吉武講平(48) / Kohei Yoshitake retweetledi

修士や博士で学ぶことが、仕事にどう役に立つのか。そこを根本から考え直す必要がある。
少なくとも、僕が大学院で教えているのは、単なる知識ではない。
修士論文を書くなら、最低でも50本、多ければ150本以上の論文を自分で読み、その研究史を体系的に整理しなければならない。そこで初めて、「この問題に自分はなぜ取り組まなければならないのか」という問いにぶつかる。
重要なのはここだ。
大学院には、最初から答えがあるわけではない。
膨大な研究を読み、自分の問題意識を掘り下げ、その体系の上で「自分なら何が言えるのか」を考える。その過程そのものが、思考法になる。
社会人大学院生を見てきたが、この思考法を最初から身につけていた人は一人もいない。
だから、大学院で本当に学ぶのは、「知識」よりも、問題を発見し、体系化し、判断するための方法論そのものだと言っていい。
大学院で学んだことは仕事で役に立たない、という人がいる。だが、正直、どんな仕事を想定しているのかよくわからない。
プレゼンを作る時。
企画を立てる時。
上司と議論する時。
組織として意思決定する時。
必要なのは、「正解」ではなく、何を背景として考えるべきかという思考の枠組みそのものだからだ。
もし企業側が、それは実務で十分学べるとか、不要だと思っているなら、大学院に来る意味はない。
だが、アメリカのグローバル企業が、まさにそうした能力を重視し始めていることからは、もう逃げられない。
AI時代に価値を持つのは、単純知識ではない。問題を構造化し、問いを立て、異なる知識を接続し、自分の判断を組み立てられる人間である。
『ジョブ型の真実とAIと協働』
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日経ビジネス@nikkeibusiness
博士や修士は役立たずか 「体系的な知識」を社員の「経験知」とぶつけ合う business.nikkei.com/atcl/seminar/1… 社会人大学院で得た知識は「分かる」ための素材であり、それを仕事に生かせるか否かは、その素材を頭と手を使って加工し、応用するかという本人の努力にかかっている。そのためには…(2025年8月)
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