かっちゃん

30 posts

かっちゃん

かっちゃん

@sadao39

162×80 パン屋さん巡り好き、劇団四季好き

Katılım Şubat 2022
861 Takip Edilen16 Takipçiler
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 豪くん、結婚してお子さんもいるんですね。 自分が高校生の時、好きだった人の結婚式に出席した時の事、思い出しました。 岳さんは、その後も豪くんと素敵な関係を続いているのは、お二人のお人柄だと思います!
日本語
1
0
1
30
岳(take)
岳(take)@tak5894·
あの物語の続きを少しだけ… あっ、13話から99話までは執筆していません😅 (本編は↓↓) x.com/tak5894/status… 特別編【第100話 After 25 years...】 「あっ、もしもし豪? いま、豪の実家の近くまで来てるんだ」 スマートフォンを耳に当てながら、 ボクは車の窓から外を眺めた。 高く澄み渡った初夏の空。 やわらかな陽射しと、少し湿り気を帯びた風の向こう、フロントガラスいっぱいに広がる富士山は、雪解けを終えた穏やかな姿で、あの頃のまま静かにそびえていた。 『おっ、マジで? お袋、たぶん家にいると思うから、寄ってやってよ』 耳元から聞こえる豪の声は、25年前よりもずっと渋みを増している。 けれど、ふとした瞬間に混ざる笑い声のトーンは、 学生時代から何ひとつ変わっていない。 「うん。また、おじさんにお線香あげさせてもらうね」 その言葉を口にした瞬間、 ふっと記憶のかけらが熱を帯びた。 25年前の、あの冬の夜。 煙の充満する焼肉屋の座敷で、 ボクの隣にどっかりと座ってくれた、 豪のお父さんのあの大きくて温かい背中。 『大事なのは、過去にどれだけ一緒にいたかじゃねぇ。 これから先、誰と一緒にいたいかだ』 あの日、お父さんがくれた言葉は、 ボクにとっての「お守り」になっている。 不器用で臆病だったボクの背中を、 力強く叩いてくれたあの掌の感触を、 今でもはっきりと覚えている。 あの日の言葉があったからこそ、 ボクは豪と「これから先」の途方もない時間を、 途切れることなく紡いでくることができたのだ。 たとえそれが、 あの頃に夢見た形とは違っていたとしても。 「親父も喜ぶよ。 わざわざありがとな」 少しだけ照れくさそうに鼻声になった豪の言葉に、 ボクは静かに微笑んだ。 助手席の窓を開ける。 どこか懐かしい空気が頬を撫でた。 屋根越しに見える豪の実家の佇まいは、 記憶の中のままだった。 ふと、運転席に視線を移す。 冷房の効いた車内。 ハンドルから手を離した相方がボクと目を合わせ、 何も言わずに「行っておいで」とでも言うように、 柔らかく静かにうなずいてくれた。 かつては「誰かの隣」に 自分の居場所を見つけられず、 透明人間のように息を潜めていた。 でも今は、 このさりげない優しさこそが、 自分の生きる時間であり、確かな居場所だった。 「ところでさ」 電話の向こうで、 豪が思い出したように口を開く。 「来週の日曜のことなんだけど。 子供を駅まで送ってから向かうから、予定通りお昼くらいになるかな。 武蔵小杉のいつもの店でいい?」 「うん、大丈夫。 時間もいつも通りでしょ? 前日にまた連絡するよ」 「了解。……じゃあ、お袋のこと、よろしくな」 「はーい。また来週ね」 通話を切ると、 車内に心地よい静寂が戻ってきた。 豪が結婚式を挙げた日、ボクは慣れないギターを弾き、二人で歌った。 社会の荒波にもまれてボクが前職を辞めると告げたときは、遠く離れた家まで駆けつけてくれた。 そんな出来事は一瞬で語れてしまうけれど、 そこには数え切れないほどの記憶のかけらが積み重なっている。 「さてと、ちょっと行ってくるね」 隣で微笑む相方に声をかけ、 ボクはゆっくりと車のドアを開けた。 静かにドアを閉め、 豪の実家へと続く歩道に足を踏み出す。 見上げた空の向こうで、富士山はただ黙って、 あの頃と同じようにボクたちを見守るようにそびえていた。 -fin-
岳(take)@tak5894

学生時代の友達と武蔵小杉で待ち合わせしてランチ。 相手はノンケだけど卒業して20年経つのに独り身の自分をいつも気にかけてくれる。 こういう友達を宝物っていうんだろうなー。

