




本日は橿原考古学研究所附属博物館主催の秋季特別展「きらびやかに送る」についての研究講座に訪問! テーマは 「装飾刀子からみた藤ノ木古墳の時代」(平井洸史氏、橿原考古学研究所附属博物館) 「金銅製装身具からみた藤ノ木古墳と葬送儀礼」(土屋隆史氏、宮内庁書陵部) ‼︎ 先日の桜井茶臼山古墳の時は会場に入れませんでしたが、今回は行けそうです🤭 アトリウムでは「藤ノ木古墳発掘調査写真展」も開催中! 書籍やグッズも販売中ですよ! #橿原考古学研究所 #藤ノ木古墳 #装飾刀子 #金銅製装身具
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古代史全般、ミュージアム・遺跡全般・神社めぐり、特に古墳が好きです🐈!訪れた所をゆっくりとポストしていきます🐈⬛ #古墳 #神社 #城 #饒速日 #終末期古墳 #博物館 #美術館 #猫 #文学 #刀剣 #Fate #FGO #ガンダム #相互フォロー





本日は橿原考古学研究所附属博物館主催の秋季特別展「きらびやかに送る」についての研究講座に訪問! テーマは 「装飾刀子からみた藤ノ木古墳の時代」(平井洸史氏、橿原考古学研究所附属博物館) 「金銅製装身具からみた藤ノ木古墳と葬送儀礼」(土屋隆史氏、宮内庁書陵部) ‼︎ 先日の桜井茶臼山古墳の時は会場に入れませんでしたが、今回は行けそうです🤭 アトリウムでは「藤ノ木古墳発掘調査写真展」も開催中! 書籍やグッズも販売中ですよ! #橿原考古学研究所 #藤ノ木古墳 #装飾刀子 #金銅製装身具






ソグディアナのカフィル・カラ遺跡と2人のナナ神 シルクロードの交易でソグド人の商人たちが活躍した時代、サマルカンドはソグディアナのオアシス都市国家の中、ソグド人の王を戴く盟主的な存在でした。 そのサマルカンド近郊に所在するカフィル・カラ遺跡で奇跡的に発見された火災で焼けた木彫板にはゾロアスター教の拝火儀式と、火を捧げられる2人の女神の姿がありました🔥 ゾロアスター教といえば、アフラ=マズダ神を思い浮かべますが、この2人の神は「ナナ神」と言われる女神さまでした。 ナナ神の特徴は、 ・女神である ・獅子に跨る姿 ・4本の腕を持つ姿をとることがある などです。 ゾロアスター教といっても画一的ではなく、ペルシャのゾロアスター教は偶像崇拝を禁止するのに対し、このソグディアナでは偶像崇拝にも寛容で、こうした女神像が残されたといいます。 今回の木彫板では、中央に2本腕の女神、その周りのアーチ状の一番高い場所に4本腕の女神の姿が見えます。 ナナ神の起源は、ソグディアナの在地の信仰とメソポタミアを起源とするイシュタル神とが習合した神との事。 この地方では、この女神像の遺物は多く見られ、一方、アフラ=マズダ神は全く見られない。 今回の木彫板は、5〜6世紀に作製され、8世紀初頭の火災で焼けたと思われます。 それは、この地域がイスラムの支配に移っていく時代でした。 ちなみに、この2人ナナ神の木彫板の発見は、日本・ウズベキスタン共同調査隊による発掘調査の成果です。 ※みんぱくウィークエンド・サロン 「シルクロードの商人ソグド人の信仰と宗教」 話者:寺村祐史氏 を参考にしました。 #ソグディアナ #ソグド人 #サマルカンド #カフィル・カラ #ナナ神 #ウズベキスタン





アフラシアブ遺跡 〜サマルカンドへの唐勢力の波及〜 ウズベキスタン 〜 今回の国立民俗学博物館の特別展「シルクロードの商人語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」では、サマルカンドの旧市街であるアフラシアブ遺跡で発見された正方形の広間(11mx11m)を飾っていた壁画の原寸大の復元を見る事が出来ます‼︎ アフラシアブ遺跡は、13世紀にモンゴル軍に破壊された初代サマルカンドがあった場所から発見されたもので、現在のサマルカンドは、その南に新たに建設されたものです。 壁画の正面の壁(西壁)に記されたソグド語の銘文には、7世紀半ばのサマルカンド王ヴァルフマーンの名前が登場します。 この頃、唐帝国の勢力はソグド人の都市国家が乱立するソグディアナにまでおよび、658年に高宗はヴァルフマーンをソグドの都督(統治者)に任命。 四方の壁画は、ヴァルフマーンが正当なソグドの支配者であることを示すために制作されたと考えられています。 ヴァルフマーンのほか、船に乗る婦人たちや槍を持った騎上武人など、壁画は多彩です🙌 ちなみに当時の中国でのサマルカンドは康国、 隣のタシュケントは石国、さらに西のブハラは安国、シャフリサブズは史国と呼ばれており、1世紀後の安史の乱(755~763)での安禄山や史思明は、これら出身都市国家の姓を名乗っていました。 751年タシュケント北方のタラス河畔の戦いで唐帝国がアッバース朝に大敗すると、ソグディアナの地にもイスラム教が普及していきます。 #ソグド人 #サマルカンド #アフラシアブ #民俗学博物館






