
10yu(とゆ)🦄⭐⭐⭐
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10yu(とゆ)🦄⭐⭐⭐
@10yu
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インクルーシブ推進と 「教員の実質無免許化」という究極の矛盾 今の国が進めている教育政策の 「究極の矛盾」と、 その裏にある 「恐ろしいからくり」が絶対に許せません 今、国は全く真逆の2つのことを 同時に現場へ押し付けています ①「多様性の包摂(インクルーシブ教育)を 進めなさい」 ②「教員不足だから、教員免許がなくても 『やる気』さえあれば教壇に立たせます」 これ、どれだけ異常なことか分かりますか? インクルーシブ教育というのは、 「障害のある子もない子も、 ただ同じ空間に押し込めて、 みんなで仲良く優しくしましょう というお遊戯ではありません 血の滲むような 学びと経験を経て ようやく身につく 「極めて高度な専門性」です 国はその 「最高難度の専門性」を現場に 要求しておきながら、 教員不足の穴埋めには 「免許も専門知識もないけれど、 やる気のある素人」を 配置してしのごうとしています 例えるなら、 当病院では、あらゆる患者を 受け入れる最先端の高度医療を提供します! でも医者が足りないので、 医療知識はないけど 『やる気』のある人に メスを握らせます! と宣言しているのと同じです なぜこんな意味のわからない 矛盾がまかり通るのか そのからくりは単純です 「国が教育に予算をかけたくないから」です 本当にインクルーシブ教育を 実現するなら 教員の労働環境を抜本的に改善し 専門性を持った人材を大量に 確保・配置するしかありません しかし、国はそれを渋っている だから、教員になるハードルを 極限まで下げて、 「とりあえず教室に大人が一人いる」 という体裁だけを 安上がりに保とうとしているのです 高度な専門性を要求しながら、 その専門職としての価値を 国自らが破壊している そして、現場が崩壊したら、 また過去の施策と同じように 「現場の教員の努力と理解が足りないからだ」と 責任をすり替えるのでしょう 専門知識を持たない大人の 「やる気」だけで丸め込まれ、 適切な支援を受けられないまま 教室に放置される その最大の被害者は 他でもない子どもたちです 「誰でも先生になれる」 という国ぐるみの 無責任な施策の裏で 教育の質が崩壊していく この恐ろしい「からくり」に、 私たちは気づかなければいけません。

4/5 日曜日、二十四節気の第5番目「清明」 今日は先勝・神吉日・大明日・天恩日 不成就日だ~ 少しのんびりしよ。休みも大事だよ 明日からのためにリフレッシュするday 【よんかつ】引用はRPで応援 よんは静かに見守ります マナー・ルール守って巻込まれ注意して 応援しあえる仲間と繋がって交流してね



断言します! 国が今進めている 「インクルーシブ教育」は、 子どもを救う政策ではありません 教員を潰すための新しい道具です 「障壁は社会の側にある」 ←理念は正しい 「でも予算も人も出しません」 ←これが現実 つまり 「うまくいかないのは現場の努力不足」 という責任転嫁が最初から設計されている 高度な専門性を求めながら 同時に 「免許なしでも教壇OK」にする矛盾 欧米が50年かけて作ったシステムを、 素手の現場に明日から押し付ける無責任 一番の犠牲者は、 適切な支援を受けられないまま 教室に放置される子どもたちです 美しい言葉で現場を搾取する 教育の闇に、そろそろ気づいてほしい。

4/4 奇跡の土日の土曜日 赤口だけど神吉日・天一天上 11時から13時は吉 休日、まだ桜咲いてるかな、探しに行こかな 小さな楽しみも心の栄養 今日はゆっくりリラックスday 【よんかつ】引用はRPで応援 よんは静かに見守ります マナー・ルール守って巻込まれ注意して 応援しあえる仲間と繋がって交流してね


家で飲むように、BERGオリジナルブレンドコーヒーのドリップバッグと、オーガニック和紅茶のティーバッグを買ってきました。 パッケージ、かわいい😆 #ビアアンドカフェベルク

4/3 週末キンキン金曜日 今日は大安・神吉日・大明日・天一天上 吉日だね、キラキラ華金 春の空気も気持ちいい 変化の風も自然に訪れるよ 【よんかつ】引用はRPで応援 よんは静かに見守ります マナー・ルール守って巻込まれ注意して 応援しあえる仲間と繋がって交流してね

誤解されたくないので最初に言います 私はインクルーシブ教育に「賛成」です むしろ、 誰よりもその実現を望んでいます 子どもたちと向き合い どうすれば困難を抱える子が 自分の力を発揮できるのか 個別の支援を必死に模索し続けてきました だからこそ 今の国が進めようとしている 「インクルーシブ教育」には、 絶望的なまでの危機感を持っています 今の現場の窮状を訴えると、 必ず 「欧米では当たり前だ」 「国連の条約違反だ」 「障害の社会モデルを理解しろ」と 外野から正義の刃が飛んできます でも、欧米と日本の決定的な 「システムと歴史の違い」を知っていますか? アメリカやヨーロッパは、 1970年代から「半世紀」という時間と、 「莫大な国家予算」をかけて インクルーシブ教育の土台を作ってきました 向こうでは、個別の教育支援計画は 「法的義務」であり、 作成するための専門家チーム (心理士や特別支援教員)と 実行するための専任スタッフ、 そして何より 「それを実現するための潤沢な予算」が 学校に保障されています 一方、日本はどうでしょう 長年「分離教育」のシステムを 作ってきた日本が、 2022年に国連から 厳しい勧告を受けました それに焦った国は、 人員不足や予算不足という 根本的な問題を一切放置したまま、 次期学習指導要領で 「多様性の包摂」や 「障害の社会モデル」という 欧米の“美しい最終形態”だけを トップダウンで現場に押し付けてきました 社会モデルなんだから、 環境(学校)側が全て 配慮して包摂しなさいと 今でさえ、 中学校の部活問題すら未解決で、 日々の業務で息継ぎもできない担任に、です 支援が必要な子が一緒に学ぶためには 「気持ち」だけでは絶対に成り立ちません 認知特性を正確に把握し 個別の計画を練り 日々の教材を工夫する これには極めて高度な専門性と、 何より圧倒的な 「時間」と「人手」が必要です 予算も専門スタッフもつけず 半世紀の歴史をすっ飛ばして すべてを 「現場の教員の気合いとサービス残業」で カバーさせようとする これが今の日本の インクルーシブ推進の“からくり”です わたしはインクルーシブ教育の理念は賛成 だからこそ、 国が「予算と専門人材」という 最大の環境調整を放棄して 現場に丸投げしているこの現状を 絶対に許容できません それは包摂ではなく、 単なる「現場潰し」です こんなキャパオーバーを 強行すれば、教員はさらに辞め、 なり手も消えます そして最終的に現場の余裕が 完全に失われ、 一番苦しむのは 子どもたちです 「教室にいられない子(不登校)」が さらに爆発的に増えるだけです 理想を語るなら、言葉遊びではなく 本気の 「環境と人手の保障」をしてほしい 切実な願いです





