かっちゃん
30 posts


学生時代の友達と武蔵小杉で待ち合わせしてランチ。 相手はノンケだけど卒業して20年経つのに独り身の自分をいつも気にかけてくれる。 こういう友達を宝物っていうんだろうなー。





ボクの学生時代のリアル体験談、最終話(第12話)です✍️ 物語を読んでくださり、ありがとうございました😉 ついに完結です🙇 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、固定ポスト、タイムラインからも読めます👍 ↓↓↓ 【第12話(最終話)27枚目のフィルム】 今朝、熊本の民宿をあとにしたのは、まだ朝の冷気が色濃く残る時間だった。 隣を歩く豪(ゴウ)は、「よく寝たわ」と屈託のないあくびをしていた。 その無防備な横顔を見るのも、もう数えるほどしかないのだと思いながら、駅までの道を歩いた。 そして今、ボクたちは熊本駅から乗り込んだ特急「あそ」の車内にいる。 窓の外を飛ぶように過ぎていくのは、九州の穏やかな山々の稜線と、淡く色づき始めたのどかな田園風景だった。 長旅の疲れと、列車の単調で心地よい揺れ。 そして車内に差し込む、早春の暖かな日差し。 “自分のために、彼から離れる” 昨夜、下した重い決断から逃げ込むように、 ボクはMDプレーヤーのイヤホンを耳に押し込んだまま、気づけば深い眠りに落ちていた。 列車のブレーキが軋む、わずかな衝撃でふと目を覚ますと、すぐ目の前に少しムスッとした豪の顔があった。 「岳(タケ)、ずっとそれつけて寝てるけどさ……」 ボクを覗き込むその顔には、いつもの余裕がない。 どこか自信なげで、寂しそうな色が浮かんでいた。 「もしかして、ずっと列車乗ってんの、退屈だった? 俺の趣味に付き合わせて、つまらなかった?」 豪の言葉に、ボクは一瞬言葉を失った。 違う。退屈なわけがない。 ただ、この夢のような旅行が今日で終わってしまう寂しさと、 彼との近すぎる距離の中で、どう振る舞えばいいのか分からなくなって、逃げ込んでいただけだ。 自分が組んだ過酷な行程のせいで、彼は彼なりに、不器用な責任を感じていたのだろう。 「ち、違うよ!そんなことない。 ただ……列車の揺れが心地よくて、つい寝ちゃっただけで。 ……ごめん」 必死に首を横に振って弁解する。 「……そっか」 豪はまだ何か他の疑いを持ったような顔をしつつも、 ほんの少しだけホッとしたように目尻を下げ、大きな身体を座席に預けた。 「せっかくこんなにいい景色なんだから、寝てたらもったいないぞ。 ほら、外見ろよ」 促されて窓の外に目をやると、雄大な山肌に沿って、早咲きの桜が淡い薄紅色を広げていた。 今年、初めて見る桜だった。 春の訪れを告げるその優しい色は、旅の終わりを鮮やかに彩っているように見えた。 「もう春だよな。岳はさ、社会人になったら、何かやりたいことあるの?」 流れる景色を眺めたまま、豪がぽつりと尋ねる。 「そうだなぁ……行きたかった旅行業界には就職できなかったから、 まずは配属された先で目の前の仕事を頑張ろうかなって思うよ」 「でも、旅行会社でホントは何がしたかったのさ?」 豪はさらに、ボクの心の奥を静かにノックする。 「昔から、ノートに架空の旅の行程表をいっぱい書いてたって話、したよね?」 「ああ、八ヶ岳の夜に言ってたな」 「企画の仕事を夢見てたんだ。 自分が考えた行程でツアーを組んで、こんな素敵な場所があるんだよって、たくさんの人に届けてみたくて」 「そっか。……なんか、それすごく岳らしいな」 豪は感心したように頷き、ふっと柔らかく笑った。 「いつか夢が叶ったら、岳が仕事しているときに、俺が客として乗ってやるよ」 叶うはずのない未来の約束。 ボクはただ、滲む景色を見つめながら、小さく頷くことしかできなかった。 あっという間に時間は流れ、乗り継いだ列車は本州へと渡る関門トンネルへと差し掛かった。 