若路(もじ)

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@HashimotoMozi

軍艦にまつわるものを書いています。 2026年4月からフリーランスになりました。 これまで出版社の人からは「宣伝はこっちに任せて」と言われていたのでROMだったんですが、企画が通らなかった本を別ルートで出すことにしたので、そうも言ってられなくなってポストを始めました。

Katılım Nisan 2023
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
イカロス出版より拙著『マタパン岬沖海戦 1941ガウド島沖の海戦とマタパン岬沖の夜戦』を発売中です。 正誤表を貼っておきますので、ご購入くださった方はご参照くださいまし。
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養殖まりも卿
養殖まりも卿@abdcxiiivi·
@HashimotoMozi いかに初期モニターより大きいとはいえ、これで太平洋は渡りたくないですね…(船酔いとかどうなんでしょう?
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養殖まりも卿
養殖まりも卿@abdcxiiivi·
江戸幕府が中古モニター艦も買っていれば、函館で当初想定されていた通り甲鉄vsモニター艦が見られたかもしれないのに…とは思ったことあるけれど、どう考えてもアメリカから日本までモニター艦を持ってくるのが無理だわ…
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
@SleepyEnsign 小さいから手軽に運用できて、しかも異様に砲力が大きいのでいざというとき頼りになって、便利使いされるんでしょうね
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合歓依 芳之
合歓依 芳之@SleepyEnsign·
@HashimotoMozi おお、ヒストリカルドックの! このあたりの戦時量産モニター、思ったよりも水上哨戒とかにも使われていたりするのが面白いですよね
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
次に艦これに実装される海防戦艦は、『ノルゲ』級や『トンブリ』の例から考えて「第二次大戦で実戦経験があること」が条件だとすると、「灯台船に10インチ砲を積んだ」って揶揄された『ヴァイナモイネン』級(言いやすいせいか、語呂が日本語ぽくて面白いからか、なぜかみんな『入間理念』級って言う)が本命かな。 『ヴァイナモイネン』起工1929.10.15・進水1930.12.20・引渡し1932.9.29 『イルマリネン』起工1931.1.2・進水1931.7.9・引渡し1933.9.3 ジェーンやコンウェー辺りが発端なのか、日本語、英語ともに両艦の建造関連日付を間違ってる本が多いけど、フィンランド語の文献では全て上記で一致。 #艦これ
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
@SleepyEnsign M15級ですか! 渋いところに目を付けますね。 「第二次大戦の実戦経験」縛りなら、英モニターでは『ロバーツ』級が本命で、対抗『エレバス』級でしょうか。 写真はポーツマスにいる『M33』の機関室から見上げた通風筒と天窓
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合歓依 芳之
合歓依 芳之@SleepyEnsign·
@HashimotoMozi そういえばモニタークラスはまだいないんでしたっけ。 英M15級とか甲虫級とかあたりもコンパクトで面白そうではあるのですが。
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
@SleepyEnsign ハシケ船『ファー・ディ・ブルーノ』は、海防戦艦というよりモニター枠ですね
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合歓依 芳之
合歓依 芳之@SleepyEnsign·
@HashimotoMozi 浮砲台として港湾防備に運用されたファー・ディ・ブルーノは大穴枠でしょうか
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
マタパン岬沖海戦のクライマックスである夜戦では、闇夜で不意に英戦艦の砲撃を受けた伊カッタネオ戦隊が大混乱に陥ったことは言うまでもないですが、実は英側の錯綜っぷりも相当なものでした。 引用元ポストに書いた伊戦隊の順序もそうですが、旗艦『ウォースパイト』では、最初に砲撃した艦の次に、目標を前後どちらの艦に変更したのかについてでさえ意見が分かれています。 図に示すように、砲術記録によると2番目の目標は『ウォースパイト』から見て左(艦列前)の『ザラ』ですが、カニンガム司令長官他の記憶によると、まず『ザラ』を砲撃した後にその右(後)の『フューメ』を砲撃したとされます。 3隻の英戦艦が、それぞれどの伊艦を目標として何回砲撃したかの記録が残されてるんですが、こうなってくると事実は文字通り闇の中で、伊側の記録と突き合わせてみると、確実だと言えそうなのは、最初に『ウォースパイト』が砲撃した相手が『フューメ』だったということだけです。  →拙著第25章&付録7ご参照 その夜、『ウォースパイト』は味方駆逐艦を誤射したんですが、翌朝になって誤射した相手に言い訳の電文を送ったところ、それがまた別の駆逐艦だったというオチまで付いちゃってます。トホホ……
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拙著『マタパン岬沖海戦』には21枚の地図や航跡図を掲載しました。ほとんどは英伊両軍の公式記録図をトレースしたもので、海戦の同じ場面を描いた両軍の図を並べて比較できるようにしましたが、けっこうな相違があります。 なかでも、夜戦で壊滅したカッタネオ戦隊の先頭艦について、伊側が重巡『ザラ』だったとしているのに対して、英側は駆逐艦『アルフィエリ』だったと主張しています。私としては、伊側に1票です(読んでいただければ分かりますが、英軍の艦型識別能力ときた日にゃあ…)。 両軍で見解の一致していない点(というか、自軍内でも諸々不一致あり)については、第25章に考察を示しました。 この本を書くにあたっては、木俣滋郎先生『第二次大戦海戦小史』にあった、「(マタパン岬沖海戦は)いくら研究しても、研究し過ぎることはあるまい」という言葉に対する、自分なりのアンサーという思いが多分にあります。 #マタパン岬沖海戦

