストで場を攻略する練習場だ。嫌いな上司がいる。話が合わない同僚がいる。それでも場を温められるか。 空気を読んで一手を入れられるか。全員が楽しめる瞬間を作れるか。この訓練を「意味がない」と逃げ続けた人間は、市場に出た瞬間に無防備になる。 人間関係は、得意な相手だけで磨けない。 苦手な人間と同じ場にいながら、消耗せずに関係を維持する技術。これは難しい相手の中でしか育たない回路だ。 育てた回路が、独立後に「また会いたい」と思われる人間を作る。 場を攻略できる人間が、どこでも生き残る。飲み会はその最初の道場だ。
猫山課長@nekoyamamanager

今の会社で飲み会を楽しくやれない人は、個人事業者になって人と楽しく交流できると思わない方がいいですよ。 会社は仲間だからあなたを気遣ってくれてましたけど、自営になったらその義務ないですからね。「こいつはもういいな」と思われて断絶されます。 だから会社の飲み会くらいは軽く攻略しておけ。

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完璧主義者は、失敗した自分と対面することを先送りにしているだけだ。 「もっと準備してから」 「もう少し考えてから」 これは慎重さではなく、動いた結果が自分の実力を証明してしまうことへの恐怖だ。動かない間は、可能性が無限に残っている。 動いた瞬間、現実が確定する。完璧主義の正体は、完璧への追求ではなく、現実との対面の回避だ。 ここに残酷な事実がある。 動かなかった時間も、実力を証明している。動かないことで守ろうとした自己イメージは、動かない時間が積み重なるほど、確実に削れていく。 完璧な状態で出そうとして、何も出さなかった人間の自信は、じわじわと死んでいく。 「やりながら考える」が最速な理由は、効率ではなく、現実との摩擦が人間を育てるからだ。 頭の中のシミュレーションは、現実の摩擦を再現できない。摩擦の中でしか育たない判断力がある。転んだ後にしか分からない起き上がり方がある。 動いた人間だけが手に入れる情報が、確実に存在する。 完璧な準備をした人間より、不完全なまま動き続けた人間が、必ず遠くへ行く。
おしげ(耕納茂彰)@oshige_writing

仕事が遅い人は「悩みすぎ」「後まわし」「完璧主義」の3つが共通してる。逆に仕事が早い人ほど、悩みすぎず、すぐに始めて、完了主義で終わらせる。仕事が遅かった僕も後者の意識で動くようになって、かかる時間を2割以上短くできた。スピードをあげるのに難しいことは何も必要ない。大切なのは

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正解を探している人間は、人生を消費している。正解を作っている人間は、人生を設計している。 選択の前に正解は存在しない。あるのは選択肢だけ。どの道を選んでも、選んだ後にどう歩くかが正解を決める。 迷って出した答えに全力を注いだ人間の軌跡が、後から見ると一本の線になる。その線を正解と呼ぶ。 「ねばならない」は外から来た声だ。 いつ、誰が植えたか覚えていない種が、気づいたとき巨木になっている。根を張りすぎて、切ろうとすると自分まで痛い。 だから放置する。放置するたびに、また枝が伸びる。「ねばならない」の森の中で、本当に自分が望む景色を見失った人間がいる。 手放すことへの罪悪感は、植えつけられた価値観の最後の防衛だ。 降ろしていい。間違えていい。後悔していい。全部、生きている人間にだけ許される特権だ。 完璧な選択をした人間より、迷いながら動き続けた人間の方が、必ず遠くへ行く。 正解は選ぶ前に輝くものではない。歩いた後ろを振り返ったとき、初めて光る。
なお社長│妄想をカタチにする社会福祉士@Naoko_minori

正解なんて 後から自分で作るものだ。自分の判断が正しかったかどうかは 誰にも分からない。他人が決められることではない。大事なのは 自分でしっかり考えたかどうか。迷って出した答えなら それで十分正解だ。あとで振り返って反省することがあっても それも経験になる。だから 今の自分を信じていい。後悔せずに進めば それが正解になる。

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きむ兄(木村公洋)|メディア作家
5人以上の会議で何も言えなかったのは、コミュ力が低いからではない。人間の脳の限界を超えた場所に放り込まれていただけだ。 4人までは全員の顔色を把握できる。しかし5人を超えた瞬間、読むべき人間関係の糸が爆発的に増える。 4人なら6本。5人で10本。6人で15本。空気を読むだけでキャパオーバーになるのは、能力の問題ではなく、構造の問題だ。 大人数の場で静かになる人間は、消極的なのではない。場の空気を誰より正確に読んでいる、最強の観察者だ。 問題は、会議の設計が間違っていることだ。本音を引き出したいなら少人数にしろ。5人以上の場は対話ではなく、報告と割り切れ。 重要な決断を大人数でやろうとするから、誰も本音を言えないまま結論が出る。出た結論が機能しない。また会議を開く。消耗が循環する。 変えるべきは自分でも他人でもない。人数だけだ。 1対1で話せば出てくる言葉がある。4人以下なら生まれる議論がある。会議室に人を詰め込むほど、本音は遠くなる。設計を変えるだけで、関係の質が根本から変わる。
Aki@mikorino