日本語
6
4
74
7.5K
尋(じん)
尋(じん)@jin795·
このお相撲さん柄の浴衣作ろうか悩む
尋(じん) tweet media
日本語
4
1
281
7.6K
とらお
とらお@torao24·
グッドモーニング! すっきり起きれたのでモーニング食べに近所のパン屋に
とらお tweet media
日本語
6
0
90
1.9K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 全話、毎回ドキドキしたり、学生時代の自分を重ねたりしていました。 ノンフィクションだからこその、リアル感と、岳さんの抜群の文章力で引き込まれました! 岳さんのお陰で、過去の自分を振り返るきっかけになりました。 ありがとうございました!
日本語
1
0
1
174
岳(take)
岳(take)@tak5894·
【あとがき】 正直なところ、「やっと書き終えた〜!」というのが、今の素直な本音です(笑)。 執筆のきっかけは、年末年始に実家へ帰った際、ふと学生時代の手帳(日記)を読み返したことでした。 実はその日記を開いた日のうちに、全12話の構成は一気に書き上げてしまっていたんです。 そこから年が明け、毎週末に1話ずつ掲載していけば、ちょうど実際に九州旅行へ行った「3月」に最終話の舞台を合わせられるな、という構想でした。 とはいえ、最初はただの骨組みのような下書き状態。 そのまま皆さんにお見せできるはずもなく、文字を通して当時の空気感をどう届けるか、試行錯誤の連続でした。 文章のなかで一番こだわったのは、季節の移ろいや景色を感じられる情景描写と、当時の岳の切ない感情に共感してもらえるような細やかな心理描写です。 この物語はノンフィクションであり、作中の出来事やセリフの内容はすべて、ボクの過去に実際に起きたことです。 (過去のポスト(ツイート)には、当時のことを呟いたことが何度かありました。) だからこそ、「豪の本当の心理」だけは分からない。 分からないなかで、どうやって豪という人間の魅力を文章で伝えるか、そこは一番悩んだ部分でもありました。 豪は決してただの天真爛漫なキャラクターではなく、実年齢よりずっと落ち着いた雰囲気を纏っていました。 論理的でありながら感情も豊かで、相手を思いやる本当の優しさを持った人でした。 何でも器用にこなし、難なく成し遂げるように見えて、実はその裏にある絶え間ない努力を隠しきれない不器用さもある。 当時、彼は「岳は俺にないものを持ってる」と言ってくれましたが、それはボクにとっても全く同じでした。 物語にある通り、夏の花火に参加できたことも、八ヶ岳のロッジでたまたま隣の布団で話をしたことも、本当にただの偶然です。 でも、あの偶然がなければ、同じバイト先で働くことも、一緒に九州旅行へ行くこともなかったのだと思うと、運命の不思議さを感じずにはいられません。 いま振り返ると、バイトに誘ったこと、そして「一緒に九州の列車、乗りに行こうよ」と言えたことは、ほんの少しの勇気と行動が結実した瞬間でした。 そしてその経験が、”行動せずに後悔するのは嫌だ”という、いまのボクの性格を形作る大きなきっかけになっています。 今回、この物語を書くと決めてから、久しぶりに当時通っていたバイト先の旅行会社があった場所を訪れてみました。 その会社がもうなくなってしまったことはネットで知っていましたが、25年以上という月日が経ち、駅からの街並みもすっかり変わっていました。 それでも、当時ランチを食べた場所や、二人で働いた情景は、昨日のことのように鮮明に思い出すことができました。 また、昨年の12月には熊本へも足を運びました。 当時お世話になった民宿は震災の影響でたたまれてしまったようですが、あの部屋の空気も、ボクの想い出の中では今もハッキリと生きています。 (余談ですが、第11話で二人が宿で見ていたドラマの最終回に流れていた曲は、サザンオールスターズの「素敵な夢を叶えましょう」という曲です。) 最後に、なぜ過去の恋愛について、いま書こうと思ったのか。 それは、片思いに未練があるからではありません。 人間である以上、どれほど大切な記憶も年とともに少しずつ薄れていってしまうと思います。 あと20年、30年経ってボクの記憶が霞んできたとき、これを読み返して当時のあの熱量を思い出せたら。 過去の日記を元に書いたこの物語が、いつか自分への「未来への日記」になればいいなと思っています。 もちろん、この卒業旅行から今日に至るまでの約25年間、ボクの人生には同じくらい色々な出来事があり、なんとかここまで生きてこれました。 また気が向いたら、別の話をふらっと書いたりするかもしれません(笑)。 この物語がふと誰かの目にとまり、同じような切ない経験をしてきた方の共感や、現在進行形で片思いをしている方、そしてこれから恋をしていく皆さんの心に、少しでも寄り添うことができたなら。 書き手として、これほど嬉しいことはありません。 全話通して読んでくださった方も、ふと立ち止まって部分的に読んでくださった方も、貴重な時間を割いていただき、本当にありがとうございました。 物語を書くことで、ボクもあの頃の「豪」と「岳」にまた出会えて良かったです。
岳(take) tweet media岳(take) tweet media岳(take) tweet media岳(take) tweet media
岳(take)@tak5894

