ネココ|脱サラOL
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ネココ|脱サラOL
@necococo922
OL15年→脱サラ2年で総売上4000万突破┃法人2期目┃受講生も月100万↑達成┃売れるモノづくりのプロ┃特技は🐉が見えること、夢はご隠居さんになること┃Note→ https://t.co/Q7N2VAZmqx

本屋でゆる麻布さん@yuruazabu の本が平積みになってて嬉しくなりました。 会社員マインドを抜けてどうやったら1人で稼げるようになるのか?副業起業に興味がある人はノウハウに手を出す前にまず真っ先にこちらを読むべき。 うちはコンサル受講生さんの課題図書にしてます!


イザナギは、死んだイザナミを追って黄泉の国へ行く。 愛する者を取り戻すためだった。 死者の国まで追いかけるのだから、その執着は深い。 失ったものをもう一度この世へ連れ戻したいという願いは、切実で、痛ましい。 けれどそこで彼は、かつて愛した相手の変わり果てた姿を見る。 美しかった記憶とはまったく違う、腐敗した死の姿を見る。そして恐怖し、逃げ出す。 この場面を、薄情だと読むことはできる。最後まで愛し抜けなかったのだ、と責めることもできる。 だが、そうではない。 イザナギは、見てしまったのである。 もう戻れないものを。 すでに変質してしまったものを。 かつての名で呼び続けても、もう同じものではない何かを。 関係にも、これと同じ瞬間がある。 昨日まで大切だったものが、ある日、まったく別のものとして見えてしまう。 親しさだと思っていたものが支配だったと分かる。 愛情だと思っていたものが依存だったと分かる。 心配という名で差し出されていたものが、実は管理だったと分かる。 そのとき、人は自分の感覚を疑う。 自分が冷たいのではないか。自分の受け取り方が悪いのではないか。相手にも事情があるのではないか。もう少し我慢すれば、元に戻るのではないか。 しかし、いったん「気持ち悪い」と感じてしまった関係は、理屈では戻らない。 その感覚は、単なる嫌悪ではない。 もっと深いところで、身体が危険を察知しているということだ。 そこに残って、理解しよう、修復しよう、自分ならうまくやれるはずだと思うほど、あなた自身も巻き込まれていく。 腐敗とは、そこにあるものだけを腐らせるのではない。 触れたものを少しずつ変質させる。 感覚を鈍らせ、判断を狂わせ、逃げる力そのものを奪っていく。 だから、逃げるのである。 黄泉の国でイザナギがしたことは、対話ではなかった。説得でも、和解でもなかった。彼はただ逃げた。 そこに残って話し合えば、よりよい結末があった、という物語にはなっていない。 神話はむしろ、ある種の関係には、話し合いよりも先に離脱が必要だと告げている。 逃げたイザナギを、イザナミは恨む。「お前の国の民を毎日千人殺す」と呪う。 これは、切られた関係の怨念が最後に投げてくる言葉である。 お前を壊してやる。お前を不幸にしてやる。お前だけ幸せになることは許さない。お前が逃げたことを、一生後悔させてやる。 こうした言葉に、耳を貸してはいけない。 イザナギは、ここで謝らない。言い訳もしない。自分の正しさを証明しようともしない。ただ「それなら、こちらは毎日千五百人産む」と返す。 これは、相手を打ち負かすということではない。 相手の呪いよりも大きな世界を、自分の側に作るということだ。 恨みを否定するのではなく、恨みが届かないほど遠くへ行く。 壊された分だけ修復するのではなく、壊す力を上回る速度で、新しいものを生み出す。 本当に危ない関係は、暴力や支配の顔だけをしているわけではない。「まだ何とかなるかもしれない」という希望の顔もしている。 自分が我慢すれば続けられる。相手にも事情がある。もっと上手に振る舞えば、昔のように戻れるかもしれない。 その希望が、もっとも危ない。 なぜなら、それはあなたを黄泉の国に留めるからだ。 昔のイザナミを探し続けさせるからだ。もうそこにはいないものを、まだいるはずだと思わせるからだ。 しかし、もう見てしまったのである。 変わり果てた姿を。 そして感じてしまったのである。 「気持ち悪い」と。 その感覚を裏切ってはいけない。 義理や思い出や責任より前に、身体が拒否したものがある。 逃げたあとには、罪悪感が来る。恨みの声も聞こえる。 自分はひどいことをしたのではないか、もっと別のやり方があったのではないか、と考える夜もあるだろう。 だが、その罪悪感まで含めて、黄泉の穢れである。 イザナギは黄泉から戻ったあと、禊をする。死者の国でまとった穢れを洗い流す。これは単なる清めではない。関係の残響を身体から落とす行為である。 恐怖、後悔、怒り、執着、説明したい欲望、分かってほしいという未練。それらを、少しずつ洗い流していく。 逃げるだけでは足りない。 逃げたあと、自分を取り戻さなければならない。 そして、その先に創造がある。 新しい生活を作る。 新しい仕事に向かう。 新しい人間関係を結ぶ。 新しい言葉で自分を語り直す。 呪いに応答する最良の方法は、呪いを解くことではない。呪いよりも強く生きることである。 腐った関係からは逃げ出すしかない。 妥協すれば、あなた自身が腐る。 そして逃げた先で、ただ生き延びるだけではなく、作ることだ。 失われたものを数えるのではなく、これから生まれるものを増やすことである。






もしあなたが富を手にしたいなら、ゼロサムゲームに最適化されたマインドを、即座にプラスサムゲームに最適化されたマインドへとチューニングし直すべきである。 社会的地位は奪い合うものだが、富は価値創造によって増やせる。 地位に執着する人は、他者の成功を脅威と見る。 富を生む人は、他者の能力をレバレッジとして見る。 地位に執着する人は、席を守る。 富を生む人は、テーブルそのものを大きくする。 地位に執着する人は、「誰が上か」を問う。 富を生む人は、「何を生めるか」を問う。 豊かになりたいなら、まず「誰が上か」を問うのをやめることだ。 問うべきは、こちらである。 何を生めるか。誰の問題を解決できるか。誰と組めば価値が増えるか。どの市場に価値を届けられるか。どの能力を接続すれば、より大きな成果になるか。 ゼロサムの地位争奪ゲームに長くいると、他者の有能さが怖くなる。 だが、プラスサムの価値増殖ゲームに移れば、他者の有能さは自らの資本になる。










