Saito|AISPA Lab代表

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@VacationdesignC

AI時代の人類哲学を探求|著書『AI時代に、人類はどう生きるか』『AI時代に、人類はなぜ生きるか』発売中|意識・目的・自我・豊かさを再定義|AISPA Lab代表|未来型ヴィラ(experience villa)プロジェクト推進中

那須塩原 Katılım Ağustos 2023
64 Takip Edilen872 Takipçiler
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Saito|AISPA Lab代表@VacationdesignC·
2023年12月からAIを使うようになって、自分でも驚くくらい行動が変わった。 もともと発信は超苦手分野だった。でも、AIと話す中で出てきた考えを「これ、誰かの参考になるかも」と思ってコラムにするようになったり(noteにまとめてます)、それらをまとめて2冊の本にしたり(力作なので是非読んでみてください)、気になるニュース、面白い最新論文をnotebooklmで動画にしてYouTubeに上げたり。(あ、おかげさまでYouTube登録者1000人突破しました) 最近では素人ながらClaude CodeでHPやアプリが1時間もかからず作れるようになったり。 気づいたら、やりたいことをそのままやれるようになっていた。 一方で、ちょっと焦ってもいる。 AIの話を追いかけていると、「この先こうなるだろうな」という景色がだんだん見えてくる。でもその話を同じ温度感でできる人が、周りにほとんどいない。 べつに自分が特別だと言いたいわけじゃなくて、単純に情報の量と速さの問題だと思う。最新の動向を追ってないと見えてこない変化が、すでに起きている。それを知らないまま過ごしている人が多すぎるのが、正直もったいないと感じている。こんな劇的な転換点に立ち会えているのに。 だからその一部でも共有したいと思って発信しています。 一緒に未来の話ができる人を増やしたい。気軽に議論しましょう。
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #31 場を持つ側には、何が起きるのか 前回、なぜ実際に会う場はなくならないのか、という話を書きました。 同じ場所にいるからこそ起きることがある。 情報ではなく、その場でしか生まれない感じがある。 今日は、その続きを少し別の側から見てみたいと思います。 では、そんな場を持つ側には、何が起きるのか。 外から見ると、場を開く人は楽しそうに見えることがあります。 人が集まる。 会話が生まれる。 笑い声がある。 たしかに、うれしい瞬間は多い。 でも実際には、それだけではありません。 場を持つ人は、みんながまだ気にしていないことを先に気にしています。 初めて来た人が、どこに座れば楽か。 一人だけ話せていない人がいないか。 会話の流れが一部で固まりすぎていないか。 場が盛り上がっているかどうかより、 誰かが少し居づらくなっていないかのほうが気になることもある。 だから、場を持つことは、ただ人を集めることではないのだと思います。 そこにいる人たちのあいだに、どんな時間が流れているかを引き受けることに近い。 これは、楽しいだけでは続きません。 うまくいかない日もある。 人が来ないこともある。 来ても、思っていた感じにならないこともある。 がんばったのに伝わらないこともある。 自分が開いた場なのに、自分がいちばん気を張っている夜もある。 それでも、場を持ちたくなることがある。 なぜか。 たぶん、そこで起きるものが、自分一人では見られないからです。 最初は少し緊張していた人が、帰るころには少し表情がやわらいでいる。 別々に来た人どうしが、いつの間にか次の話をしている。 誰かがふと本音をこぼして、それを別の誰かがちゃんと受け取る。 そういう瞬間を見ると、場には、人と人のあいだに何かを生む力があると分かる。 AI時代になるほど、この役割は前よりはっきりしてくるのかもしれません。 情報を渡すことや、便利さを用意することだけなら、一人でもかなりできる。 だから場を持つ側に残るのは、説明ではなく、空気をつくることです。 人が少し楽になれる流れをつくること。 初めての人も、慣れた人も、同じ場所にいられる時間をつくること。 それは目立ちにくいけれど、かなり大きい仕事です。 場を持つ側には、華やかさより、気づきが増えていく。 でもそのぶん、人が少し楽になる瞬間にも立ち会える。 たぶん、そのためにまた開きたくなるのだと思います。 場を持つとは、自分が中心になることではない。 誰かの時間を少し預かることなのかもしれません。
