玉木雄一郎(国民民主党)@tamakiyuichiro
今でも大塚さんが国会にいるような感覚に襲われる時があります。それほど、大塚耕平さんの存在は大きなものでした。大塚さんの訃報を聞いた時、私は「野党再編の荒波を共に乗り越えてきたかけがえのない戦友」と申し上げました。実際、旧国民民主党の共同代表、新国民民主党の代表代行を務めた大塚さんと過ごした毎日は、正直、苦労や苦悩ばかりでした。だからこそ、大塚さんの持つ政策立案能力だけでなく、その教養や哲学にどれだけ助けられたか分かりません。
大塚さんが政策と教養の人であることは、与野党を超えて衆目の一致するところです。大塚耕平さんの本会議や委員会での質疑は、時に野党だけではなく与党からも拍手が送られるなど、党派を超えた賞賛と敬意を集めるものでした。
民主党政権で亀井金融担当大臣の副大臣を務めた際には、亀井大臣の主張した、いわゆるモラトリアム法案は、当初無理筋に思えるものでしたが、それを現実的な制度に仕上げ、多くの中小企業を救うことに繋げました。金融実務に詳しい大塚さんがいなければあの法律はできていなかったと思いますし、ご本人にとっても充実感のある仕事だったと思います。その後もずっと「自分は亀井大臣の永遠の副大臣」だと言っていたことは皆さんもご存知の通りです。
また、未曾有のコロナ禍により日本経済が大きなショックに見舞われた際には、「日銀保有国債の永久国債化」などこれまでの伝統的な金融政策を超えた経済政策を打ち出すなど、常に柔軟に新しい政策を構想しておられました。また、防衛力の強化のみならず食料安全保障やエネルギー安全保障も組み合わせた「総合安全保障」を推進する法案をいち早く国会に提出するなど、今日政府が取り組んでいる政策を先取りするような提案を、まさに「未来を先取りする」形で次々に提案したのも大塚さんでした。まさに政策の大塚耕平でした。
そして、大塚さんは政策の人であると同時に、教養の人でもありました。特に、仏教に対する知識と洞察は時に仏教界の方々にも驚かれるほどでした。実は、こうした仏教のご縁もあり、四国の八十八ヵ所霊場のある私の地元にも何度も応援に入っていただきました。お遍路さんのご縁で、香川県のみならず四国には大塚耕平さんのファンがたくさんいます。
国民民主党が議席を4倍に増やした2024年の衆院選挙の後、すでに国会を離れることを決めていた大塚さんと電話で話す時がありました。その時、「今、この政局の中にいたかったなぁ」とふと漏らした大塚さんの言葉を今でも時々思い出します。私たちも、もっと大塚さんと一緒にやりたかったですし、もっと一緒にいたかったです。でも、大塚さんはもういません。だからこそ、私たちは大塚さんの残してくれた政策や哲学をしっかりと引き継いでいきたいと思います。
今、全国を回って講演する時に、必ず大塚さんと一緒に書いた「結党宣言」を紹介しています。その中には、大塚さんが残してくれた「正直な政治、偏らない政治、現実的な政治」の言葉が刻まれています。そして、結党宣言に大塚さんは次の言葉も残しています。「何が『正しい』か、何が『正義』か。価値判断は人によってまちまちである。だからこそ、議論の前提となる事実を公開・共有し、熟議を尽くし、決まったことを遵守し、権力を抑制的に運用する、それが民主主義の基本である」と。まさに、大塚さんこそ「対決より解決」の人でした。こうした国民民主党の背骨のような基本方針を、私たちは大塚さんの遺志として着実に次の世代に引き継いでいきます。
大塚さんは仏教についてもいろいろ教えてくれましたが、すみません、ほとんど忘れてしまいました。いただいた分厚い仏教の本もまだ読んでいません。でも一つだけ覚えていることがあります。それは、大塚さんが、「代表、般若心経の最後の一説『羯諦 羯諦 波羅羯諦(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい)』ってどんな意味か知っている?」と聞いてこられて、「私が知りません」と答えたら、「あれはサンスクリット語だけど、英語で言うと、「Go, Go, Let’s Go, Let’s Go, Paradise」という意味なんだよと、いつもの悪戯っ子のような優しい笑顔を教えてくれました。
今、大塚さんは、そのパラダイスとも言える彼岸から私たちを見守ってくれていると思います。大塚さんの残してくれたものは、国民民主党のみならず日本の政界にとっても大きな政治的遺産です。世界で分断と対立が進む今こそ、政治家、大塚耕平の哲学と理念が必要です。微力ではありますが、私たちが大塚さんの遺志を引き継いでいきますので、どうか安らかにお眠りください。大塚さん、本当にありがとうございました。
令和8年6月22日
国民民主党代表 玉木雄一郎