はなし聞き屋ジーコ

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@pkoji1

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東京 Katılım Aralık 2011
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「友達」があまりに少ないと、目の前の人が自分や他人について「友達」と言っているのに、毎回別の単語に置き換えて、友達の存在しない物語を捏造してしまう。友達という概念自体がわからない。
日本語
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アドラー心理学サロン(アドサロ)
本当に辛いことが起きるよりも、辛いことを「辛い」と言えない状況の方が本当に辛い。
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プロ奢ラレヤー🍣
プロ奢ラレヤー🍣@taichinakaj·
コミュ障なら「盛り上げようとする」は禁止だよ。「交流1回あたりのダメージ」を最小化しながら、同時に「交流の回数」を最大化する。これだけで、めちゃくちゃ変わる!やってみて〜〜
花の掲示@91919tukumo19

@taichinakaj 新卒社会人です。 同期の中で浮いていると感じます。 自分だけ話が盛り上がらず、トークがグダる瞬間が何度もあって辛いです。 その度に毎回「こいつコミュ障だな」と思われてると感じます。

日本語
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はなし聞き屋ジーコ
「これは大事なものだ」と言ったことでかえって壊されるなら、「あれは大事じゃないよ」と言うことで驚異から守ることは出来るかもね。でも「あなたが大事」というのは、本人にはちゃんと伝えたい。
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Skill of Life
Skill of Life@skill_of_life·
You can't trust people who lack integrity. Integrity is consistent behavior when no one is watching. If they cut corners, shift blame, or bend the truth in small things, they will do it to you in large ones. Small dishonesty is not a personality flaw. It is a preview. Cut them off.
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ぴよこ/Meta-Psychologist
人が人を排除するとき、そこに明確な悪意があるとは限りません。むしろ多くの場合、それはごく自然な判断のように行われます。「普通はこうだ」「それはおかしい」といった言葉の中に、疑われることのない前提が潜んでいます。私たちは、その前提を通して世界を見ていることに、ほとんど気づいていません。 その見えない前提は、ときに人を守る働きをします。危険を避け、秩序を保つための仕組みとして、長い時間の中で形づくられてきたものです。しかし同時に、それは誰かの現実を切り落とす力にもなります。自分の理解の枠に収まらないものを、「ないもの」として扱ってしまうからです。 誰かが苦しさを語ったとき、「気にしすぎだよ」と返すことがあります。その言葉に悪気はないかもしれません。それでも、その瞬間に起きていることは静かです。「あなたの感じている現実は、ここでは認められない」。そのメッセージは、言葉以上の重さを持って伝わります。 こうしたやりとりは、個人の関係の中だけで起きているわけではありません。制度や専門性の中でも、同じ構造が繰り返されます。手続きや基準は、本来は公平さを守るためのものです。しかし、それが硬く固定されると、目の前の人の現実よりも優先されることがあります。助けを求めた場所で、自分の経験が説明されず、理解されず、ただ処理されていく。そのとき人は、もう一度「ここには居場所がない」と感じるのかもしれません。 では、どうすればよいのでしょうか。すべての前提を疑い、すべてを壊すことは現実的ではありません。大切なのは、それが「前提である」と気づくことです。見えていなかったものに名前を与え、「これは絶対ではない」と一歩引いてみる。その小さな距離が、他者の現実に触れる余白を生みます。 回復もまた、似たところから始まります。誰かに認めてもらうことを待つのではなく、「自分が感じていることは確かにある」と、自分の内側で確かめること。その感覚はとても小さく、頼りないものかもしれません。それでも、それが失われていなければ、人は完全には失われていないのだと思います。 排除とは、「あなたの現実は存在しない」と繰り返されることです。 そして回復とは、「あなたの現実は存在する」と届くことです。 この二つのあいだにあるものは、とても静かで、けれど確かな分かれ道です。どちらの言葉を手渡すのか。その選択は、特別な誰かではなく、日常の中にいる一人ひとりに委ねられているのかもしれません。
ぴよこ/Meta-Psychologist tweet media
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Massimo
Massimo@Rainmaker1973·
Chinese street food
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プロ奢ラレヤー🍣
プロ奢ラレヤー🍣@taichinakaj·
ひとの目を気にしすぎる人、マジで「愛されて育ってない」んだよな。皆んなが私を見ている...という世界観に依存している。本当は私なんて殆ど誰も注目してないのだけど、その事実を受け入れるには「この人だけは、私を見てくれている」という実感が必要なんよね。それがない。だから視線を捏造する。 8000人に奢られた経験からいうと、愛されてきた人ほど「他人は他人でしょ」と思っている。 だからひとの視線を変に気にすることはないし、自分のことは自分で決めるし、それを他人に口出しされても気にしない。気にならない。だからこそ、柔軟にひとの話もきける。言われたくないこと、つまりタブーがないから。
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カエル先生・高橋宏和
「BBQはゲストのためのものだ。ホストの俺たちは少ししか食べない」とも言われて、それって愛じゃん、って思った。 ゲストのために走り回って食材を手に入れて準備するから日本では豪華な食事を「ご馳走」っていう。 ホストのために朝から火を起こして肉を焼くBBQはまさに「ご馳走」。 BBQ is love.
カエル先生・高橋宏和@hirokatz

