にごり
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19世紀まで、オペラのアリアを楽譜通りに歌う歌手は、技術のない歌手だと思われていた。
ロッシーニやベッリーニが書いたアリアには「ダ・カーポ」、繰り返しがある。一度目は楽譜通りに歌い、繰り返しで歌手が自由に装飾を足す。トリル、フィオリトゥーラ、高音への移行、即興のカデンツァ。それが「技術の証明」だった。客席が拍手するのは、そこだった。
この慣習を強制終了させたのが、アルトゥーロ・トスカニーニ (Arturo Toscanini, 1867-1957) だ。
彼はヴェルディと直接交流し、「作曲家の意図」を絶対視するスタイルを内面化した。ミラノ・スカラ座でのリハーサルで、歌手が慣例のカデンツァを差し込もうとすると演奏を止めた。「楽譜に書いてあるとおりに」。温和な助言ではなく、交渉の余地のない命令として。
この衝突は証言が多数残っている。歌手たちは「いつものやり方」と言い、トスカニーニは「作曲家のやり方」と答えた。
今、私たちが「楽譜に忠実」を当然の出発点と感じているのは、トスカニーニが100年前に作り替えた文化だ。
逆説を言えば、装飾という外向きの誇示が消えた後、音楽は内側へ深くなった。音色の細部、息のタイミング、言葉の重み。「書かれていないこと」を読む精度が、声楽技術の中心に移動した。
設計図を正確に読む力が、表現の自由の土台になる。
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@rappanomi 当時のイタリア楽壇の復古的な潮流、2度の大戦を経てのハイカルチャーを支える土壌の荒廃、伝統的に対する否定的な感情(アドルノに象徴されるような)、レコーディング技術の発展……などが複合的に関わってるんだろうなと思っています。
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ほえー
ディミニューションからのベルカント装飾からの作品中心主義の流れ
トスカニーニ1人で歴史を変えたとは思えないけど、新たなムーブメントの推進剤ではあったんだろね
上野目泰之@operametti
19世紀まで、オペラのアリアを楽譜通りに歌う歌手は、技術のない歌手だと思われていた。 ロッシーニやベッリーニが書いたアリアには「ダ・カーポ」、繰り返しがある。一度目は楽譜通りに歌い、繰り返しで歌手が自由に装飾を足す。トリル、フィオリトゥーラ、高音への移行、即興のカデンツァ。それが「技術の証明」だった。客席が拍手するのは、そこだった。 この慣習を強制終了させたのが、アルトゥーロ・トスカニーニ (Arturo Toscanini, 1867-1957) だ。 彼はヴェルディと直接交流し、「作曲家の意図」を絶対視するスタイルを内面化した。ミラノ・スカラ座でのリハーサルで、歌手が慣例のカデンツァを差し込もうとすると演奏を止めた。「楽譜に書いてあるとおりに」。温和な助言ではなく、交渉の余地のない命令として。 この衝突は証言が多数残っている。歌手たちは「いつものやり方」と言い、トスカニーニは「作曲家のやり方」と答えた。 今、私たちが「楽譜に忠実」を当然の出発点と感じているのは、トスカニーニが100年前に作り替えた文化だ。 逆説を言えば、装飾という外向きの誇示が消えた後、音楽は内側へ深くなった。音色の細部、息のタイミング、言葉の重み。「書かれていないこと」を読む精度が、声楽技術の中心に移動した。 設計図を正確に読む力が、表現の自由の土台になる。
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確かにその通りなんだよな。
むしろ西洋クラシック音楽には、未来に残すなんて意識はずっと低くて、自然淘汰に任せられてた分野であって。未来に残ったのは結果論でしかない。古楽復興はそのアンチテーゼな訳で。
そんなこと言ったら、日本の伝統文化の方が余程だよね、雅楽にしても、何にしても。
DT33H@Q6ClT1OtET4trRM
ヘンデルのオペラは「興行」だった。バッハよりはるかにはやっていたテレマンは、一時忘れられていたけど復活した。昔の流行歌が讃美歌に取り入れられバッハのカンタータ・受難曲やその後の宗教曲に使われ、今でも教会で歌われる。「未来に残った」のはあくまで結果。
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@oregairalobe211 その辺の音楽はハイコンテクストでしょう。全て聖書のテキストに則っていますし、そうした音楽が演奏され書かれるようになった歴史的な経緯とかテキスト選定とか、掘りようは全然あります。
受け手側がハイコンテクストに捉えようとするかそうでないかがあるだけだと思います。
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It is with deep sorrow and profound love that we announce the passing of Sonny Rollins. The Saxophone Colossus died this afternoon at his home in Woodstock, NY at the age of 95. 1/2 conta.cc/4wFIDrM

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