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #30 なぜ、実際に会う場はなくならないのか AI時代になるほど、オンラインでできることは増えていきます。 話す。 学ぶ。 集まる。 相談する。 前なら会わないと難しかったことの多くが、画面越しでもかなりできるようになる。 それ自体は、とてもいいことです。 距離に縛られにくくなるし、一人でもかなり前に進める。 それでも、人は実際に会う場を求めます。 このことは、これからむしろはっきりしてくる気がします。 理由はたぶん、情報だけでは起きないことが、同じ場所にはあるからです。 たとえば、会話の前のちょっとした間。 誰かが笑う前の空気。 言葉にしなくても伝わる疲れ方。 同じテーブルを囲んでいるときの安心。 帰り際に少しだけ話した一言が、あとから残る感じ。 こういうものは、内容だけ取り出しても、同じにはなりません。 実際に会う場には、情報のやり取り以上のものがあります。 同じ時間を過ごすこと。 同じ温度の中にいること。 同じ景色を一緒に見ること。 その共有があると、人は「分かった」だけでなく、「一緒にいた」と感じやすい。 ここが大きいのだと思います。 オンラインでは、必要なことをかなりうまく済ませられる。 でも、実際に会う場では、必要だったとさえ思っていなかったものが起きることがある。 予定していなかった会話。 なんとなく始まる沈黙。 その場の空気で変わる言い方。 偶然の流れで生まれる親しさ。 こういうことは、効率だけで見れば無駄に見えるかもしれない。 でも、人が誰かと生きる感じは、こういう時間の中で育つことが多い。 AI時代に実際の場がなくならないのは、 オンラインが足りないからではないのだと思います。 オンラインはこれからも大事になる。 AIとの対話も、ますます日常に入ってくる。 そのうえでなお、身体を持って同じ場所にいることには、別の意味が残る。 それは、確認ではなく体験です。 連絡ではなく同席です。 情報ではなく、その場でしか起きない感じです。 だからこれからの場は、昔のように「情報を得るために集まる場所」ではなくなっていくのかもしれません。 むしろ、自分一人では得にくい体験の質を取り戻すための場所になっていく。 実際に会う場は、古いから残るのではない。 そこにしかない生の感じがあるから、残るのだと思います。
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Google Earth
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Stop spending hours hunting down the right spatial data. Just ask for it. 🧠 Ask Google Earth is now directly integrated with our data layers. goo.gle/4c24NfK Try these prompts now. 🧵👇
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #29 なぜ居心地がいい場ほど、外から見ると入りにくいのか 前回、AI時代にはコミュニティの価値がむしろ上がるのではないか、と書きました。 一人で足りることが増えても、一人で満ちるとは限らないからです。 でも、ここで一つ厄介なことがあります。 居心地がいい場ほど、外から来た人には入りにくく見えることがある。 これは少し不思議です。 本当に感じの悪い場なら、理由は分かりやすい。 冷たい。 排他的。 偉そう。 そういう場には、最初から近づきにくい。 でも実際に難しいのは、むしろ逆です。 中にいる人たちは楽しそうで、仲もいい。 誰も意地悪ではない。 空気も悪くない。 それなのに、初めて来た人だけが、なぜか入れない感じになることがある。 たぶん理由は、居心地のよさが続くと、 その場の人たちのあいだで説明しなくても通じることが増えるからです。 誰がどういう人か。 どこで笑うのか。 何を言うと少し危ないのか。 どこまで踏み込んでいいのか。 そういうものが、少しずつ共有されていく。 すると中にいる人たちは楽になる。 一言で通じるし、空気も読める。 でも外から来た人には、その楽さが見えない壁になる。 たとえば、みんな笑っている。 でも何に笑っているのかが一拍遅れてしか分からない。 誰も冷たくはない。 