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きむ兄(木村公洋)|メディア作家
夜に決断を先送りにした人間が、朝に正しい判断を下す。 夜の脳は感情が支配している。一日の疲弊が判断を鈍らせ、情が余計なものにまで絡みつく。捨てるべき関係に名残惜しさを感じ、終わらせるべき習慣に言い訳を見つける。 夜に「やっぱりもう少し続けよう」と思ったものは、朝になると「なぜ迷っていたのか」になることがある。 朝は前日の続きをやらなくていい、唯一の時間だ。 昨日の感情がまだ戻りきっていない。情が薄い状態で物事を見ると、骨格だけが残る。骨格だけで判断すると、答えは驚くほどシンプルになる。 この関係は必要か。 この習慣は地力になっているか。 この仕事は自分の文脈に合っているか。 夜に悩むな。朝に決めろ。 人間の意志力は朝がピークで、夜に向けて下がり続ける。 重要な決断を夜にすることは、最も消耗した状態で最も重い荷物を持つようなものだ。切る判断、やめる決断、手放す選択。 これらは全部、朝の静けさの中でだけ、本当の答えが出る。 夜は感じるための時間だ。 朝は決めるための時間だ。
思考遊戯@think_hacking

朝は物を増やす判断より、関係を切る判断に向いている気がします。 まだ一日が始まっていないぶん、昨日まで引きずっていた続きをやらなくていいと思いやすいからだと思います。 夜は、いらないものにまで情がつきますが、 朝はその情がま戻りきっていません。 そういう意味では、朝は理性に近い判断ができるように思えます。

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きむ兄(木村公洋)|メディア作家
髪を切っても、風呂場で裸になれば昨日と同じ自分が立っている。 外側を変えることへの衝動は正直だ。何かを変えたいという感覚は本物だ。しかし内側が変われないとき、人は外側を変えることで変化を偽装する。 新しいアイコン、新しい服、新しい趣味。変わった気分は手に入る。しかし翌朝、鏡の前に立つのは昨日と同じ人間だ。 偽装が止まらない理由は、本物の変化が痛いからだ。 何かを捨てる痛み。誰かを失う痛み。過去の自分を否定する痛み。この痛みを回避したまま手に入る変化は、ラッピングが変わっただけだ。 箱を開けると中身は同じだ。痛みのない変化を積み重ねても、骨格は一ミリも動かない。 本物の変化には、必ず何かが死ぬ。古い習慣が死ぬ。古い人間関係が死ぬ。古い自己イメージが死ぬ。死なずに生まれ変わった人間はいない。 変化の痛みを「成長の証拠」として受け取れる人間だけが、風呂場で昨日と違う自分と出会える。 外側を変える衝動が来たとき、問え。 内側の何を変えることから逃げているのかと。
ノイリ@noiri_testo

自己成長の感覚がない人ほど、外側だけ変化しようとする。 髪を切る、服を変える、SNSのアイコンを変える、新しい趣味を始める――人は内側が変われないとき、外側を変えて「変わった気分」を手に入れようとする。これは変化の「偽装」である。 この偽装は一時的に気持ちいいが、残念ながら風呂場で裸になれば同じ自分が立っている。 「本物の変化」には必ず痛みが伴う。 何かを捨てる痛み、誰かを失う痛み、過去の自分を否定する痛み。痛みを回避したまま手に入る変化は、すべて表面のラッピングが変わっただけ。箱を開けたら中身は昨日と同じ自分だ。

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矢野-yanonp@多拠点築古大家&情シスお手伝い
まさに“Ctrl+Z”のない世界、それが昭和だったなと。子供ながらにレトロゲームの理不尽さも経験できたのはとても大きな糧になってると思います。特に魔界村やスペランカー、ドラクエ2の復活の呪文…きりがないですw 今はゲームでもなんでもタイパ、コスパで配慮だらけ。そりゃあ、脳も怠けるってもんですよ。 不自由な時代を過ごしてきたので今でも踏ん張れる気がしますね! 冷蔵庫の残り物自炊料理とレトロゲームが、AIに殺されない人間を作る|木村公洋(きむ兄) @uraihiro note.com/kimihiro_kimur…
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