
まず、何はともあれ、「自分が自分である」ことだ。興味を掘り下げ、好奇心を活性化し続ける。「自分が自分である」ことに、24時間を捧げてしまおう。 そのうえで、「自分を説明できるようにする」ことで、社会に接続していく。 自分/社会を二項対立的に捉えない。 社会に敵対せず、しかし、適応もしない。 社会とは異なる次元で深掘りされた自分を、妥協なしで、「説明」していく。 言語化能力は必須だ。本を読もう。人と対話しよう。 そうしているうちに、その人そのもののブランド価値が生まれる。
喜屋武 悠生 (きゃん ゆうき)
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@cancan815
沖縄、石垣島出身。ひまんちゅ。早稲田文構卒。3年のひまんちゅ生活を経て28歳ではじめての就職。日替わり店長のソーシャルバーPORTOを2018年友人と共同創業。築80年の古民家長屋暮らし。マンガ好き。たまに三線流し。お笑いコンビ「恋する惑星」でM-1グランプリ2025出場。人生をさすらい中。

まず、何はともあれ、「自分が自分である」ことだ。興味を掘り下げ、好奇心を活性化し続ける。「自分が自分である」ことに、24時間を捧げてしまおう。 そのうえで、「自分を説明できるようにする」ことで、社会に接続していく。 自分/社会を二項対立的に捉えない。 社会に敵対せず、しかし、適応もしない。 社会とは異なる次元で深掘りされた自分を、妥協なしで、「説明」していく。 言語化能力は必須だ。本を読もう。人と対話しよう。 そうしているうちに、その人そのもののブランド価値が生まれる。



原一男監督からの優しく鋭い問いを受けて、坂口恭平さんを撮影しながら、そして編集しながら考えた時間を一つ一つ思い出させていただき、とても30分では足りない幸福な時間でした。本作のトークを締め括る場に原監督にお越しいただけたこと、心から嬉しく思います。ご登壇ありがとうございました!


(拡散お願いします) 死なないための住宅、三鷹天命反転住宅で5月31日に人類学座談会を開催します。今回は『宮台式占い論』と題して 社会学者の宮台真司先生と 占星術研究家の鏡リュウジさんをお招きして、占いの世界の奥深くまで迫ります。 遊びに来てください。 note.com/kikinagas/n/n8…

結局のところ、何かを楽しむにも、それを楽しむための文化資本の履歴のようなものは必要という話をしていた。ずっと食いしばって生きてきた人が、よし、いざ楽しむぞ、大金も手に入ったぞと思っても、思っていたほど楽しくなくて、むしろ虚しいという結果になりやすいのは、楽しむための回路や蓄積が育っていないまま、いきなり結果だけを取りに行こうとするから思うように楽しめない。 ずっと緊張や義務や不足感の中で生きていると、刺激を楽しく受け取る回路よりも、損得が気になる、楽しむ自分に対して自意識が強くなる、失敗しないようにする回路のほうが強くなり、せっかく条件が整っても、楽しむより「ちゃんと元を取れているか」「これで合っているか」「もっとすごい感動があるはずではないか」「恥ずかしくないか」という監視が前に出やすく、体験そのものに入れないので、お金や時間をかけても思ったほど楽しくならない。 楽しむというのは、その場でお金を使えば発動するものではなく、日頃から小さく味わったり、何に反応するかを知ったり、自分の快不快の輪郭を育てたりする中で少しずつ身についていくものなので、普段からこつこつ楽しんでいる人のほうが、いざというときにもちゃんと楽しめる。楽しみをずっと先延ばしにすればするほど、条件が揃った瞬間に一気に報われるはずだという期待を乗せやすいぶん、そこで空振りしたときの虚しさも大きくなりやすい。




孤独は、ほんとうに敗北なのだろうか。 人とつながり続けることが善とされる時代にあって、この記事では、孤独を欠如ではなく「深さ」の条件として捉え直してみました。 群れのなかで人を蝕むロンリネスと、自分を回復させるソリチュード。その二つを峻別しながら、ひとりでいることが、自分の核に触れ、他者や世界とより自由に出会うための入口であることを描き出してあります。 さらに、孤独を支える空間や経済的基盤といった社会条件についても目配せし、だれもが「つながらなくても壊れずに生きられる社会」とは何か、孤独をめぐる通念を静かに反転させながら、これからの生の倫理と成熟のかたちを問うていきます。 孤独の深みへ|+M note.com/mnb196748/n/n9…



