永久
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現実世界に来て、まだ日が浅いころのこと。 キリトもアスナも、まだ目を覚まさない夜に、アリスはひとり窓の外を見ていた。泣く仕組みを持たない身体で、それでも泣きたかった夜のはなし。 (ユージオの命日に寄せて) ================= 「ひとり、この夜を越える」 夜の硝子に、知らない街の灯りが映っていた。 こちらの世界の夜は、あまりにも明るい。 闇は闇のままではいられず、いくつもの光に切り分けられて、窓の向こうで瞬いている。 アリスは、その光を見つめたまま、そっと指先を握り込んだ。 この身体には、体温がない。息をする必要はないのに、胸の奥には息苦しさのようなものがある。フラクトライトから直接感じているのだろう。 涙を流す仕組みもない。それなのに、泣きたいと思う。 ――キリトも、こんな風だったのだろうか。 突然、何も知らない世界に放り込まれて。帰る場所も、縋るものも、確かなものもないまま。 それでも、彼は白き塔にすら辿り着いた。 あの世界で、誰もがやらなかったことをやってのけた。 いつも、どこか不敵で、誰よりも無茶で、誰よりも先へ行こうとしていた。 けれど、本当はきっと、とても寂しかったのだ。 親しいものから全て切り離されて生きていくということは、なんという耐え難さか。 今の自分には分かる。分かるのが遅すぎた、そうも思う。 それでもキリトには、ユージオがいた。 私が忘れてしまった、幼馴染。 私の罪を、私が忘れている間も、ずっと抱えていたひと。 私が思い出せないままでいた年月を、ひとりで生きていたひと。 剣となり、自らを砕いて、最高司祭を打ち倒したひと。 そして、私に命をつないだひと。 「……ずるいわ」 声に出してから、アリスは自分でも少し驚いた。 誰に向けた言葉だったのか、分からなかった。 ユージオにか。キリトにか。あるいは、ここに立っている自分自身にか。 本当は、今すぐ叫び出したかった。 なぜ私だけがここにいるの。 なぜあなたはいないの。 なぜ私は、あなたのことを思い出すより先に、あなたを失わなければならなかったの。 けれど、叫ばなかった。叫んでしまえば、何かが折れてしまう気がした。 エルドリエ。ベルクーリおじさま。そして――ユージオ。 命をかけて守ってくれたひとたち。 今ここで膝を折れば、彼らに顔向けできない。 もらった命を、ただ嘆きの中で取り落とすことなど、できない。 あの世界を守る。 彼らが守ろうとしたものを、今度は私が守る。 それに――。 「キリトにも、言ってやらなければならないもの」 ――まだできる。まだ、やれる。あなたはまだ終わっていない。だから、そんなところで眠っているんじゃない、と。 私は、まだ立っていなければならない。たとえ、この心が今にも砕けそうでも。 そう思った瞬間、胸の奥が、ひどく痛んだ。 強くあることと、悲しくないことは、同じではない。 折れないことと、泣きたくないことも、また同じではないのだ。 ああ、人間はままならない。 アリスは窓に額を寄せた。 冷たい感触はしなかった。けれど、そうすれば少しだけ、身体の奥にたまった震えを押し留められる気がした。 「ねえ、ユージオ」 小さく呼ぶ。 もちろん返事はない。 それでも、呼びたかった。 「私が折れないように、見ていてくれますか」 この身体は、涙を流せない。 だからせめて、泣く代わりに名を呼ぶ。 「お願い。今だけでいいから」 窓の向こうで、知らない星のような街明かりが揺れていた。 アリスは目を閉じた。 そして、誰にも聞こえないほど小さな声で、もう一度だけ言った。 「……ユージオ」 その名だけが、彼女に許された涙だった。 Fin.





















