Angehefteter Tweet

創業1922年。高知食糧株式会社の後継者として、私は29歳で経営のバトンを受け取りました。
着任初日のあいさつで感じた第一印象は「なんか、みんな疲れているなぁ。」というものでした。おそらくそれは、オーナーによるトップダウン経営が長く続いたことによる、組織全体の疲労感だったのだと思います。
着任した2013年当時、私の手元にあった現実は、年商48億円、営業赤字1.4億円。
その内実は、
・20年以上稼働し続け、老朽化した精米工場
・水害により機能不全に陥った、たまごの選別・包装センター
・無理な多角化による出店攻勢で抱えた、不採算店舗4つ
・赤字にもかかわらず、なお多角化を進めようとする経営方針
・PL・収益・キャッシュなど財務に無頓着な役員体制
・食品物流としての知見や衛生管理への意識が希薄な組織体制
ざっと挙げるだけでも、これだけのある意味「負債」を抱えた状態での取締役就任でした。
正直なところ、「これは泥舟だな」と感じながら、出店したばかりの不採算店舗を今すぐ閉じたら、どこまで損失を抑えられるか、そんな計算ばかりしていました。
「なぜ後継者になったんですか?」
「高知県なんて、少子高齢化で市場は縮む一方でしょう?」
「若いんだから、もっと可能性のあることをやればいいのに」
そうした言葉を、幾度となく投げかけられました。
それでも私が絶望せずに歩んでこられた最大の理由は、目の前にあった「メンバーの真摯な仕事ぶり」でした。
決して器用ではない。けれど、お客さまのために、誠実に、真面目に、愚直に働く。そんな姿が、確かにそこにありました。
私は彼らから勇気をもらい、高知食糧の仕事を教わり、会社が置かれている状況を一つひとつ理解していきました。その過程は今でも鮮明に覚えています。
また当時の高知食糧は赤字ではありましたが、年商48億円を売り上げる企業でした。売上高が「顧客に提供している価値の総和」である以上、それだけの価値提供をしている企業であることは、紛れもない事実です。
ただし、最大の問題は別にありました。高知食糧は、「社会の中で、何の役割を果たしている存在なのか?」この問いに、誰も答えられなかったのです。
言い換えれば、「存在意義」を見失っている状態です。
自分たちの仕事が、何に貢献し、何を支えているのか。
それが見えないからこそ、やりがいを感じられず、あの「なんか、みんな疲れているなぁ。」という空気につながっていたのだと思います。
そこで私が最初に取り組んだのは、高知食糧の「価値観」を見つけることでした。姿勢、イズム、大切にしていること、強み、社会の役に立てていること、そして、その先に目指すもの。メンバーとの対話を重ねながら、その輪郭を少しずつ明確にしていきました。
今の高知食糧は、「食」と「ペット」の分野で、暮らしを支える会社です。
「食」では、お米・たまご・食糧品の卸売と、食堂や地場産品の店舗運営。
「ペット」では、フードや洋服、トリミングのサービスなどを、ペットショップを通じて届けています。
そして、私たちの仕事はつくり手である「生産者」さまから始まります。想いを込めてつくられたものを、私たちがつなぎ、生活者の皆さまに届ける。人々の「普段の何気ない幸せのひととき」を支え、演出すること。それが私たちが提供している価値です。
その上で、私たちの使命は「生きる糧をつくる。」ことです。糧という文字には、食料・食べ物という意味だけでなく、「活力を生み出すもの」という意味があります。私たちはその二つの意味を、この言葉に重ねています。
現代はどこか閉塞感のある社会です。報われることも少なく、約束された未来もないかもしれない。自分の存在なんて大したことない。そう感じることもあります。
それでも「ありたい姿」を目指し、行動して、成功と失敗を繰り返す。そして「誇り」を感じられる体験をする。その繰り返しの先に、人々がイキイキと、幸せに暮らせる社会があると私は思います。
『やりがいと生きがいが循環する世の中をつくる。』
これが、私たちが描いているビジョンです。
このビジョンの実現に向けて、わたしたち高知食糧は食とペットの分野で「生きる糧」をつくり続けていきます。

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