
意味もなく絶対音感を自慢したりマウントをとっている人っていますよね。
彼らが何を晒しているかご存知でしょうか?
あれ、専門的に診ると、自慢ではなく、深刻な状態をわざわざ自己申告なさっていることが多いんです。
あ、念のため最初に。絶対音感を持っていても、地道に聴く力を育ててきた方には、以下は一切該当しません。むしろ、同じ違和感を共有してきた方たちが多いはずです。矢印を向けるのは、マウント材料として使っている層だけです。
そもそも、絶対音感は、才能ではありません。
6歳までに音楽環境にいた人の聴覚野が、音を「絶対カテゴリ」で固定処理するようになっただけ。要するに、幼少期の教育ガチャです。
本人が偉いわけではなく、親や周囲がお膳立てしてくれた結果。
これを自覚している人ほど、自慢しません。
問題は、自覚していない層です。
そして、ちょっと専門的な話。
「絶対音感あるけど、相対音感は苦手」「相対音感なんていらん」と、ドヤ顔で言う人。
神経科学的に翻訳すると、「比較と推定の回路、育てませんでした」とほぼ同じ意味です。
絶対カテゴリに分類はできる。でも音と音の関係を聴く力は、ない。
つまり、音感の総合点としては、むしろ下位の状態です。
それで「絶対音感ある」とマウントを取っていたなら、けっこう恥ずかしい話です。
もっとまずいのは、「絶対音感あるけど、最近、楽器の音がズレて聞こえる」と、強がる人。
こっちは、もっと深刻です。たいてい「なんか最近調子悪いんだよな〜」と言って気圧や天候や疲労や睡眠を言い訳にします。
耳の奥には、蝸牛 (かぎゅう) というカタツムリ型の小さな器官があります。その中で、音の高さを「場所」に変換するために、らせん状の膜が走っていて、その上に毛の生えた小さなセンサーが、ずらりと並んでいる。これが音の振動を電気信号に変えてくれる装置です。
ですが、加齢や長年の音圧曝露で、この膜が物理的にわずかに伸びたり、毛のセンサーが倒れたり、抜け落ちたりする。すると何が起きるか。
頭の中では「ここはド」とラベルが貼られている場所に、実際の振動が「レ」の位置で届くようになります。
脳内に焼き付いた絶対音感の地図と、いま耳に届いている音の位置が、合わなくなっている状態です。
ここで本来なら、相対音感が登場するはずなのです。
音と音の「関係」で聴ける人は、絶対カテゴリがズレても、音同士の距離で音楽を正しく組み立て直せる。地図が古くなっても、現場の動きで補正できる。
でも、絶対音感だけを誇って相対音感を育ててこなかった人には、その補正がきかない。
「あれ、楽器のチューニングおかしくない?」「最近の録音、ピッチが甘い」「ホールの音響がよくない」と、外側のせいにし始めます。
ズレているのは楽器でも録音でもホールでもありません。自分の耳のほうです。
そしてそれは、絶対音感の自慢ポイントではありません。
聴覚そのものが変化してきているサインです。場合によっては、絶対音痴や加齢性難聴の入り口になっていることもあります。
マウントを取っている場合ではないので、耳鼻咽喉科で一度、聴覚検査を受けることをおすすめします。修正や訓練の余地は、十分あります。
絶対音感は「出発点」であって、「ゴール」ではありません。
それを何十年も自慢のネタとして消費して、聴く解像度を上げる努力をしてこなかった人は、ただ「昔そういう神経のクセが定着しただけの大人」です。
そして、本当に耳がいい人は、持っている人も持っていない人も含めて、絶対音感の話で人を上下に並べません。
分解できることを誇るのではなく、いま何を聴いているかを、静かに語ります。
絶対音感、すごいです。
すごいですが、それだけで自慢になるわけではありません。
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