うふ子-\/
132.6K posts


図書館や美術館を楽しめることを、教養の有無で語らない方がいいと思っています。 ああいう場所は、本来、知識のある人だけのものではなく、まだよく知らない人や、うまく言葉にできないまま何かを感じ取る人にも開かれている場所。教養を入場券のように語らないでほしい。 それに、強い刺激に惹かれることを、教養の少なさに結びつけるのもかなり雑だと思います。刺激を求めるかどうかは、教養というより、その人の気質や感受性や興味の向き方の問題。教養のある人でも競馬やポーカーのような世界に惹かれる人はいるし、逆に何にも強い関心を持たずに過ごす人もいる。 最近の「教養」という言葉には、知を深めるためのものというより、人をそれっぽく分類したり、ちゃんとした側にいる安心感を持たせたりするための使われ方が増えている気がします。 でも、美術館や図書館まで、そういう選別の道具にしないでほしい。ああいう場所は、「教養の証明の場」ではなく、もっと開かれたものだと思っています。 教養を便利な人格ラベルみたいに使う言い方は、あまり好きではありません。

客「AIにうちの会社のこと聞いたら決算書とか全部出てきたんだけど…」 税理士「え……」 客「疑うわけじゃないんだけど…先生もしかしてうちの決算書とかAIに読ませてたりしない?」 税「え…」 客「先生"AIのおかげで財務分析やら報告書作成楽になった"って言ってたよね?」 税「アワワワ」 どんどんAI使うのはいいとして、学習データに使わせたりしてる税理士はいないですか?大丈夫ですか? 学習データに使わせてなくても別経路で流出していないか不安で仕方がありません。

日本人アニメーターが薄給給料明細見せて ロシア語圏のオタクに「アホかよ労働組合作れよ」とか言われてる姿を目撃するの本当に最高なんだけど