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若路(もじ)@HashimotoMozi·
王城山・高間山・有笠山をハシゴ登山。これで #ぐんま百名山 71座。人にもクマにも会わなかったけど、マムシに遭遇。 帰りは『千と千尋の神隠し』の油屋のモデルの一つと言われる積善館で入浴。
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
「命令orders」と「油槽船oilers」は、"rd"と"il"が違うだけなので、モールス信号では(平文ではなく暗号化されているので下記のままではないですが、ミスのレベルとして)、  rd=・-・-・・  il=・・・-・・ となって、2番目の・と-を取り違えるだけで意味が変わってしまうので、通信士を強く責めるのはかわいそうかもしれません。 ただ、逐字変換ではなく「命令」とか「油槽船」を表す符牒(略語)を使ったかもしれず、その場合は、これより難しくなるのか易しくなるのかは分かりませんが。 あと、送信側のミスという可能性も…
若路(もじ)@HashimotoMozi

マタパン岬沖海戦には、実はギリシャ海軍も参加していたんですが、これが何ともトホホなやらかしをかましちゃってます。 海戦当日の3月28日、「~海域で命令を待て」という暗号通信を解読した際に、「命令orders」という言葉を「油槽船oilers」と取り違えて、来るはずのない油槽船を7隻のギリシャ駆逐艦が待ち惚け、彼らは戦いに何も寄与することができませんでした。 もし適時に進出できていたら、イタリア艦隊の退路を扼することができていたかもしれません。 なお、この駆逐艦たちは翌日の夕方、前夜の戦闘海域に赴いて、天候が悪化する中で100人以上の生存者を救助するという仕事を成しています。 写真は、かつての海防戦艦の名を引き継いだギリシャ駆逐艦『イドラ』。 マタパンの救難と言えば、カニンガム司令長官が平文で伊側に座標を伝えた話が知られている(と思う)んですが、その通信を受領した時点で、伊側は既に病院船『グラディスカ』を現地に向かわせていました。同船は4月5日まで捜索を続けて、161名を冷たい海から救い上げました。 ちなみに英側は、夜戦直後と翌朝に合わせて1000人以上を救っています。  →詳細な内訳は拙著の付録8ご参照