でも、どこで口を挟んでいいのかが分からない。 質問すれば答えてくれる。 でも、何を知らないと思われているのかすら分からない。 こういう場面は、実際かなり多いと思います。 ここが大事なのだと思います。 場が閉じるのは、誰かが排除したいからとは限らない。 中の人たちが楽になった結果として、外の人が入りにくくなることがある。 これは、場を持つ側にとってかなり見えにくい。 なぜなら、自分たちに悪気がないからです。 むしろ、いい場にしたいと思っている。 楽しくありたいと思っている。 でも、その「楽しい」が続いた先で、知らない人には入りにくい空気ができることがある。 だから本当に大事なのは、盛り上がっているかどうかだけではありません。 その場の楽しさが、初めて来た人にも少し開いているかどうかです。 少し言葉を足す。 いま何の話をしているかを短く説明する。 初めて来た人が分からないまま笑っていないかを気にする。 常連だけが気持ちよくならないように、会話の速度を少し落とす。 こういうことは地味です。 でも、この地味さがある場だけが、長く開いていけるのだと思います。 AI時代には、情報そのものの価値は下がっていきます。 だから人が場に求めるのは、知ることより、入っていけることになる。 そして、入っていける場は、派手さではなく、 知らない人がいても、その人が少しずつ呼吸を合わせられる場 なのだと思います。 いいコミュニティとは、仲がいい人たちだけで完成する場所ではない。 初めて来た人が、まだ何者でもないままでも、少しずつそこにいていいと思える場所なのだと思います。
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Google Japan
Google Japan@googlejapan·
多くのご要望をいただいていた「ノートブック機能」が、ついに Gemini に実装されます✨ ️ ・複数チャットのグループ化 ・最大 100 件のソースの無料アップロード ・NotebookLM とのシームレスな連携(ソース、チャット、絵文字の同期) これらの機能により、NotebookLM の魔法が、そのまま Gemini に統合されました🫂 現在、ウェブ版にて Ultra、Pro、Plus、無料版ユーザーの順に展開中です!
Josh Woodward@joshwoodward

Most Al chatbots give you basic "projects." Gemini just built you a second brain. 🧠 Introducing Notebooks: some of the magic from @NotebookLM, integrated directly into @GeminiApp. Here's what changes for you today: 📚 Upload 100 sources for free 📂 Organize your chats - the wait is officially over :) 🔄 Sources, chats, and emojis sync People are using Gemini and NotebookLM in tandem, and we'll keep building both. To manage capacity, we're rolling this out NOW on the web and going from Ultra ➡️ Pro ➡️ Plus ➡️ Free. (Mobile, EU, and Workspace are up next!) With Google I/O right around the corner, we are just getting started. Enjoy!

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Claude
Claude@claudeai·
Introducing Claude Managed Agents: everything you need to build and deploy agents at scale. It pairs an agent harness tuned for performance with production infrastructure, so you can go from prototype to launch in days. Now in public beta on the Claude Platform.