現地のアメリカンから「あんなすげえBBQやるのは年に数回だよ。高いし」という貴重な情報を得た。 そりゃそうか。

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Nick Ford
Nick Ford@Ford_Nick·
Perfect or overcooked?
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أكتشف اسطنبول 🇹🇷
رحنا مطعم مختص الأكلات مطبخ في تركيا وطلبنا هذا السينية لشخصين برأيكم لكم شخص يكفي هذا ؟👇
العربية
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はなし聞き屋ジーコ
人と会わなくてもいい期間を作るために、「会い溜め」してる。僕の魂をみんなの中に生かしておいて、体は違う場所にいてもいいように。
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プロ奢ラレヤー🍣
プロ奢ラレヤー🍣@taichinakaj·
運をよくするには「ひとに会い続ける」のがマジで大事なんよね。サボると、だんだん暮らしがどんよりしてくるから注意やな〜〜〜。
吉田@Yoshidadadada4

4/15 「運をよくするコツは、『視野』と『存在感』をブーストすること。」|プロ奢ラレヤー🍣 @taichinakaj pro-ogo.com/n/nbd5625581be… 新しい人に会い続けると視野って広がるよね★

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ぴよこ/Meta-Psychologist
「あなたの現実は存在しない」 これが排除の正体です。 なぜ人は、助けを求めた人をさらに傷つけてしまうのか。 その構造を言語化しました。
ぴよこ/Meta-Psychologist@xhiyoco

人が人を排除するとき、そこに明確な悪意があるとは限りません。むしろ多くの場合、それはごく自然な判断のように行われます。「普通はこうだ」「それはおかしい」といった言葉の中に、疑われることのない前提が潜んでいます。私たちは、その前提を通して世界を見ていることに、ほとんど気づいていません。 その見えない前提は、ときに人を守る働きをします。危険を避け、秩序を保つための仕組みとして、長い時間の中で形づくられてきたものです。しかし同時に、それは誰かの現実を切り落とす力にもなります。自分の理解の枠に収まらないものを、「ないもの」として扱ってしまうからです。 誰かが苦しさを語ったとき、「気にしすぎだよ」と返すことがあります。その言葉に悪気はないかもしれません。それでも、その瞬間に起きていることは静かです。「あなたの感じている現実は、ここでは認められない」。そのメッセージは、言葉以上の重さを持って伝わります。 こうしたやりとりは、個人の関係の中だけで起きているわけではありません。制度や専門性の中でも、同じ構造が繰り返されます。手続きや基準は、本来は公平さを守るためのものです。しかし、それが硬く固定されると、目の前の人の現実よりも優先されることがあります。助けを求めた場所で、自分の経験が説明されず、理解されず、ただ処理されていく。そのとき人は、もう一度「ここには居場所がない」と感じるのかもしれません。 では、どうすればよいのでしょうか。すべての前提を疑い、すべてを壊すことは現実的ではありません。大切なのは、それが「前提である」と気づくことです。見えていなかったものに名前を与え、「これは絶対ではない」と一歩引いてみる。その小さな距離が、他者の現実に触れる余白を生みます。 回復もまた、似たところから始まります。誰かに認めてもらうことを待つのではなく、「自分が感じていることは確かにある」と、自分の内側で確かめること。その感覚はとても小さく、頼りないものかもしれません。それでも、それが失われていなければ、人は完全には失われていないのだと思います。 排除とは、「あなたの現実は存在しない」と繰り返されることです。 そして回復とは、「あなたの現実は存在する」と届くことです。 この二つのあいだにあるものは、とても静かで、けれど確かな分かれ道です。どちらの言葉を手渡すのか。その選択は、特別な誰かではなく、日常の中にいる一人ひとりに委ねられているのかもしれません。

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ほとんど、どんな出来事でも、本人が「成功」と言う自由も、「失敗」と言う自由もあると思う。 でも、「赤ちゃんが産まれた」ということに関しては、みんなで「大成功」と言って喜べる社会にしたい。
日本語
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