⚫︎特別展「シルクロードの商人(あきんど)語りーサマルカンドの遺跡とユーラシアの交流ー」展 見て参りました! 日本・ウズベキスタン共同調査隊による発掘調査の成果がすごい🙌です! 特に目玉のカフィル・カラ遺跡出土の炭化したナナ神の木彫板は、1,200年前に燃えてしまった神像とは思えないほどの美しさと威厳を放っています! 銅鏡やガラス器など、内容盛りだくさんですよ❗️ 吹田市 国立民俗学博物館 特別展示館にて 6月2日(火)まで。 コクテパ墳墓の虺龍文鏡(富雄丸山古墳からも出土)など、今、ウズベキスタンが激アツです! ぜひぜひ必見です‼︎ #サマルカンド #ウズベキスタン #ナナ神





\本日開幕!/ #古代エジプト展 大阪会場、開幕しました! 大阪に古代エジプトが出現! 皆様のお越しをお待ちしております! ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト 📅2026年3月20日(金・祝)~6月14日(日) 📍 #あべのハルカス美術館 aham.jp/sp/exhibition/… #ブルックリン博物館 #古代エジプト展大阪






特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」 サマルカンドと言えば、国立民族学博物館さんで、商人をキーワードとした特別展が開催されます‼︎ 以下、ホームページより この機会に、サマルカンドをもっと知りましょう🙌 中央アジアは、ユーラシア大陸における東西(東洋と西洋)および南北(農耕民と遊牧民)の文化が交差する十字路として、人類史・文明史において重要な役割を果たしてきました。なかでも、シルクロードを通じた人やモノの移動、文化の交流において、「商人(あきんど)」の果たした役割は極めて大きく、古代から現代に至るまで、彼らの活動なしにはこの地域の歴史や文化を語ることはできません。 そこで本特別展では、「商人(あきんど)」を過去と現在をつなぐキーワードとして取りあげます。ウズベキスタン共和国サマルカンド市周辺の古代の遺跡から出土した考古遺物から、現代の刺繍・織物・楽器・民族衣装、さらには宗教や信仰に関する資料まで、シルクロードを行き交った文物を「商人(あきんど)」の活動に焦点を当てながら展示・解説することで、中央アジアにおける文化の多様性と広範な交流・交易の実態を、展示を通じて紹介することを目的としています。 2026年3月19日(木)~2026年6月2日(火) minpaku.ac.jp/ai1ec_event/63… #国立民族博物館 #サマルカンド #ウズベキスタン





杣之内石塚古墳 〜杣之内古墳群を歩く〜番外編〜 東乗鞍古墳のすぐ北東、全体が柿畑に覆われた小山があり、杣之内石塚古墳の名がついています。 東乗鞍古墳の墳丘内から、はっきりと見る事が出来ます! 測量調査をおこなった天理大学歴史研究会の報告では、小山全体を墳丘とみなして76 m× 40 mの楕円形の古墳となる可能性が指摘されているが、出土品等は知られておらず詳細は不明。 小山全体ではなく、頂上部に小規模な古墳が存在した可能性も考えらています。 ※参考.『物部氏の古墳 杣之内古墳群』.天理大学附属天理参考館・天理市教育委員会編集.2021. #杣之内石塚古墳 #杣之内古墳群 #天理市





東乗鞍古墳② 〜杣之内古墳群を歩く〜 私有地のため、普段は立ち入りが出来ない古墳ですが、今回は特別に中に入る事が出来ました‼︎(前からとても気になっていたんです🙌) 現在、天理大学によって調査中の前方後円墳です。 築造時期は古墳時代後期(6世紀頃)、墳丘は2段築成、後円部南向きに横穴式石室が開口しています。 危険なため、石室内部への立ち入りは禁止されていますが、玄室長は約7.6mの片袖式横穴式石室で、羨門は2石積み、玄室内は4〜6石積み、中には2基の石棺があり、奥の石棺は阿蘇溶結凝灰岩製の刳抜式家形石棺、手前は二上山産の底石を持つ組合式石棺があります。 石室内は盗掘を受けており、かつて挂甲の小札や馬具の杏葉などが出土したとされています! ちなみに、かつて石室から持ち出されたと思われる組合式石棺の一部が、石室入り口の南東側で発見されていたそうです。 以前は全長75mと思われていましたが、最近の調査で墳丘は全長約83mであること、その外側に周濠が巡ることが明らかになっています。 石室が開口する辺りから南側を見ると、墳丘南側隣接地に2箇所の調査区を設定されているのが見えました! 墳丘・周濠・周堤の構造の確認を目的とする発掘調査が継続されており、第11~第13トレンチで、それぞれ周濠・周堤と考えられる遺構を検出していましたが、それらのつながりに一部不明な点が残っていました。 また、第13トレンチでは祭祀に関連する土器が一括廃棄された状況が確認されていました。 第14トレンチは、それらの認識を深める目的で調査が実施されたようです! 横穴式石室や石棺の特徴からみて、古墳は古 墳時代後期前葉に、小墓古墳に後続して築造 されたものと考えられます。 今後の調査の進展が楽しみですね😊 #東乗鞍古墳 #杣之内古墳群 #天理市






