
人は、ときどき
「自分は一人で生きている」
と感じてしまうことがあります。
誰にも分かってもらえない。
自分だけが取り残されている。
そんな孤独を感じることもあります。
しかし密教は、
この世界をまったく違う姿として見つめます。
私たちは、
自分一人の力で生きているのではありません。
命を与えてくれた人がいます。
支えてくれた人がいます。
言葉を残してくれた人がいます。
名前も知らない多くのいのちに支えられて、
今ここに私たちは生きています。
そして密教は、
その無数のつながりの中に、
仏の智慧と慈悲のはたらきが満ちていると見つめます。
つまりこの世界は、
ばらばらに存在しているのではなく、
仏の命の網の中に生きている姿だというのです。
人が菩提心を起こし、
仏のはたらき(三密加持)と響き合う時、
その人は、この大きなつながりの中に
自分が生きていることに気づいていきます。
それが『即身成仏義』のいう「即身」です。
即身とは、
特別な姿に変わることではありません。
この身このままで、
すでに仏の命の網の中に生きていると知ることです。
人は、ときに迷います。
自分を見失うこともあります。
それでも、
菩提心という願いに帰る時、
私たちは再び、この大きなつながりの中に立ち戻ります。
密教は、
その歩みそのものを、
成仏の姿として見つめているのです。

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