禁足地
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海外の人が自衛隊のバケツリレー式運搬を批判してた。「トラックがバックすれば良い」と。その通りです。 しかし私も現役の時にそれを言うと怒られました。絶対服従しないといけない謎の同調圧力。だから自分の意思を持つ者は退職していく。


少し前、大学で「女子枠」の導入が取り沙汰された際に、一部の界隈で「みいちゃん枠」という言葉が広まりました。これは、男女平等ではなく、一方的な優遇を求める矛盾に対する皮肉として使われた表現です。その効果は大きく「女子枠」をめぐる議論は大きくしぼんでいきました。 その経緯を踏まえると、現在「みいちゃん」という呼び方を障碍者差別の象徴として定着させようとする動きは、障碍当事者のためというより、過去の議論への反発やリベンジを図ろうとしているように、私には見えます。 また、普段からラディカルフェミニズム界隈では 「チー牛」 「弱者男性」 「インセル(負け組男性・犯罪者予備軍の男)」 といった差別的・侮蔑的な呼称が頻繁に用いられています。少なくとも私が見ている範囲では、それらの表現を使わずに活動しているフェミニストの方が少数派ではないかと思うほど、こうした呼称が堂々と、広く使われている状況です。 そのような人たちが、これまで障碍者について継続的に発信していたわけでもないにもかかわらず、今回に限って一斉に「みいちゃん呼びは差別だ」と声を上げ始めたことについては、私は偶然とは思えません。 大学女子枠をめぐる議論への反発に加え、自らの差別的な言動を棚に上げ「被害者」という立場を確保することで発言上の優位性を得ようとしている、そのための実績作りという側面があるように感じています。 特にラディカルフェミニズム界隈がこの問題に積極的に関与している理由には、障碍当事者への配慮そのものが目的というよりも、障碍者を「反論しにくい盾」として利用し、自らの主張を正当化したり、相手を攻撃するための材料としている側面があるように思えてなりません。 差別に反対するのであれば、自分にとって都合のよい差別だけを問題視するのではなく、まずは自分自身が差別をしないことが大前提です。そうでなければ、それは「差別反対」という皮を被った、只の権力闘争の手段でしかないからです。 差別とは、相手や対象によって許されたり許されなかったりするものではありません。あらゆる差別に一貫して反対する姿勢こそが重要であり、それが最低限守るべきルールだと私は思います。

海外の人が自衛隊のバケツリレー式運搬を批判してた。「トラックがバックすれば良い」と。その通りです。 しかし私も現役の時にそれを言うと怒られました。絶対服従しないといけない謎の同調圧力。だから自分の意思を持つ者は退職していく。


もう年金いらないんで、 自分で資産形成するんで、 とりあえず返してもらっていいですか…?

そもそもなんでBLだけこんな社会的意義とか家父長制とか妊娠しないからとか読んでて興奮するだのしないだのいろいろ言われなきゃならねえんだよ、とずっと憤り続けている 何百年と男たちは何の悩みも無く女体エロを享受し続けてるのに!私たちの性欲は理由が必要で言及され続けなければならない!













