
きむ兄(木村公洋)|メディア作家
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きむ兄(木村公洋)|メディア作家
@uraihiro
「高卒・社員経験なし・資格なし・車なし・家なし」の40代後半|社会の底辺から放送作家15年の企画力で2ヶ月1500万インプを叩き出す|「あなたの経験を、資産に変える」|相互なしで勝つ「サバイブ哲学」と、読み手の心をハックする「言語化の技術」|元よしもとNSC|コルクラボ|福岡在住|思考の源泉(note)は👇


「正解」を出すほど、組織の思考は停止していく。信頼は“完璧さ”から生まれない。弱さを見せられる人に、人は本音を話す。完璧な経営者より、正直な経営者が強い。言動が一致している人だけが、長く信頼される。軸がブレた瞬間、組織は静かに離れていく。信頼される経営者になっていますか?

突き抜けたければ、「人と比べるな」 人と比べないメリットは、 ・自分の目標に全集中できる ・他人が受ける評価等の雑音が入らない ・他人を「落とす」必要がない ・キャップが外せる (人と比べるとその人に勝つことが上限になる) 「同僚をライバル視」とか 近い人との比較してると井の中の蛙になる



誠実さは最強のビジネススキルだわ。世の中あまりにも誠実じゃない人が多すぎる。誠実に対応する、約束を守る、みたいな当たり前のことをちゃんとするだけで、一気に信頼を獲得できるものやで。

キャリア迷子になる人は、選択肢が多すぎる。 何かに特化しているわけではなく、ある程度なんでもできてしまう。実は、それが迷子になる原因。 やれることが多くて、絞りきれないの。 人は、選択肢が多いほど選べなくなるものだから。 だからキャリアを見直したい人が最初にすることは、 やりたいことを探すことではなく、 やらないことを決め「選択肢は3つまで」に絞ること。 まずは、自分が確実に合わない・できない働き方を書き出してみることから始めてみてください。

正解を探している人間は、人生を消費している。正解を作っている人間は、人生を設計している。 選択の前に正解は存在しない。あるのは選択肢だけ。どの道を選んでも、選んだ後にどう歩くかが正解を決める。 迷って出した答えに全力を注いだ人間の軌跡が、後から見ると一本の線になる。その線を正解と呼ぶ。 「ねばならない」は外から来た声だ。 いつ、誰が植えたか覚えていない種が、気づいたとき巨木になっている。根を張りすぎて、切ろうとすると自分まで痛い。 だから放置する。放置するたびに、また枝が伸びる。「ねばならない」の森の中で、本当に自分が望む景色を見失った人間がいる。 手放すことへの罪悪感は、植えつけられた価値観の最後の防衛だ。 降ろしていい。間違えていい。後悔していい。全部、生きている人間にだけ許される特権だ。 完璧な選択をした人間より、迷いながら動き続けた人間の方が、必ず遠くへ行く。 正解は選ぶ前に輝くものではない。歩いた後ろを振り返ったとき、初めて光る。

これ結構マジで、人に期待する人ほど人間関係で疲れる。『やってくれるはず』『分かってくれるはず』その“はず”が外れるたびにストレスになる。だから、できる人ほど期待しないし、人は変えられない前提で動く。結局、変えられないものに期待する人ほど消耗する。


急に好意を持って「距離を詰めてくる」タイプの人ほど、ある日突然一方的に嫌って去っていくからね。そういう人は自分にとって都合のいいフィルターでしか相手を見てなくて、関わるうちに粗が見つかり勝手に幻滅する。結論、勝手に理想化してくる人なんかに振り回されず自分の人生を生きるといいです。

今の会社で飲み会を楽しくやれない人は、個人事業者になって人と楽しく交流できると思わない方がいいですよ。 会社は仲間だからあなたを気遣ってくれてましたけど、自営になったらその義務ないですからね。「こいつはもういいな」と思われて断絶されます。 だから会社の飲み会くらいは軽く攻略しておけ。

仕事が遅い人は「悩みすぎ」「後まわし」「完璧主義」の3つが共通してる。逆に仕事が早い人ほど、悩みすぎず、すぐに始めて、完了主義で終わらせる。仕事が遅かった僕も後者の意識で動くようになって、かかる時間を2割以上短くできた。スピードをあげるのに難しいことは何も必要ない。大切なのは

正解なんて 後から自分で作るものだ。自分の判断が正しかったかどうかは 誰にも分からない。他人が決められることではない。大事なのは 自分でしっかり考えたかどうか。迷って出した答えなら それで十分正解だ。あとで振り返って反省することがあっても それも経験になる。だから 今の自分を信じていい。後悔せずに進めば それが正解になる。


朝は物を増やす判断より、関係を切る判断に向いている気がします。 まだ一日が始まっていないぶん、昨日まで引きずっていた続きをやらなくていいと思いやすいからだと思います。 夜は、いらないものにまで情がつきますが、 朝はその情がま戻りきっていません。 そういう意味では、朝は理性に近い判断ができるように思えます。

自己成長の感覚がない人ほど、外側だけ変化しようとする。 髪を切る、服を変える、SNSのアイコンを変える、新しい趣味を始める――人は内側が変われないとき、外側を変えて「変わった気分」を手に入れようとする。これは変化の「偽装」である。 この偽装は一時的に気持ちいいが、残念ながら風呂場で裸になれば同じ自分が立っている。 「本物の変化」には必ず痛みが伴う。 何かを捨てる痛み、誰かを失う痛み、過去の自分を否定する痛み。痛みを回避したまま手に入る変化は、すべて表面のラッピングが変わっただけ。箱を開けたら中身は昨日と同じ自分だ。