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #28 AI時代に、なぜコミュニティの価値はむしろ上がるのか 前回、長く一緒にいることと、近さは同じではない、と書きました。 同じ場所にいても遠い夜はあるし、短い時間でもちゃんと近く感じる瞬間はある。 今日はそこから、もう少し広い話に進みます。 一対一の関係ではなく、複数の人が集まる場、つまりコミュニティの話です。 AI時代になると、一人でできることはかなり増えます。 調べる。 学ぶ。 書く。 作る。 相談する。 前なら誰かが必要だったことの多くが、一人でも進めやすくなる。 これは、とてもいい変化です。 無理に群れなくてよくなるし、自分のペースも守りやすくなる。 でも、その一方で、別のこともはっきりしてきます。 一人で足りることが増えても、一人で満ちるとは限らない ということです。 情報は手に入る。 答えも見つかる。 整った言葉も返ってくる。 それでも、どこか平らなまま終わることがある。 そんなとき、人が求めているのは、知識の追加ではなく、場の感じなのかもしれません。 たとえば、誰かが少し笑う。 自分の言葉に思いがけず反応が返る。 予定していなかった会話が始まる。 その場にいるだけで、自分の気分や考えが少し動く。 こういうことは、一人では起きにくい。 そこにあるのは、効率ではなく、参加している感じです。 コミュニティの価値は、昔のように「情報が得られる場」であることだけではなくなっていくのだと思います。 情報なら、これからますます一人で足ります。 それでも人が集まるとしたら、理由は別のところにある。 ここに来ると、自分の考えが少し動く。 この人たちといると、変に力まなくていい。 自分一人では思いつかなかったことが出てくる。 何かを作りたくなる。 また来たいと思う。 そういう場です。 つまりこれからのコミュニティは、不足を埋める場というより、 充実が育つ場 になっていくのかもしれません。 足りない知識を補うためだけなら、一人でかなりできる。 でも、自分の感じ方が少し変わること、 誰かとのあいだで何かが立ち上がること、 いていい感じが少しずつ育つこと。 それは、やはり場の中で起きやすい。 AI時代にコミュニティの価値が下がるのではなく、むしろ上がるとしたら、その理由はここにあります。 人が集まる意味が、「便利だから」から「生きた感じが増えるから」へ変わっていく。 これからの時代に大事なのは、ただ人を集めることではないのだと思います。 その場にいることで、何かが少し豊かになるか。 自分一人では出てこなかったものが出てくるか。 また戻ってきたくなるか。 コミュニティの価値は、たぶんそこではっきりしてくるのだと思います。
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bubble boi
bubble boi@bubbleboi·
@NoahHirshon It’s 1,000x better for what I need it for
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Ronan Farrow
Ronan Farrow@RonanFarrow·
(🧵1/11) For the past year and a half, I've been investigating OpenAI and Sam Altman for @NewYorker. With my coauthor @andrewmarantz, I reviewed never-before-disclosed internal memos, obtained 200+ pages of documents related to a close colleague, including extensive private notes, and interviewed more than 100 people. OpenAI was founded on the premise that A.I. could be the most dangerous invention in human history—and that its C.E.O. would need to be a person of uncommon integrity. We lay out the most detailed account yet of why Altman was ousted out by board members and executives who came to believe he lacked that integrity, and ask: were they right to allege that he couldn't be trusted? A thread on some of of our findings:
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Chris
Chris@chatgpt21·
🚨 ANTHROPIC JUST BROKE SWE-BENCH PRO WITH CLAUDE MYTHOS 🚨 Anthropic just dropped the numbers for their unreleased "Claude Mythos Preview" and the coding leap is almost incomprehensible. This model is so powerful at finding exploits that they are keeping it strictly locked down for critical infrastructure partners. Anthropic explicitly stated: "We’ve used Claude Mythos to demonstrate thousands of zero day vulnerabilities." Look at the absolute destruction of these benchmarks compared to Opus 4.6: • SWE-Bench Pro: 77.8% (Destroying Opus 4.6 at 53.4%) • Terminal-Bench 2.0: 82.0% (Up from 65.4%) • SWE-Bench Verified: 93.9% • SWE-Bench Multimodal: 59.0% (More than double Opus 4.6's 27.1%) • Humanity's Last Exam (with tools): 64.7% (Up from 53.1%) • GPQA Diamond: 94.6% A nearly 25-point jump in SWE-Bench Pro in a single generation. And we’re in *checks notes* April..