塚穴山古墳② 〜杣之内古墳群を歩く〜 天理市杣之内町に位置する横穴式石室を持つ古墳時代後期末の6世紀末〜7世紀初頭頃の大型の円墳です‼︎ 墳丘の直径は約65m、加えて幅約13mの周濠と外堤(外堤を含む直径は112m)が巡ります。外堤の南側は前期の前方後方墳である西山古墳の周濠と接しています。 石室は全長17.12m、玄室の長さは約7m、幅は3.1m。石室は巨石で築造されており、奥壁は2段、右壁の最大の巨石は幅が約6mもあります。 後期末の古墳としては非常に大きく、明日香村の石舞台古墳(桃原墓と考えられる一辺約50mの方墳。石室長約19.1m、玄室の長さ7.5m)に匹敵する規模です。 床面もしっかりと造られており、玄室の中央に幅70cm、深さ30cmの排水溝が暗渠となって縦貫し、周濠に繋がっていました。 羨道から玄室の境には巨石の敷居が敷かれており、30cmの段差があり、また羨道には礫が敷き詰められていました。 玄室の調査では、凝灰岩製家形石棺の破片、土器、銀糸巻鉄刀柄片(現存せず)、鉄鎌などが出土。 石室内部からは平安時代頃の黒色土器(内面のみ黒い)が出土しており、平安時代〜鎌倉時代には内部に人が出入り出来るようになっていたと考えられます。 杣之内古墳群では、西山古墳以降、中期末の西乗鞍古墳まで有力な古墳が見られず、塚穴山古墳と西山古墳の被葬者の一族には、連続性の可能性は低いと思われます。 また、同時代の石舞台古墳に匹敵する規模の横穴式石室を持つ古墳として、位置的にも石上神宮にも近い事を考慮して物部氏を想定したいですが、実際に副葬品を以て葬られた人物だとすると、敗死して滅亡した物部氏さんの可能性は低いかも…とも考えます🤔 #塚穴山古墳 #杣之内古墳群 #天理市





小墓古墳② 〜杣之内古墳群を歩く〜 西乗鞍古墳の北西に位置する、前方後円墳。 墳丘は前方部を南西に向けており、Googleマップなどで見ると明らかですが、周辺の地割に盾形の周濠の痕跡がうかがえます。 耕作による墳丘の地形の改変が激しく、また、標高が西乗鞍古墳よりも低い事もあり、現在では墳丘の下部や周濠・外堤などは畑の下に埋まっています。 発掘調査成果と航空レーザ測量調査成果を踏まえると、もともと墳丘は90 m程度あったものと想定されます。 1987年と1989年、天理市教育委員会により2次にわたる墳丘東側の発掘調査が実施され、幅 12 ~13 m、深さ 2.8 mの周濠が確認されました。 周濠からは、円筒 ・ 朝顔形 ・ 蓋形 ・盾形・靫形 ・ 人物 ・ 馬形 ・ 猪形 ・ 水鳥形 ・ 鶏形 ・ 家形などの埴輪に加えて、笠形 ・ 盾形 ・大刀形 ・ 翳(さしば)形・鉾形などの木製品が多数出土。 この木製品は、埴輪と同様に古墳の上や周囲に並べられていたようで、「木製の埴輪」とも呼ぶべきものである。このほかに木製の槽 ・槌・火鑽(ひきり)臼・「耳杯形」容器なども見つかっています。 埋葬施設の調査は行われておらず、詳細は不明ですが、周濠からの出土品には、段数の多い円筒埴輪や、円柱を伴う高床式家形埴輪など、小墓古墳の被葬者が大きな権力を持った人物であった事が伺われます。 実は杣之内古墳群全体の中で、最も出土遺物の様相が判明している古墳です! ※出土品参考.『物部氏の古墳 杣之内古墳群』.天理大学附属天理参考館・天理市教育委員会編集.2021. #小墓古墳 #杣之内古墳群 #天理市
