イチイ
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高校生のとき、両親に「離婚してくれ」と迫った。私の生まれ持った名字は、全国に200人いるかどうかという珍姓だった。かつ、読み間違えられることも多く、電話や口頭で説明するのもいちいち面倒で辟易していた。父は、突拍子もないことをせがむ思春期の私にこう言った。「離婚すると手続きが面倒だから、名字を変えたいだけなら、養子縁組について調べてあなただけやりなさい」
養子縁組? 検索すると、民法上普通養子縁組はわりと簡単な仕組みだった。実の両親との縁も切れない。
そこで、母方の祖父の養子になることにした。当の祖父は「いいよ〜、娘が増えたね」と二つ返事で喜んだ。また、彼は無資力なので、この件で遺産がどうなど、親族と揉めることもなかった。
手続きは役所に行って書類を提出すれば、すぐに終わった。なんて呆気ない!
通っていた女子校の担任に養子縁組の旨を告げると、「結構、うちの生徒には相続税対策で多いですよ」とあっさり受け入れられた。我が家は相続税対策とは無縁だが、黙って微笑んでおいた。
そこから、私は高岩という姓になった。高岩は高岩で決して多くはないのだが、読み間違いや説明の時間が激減して、大変満足した。
それと同時に、私はこの名字にすごく愛着を持つようになった。養子縁組当時、特に親しくなかった祖父との距離が縮まったのも、改姓が大きい気がする。
また、出版社で仕事をしていると、映画関係者などから「ご親族の高岩淡or仁さんと昔仕事しましたよ!」と言われることも多々あり、その点非常にやりやすかった。檀一雄や高岩家の歴史を文字でまとめようと思うようになったのも、この縁組のおかげかもしれない。
今年98歳の祖父は、私に会うたび、「娘が増えて嬉しや〜」とまだ笑っている。
所詮名字、されど名字。この自分で選んだ高岩という標識は、私の人生にとって、変え難い分岐点だったと思う。
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