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #26 言葉にできないまま一緒にいる時間に、なぜ意味があるのか 前回、自分の言葉で伝えることには意味がある、と書きました。 その続きを考えるなら、今日は逆側のことも見ておいたほうがいい。 人はいつも、ちゃんと言葉にできるわけではありません。 何がつらいのか分からない。 何に引っかかっているのか、自分でもはっきりしない。 話したいのに、うまく話せない。 そういうことは、かなり多い。 だから、関係にとって大事なのは、うまく伝えることだけではないのだと思います。 まだ言葉になっていないまま、一緒にいられることにも意味がある。 たとえば、何かあった日の帰り道。 話したほうがいい気もする。 でも、まだうまく言えない。 そんなとき、無理に聞き出されるわけでもなく、 だからといって放っておかれるわけでもなく、 ただ隣にいてもらえるだけで少し楽になることがある。 あれは、何かが解決したわけではない。 でも、確かに支えられている。 ここで起きているのは、理解というより、同席に近いものです。 「分かったよ」と言われたわけではない。 正しい返事をもらったわけでもない。 それでも、一人で抱えなくていい感じが生まれる。 その感じは、人間関係の中でかなり大きい。 今の時代は、言葉にすることがとても上手くなっています。 整理すること。 説明すること。 気持ちを翻訳すること。 それらは前よりずっとやりやすい。 AIが入ると、なおさらです。 それは助かることです。 でも同時に、何でも言葉にできるようになるほど、 言葉にならない時間の価値は見えにくくなる。 人は、ときどきまだ分からないまま誰かのそばにいたい。 まだ説明できないまま、それでも一緒にいてほしい。 そういう時間がある。 そこでは、きれいな言葉より、急かされないことのほうが大事だったりする。 もちろん、ずっと何も言わなくていいわけではありません。 言葉が要る場面はある。 でも、関係は言葉だけでできているわけでもない。 むしろ、言葉になる前の時間を一緒に過ごせるかどうかで、関係の質が見えることもある。 うまく伝えられること。 それは大事です。 でも、うまく伝えられないままでも、一緒にいられること。 その価値も、同じくらい大きいのだと思います。 誰かと生きるとは、何でも話せることだけではないのかもしれません。 まだ話せないことがあるままでも、すぐに切れずにいられること。 その時間を持てる関係は、思っているよりずっと強いのだと思います。
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AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #27 長く一緒にいることは、なぜ近さと同じではないのか ここまで、誰かと暮らすときの小さな違い、 察してほしいという期待、 ルールや言葉の役割、 そして言葉にならないまま一緒にいる時間について書いてきました。 その流れで、今日は「一緒にいる時間」そのものを考えたいと思います。 人はよく、長く一緒にいれば自然と分かり合えると思いがちです。 毎日会う。 同じ家にいる。 予定を共有する。 それだけ時間を重ねていれば、近くなっていくはずだ、と。 でも実際には、そうとも限りません。 同じ部屋にいても、ずっと別々のことをしている夜がある。 生活は回っている。 会話もある。 でも、なぜか少し遠い。 逆に、短い時間でも、ちゃんと相手を感じる瞬間があります。 食事のあとに少しだけ今日のことを話したとき。 帰り道に、うまく言えないまま「今日はちょっと疲れた」とこぼしたとき。 その一言に、相手が急いで答えを出さず、ただ受け取ってくれたとき。 ああいう時間のほうが、何時間も一緒にいた日より近く感じることがある。 つまり、近さは時間の量だけでは決まらない。 同じ時間を過ごしたかどうかより、その時間の中で相手を感じられたかどうか のほうが大きいのだと思います。 これは、忙しい日々の中では意外と見落とされます。 一緒にいることが「同席」に変わり、 会話が「連絡」だけになり、 暮らしが「作業の分担」だけになる。 それでも生活は成り立つ。 でも、近さは少しずつ減ることがある。 AI時代になると、この違いは前よりはっきりしてくるかもしれません。 一人でできることが増えるからです。 仕事も、娯楽も、学びも、一人でかなり足ります。 それ自体は悪いことではありません。 でもそのぶん、誰かと一緒にいる時間まで、ただ並んで過ごすだけになりやすい。 だからこそ、これから大事になるのは、長く一緒にいることではなく、 短くても、ちゃんと相手がいる時間 を持てるかどうかです。 大げさなことは要らないのだと思います。 五分でもいい。 今日どうだったかを少し話す。 相手の顔を見る。 返事を急がずに一言受け取る。 そういう時間があるだけで、同じ一日でも感じ方はかなり変わる。 誰かと生きるとは、ただ同じ場所にいることではない。 同じ時間の中で、相手がちゃんとここにいると感じられること。 その時間があるかどうかで、近さは少しずつ変わっていくのだと思います。