窓ガラスが並んで座る二人の姿を映し出す。 このまま時間が止まればいいと願った九州の景色も、非情なほど滑らかに後ろへと流れ去っていく。 山陽新幹線に乗り換えてからは、深い緑は次第に薄れ、コンクリートの灰色が増えていった。 整えられた街並み。 初日に聞いていた波の音が、遠い記憶みたいに薄れていく。 ボクの不自然な雰囲気に、豪は明らかに何かがおかしいと感じていたのだろう。 東京が近づくにつれ、雑誌を意味もなくパラパラとめくったり、座り直したりと、落ち着かない様子だった。 「岳、お茶、冷たいのと温かいのどっちがいい?」 普段は大雑把な彼が、 ボクの顔色をうかがうように何度も視線を向けてくる。 優しくしないでほしかった。決心が、鈍ってしまうから。 「……どっちでもいいよ」 そう答えると、豪は一瞬だけ何か言いかけて、 結局何も言わずにペットボトルを手に渡してくれた。その沈黙が、妙に長く感じられた。 「あっ、ごめん……ちょっと帰りたくないなって、黄昏れてただけ」 慌てて無理に作った笑顔でごまかすと、 豪は「そっか」と短く呟き、 どこか納得のいかないような顔で、再び窓の外へ視線を戻した。 列車は静岡の茶畑を抜け、富士山が見える区間へと差し掛かる。 カバンから取り出した使い捨てカメラを何気なく見ると、カウンターの数字が目に入った。 「……あと1枚か」 道中で撮った26枚の記憶を思い返していると、ふと隣から、ひょいと豪が顔を出す。 「あ、ほんとだ。最後の一枚じゃん」 「じゃあ、ここで使い切っちゃおうか」 そう言いながらカメラを差し出すと、 豪は受け取ったまま、少しだけ考えるような素振りをした。 「いや……これは取っておこうぜ」 「えっ?でも、もう現像に出すんだし……」 「いいの。まだ撮らない」 豪は少し悪戯っぽく笑うと、カメラを自分のバッグにしまってしまった。 その仕草は、どこか子どもみたいで、でも妙に強くて、何も言い返せなかった。 やがて列車は、魔法が解ける時間を告げるように、終着の東京駅へと滑り込んだ。 ドアが開き、冷たく乾燥した都会の空気が、一気に車内へ流れ込んでくる。 スーツ姿の大人たち、無機質なアナウンス、 せわしなく行き交う人々の足音。 「着いちゃったな」 豪がお土産の紙袋を持ち直す。現実は容赦なくボクたちを日常へと引き戻した。 「うん。あっという間だったね。」 新幹線の乗換改札を抜けたコンコースで、ボクは意を決して聞いた。 「ボクは地下鉄で帰るから、丸の内口に行くよ。豪は中央線でしょ?」 しかし、豪は首を振って、ボクと同じ丸の内側の出口へと歩き出した。 「いや、改札の外まで送っていくよ。 久しぶりに東京駅の駅舎も見たいし。」 そう言って、一緒に丸の内口の重厚な扉から外へ出た。 目の前に広がるのは、ライトアップされた赤レンガの丸の内駅舎と、その向こうにそびえる高層ビル群。 絶え間なく行き交う人々の波と、皇居へと続く大通りを走る車のヘッドライトが、ここが東京なのだと容赦なく突きつけてくる。 地下鉄の入り口へと続く広場の手前で、ボクたちは足を止めた。 ここで、本当にお別れだ。 駅舎のオレンジ色の光を背にして、ボクは心を固く結び直し、彼の方に向き直った。 「それじゃあ、気をつけて帰ってね。 旅行、すっごく楽しかった。……ありがとう」 きれいに終わらせるための、完璧なセリフだったはずだ。 「おお。……またな」 豪も短く答え、片手を上げた。 しかし、彼は背を向けなかった。 「……豪?」 不思議に思って名前を呼ぶと、豪はふっと顔を上げた。 まるで迷子のような、切実な瞳でボクを真っ直ぐに見つめた。 「……なんかさ」 豪の声は、背後を行き交う都会の車の音や、人々の足音にかき消されそうなほど小さく低かったけれど、ボクの耳には鮮明に届いた。 「俺、自分でもうまく言えねぇんだけどさ。 今日一日中、岳が遠くにいるみたいで、気になってた」 「…えっ。 