ボクの学生時代のリアル体験談、最終話(第12話)です✍️ 物語を読んでくださり、ありがとうございました😉 ついに完結です🙇 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、固定ポスト、タイムラインからも読めます👍 ↓↓↓ 【第12話(最終話)27枚目のフィルム】 今朝、熊本の民宿をあとにしたのは、まだ朝の冷気が色濃く残る時間だった。 隣を歩く豪(ゴウ)は、「よく寝たわ」と屈託のないあくびをしていた。 その無防備な横顔を見るのも、もう数えるほどしかないのだと思いながら、駅までの道を歩いた。 そして今、ボクたちは熊本駅から乗り込んだ特急「あそ」の車内にいる。 窓の外を飛ぶように過ぎていくのは、九州の穏やかな山々の稜線と、淡く色づき始めたのどかな田園風景だった。 長旅の疲れと、列車の単調で心地よい揺れ。 そして車内に差し込む、早春の暖かな日差し。 “自分のために、彼から離れる” 昨夜、下した重い決断から逃げ込むように、 ボクはMDプレーヤーのイヤホンを耳に押し込んだまま、気づけば深い眠りに落ちていた。 列車のブレーキが軋む、わずかな衝撃でふと目を覚ますと、すぐ目の前に少しムスッとした豪の顔があった。 「岳(タケ)、ずっとそれつけて寝てるけどさ……」 ボクを覗き込むその顔には、いつもの余裕がない。 どこか自信なげで、寂しそうな色が浮かんでいた。 「もしかして、ずっと列車乗ってんの、退屈だった? 俺の趣味に付き合わせて、つまらなかった?」 豪の言葉に、ボクは一瞬言葉を失った。 違う。退屈なわけがない。 ただ、この夢のような旅行が今日で終わってしまう寂しさと、 彼との近すぎる距離の中で、どう振る舞えばいいのか分からなくなって、逃げ込んでいただけだ。 自分が組んだ過酷な行程のせいで、彼は彼なりに、不器用な責任を感じていたのだろう。 「ち、違うよ!そんなことない。 ただ……列車の揺れが心地よくて、つい寝ちゃっただけで。 ……ごめん」 必死に首を横に振って弁解する。 「……そっか」 豪はまだ何か他の疑いを持ったような顔をしつつも、 ほんの少しだけホッとしたように目尻を下げ、大きな身体を座席に預けた。 「せっかくこんなにいい景色なんだから、寝てたらもったいないぞ。 ほら、外見ろよ」 促されて窓の外に目をやると、雄大な山肌に沿って、早咲きの桜が淡い薄紅色を広げていた。 今年、初めて見る桜だった。 春の訪れを告げるその優しい色は、旅の終わりを鮮やかに彩っているように見えた。 「もう春だよな。岳はさ、社会人になったら、何かやりたいことあるの?」 流れる景色を眺めたまま、豪がぽつりと尋ねる。 「そうだなぁ……行きたかった旅行業界には就職できなかったから、 まずは配属された先で目の前の仕事を頑張ろうかなって思うよ」 「でも、旅行会社でホントは何がしたかったのさ?」 豪はさらに、ボクの心の奥を静かにノックする。 「昔から、ノートに架空の旅の行程表をいっぱい書いてたって話、したよね?」 「ああ、八ヶ岳の夜に言ってたな」 「企画の仕事を夢見てたんだ。 自分が考えた行程でツアーを組んで、こんな素敵な場所があるんだよって、たくさんの人に届けてみたくて」 「そっか。……なんか、それすごく岳らしいな」 豪は感心したように頷き、ふっと柔らかく笑った。 「いつか夢が叶ったら、岳が仕事しているときに、俺が客として乗ってやるよ」 叶うはずのない未来の約束。 ボクはただ、滲む景色を見つめながら、小さく頷くことしかできなかった。 あっという間に時間は流れ、乗り継いだ列車は本州へと渡る関門トンネルへと差し掛かった。 窓ガラスが並んで座る二人の姿を映し出す。 