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2026年4月に『The New Yorker』誌に掲載された「Sam Altman May Control Our Future—Can He Be Trusted?(サム・アルトマンは私たちの未来を支配するかもしれない—彼は信用できるか?)」という調査報道記事です。 ローナン・ファローとアンドリュー・マランツによって執筆されたこの記事は、100回以上のインタビューと非公開資料をもとに、OpenAIのCEOであるサム・アルトマンの人物像や動機に対する根強い疑念を探っています 。 ## 欺瞞に関する疑惑 記事では、アルトマンのキャリア全体に見られるとされる欺瞞的な行動の歴史が詳しく記されており、ある取締役は彼を「真実に縛られない」人物だと評しています 。Y Combinatorからの退社も決して円満なものではなく、共同創業者のポール・グレアムは同僚に対して、アルトマンが「常に我々に嘘をついていた」と語ったとされています。さらに、彼は他人を喜ばせたいという強い欲求を持つ一方で、自身の嘘がもたらす結果に対してはソシオパス(社会病質者)に近い無関心を示していると指摘されています [3]。 ## 著名人からの厳しい批判 この調査報道では、彼と密接に働いたことのあるテクノロジー業界の著名人からの厳しい批判が浮き彫りになっています。故アーロン・シュワルツは友人に対し、アルトマンは「絶対に信用してはならない」「ソシオパスだ」と警告していたと報じられています。さらに、マイクロソフトのある幹部は、アルトマンが最終的にバーニー・マドフやサム・バンクマン=フリードと同レベルの歴史的な詐欺師として記憶される可能性が十分にあると示唆しています。 ## AIの主導権に対する懸念 この記事は、アルトマンが人工知能の未来に対する一方的な支配権を持つべきかどうかについて、重大な疑問を投げかけています。ダリオ・アモデイやイリヤ・サツケヴァーといった元同僚たちの個人的なメモによると、彼の権力に対する飽くなき欲求は、OpenAIのような企業を率いる上で深刻な懸念材料だとされています。批判的な立場の人々は、責任転嫁や情報操作を繰り返してきた彼の実績を考慮すると、社会の存亡に関わるような重大な決断を下すリーダーとしては不適格であると主張しています。
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Saito|AISPA Lab代表@VacationdesignC·
AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #25 AIが気持ちをうまく読めるようになっても、なぜ自分の言葉が要るのか ここまで、誰かと暮らすときの小さな違い、 「察してほしい」が生むすれ違い、 そして、小さなルールが関係を楽にすることについて書いてきました。 その流れで、今日は少しだけAI時代そのものに踏み込みたいと思います。 これから先、AIは人の気持ちを読むのがもっと上手くなるはずです。 声の調子。 言葉の選び方。 会話の流れ。 そういうものを見ながら、 「いま少し疲れていそうです」 「この言い方だときつく聞こえるかもしれません」 と、かなり自然に返してくるようになるでしょう。 たぶん、関係の中にAIが入る場面も増えます。 言いにくいことを整える。 気持ちを翻訳する。 けんかの熱を少し下げる。 それ自体は、悪いことではありません。 助かることも多いと思います。 でも、そこで一つ残る問いがあります。 AIがかなりうまく気持ちを扱えるようになっても、 それでもなぜ、自分の言葉で伝えることに意味があるのか。 たぶん理由は、 伝えるという行為が、情報を正確に渡すことだけではないからです。 人は、自分で言葉にしようとするときに、初めて自分の気持ちを知ることがあります。 少し言いすぎたな、と気づく。 本当は怒りより、寂しさのほうが大きかったと分かる。 うまく言えないままでも、言おうとする中で、やっと自分の本音が見えてくる。 これは、ただ翻訳されたら済む話ではありません。 つまり、自分の言葉で伝えることには、 相手に分かってもらうためだけではなく、 自分が自分の気持ちに触れる という意味がある。 ここが大きいのだと思います。 AIが間に入れば、関係は少し滑らかになるかもしれない。 誤解も減るかもしれない。 