遠くって……ボクはずっと隣にいたじゃん」 笑って誤魔化そうとしたボクの言葉を、 豪は真剣な顔をして首を振って遮った。 「そうじゃなくて、岳のことだからさ…… また一人で勝手に色々抱え込んで、 社会人になるのを理由にして、色んなことから離れようとしてるんじゃないかって…… なんとなく、そんな気してさ」 波風を立てずに静かに離れようとしていたボクの逃げ道を、その真っ直ぐな瞳が完全に塞いでくる。 ビル群の冷たい夜景が、豪の大きなシルエットを縁取っている。 豪はさらに言葉を絞り出すように、ボクへと一歩近づいた。 「ここで『じゃあな』って別れたら、 明日からもう、俺と連絡をしないつもりなわけ?」 心臓が、ドクンと大きく波打った。 「花火の夜も、八ヶ岳の夜も、バイトの時も…… 俺、楽しかったんだよ。 だから今回の旅行だって誘われたとき、一緒に行こうって思ったんだ」 豪は誤魔化すことなく、 ボクの目を真っ直ぐに捉えたまま言った。 「卒業してお互い別々の社会人になっても、 これからもいつものように一緒に飯食ったり、たまには出掛けたりしようよ。 ……勝手にいなくなんなよ」 ボクのぎゅっと握りしめていた決意が、指の隙間からこぼれていく。 それは、甘い愛の告白なんかじゃない。 一人の「親友」に対する、 ひどく不器用で、どうしようもなく真っ直ぐな引き留めだった。 そう言って、豪は自分のバッグから、あの使い捨てカメラを取り出した。 彼の大きく分厚い掌の中で、それはおもちゃのように小さく見える。 「これ、まだ1枚残ってるだろ」 「……カメラ?」 「最後の一枚はさ、次に会ったときに撮ろう!」 視線を外したまま、ぶっきらぼうに言う。 「飯食ったときでもいいし、どっか出かけたときでもいいし」 ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。 「だからさ。また、遊ぼうよ」 その一言で、ボクの中で何かがほどける音がした。 もし昨晩見たドラマのように、いまここで、 あの腕の中に飛び込めたら、どんなに幸せだろうか。 でも、もうそんな「もしも」を嘆くのはやめよう。 彼は数え切れないほどの友人たちのなかで、 ボクという存在を選んで引き留めてくれた。 その事実が、今のボクにとって何よりの救いだった。 決して交わることのない平行線だとしても。 彼の近くにいる”特別な友達”としてなら、この先もずっと、同じ景色を見ていける。 こみ上げてくる熱いものを必死にこらえながら、 丸の内駅舎の温かな光に包まれて、 ボクは今度こそ、心の底からの笑顔を向けた。 「……うん」 少しだけ息を整えてから、そのまま言葉を続ける。 「また、遊ぼうよ」 その返事を聞いて、豪はパッと顔を輝かせ、太陽みたいな屈託のない笑顔を見せた。 「おう! じゃあとりあえず、 明日、俺が連んでた大学のやつらとまた八ヶ岳に行くから、岳も集合な!」 「えっ、ちょっと、そんな急に?」 「どうせ、暇してんだろ!」 呆れながらも笑い合う二人の声が、夜の広場に吸い込まれていく。 行き交うたくさんの人のなかで、二人の笑い声だけが、少しだけ長く残った気がした。 「……なんか、変な感じだな」 豪が、駅舎の方を見たままぽつりと呟く。 「さっきまで九州にいたのに、もう東京だもんな」 「ほんとだね。あっという間だった」 ボクはそう答えながら、 隣に立つ彼との距離を、そっと確かめる。 もう少しで、今回の旅は終わる。 「岳さ」 「ん?」 呼ばれて顔を向けると、 豪は少しだけ言葉を探すように視線を泳がせたあと、肩をすくめて笑った。 「……いや、やっぱなんでもないわ」 「なにそれ」 思わず笑うと、豪もつられるようにまた笑った。 その何気ないやり取りが、どうしようもなく愛おしい。 同じ場所に立っているのに、これから向かう先はそれぞれの道が続いていくのだろう。 「じゃあ、行くか」 豪が、少しだけ間を置いて言った。 「ああ、うん」 どちらからともなく、小さく頷く。 踏み出そうとしたその瞬間、 「着いたらまた後で連絡して」 「うん。わかった」 短い言葉。 それだけで、十分だった。 ボクはそのまま地下鉄への階段を下りていく。 ボクの決して言葉にできない学生時代の片想いは、 こうして静かに、温かく終わりを告げた。 どんなに願っても叶わない恋がある。 でも、大事なのは“叶わなかった恋だけが、必ずしも不幸なこととは限らない”ということ。 優しい光でライトアップされた赤レンガの駅舎が、春の夜空の下で静かに息づいていた。 -fin-


















