Asa
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Asa retweetledi
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先に連ドラ版があるとはいえ、一作完結のお話として非常によくまとまっていて気持ちが良かった。半分くらいまではあまりにも展開が速く思えたけど、前半で出てきた要素を使って後半の物語が展開し、あまつさえきちんと風呂敷を畳んでいく無駄のなさは凄い
琴瀬美沙@K_misa_maguro
宇宙子連れ狼……じゃなかった、「マンダロリアンアンドグローグー」観てきました。地元では今日で終映、明日からちいかわになるんですね
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「拝啓、在りし日に咲く花たちへ」という漫画を読んだのだけど、ミステリーっぽいテイストありつつ百合オタクも満足できる王道展開もありかなり凄い作品だった。
amzn.asia/d/0efz4hUL
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排除アートが許されないのは「危険だから」というのは、主張しやすいが本質ではない。
ホームレス排除、という目的が許されないのだ。
我々と同じ社会で生きている人々であり、また特に生きることに困難を抱える弱者を、行政が「視界から消えればいい」として社会に存在することすら許さないことが問題なのだ。
行政が行うべきは必要な支援に繋げることであり、視界から消すことではない。当該の部署では真摯に支援を行っているが、それに泥をかけるのが排除アートだ。
そこに居させない手段を取っても、その人々は生きていかなければならない。日差しを避け、風雨を一時的にでも凌ぐ必要がある。ただ地面に尖ったブロックを置くその行為は、弱者の生存を認めないという具体的な侵害である。
そうして行われる排除アートを私たちが受け入れることは、私達自身が「ホームレスは視界に入ってはいけないものだ」「どこかで人知れず死んでも構わない」と認定することになる。
その社会の不正義に対して、私達は心あるひとりの人間として声を上げなければならない。
だから排除アートは許されないのだ。
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それに回答するには様々な観点から検討する必要があります。
①ホームレスが社会的に無制限に増えることが望ましいのか
これは大阪で言うなら、かつての西成区が該当するでしょう。
ホームレスあるいは貧困層が多くいた同地区の、治安が悪かったのは事実です。
ただしこれは「ホームレスが犯罪を行う」という意味ではありません。
日雇い労働、その元締めとなる暴力団、行政施策の不備などいくつもの要因があります。
ただいずれにせよ、ホームレスが多い社会は不安定な結果の現れであり数の低下は望ましいと言えます。
②では数を減らす手段は何か
排除アートはホームレスを減らす手段ではありません。
単に特定の領域に滞在させないだけで、根本的な解決とはなっていません。
数を減らすためには行政の支援により、公営住宅などへ繋げ、アンダーグラウンドな領域以外での生活ができるようにすることが必要です。
③ではそれを強制できるのか
公的支援は完全ではありませんがある程度存在ます。
しかし支援の条件が不足していたり、精神的な問題などを抱える人の場合、行政からの手を拒むことがあります。
その自由意志に反して保護を強制することはできません。それは保護ではなく拘束となるからです。
④構造的に残るホームレス
生活保護の捕捉率の低さからわかるように、制度は十分ではないためまだ多くの改良すべき余地があります。そのためまず制度の改善が行われるべきです。
その上でも、③少数のホームレスは社会に発生することになります。
⑤少数のホームレスは存在してもいいのか
倫理的にはいいとは言えません。「弱者を放置してもいいのか」とも読み替えられるからです。
しかし治安の面から言えば、ホームレスという属性が犯罪を意味するわけではありません。
その場合、逆に「なぜ犯罪行為を行なっていない者を視界から排除しなければならないのか」という問いが発生します。今回の問題は排除アートの話だからです。
もし景観上見たくないという理由だけで追い出すのであれば、それは問題の解決ではなく別の場所へ押し付けているだけということになります。
排除の必要性を論ずるとしたら、具体的に誰の権利をどのように侵害しているのか、から始めなければなりません。
⑥ホームレスを許せる方が良い社会か
倫理的には良い社会とは言えません。支援が必要な人に対し、ただ無関心であるとしたらそれは良い社会とは言えないからです。
もちろん個人にできることは限られるため心を痛めながらどうしようもないこともありますが。
しかしそれらを踏まえても、ホームレスを積極的に視界から排除することのみを市民として支持し、その結果を想像もしない社会よりはまだマシな社会とは言えるでしょう。
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