でもその一方で、言いにくさや、言葉を探す時間や、伝えたあとの気まずさまで全部省いてしまうと、関係は便利になっても、自分で相手に向かった実感は少し減るかもしれません。 人間どうしの関係には、不器用さがあります。 すれ違う。 言葉が足りない。 説明しきれない。 でも、その不器用さの中でしか出てこないものもある。 うまく言えなかったけれど、言おうとしたこと。 きれいではなかったけれど、自分の言葉だったこと。 そういうものが、あとで関係を支えることがあります。 だから私は、AIが気持ちを扱うのが上手くなるほど、 自分の言葉の価値は、むしろはっきりしてくるのではないかと思っています。 全部を自分で抱える必要はない。 AIに助けてもらっていい。 整えてもらっていい。 でも最後のところで、 「これは自分の気持ちとして伝える」 という部分まで全部預けてしまうと、関係は少し薄くなる。 誰かと生きるとは、分かり合うことだけではなく、 不器用でも、自分の言葉を渡していくことなのかもしれません。 AI時代にその意味は、なくなるどころか、前より大きくなるのだと思います。
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John Ennis
John Ennis@johnennis·
I think one of the biggest challenges when it comes to going hard into using AI is loneliness I am learning all these awesome things and becoming super capable But the set of people that I can really talk to about it is very small Is anyone else having this experience?
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Saito|AISPA Lab代表@VacationdesignC·
AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。 #24 小さなルールは、なぜ関係を冷たくしないのか 前回、「察してほしい」だけに頼ると、関係は苦しくなりやすいと書きました。 その続きで、今日はもう一歩進めます。 誰かと生きるとき、 言葉にすることは大事です。 でも、それだけでは足りないことがある。 なぜなら、毎回その場で話し合うのは、思っている以上に疲れるからです。 たとえば、返事は急がなくていい。 一人になりたい日は先に言う。 夜はこの時間を過ぎたら連絡しない。 共有の場所は使ったあとに軽く戻す。 こういうことです。 一つひとつは小さい。 でも、こうした決めごとがあるだけで、関係はかなり楽になります。 毎回相手の機嫌を読まなくていい。 言わなくても怒られるかもしれない、と構えなくていい。 「どうしたらいいんだろう」と迷う回数が減るからです。 ルールという言葉には、少しかたい印象があります。 自由を減らすもの。 冷たいもの。 そう感じる人もいると思います。 でも本当は逆のことも多い。 小さなルールは、相手を縛るためというより、 お互いが無理に察し続けなくていいようにするため にあります。 親しい関係ほど、何でも自然に分かり合えると思いたくなる。 でも実際には、近いからこそ甘えも出るし、説明を省きやすくなる。 そこで小さな約束がないと、気づかないうちにどちらかが我慢を引き受けやすい。 大事なのは、厳しく管理することではありません。 生活を少し楽にするための共通認識を持つことです。 言い換えると、関係を信頼だけで回そうとしすぎないこと。 信頼があるからこそ、曖昧さを減らす工夫をしていい。 AI時代になるほど、この感覚は大切になる気がします。 一人で自分に合うやり方を選びやすくなるからです。 働く時間も、休み方も、連絡の仕方も、前より自由になる。 だからこそ、誰かと一緒にいるときには、自然に合うはずだと思い込まず、 「ここは言葉にしておいたほうが楽だよね」 という姿勢が要る。 ルールは、関係がうまくいっていない証拠ではありません。 むしろ、関係を長く続けたいと思っているからこそ作るものです。 何でも感情で解決しようとすると、疲れる。 何でも察しで埋めようとすると、ずれる。 その間に、小さな約束を置いておく。 それだけで、人はもっと穏やかに一緒にいられる。 誰かと生きるとは、気持ちだけでつながることではないのかもしれません。 気持ちが続きやすくなるように、日々のやり方も一緒に整えていくこと。 そのほうが、ずっとやさしいのだと思います。
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