引き続き、日記の文章化(第3話)です✍️ (画像はAIによるイメージです😅) コメントで感想を教えてもらえると喜びますw ⭐️第1話 x.com/tak5894/status… ⭐️第2話 x.com/tak5894/status… 【第3話 夜明け前の余白】 並んで歩いていたはずなのに、気づけば豪(ゴウ)は立ち止まっていた。 「岳(タケ)クンさ。俺には気を使わなくていいよ」 彼はボクの反応を待つわけでもなく、夜風を味わうように、少しだけ歩調を緩めた。 「え……どうしたの、急に?」 不意を突かれた言葉だった。 「いや、今日一日見てて思ったんだ。岳クン、ずっと周りに気を回してたでしょ」 そんなふうに、面と向かって言われたのは初めてだった。 ボクは反射的に「そんなことないよ」と笑おうとしたけれど、言葉が喉につかえて、うまく返せなかった。 自分でも、無意識のうちに目を逸らし続けてきた領域だった。 ── 親戚のなかでも末っ子の自分は、確かに人の顔色をうかがって育ってきたのかもしれない。 相手が何を求めているのか。どんな返事をすれば、この場が丸く収まるのか。 言われる前に察して、先回りして、波風が立たないように自分を削る。 そうすれば、誰かを不快にさせることもなく、自分が傷つくこともない。 だからそれは「気遣い」や「優しさ」なんかじゃなくて、ただの臆病さの裏返しだった。 拒まれるのが怖くて、嫌われる前に自分の輪郭を薄くする。 それが、ボクにとっての当たり前だった。 ── そんな臆病さを、豪は責めるでもなく、正すこともなく、ただ「自分には必要ない」とだけ告げた。 ボクよりも、ボクのことを見ている人がいると錯覚するくらい、その事実に、心の底がかすかに揺れた。 「……うん。ありがとう」 絞り出すようなボクの返事に、豪はそれ以上踏み込むことなく、 「行こっか」とでも言うように、また歩き出した。 部屋に戻ると、先ほどと変わらない賑やかな声が溢れていた。 買い出しに出ていた数分間のことなど、誰も気に留めていないようで、笑い声と缶の開く音が交錯する。 豪を半歩後ろから追いかけた、あの夜道。 街灯の下で交わされた、二人だけの沈黙。 部屋の騒がしさの向こう側で、その記憶だけが、熱を帯びたまま淡く光っていた。 ボクも豪も、何事もなかったかのような顔で輪に戻る。 それができてしまう自分が、少しだけ寂しくて、同時に、自分たちだけの秘密が増えたようで嬉しかった。 夜が更けるにつれ、一人、また一人と睡魔に負けて脱落していく。 床に雑魚寝する者、椅子にもたれて寝息を立てる者。 自分も限界を感じ、空いている壁際に横になって目を閉じた。 外からは、新聞配達のバイクの音が、かすかに聞こえる。 豪はまだ起きているらしく、別の友人と声を潜めて笑っていた。 眠ってしまうのが、もったいなかった。 この熱を帯びた夜が終わってしまえば、また元の立ち位置に戻ってしまう気がして。 眠っているふりをしながら、意識の糸を豪の声だけに繋ぎ止める。 深夜特有の、少しだけ理性が緩む空気。 やがて話し声が途切れ、テレビの微かなノイズだけが部屋に残った、そのとき。 「岳クンってさ」 不意に、豪の声が耳に触れた。 すぐ近くで、誰かに話しかけるというより、思わずこぼれた独り言のような低さで。 「なんか……可愛いよね」 心臓が、鋭い痛みを伴って跳ねた。 