
読書会サークルですが、5月から新規参加受付再開する予定です。 参加にあたっては、まずはZoomかなにかで面談をして概要を説明しますので、そこで改めて参加をご検討いただくという流れにしようと思ってます。
ネオ高等遊民🛺日本初の哲学youtuber
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@MNeeton
タイ在住の哲学YouTuberです。古代ギリシアを基礎に哲学を楽しく学べる話をしています。著作2冊📚️ 哲学書を読んでみたい方、初学者大歓迎の読書会サークルへ➡新規参加は固定ツイートをご覧ください イラスト:朶野 依頼・問合せ neo+https://t.co/UyzGKHxLsG +→@

読書会サークルですが、5月から新規参加受付再開する予定です。 参加にあたっては、まずはZoomかなにかで面談をして概要を説明しますので、そこで改めて参加をご検討いただくという流れにしようと思ってます。

「月刊傍流堂」(web連載) ネオ高等遊民 「タイで哲学について考えたこと」 第7回 高等遊民、引退に失敗する? をアップしました。 1年4か月ぶりの連載再開です。 タイでの生活、お金と哲学の話。 ぜひお読みください。 boryudo.com/kotoyumin7/



シールズ『古代哲学入門』は、古代哲学の議論の「暗示された論証構造」を取り出すような仕方をもって哲学入門としていますね。カッパーマン『アジア哲学入門』と同じようなアプローチです。こういうのを分析哲学(的な方法)というんだなと思いました。いずれも勁草書房です。



シールズ『古代哲学入門』ちらっと読んで、「アリストテレスってウィトゲンシュタインじゃーん」と思った (わざわざ「ウィトゲンシュタインとは違うよ」と書いてある)

私は数学者として自分の感覚を述べますが、「1=0.999999...が気持ち悪い」という感覚を肯定し続けることは重要だと思います。この等式に数学的「正しさ」を付与することは(いくらでも)可能ですが、それが真理であるかのように振る舞うことは徒に教条主義に陥る危険性があるでしょう。

アヴェロエス生誕900年を記念する国際会議に参加するため、パリに来ています。会議は26日から29日まで、ソルボンヌ大学で開催される予定です。 『現代思想』「特集:アラビア哲学」も今週の発売です。どうぞよろしくお願いいたします!

学習で一番大変というか時間がかかるのは「自分の興味関心が何なのか」を特定する作業で、方向性さえ分かればあとは進んでくだけ、みたいなことを思っている。 そこ特定するまでが大変なんすよねー。「こ、これだ!!」にたどり着くには闇雲に探すしか道はない。普通に年単位でかかったりするし。

「倫理学はアジア哲学から何を学べるか――日常倫理学のすすめ」『アジア哲学入門』(勁草書房)刊行記念イベント、会場・オンラインあわせて50名近くの方にご参加いただきました。なんとネオ高等遊民さんもオンラインで視聴してくださっていたようで、最後には質問もいただきました。 おびただしい数の付箋がついた『アジア哲学入門』をお持ちくださった佐藤岳詩さんと斎藤哲也さんが、本書の魅力をたっぷり語ってくださいました。おかげさまで、多くの方がその場でご購入くださいました。笑いの絶えない、同時に、お二人の哲学観も伝わる充実したトークで、聞いていて本当に楽しくてしかたがありませんでした。 日常倫理学にとって、形而上学的な議論を経由することは不可欠だと語る佐藤さん。本書の「らせん訳」的な性格に関わるものとして、「哲学の概念には旅をさせよ」という視座をご紹介くださった斎藤さん。お二人とのやりとりの中で、訳者ながら気づいていなかった本書の役割、そして自分自身の仕事がどういう意味をもつのかについて、改めて理解し直すことができました。 とても2時間では語りきれないほど多くの論点が出て、まだまだ話し足りないのは明らかでした。私が用意したスライドも、半分しかお見せできませんでした。それほど中身の濃いイベントになったと思いますし、参加者の方々からも、たいへん嬉しい感想メッセージを複数いただいております。 アーカイブの販売も始まっております。気になる方はぜひ、「ワイワイガヤガヤ」と哲学や倫理学について語り合う様子をご覧ください。 bbarchive260523a.peatix.com






@MNeeton 原書を読める段階に至った人が、一冊掛けても原書10ページの情報量に満たないような内容の薄い入門書を読む必要がある状況があまり想定できなかったので、原書はまだ読めないと判断して入門書にガイドしてもらうべき段階にあるのではないか、という意図でした。意見があればいただきたいです。



@MNeeton 労働は古代ギリシアでは卑しい行為だから働いて自立しているソフィストの方が卑しく恥ずかしいのでは…

ソフィストは悪口だと思ってる人はかなり多いのですが(実際悪口として使われてきた事実があるため)、それは哲学者というものを過大評価していることの裏返しです。 哲学者とソフィストの区別は、前者は良いけど後者は悪いとか、そんな単純な話じゃないんですね。もっと重要な問題なんです。 たとえば、哲学者と目されるソクラテスは、まわりの友人に養ってもらってる市民でした。他方でソフィストたちは、出稼ぎ外国人教師でした。自分の力で生計を立ててるのは明らかにソフィストです。 そしてそんな生活してるソクラテスは、「お前たちはお金や他人の目ばかり気にして恥ずかしくないのか」とか公言してるんですよ。いったいソクラテスとソフィスト、どっちの生き方が恥ずかしいのか。そんなに自明じゃないですよね。 まずこういう問題だと理解することが大事なんです。哲学者のあり方は高邁で理想的だが、ソフィストは卑しいなどなど、そういうふうに考えることがそもそも間違ってる可能性があるんです。