
「……今度あの子に何か美味しいもの奢ってあげよ」
「あ、じゃあ私も一緒に行っていいですか?さっきのボディクリームの話、続き聞きたいので」
「ちゃっかりしてるね!?」
笑いながらふと、耳に残る音に気づいた。
——笑い声が、三つある。
妹の声、それに遊びに来たもう一人の友達、カナちゃんの声。そこまでは分かる。でも、もう一つ、低めの女の人の笑い声が混じっている。知らない声だった。
「……ミナちゃん、今日家に来たのって、二人だよね?」
「え?はい、私とカナだけですよ。どうしたんですか?」
ミナちゃんは不思議そうに首をかしげた。私の声のトーンが変わったのを察したのか、表情が少しだけ硬くなる。
「……いや、なんか、リビングで笑ってる声が、三人分に聞こえて」
一瞬の沈黙。
湯気の向こうで、ミナちゃんがゆっくり目だけ動かして、脱衣所の方を見た。脱衣所とリビングは、磨りガラスのドア一枚で仕切られている。
ドアの向こうで、確かに笑い声が続いている。きゃははっ、という若い声二つと、それに重なる、少し掠れた、歳上の女性の笑い声。
母さんは今日、父さんと温泉旅行に出かけている。家には私と妹と、妹の友達二人しかいないはずだった。
「……お姉さん」
ミナちゃんが小さく、本当に小さく囁いた。
「さっき、お風呂場来る前に、廊下ですれ違った人、誰ですか?」
「えっ」
「黒い髪の、私たちのお母さんくらいの歳の人。お姉さんの後ろをついて歩いてて、私、お姉さんの親戚の方かなって思って会釈したんですけど」
心臓が、嫌な跳ね方をした。
今日、この家には、私たち四人しかいない。
お湯の温度は変わらないはずなのに、背中が冷えていく。ミナちゃんの顔からも血の気が引いていくのが、湯気越しでも分かった。
リビングの笑い声が、ふと止んだ。
代わりに、足音が聞こえ始めた。
ぺた、ぺた、と濡れた足音が、廊下をこちらに向かって歩いてくる。
——お風呂、もう一人、入ってない人がいるのに。
磨りガラスの向こうに、人影が立った。
身長は、妹でも、カナちゃんでもない。大人の女の人の影。
影が、こちらに向かって、ゆっくりと手をあげた。
そして、磨りガラスを、指先で、
こん、
と叩いた。
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