目を開けてはいけない、と本能が告げていた。 豪がどんな顔で、誰に向かってそれを言ったのか。 庇護欲なのか、単なる興味なのか。分からない。 ただ、はっきりしていたのは、それが恋愛感情としての言葉ではない、ということ。 自分に向けられる感情が、特別であるはずがない。 ここで起き上がってしまえば、その一言は冗談に変わってしまう。 だから呼吸を整え、瞼を閉じたまま、深く沈んでいくふりを続けた。 その言葉だけを、心の一番深い場所に、そっとしまい込んで。 目が覚めると、カーテンの隙間から夏の容赦ない朝日が差し込んでいた。 夜の湿り気は消え、部屋には生活の匂いと、気だるい朝の空気が漂っている。 友人たちが一人、また一人と起き上がり、帰り支度を始める。 洗面所で顔を洗っていた豪が、タオルで髪を拭いている。 昨夜の出来事が夢だったのではないかと、確かめるように何度も瞬きをした。 帰り際、玄関で靴を履きながら、数人のなかで一瞬だけ豪と視線が合う。 「気をつけてね」も、「また学校で」もない。 ただ、まっすぐに視線を交わすだけ。 大勢の中では見せない、二人だけの約束のような静けさ。 それだけで、十分だった。 帰りの小田急線。 窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら、昨日の出来事を反芻する。 大輪の花火。 オレンジ色の夜道。 豪の広い背中。 「気を使わなくていいよ」という、殻を割るような言葉。 そして、暗闇の中で聞いた、あのささやき。 胸の奥に残る熱が、どうしても冷めない。 自分の本心に気づかないふりをして、やり過ごせていれば楽だった。 自分は「普通」で、「みんなと同じ」だと嘘をつき続けていれば、こんな思いを抱くこともなかったはずなのに。 電車が駅に停まり、ドアが開く。 新しい空気が流れ込み、心を揺らす。 大学生活の終わりが、少しずつ輪郭を持ちはじめた。 ボクはまだ、立ち止まったままだった。 時間は何事もなかったように進んでいく。 けれど、残った記憶だけは、消えないままで、季節は、あの日を置き去りにするように、音もなく秋へと傾いていった。 ―続く―


前回の投稿に反響をいただき、ありがとうございます!🙂 学生生活の終わり、あの日から始まったボクと豪の物語… 引き続き、日記の文章化(第2話)です✍️ ⭐️第1話はこちら⭐️ x.com/tak5894/status… 【第2話 沈黙が追いつく距離】 向ヶ丘遊園駅から少し歩いた住宅街の一角に、豪(ゴウ)の部屋はあった。 外観は、いかにも学生向けのワンルーム。良くも悪くも、飾り気はない。 終電を逃した数人だけがその部屋に集まり、床に座ったり、ベッドに腰掛けたりしながら、まだ夜の続きを名残惜しむように酒を飲んでいた。 大きなテレビも、流行りのインテリアもない。 代わりにボクの目を引いたのは、棚に整然と並ぶ精巧な列車の模型と、壁に貼られた数枚の鉄道ポスターだった。 「豪くんって、電車が好きなんだね」 女子の一人が無邪気にそう尋ねると、豪は少し照れたように頭をかいた。 アルコールのせいか、日に焼けた頬がいつもより赤い。 「実家にはもっとあるんだけどさ。 さすがにここには置ききれなくて。気に入ってるやつだけ連れてきたんだ」 その言い方は、まるで長年連れ添った相棒を語るようで、どこか幼さを残していた。 あっ、そうなんだ。 胸の奥で、小さな火が灯ったような感覚があった。 ── 自分も、旅が好きだった。 いや、「好きだった」というより、そこに逃げ場を作ってきた、と言った方が近いかもしれない。 中学生の頃、周囲がゲームや部活に熱中する中、ボクは小遣いを貯めては分厚い列車の時刻表を買っていた。 ページをめくるたびに、聞いたこともない地名と分単位で刻まれた数字が果てしなく並んでいる。 それだけで遠くへ連れて行ってくれる気がした。 