虚構の旅人
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虚構の旅人
@moreo1997
何者かになるためではなく、問いを生きるために言葉を書いています。肩書きでは測れない場所から、思想と日常のあいだを見つめています。 一緒に、ありのままを味わってみませんか?
埼玉県 เข้าร่วม Ağustos 2009
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なぐもさんの「ごはん図鑑」で目にして以来、群馬に行ったらぜひ食べたいと思ってた登利平の「とりめし(竹)」が舌ちぎれそうなほどおいしくて驚愕す🤤
紙か?ってくらい薄くスライスされた鶏むねはその薄さからか味がしっかり染みて、見た目にそぐわない食べ応え。濃いめのタレを吸ったご飯と並んで、シンプルな作りなのにこれはかなりのごちそう感があったなぁ。
同時に買ったねぎま串も、冷めたままですら二度見するくらいおいしくてこれまたびっくり。
群馬の人はこんなにおいしいものが身近にあるんだねぇ。うらやまし🤤


なぐも@nagumon
群馬に行ったらぜひ食べてもらいたい群馬のソウルフード。【登利平】(1/2) #ごはん図鑑 (再掲)
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小林秀雄が『本居宣長』を書くきっかけとなった、折口信夫との大森駅での別れ際の一幕。
戦時中『古事記伝』を読み込んだ小林は、折口を訪ねるも自身の読後感をうまく言葉にできずにもどかしい思いを抱きます。
それは宣長の思想が「解釈を拒絶して動じないもの」であり、理屈を超えた「無定形な動揺する感情」として迫っていたからでした。
そんな小林に対し、折口が去り際に放ったのがあの言葉です。
「小林さん、本居さんはね、やはり源氏ですよ、では、さよなら」
この言葉は一体何を意味していたのか。折口は、いきなり『古事記』という古代の「動じない形」を彫り出そうとする小林の行き詰まりを見抜いていたのかもしれません。
宣長にとっての『源氏物語』とは単なる文学作品ではなく、この世の「生死無常のものがたり」を通じて、人間の「心の動き」をありありと形にする道でした。
「あはれ」を知る、つまり現世の無常を見つめること。その具体的な心の震えを通じて初めて、遠い古代の「常なるもの」を正しく思い出すことができる。
折口は、解釈に逃げず「上手に思い出す」ための鍵は、宣長が終生愛した『源氏』にこそあると、身を以て伝えたかったのでしょう。
この別れ際の気迫に満ちた一言が、小林秀雄を30年にわたる執筆の旅へと駆り立てたのでした。
#小林秀雄 #折口信夫 #本居宣長 #源氏物語 #国学 #哲学
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なにかのヨウツベで見たんだけど、スポーツの熱狂に馴染めないのは、脳に何かが欠けているからではなく、自分だけの「内なる発電所」が正しく動いている証拠らしい
世の中には、大谷翔平や応援するチームの勝利を自分の成功とすり替えて自尊心を高める「栄光欲」を持つ人がいて、観客同士で心拍が同期するような「合同キャンプファイヤー」の儀式に脳が乗っているんだって。
でも、これに共感できない人(チタロも共感できない派閥)の脳は外からの興奮に同期するのではなく、自ら思考し構造を理解することに快感を覚える「認知欲求」が高いタイプなんだそうです。
周囲との温度差に小さな痛みを感じることもあるかもしれないけれど、それは脳が自分自身の感覚を偽らないことを選んでいる代償で、勝敗の奥にある人間の動機や物語を読み解こうとする深い処理能力の表れでもあるらしい
だから、熱くなれない自分を冷淡だと思う必要はなくて、それは自分のセンサーを信じて自分の世界を生きているという誇るべき証なんだって。
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