
ダブルクォーテーションマークで囲めば完全一致検索演算子として機能するのは多くの検索エンジンでも共通するデファクトスタンダードだけれど、それを無知状態度から「ascii変換記号%+16進数で"を表現する」という手段に先に辿り着いてるとしたら人間味がなくて怖い。
赤マンボウ
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@df_service
ただの南アフリカ・ローデシア系コレクター。 メメメメメメメメ!

ダブルクォーテーションマークで囲めば完全一致検索演算子として機能するのは多くの検索エンジンでも共通するデファクトスタンダードだけれど、それを無知状態度から「ascii変換記号%+16進数で"を表現する」という手段に先に辿り着いてるとしたら人間味がなくて怖い。

日本が植民地にならなかったのは、鉄砲を「2丁」買ったからだった。(1/3)


米兵が食事を公開。天下の米軍が日本軍並みの粗末なものを食わせている。それでイスラエルのために死ねと言っているわけだ。 皆子供のようにあどけない顔をしている。トランプのエプスタイン隠しのために若者が犠牲になる。

#音ゲー #SonorumOpus ソノラム・オプス。現在の収録曲の一部です。 [Click House / Aether] Ferocity / Virtual Cat [@neko_vtuber]

チームで必死に作ってきたキーボードアプリです。 睡眠を削って改善を繰り返し、ユーザーさんの声を頼りに続けてきました。 でも今、事実と異なる情報が著名な方から拡散され、否定も読まれないまま評価だけが下がっていきます。 誤解が広がるのを止められないのが、ただただ悔しいです。

堀江貴文氏が放った「修行する寿司屋は馬鹿」という暴論。 そこには、現代の合理主義者が陥る致命的な知性の狭窄が露呈している。 彼は、レシピという「地図」さえあれば、職人の人生という「風景」を再現できると盲信しているのだ。 だが、地図をどれほど精緻に描いたところで、そこに吹き抜ける「風の匂い」や「生命の息吹」までを写し取ることは不可能だ。 「ブサイク・頭悪い・家貧乏……みたいなヤツが行ってたんですよ、寿司屋は。だらしなくて髪を整えることもできないから坊主にする」 この言葉の端々に滲み出るのは、特定の職業に対する理解の欠如と、効率性という単一の物差しで世界を裁断しようとする浅薄な合理主義である。 彼はレシピをデジタル化し、YouTubeで共有すれば修行など不要だと標榜する。 しかし、修行とは単なる情報のコピーではない。 10年という歳月は、職人の脳と指先を、最高性能のセンサーへと調律するための物理的な構築期間なのだ。 その日の魚の脂の乗り、わずかな身の締まり、指先に伝わる湿度の変化。 これらはデータ化不可能な「1%の差異」である。 この微細なゆらぎをリアルタイムで感知し、脳内で最適解を導き出す知覚回路を構築するには、数万回の反復という物理的な時間が不可欠だ。 堀江氏が標榜する「修行不要論」は、マニュアル化可能な情報こそが全てだとする「デジタル・ドグマ(教条主義)」に過ぎない。 合理主義者は「センサーで計測すればいい」と言うだろう。 だが、機械が導き出すのは過去の統計に基づく平均値に過ぎない。 寿司という一期一会の儀式において求められるのは、その瞬間の客と空間における「唯一の特異点」としての美味だ。 年月をかけて魂に刻み込まれた、一貫に命を吹き込む不可侵の智慧。 哲学者マイケル・ポランニーが「暗黙知(Tacit Knowledge)」と呼んだこの智慧は、データに落とし込んだ瞬間にその本質が霧散し、命の通わぬ空虚な残骸と化すのである。 ルネサンス期のフィレンツェにも、堀江氏のような人間はいた。 ドゥオーモ(大聖堂)の門前で、金貨の重さを測り、手数料を稼ぐことにのみ執着した「両替商(カンビオ)」たちだ。 彼らは交換価値(Price)については極めて鋭敏な嗅覚を具えていたが、目の前にそびえ立つ大聖堂がなぜ数百年もの間、人々の魂を救い、街の誇りとなってきたのかという「聖なる価値(Value)」については、その生涯において一瞥をくれることすら適わなかった。 堀江氏は、現代のデジタルな門前に座る両替商だ。 堀江氏は、価格(Price)を知っているが、価値(Value)を知らない。 すべてを換金可能な「価格」でしか測れない彼の精神性は、あまりに精神的な貧しさを露呈していると言わざるを得ない。 効率という名の正義が、人間から物語を奪い、均質化された顔のない社会を創り出す。 ルネサンスの職人たちが、数世紀にわたり「美」という名の規律を積み上げてきたこのフィレンツェの地で、私は文化の壁を超える瞬間に幾度も立ち会ってきた。 例えば、本来は生魚を食べる習慣がなく、激しい忌避感を持っていたこの街の人々が、一貫の寿司に宿る圧倒的な精神性に触れ、沈黙とともにその文化を愛し始める姿だ。 たとえ目の前に職人の姿がなくとも、その生命の躍動を封じ込めたような生きた造形に凝縮された「10年の研鑽」という名の重力は、人種を超えて魂に届く。 それは機械的な正確さではなく、数万回の微調整の果てに辿り着いた「調和」の顕現だからだ。 食とは、単なる栄養摂取ではなく、こうした「精神の越境」を伴う高度な文化交流なのである。 合理性の果てに待つのは、空虚な機能美だけで構成された砂漠だ。 その砂漠から文明の潤いを守り抜けるのは、数字では測れない価値のために人生を研鑽し続ける者たちの、静かなる矜持に他ならない。 #堀江貴文 #ホリエモン #寿司職人 #寿司 news.yahoo.co.jp/articles/0f8b6…

「生成AI」てのは結局「google検索」みたいなモンという例

チームみらいが学習不足でハルシネーションが起こすからNGワードにしたとか言ってるけど、生成AIの性質上どれだけデータをぶち込んでもハルシネーションは起きるわけでハルシネーションを起こさない100%正確に間違わない生成AIなんてないよ。 OpenAIやGoogleですら実現出来てないんだから。