週末の夜、家族が寝静まったあとの静寂の中で、机に向かってノートを広げる。 どの駅で乗り換え、どの特急に揺られれば、憧れの街へ辿り着けるのか。 中学生では現実には行けない旅を、朝方まで一人で何度もなぞっていた。 それでも、「いつかこんな行程で旅をしてみたい」と、夢の中だけは自由だった。 ── 豪も、この模型を見つめながら、まだ見ぬ線路の先に思いを馳せてきたのだろうか。 そんなことを考えるだけで、心が少しだけあたたかくなる。 共通の話題がある、というだけで、思いがけない場所で足元がつながった気がした。 「あ、お酒なくなったね。誰か買いに行く?」 誰かが空の缶を振りながら言った。 自然と視線が交わる中で、ボクは反射的に手を挙げた。 まだ慣れていないお酒と、賑やかな空気の中に居続けることに、少しだけ疲れを感じ始めていたからだ。 一人になって、夜風に当たりたかった。 少しでも役に立てるなら、と言い聞かせたけど、本心はその方が楽だった。 「じゃあ、俺が行くよ」 そう言った直後に、ある重大なことに気づく。 コンビニ、どこだっけ。 この辺りの地理はまったく分からない。 言い出した手前、今さら取り消すのも気まずくて、どうしたものかと立ち尽くしていると。 「俺も一緒に行くよ」 豪が、ごく自然な動作で立ち上がった。 あまりにも自然な、当たり前の調子で。 その一言が、夜の静けさに染み込んでいく。 ただの買い出し。それだけなのに気持ちが、わずかに跳ねた。 玄関のドアを開けると、夏の夜の空気が一気に流れ込んでくる。 アスファルトが残した昼間の熱と、どこか遠くを走る車の音。 夜の住宅街の静けさに、さっきまでの賑やかな部屋の喧騒が嘘のように溶けていく。 「こっちだよ、コンビニ。」 豪が先を歩き出す。ボクはその背中を、半歩後ろから追いかけた。 自分の足音だけがやけに大きく響く。 大学では毎日のように見かけている背中なのに、こうして二人きりで歩くのは初めてだった。 別に特別な状況じゃない。ただ酒を買いに行くだけ。 そう言い聞かせても、隣を歩く豪の体温や、時折触れそうになる肩の距離に、意識が引き寄せられてしまう。 横に並ぶと、改めてその体格の差を突きつけられる。 自分より高い身長に、二回りほど分厚い胸板と、歩くたびにTシャツの袖を押し上げる逞しい二の腕。 そこから漂う、男特有の熱を帯びた匂いが、いつもの「熊みたいな」輪郭をより強く浮かび上がらせていた。 「花火、天気が良くてよかったね」 そんな、当たり障りのない言葉しか出てこない。 何か話さなきゃ、と思うほど、言葉が見つからない。 豪のまわりの明るい友人たちのように、場を盛り上げる面白い話題のひとつもない。 やはり、買い出しに行くなんて言わなければよかったかもしれない。そんな後悔が胸をかすめた。 やがてコンビニに着いて、みんなに言われた酒とお菓子を買い込み、店を出る。 「岳(タケ)クン、さっきさ」 帰り道に、不意に豪が横顔を向けた。 「花火、あんまり楽しめてなかっただろ?」 心臓が、鋭い音を立てて跳ねた。 気づかれていた。 その事実への驚きと同時に、自分を見ていてくれたのではないか、という淡い期待が胸をよぎる。 「え……いや……。楽しくなかったわけじゃないんだけど」 ボクは視線を泳がせ、曖昧に言葉を繋いだ。 「ただ、こんなに他校の女子とか、人が集まると思ってなくて。ちょっと圧倒されちゃって」 嘘ではない。 でも、それだけでもなかった。 豪は「そっか」と短く応じると、歩く速度をほんの少し落とした。 それがボクに合わせるための配慮なのか、ただの気まぐれなのかは分からない。 けれど、その微かな変化が、ボクの緊張を少しずつ解いていく。 「俺もさ、」 意外そうな声で、豪が続ける。 「ああいう大人数で行動するの、実はそんなに得意じゃないんだ」 ボクは思わず足を止めて、彼の顔を少しだけ覗き込む。 「え、でも……豪はいつもみんなの中心にいて、楽しそうに見えるけど」 飲み込もうとした言葉が、自然に出てしまう。 