
リュウジ ぐるぐる温泉復活委員会
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リュウジ ぐるぐる温泉復活委員会
@ryuji1
ドリームキャストのぐるぐる温泉では「隆司」で活動してました ぐるぐる温泉ぽく毎晩チャットで深夜アニメとか見てます https://t.co/B0QJwxhRFq ユーチューブチャンネルはじめました https://t.co/Tizr6s7fPp


「やかましい、これが日本じゃ!」 小野田大臣がニコニコ超会議で「海外基準で日本のコンテンツが攻撃を受けたときに、国が毅然とした対応で守り抜くから "もう好きにやって" という腹の括りは必要」と言及 "政府は口出しせず後押し"クリエイターへの利益還元や人材育成も熱く語る #ニコニコ超会議2026

婚活で男が「出産適齢期かで女を選んでいる」っていうの、「選択の基準」というより「大前提」であって、「腐ってないかどうかで食べ物を選んでいる」っていうくらいの話なのに、女性がめっちゃびっくりしてる漫画すごいシュールで好き。

The difference between western and Japanese discourse on Miyazaki is so funny in the west hes seen as this feminist director and alternative to other Otaku centric anime meanwhile Miyazaki discourse in Japan is "Yeah hes a lolicon"

・ドラフトで指名されなかった学生は全チームと自由に契約できるルールになっている。 ・ただし、ドラフトで指名される場合と比較して契約金、契約年数が減るよう規定されている。 の2点がポイントな気がする。


ギャルとセットだったのはチーマーで、学校やその周辺のヤンキー不良 ( 縦 ) 社会の都市空間への氾濫だったし、まあ中産階級以上の親あってのドロップアウト組。なので、ゼロ年代後半には消えた。基本、レゲエとヒップホップ文化ベースだけど、独自性の暴走でヤマンバにまで至るある種の都市土俗主義。

日本の友人へ 最近、日本語は単なる「文字の言語」ではなく、一種の「情報圧縮システム」のように感じるようになりました。 最初は、ひらがな・カタカナ・漢字の混在は単なる「複雑さ」だと思っていました。 しかし今では、それぞれが特定の役割を持った設計構造のように見えます。 ひらがなは音を運ぶ流れる骨格のように感じられます。 カタカナは外来要素を取り込む翻訳ツールのように機能しているように思えます。 漢字は意味を一瞬で圧縮するデータパケットのように感じられます。 そして気づいたのは、日本語は単に「読む」ものではなく、「理解しながら展開(解凍)する」言語なのではないか、ということです。 そこでいくつか質問があります。 なぜ日本語はこのような層構造のシステムへと発展したのでしょうか? もし漢字だけ、あるいはひらがなだけに統一されていたら、日本語における「思考のスピード」は変わっていたと思いますか? また、学習者にとって本当に難しい部分はどこにあるのでしょうか? 発音でしょうか?漢字の暗記でしょうか?それとも文脈によって意味が変わるという感覚でしょうか? そしてもう一つ: 日本語学習者は、どの段階で「言葉を読む」ことから「雰囲気そのものを理解する」ようになるのでしょうか? ナイジェリアから見ていると、日本語は単なる言語というよりも、一種の思考プロトコルのように感じられます。 皆さんはどう思いますか?




