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若路(もじ)@HashimotoMozi·
マタパン岬沖海戦には、実はギリシャ海軍も参加していたんですが、これが何ともトホホなやらかしをかましちゃってます。 海戦当日の3月28日、「~海域で命令を待て」という暗号通信を解読した際に、「命令orders」という言葉を「油槽船oilers」と取り違えて、来るはずのない油槽船を7隻のギリシャ駆逐艦が待ち惚け、彼らは戦いに何も寄与することができませんでした。 もし適時に進出できていたら、イタリア艦隊の退路を扼することができていたかもしれません。 なお、この駆逐艦たちは翌日の夕方、前夜の戦闘海域に赴いて、天候が悪化する中で100人以上の生存者を救助するという仕事を成しています。 写真は、かつての海防戦艦の名を引き継いだギリシャ駆逐艦『イドラ』。 マタパンの救難と言えば、カニンガム司令長官が平文で伊側に座標を伝えた話が知られている(と思う)んですが、その通信を受領した時点で、伊側は既に病院船『グラディスカ』を現地に向かわせていました。同船は4月5日まで捜索を続けて、161名を冷たい海から救い上げました。 ちなみに英側は、夜戦直後と翌朝に合わせて1000人以上を救っています。  →詳細な内訳は拙著の付録8ご参照
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
@lagisblade369 艦載機を出せずに戦艦に懐に飛び込まれてしまった空母は、(中々沈まないとはしても)一方的な屠殺になっちゃいますね。 それでも駆逐艦が一矢報いているところが、さすがはロイアルなネイヴィー。
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黒陽石
黒陽石@lagisblade369·
@HashimotoMozi 戦艦が空母グローリアスにむけて発砲する実戦の動画……。イメージと違って、中々沈まないものだという感じと、何か見てはいけないものを見ている気がして、ポケットに手を突っ込んで所在無げに砲戦を見ているドイツ艦乗組員の気持ちでした。
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
ミリタリー・クラシックス誌Vol.93のp.40右下写真キャプションに「26km付近から命中弾」と書かれていたんですが、シャルのログによると砲撃を開始した1732時の距離は確かに260hm(=26km≒28,400ヤード)ですけど、最初の命中を観測した1738時には24.0~24.2km(26,247~26,465ヤード)まで近付いていたようです。 Bundesarchive RM 134/179 invenio.bundesarchiv.de/invenio/direkt… ↑"Digitalisat anzeigen" → 240-241/601 Howland, Vernon W, "The Loss of HMS Glorious An Analysis of the Action", Warship International 1994. web.archive.org/web/2007021921… navweaps.com/index_tech/tec… ↑換算ミスかもって書いてるけど、hm単位の数値が正しいっぽい。 ちなみにカラブリア沖海戦で『ウォースパイト』が『ジュリオ・チェーザレ』に当てた時は26,200ヤード(23.96km)。 archive.org/details/battle… ↑Page — (14/74)  p.13 当時の測距精度を考えると、厳密にどちらが遠いかは判断付かないですね。
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若路(もじ)@HashimotoMozi·
@lagisblade369 沈没に至らしめる過程は、当たり所とかダメコンとかによってケースバイケースですし、そもそも砲撃だけで沈めるのは、なかなか難しいと思われます。 なお、28cm砲と20cm砲では、砲口エネルギーが130MJ対44MJで、3倍も違います(ちなみに46cm砲は444MJ)。
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黒陽石
黒陽石@lagisblade369·
@HashimotoMozi 最後にはグローリアスの艦影が明白にわかる距離まで肉薄して砲撃。巡洋戦艦改造空母なのにしぶといというべきか、28センチ砲の威力が足りないのか…。サマール沖海戦で、重巡が護衛空母を撃沈するのに手間取ったのも、むべなるかなですね。 youtu.be/DWQVj09IhK0?si…
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若路(もじ)
若路(もじ)@HashimotoMozi·
@Fruskiy001 雑誌だと、どうしても字数を切り詰めなければなりませんからねぇ(私も苦心してます)。 あくまで不肖の弟子(と勝手に思ってる)が補足させていただいたということで^^);
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敵国のご隠居
敵国のご隠居@Fruskiy001·
@HashimotoMozi 迂闊にも本吉先生、字数の都合か命中距離と時間書いてないからねぇ(´A`;)。
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若路(もじ)
若路(もじ)@HashimotoMozi·
@abdcxiiivi 南海フェリーに乗られるんでしたら、友ヶ島で要塞巡りが激推しです。もし、お時間があれば。
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養殖まりも卿
養殖まりも卿@abdcxiiivi·
南海フェリーに乗るために徳島には行かなきゃならないのだけれど、何と組み合わせるかな…(オーシャン東九フェリーは乗りたい
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若路(もじ)
若路(もじ)@HashimotoMozi·
@ReppuTenku いえいえ、そう思われても仕方のない売り込み方をしたのは自分ですので。 私にとってはそれが最短距離だと考えたのですが、結果として2~3年おきの単行本出版とミリクラ連載をゲットできました。 同人誌を売るにも戦略は大事だと思います。
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かがやこうすけ
かがやこうすけ@ReppuTenku·
@HashimotoMozi 私は橋本さんを、『巨砲モニター艦』と『北岬沖海戦』の訳者として知ったので、てっきり翻訳業がご専門の方と思っていた時期がありました。なので、次の『海防戦艦』がオリジナルの著作だとは思わず、その節は失礼いたしました。
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かがやこうすけ
かがやこうすけ@ReppuTenku·
同人初心者の方にワイから言える「やめとけ」は「第一作から完璧主義」です。自分にとって記念となる作品なので納得いくまで作り込みたい、妥協したくないという心理は大変よく分かります。そうなると交響曲第1に21年かけたブラームスみたいになります。完成するだけマシで大体はそもそも完成しません
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若路(もじ)
若路(もじ)@HashimotoMozi·
おっしゃるとおりかと。 なので『巨砲モニター艦』の時は、品質保証と箔付けのために本吉隆先生に監修に付いていただきました。 私の場合、同人活動どころかSNSすらやったことのない、まさに「実績0、前評判0の人」ですので。 そもそも翻訳本から入ったのも、バクストンさんのフンドシで相撲を取らせてもらったようなもので😅
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かがやこうすけ
かがやこうすけ@ReppuTenku·
並々ならぬ情熱を途切れることなく注ぎ続け、遂に超大作が完成したとします。それ自体は偉大なことだと思います。装丁も力を入れた豪華な仕様です。ですが、それは同人誌即売会の会場に来た人からすると「実績0、前評判0の人が作った、内容不明の高い本」でしかありません。買うのは相当勇気がいります
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