「慣れただけだよ。東京に来て、そう振る舞うのに慣らされただけ。 嫌いじゃないけど、得意なわけでもない。」 そう言って、豪は街灯の下で、少しだけ照れたように笑った。 その表情は、花火の光に照らされていた時よりも、ずっと柔らかく、ずっと近くにあるように感じられる。 ああ、そうか。この人も、演じている部分があるのかもしれない。 “普通”の輪の中で、異性や友達に振る舞いながら。 「岳クンはさ、ああいう場所だと、無理してるのがすぐ分かるね」 「……そんなに分かりやすい?」 「うん。割と顔に出てる」 即答されて、思わずお互い、苦笑いがこぼれる。 沈黙が落ちる。 けれど、それは先程のような、やり過ごさなければならない気まずい時間ではなく、 お互いの本音を少しだけ分け合ったあとの、心地よい静寂。 深夜の住宅街を照らす街灯のオレンジ色が、二人の影を長く引き延ばしていた。 もうすぐ、あの賑やかな部屋に戻る。 そう思うと、この何でもない夜道が、永遠に続いてほしいような、そんな切ない場所に思えてきた。 「岳クンさ、」 豪が、袋の中で缶がぶつかる音をさせながら、ふっと思い出したように言った。 ー続くー


年末年始に実家に帰省した際、学生時代に手帳へ書いていた日記が出てきて、懐かしく読み返しました。 そこから、ふと当時のことを文章にしてみたくなり、書いてみました✍️ ノンフィクションなので、心の中を覗かれるような感覚ですが、良かったら読んでください👍 反応次第で続き載せますw ↓↓ 【序章】 「一緒に九州の列車、乗りに行こうよ。」 それは、何気ない会話の流れの中で、ふとこぼれ落ちた一言だった。 深く考え抜いて口にした言葉でも、劇的な決意を込めた誘いでもない。 けれど、その瞬間の空気の揺らぎだけは、今でもはっきりと覚えている。 その一言が、あの卒業旅行の、すべての始まりだった。 豪(ゴウ)は、いつもの落ち着いた表情のまま 「いいよ」 と短く答えただけだったけれど、 その小さな頷きは、ボクにとって想像以上に大きな出来事だった。 この誘いは、ボクにとって単なる「卒業旅行」ではなかった。 大学生活の締めくくり、という言葉では片づけられない、 言葉にできない何かを含んでいた。 そして、ボクたちの関係が、のちに思いもよらない形になるなんて。 あの頃のボクは、想像することさえしていなかった。 ⸻ 【第1話 普通の人間】 同じ大学に通っていても、 ずっと近くで過ごしていたわけじゃない。 入学したばかりの頃、ゼミの説明会で見かけた豪は、 「熊みたいに大きな男がいるな」 それくらいの印象だった。 ボクは細身で中性的、どちらかと言えば物静かで、目立たないタイプ。 豪のようにスポーツができて、 自然と人が集まる男とは、住んでいる世界が違う。 最初から、そう思っていた。 お互いに存在を認識してはいたはずだけど、 連んでいる友人グループも違っていて、 豪の周りはいつも明るく、垢抜けた人たちで溢れていた。 その輪の中に、自分が自然に混じれる未来なんて、想像すらできなかった。 だからボクは、自分なりの距離感を守りながら、学生生活を送っていた。 ── 恋愛のことだって、ずっと曖昧だった。 高校三年のクリスマス。 友達の悪ノリで、放課後に 「それぞれ好きな女の子を別の場所に呼び出して告白する」 というイベントがあった。 断りきれずに参加したものの、 ボクには“好きな女子”が、そもそもいなかった。 周囲が落ち着かない様子でいる中、 ひとりだけ心が無痛で。 「自分はまだ、人を好きになる感情を知らないだけだ」 そう無理やり自分に言い聞かせて、 クラスのマドンナ的存在の子に告白した。 結果は当然、うまくいかなかった。 それなのに胸はまったく痛まなかった。 むしろ、どこか安心している自分がいた。 今思えば、あの時すでに、どこかで気づいていたのかもしれない。 自分は「みんなと同じ」ではない、ということを。 ── そんな自分が、豪ときちんと会話を交わした記憶が、 はっきりと残っているのは、大学最後の年の初夏だった。 豪のグループと親しい女子たちが、 「今度、隅田川の花火に行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」 と声をかけてきた。 なぜボクに声がかかったのかは分からない。 あとから聞けば、豪たちにも同時に声をかけていたらしい。 いつもとは違う、妙な組み合わせの花火見物。 女の子と遊ぶことなど、ほとんど経験がなく、最初は断るつもりだった。 そもそも地味で目立たない自分に、釣り合う人たちじゃない。 そんなふうに考えて、いつものボクなら断っていただろう。 けれど、その時だけは、何かを変えるきっかけになればいいと思い、 参加することにした。 花火当日。 学校の女子たちは、他校の友人まで誘っていて、輪はさらに広がっていた。 浴衣姿で集まった彼女たちに、 男子たちは分かりやすいほど浮き足立っていた。 ボクはといえば、帯を締め、裾を整えるのも大変そうだな、 そんな場違いな感想ばかりが頭をよぎっていた。 男子たちは、誰がタイプだとか、どの子が可愛いだとか盛り上がり、 当然のように豪もその輪の中にいた。 豪は、“普通の男”だ。 女子に囲まれていても気負うことなく、 名前を呼ばれれば自然に振り向き、当たり前のように笑って応じる。 それが特別なことだとも、思っていないようだった。 その様子を見ていると、胸の奥に小さなざらつきが残った。 それは、みんなが前へ進んでいる横で、 自分だけが立ち止まっているような感覚。 “人の数だけ普通がある” それは時に、誰かにとっては簡単で、別の誰かにとっては、残酷だった。 「岳(タケ)クン、どう? 楽しんでる?」 不意に豪が声をかけてきて、思考が途切れた。 気遣いなのか、それともよほど居心地の悪そうな顔をしていたのか。 どちらにしても、もっとあっけらかんとした性格だと思っていた豪の、 その優しさに一瞬、戸惑いを隠せなかった。 正直、楽しめているのかは、自分でも分からない。 やがて花火が打ち上がり、人の熱を含んだ夜が訪れる。 地元の街で上がる小さな花火とは、比べものにならない規模。 東京はこんなにも人が多いのかと、人並みに呑まれながら圧倒されていた。 巨大な音と、夜空に咲く光の花。 その度に一瞬だけ照らされる豪の姿に、どうしても目が引き寄せられた。 人の波の向こう。 屋形船の灯りに照らされる川面。 浴衣の裾を気にしながら歩く女子と気さくに話す豪。 きっと、こういう時間に慣れているのだろう。 夏の暑さのせいで汗ばむ視線の先には、 野球で鍛えたという太い腕と下半身、 友達との賭けに負けて坊主にした頭、 男臭い顔つきに夕方には濃くなる無精髭、 どれも自分には縁のない遠い世界のものだった。 壮大な花火に照らされたその横顔を、ボクは何度も盗み見ていた。 大学の中では、気づかないふりをしていた気持ち。 近づいてはいけないと、無意識に距離を置いていた相手。 その豪と、こうして同じ場所で、同じ夜風を感じている。 まさか、こんな日が来るなんて。 そして、花火のあと、みんなで食事をしているうちに、 終電を逃した数人が、豪の家に泊まる話になった。 豪は一人暮らしで、周囲はそれを当たり前のように話していた。 たぶん、それがいつもの流れなのだろう。 ボクには終電があったし、今日のメンバーと、まだそこまで親しいわけでもない。 そろそろ帰ろうと思った、そのとき。 「岳クンも、泊まっていけばいいじゃん」 無邪気な笑顔で放たれた豪のその一言に、不意に意表を突かれた。 深い意味なんてないことは、分かっていたはずなのに。 それでも、この一日のあいだに、ボクの中で曖昧だった“何か”が、 静かに形を持ち始めていた。 その瞬間、何かを考える理由を探す前に、 ボクはもう頷いていた。 ー続くー