このまま時間が止まればいいと願った九州の景色も、非情なほど滑らかに後ろへと流れ去っていく。 山陽新幹線に乗り換えてからは、深い緑は次第に薄れ、コンクリートの灰色が増えていった。 整えられた街並み。 初日に聞いていた波の音が、遠い記憶みたいに薄れていく。 ボクの不自然な雰囲気に、豪は明らかに何かがおかしいと感じていたのだろう。 東京が近づくにつれ、雑誌を意味もなくパラパラとめくったり、座り直したりと、落ち着かない様子だった。 「岳、お茶、冷たいのと温かいのどっちがいい?」 普段は大雑把な彼が、 ボクの顔色をうかがうように何度も視線を向けてくる。 優しくしないでほしかった。決心が、鈍ってしまうから。 「……どっちでもいいよ」 そう答えると、豪は一瞬だけ何か言いかけて、 結局何も言わずにペットボトルを手に渡してくれた。その沈黙が、妙に長く感じられた。 「あっ、ごめん……ちょっと帰りたくないなって、黄昏れてただけ」 慌てて無理に作った笑顔でごまかすと、 豪は「そっか」と短く呟き、 どこか納得のいかないような顔で、再び窓の外へ視線を戻した。 列車は静岡の茶畑を抜け、富士山が見える区間へと差し掛かる。 カバンから取り出した使い捨てカメラを何気なく見ると、カウンターの数字が目に入った。 「……あと1枚か」 道中で撮った26枚の記憶を思い返していると、ふと隣から、ひょいと豪が顔を出す。 「あ、ほんとだ。最後の一枚じゃん」 「じゃあ、ここで使い切っちゃおうか」 そう言いながらカメラを差し出すと、 豪は受け取ったまま、少しだけ考えるような素振りをした。 「いや……これは取っておこうぜ」 「えっ?でも、もう現像に出すんだし……」 「いいの。まだ撮らない」 豪は少し悪戯っぽく笑うと、カメラを自分のバッグにしまってしまった。 その仕草は、どこか子どもみたいで、でも妙に強くて、何も言い返せなかった。 やがて列車は、魔法が解ける時間を告げるように、終着の東京駅へと滑り込んだ。 ドアが開き、冷たく乾燥した都会の空気が、一気に車内へ流れ込んでくる。 スーツ姿の大人たち、無機質なアナウンス、 せわしなく行き交う人々の足音。 「着いちゃったな」 豪がお土産の紙袋を持ち直す。現実は容赦なくボクたちを日常へと引き戻した。 「うん。あっという間だったね。」 新幹線の乗換改札を抜けたコンコースで、ボクは意を決して聞いた。 「ボクは地下鉄で帰るから、丸の内口に行くよ。豪は中央線でしょ?」 しかし、豪は首を振って、ボクと同じ丸の内側の出口へと歩き出した。 「いや、改札の外まで送っていくよ。 久しぶりに東京駅の駅舎も見たいし。」 そう言って、一緒に丸の内口の重厚な扉から外へ出た。 目の前に広がるのは、ライトアップされた赤レンガの丸の内駅舎と、その向こうにそびえる高層ビル群。 絶え間なく行き交う人々の波と、皇居へと続く大通りを走る車のヘッドライトが、ここが東京なのだと容赦なく突きつけてくる。 地下鉄の入り口へと続く広場の手前で、ボクたちは足を止めた。 ここで、本当にお別れだ。 駅舎のオレンジ色の光を背にして、ボクは心を固く結び直し、彼の方に向き直った。 「それじゃあ、気をつけて帰ってね。 旅行、すっごく楽しかった。……ありがとう」 きれいに終わらせるための、完璧なセリフだったはずだ。 「おお。……またな」 豪も短く答え、片手を上げた。 しかし、彼は背を向けなかった。 「……豪?」 不思議に思って名前を呼ぶと、豪はふっと顔を上げた。 まるで迷子のような、切実な瞳でボクを真っ直ぐに見つめた。 「……なんかさ」 豪の声は、背後を行き交う都会の車の音や、人々の足音にかき消されそうなほど小さく低かったけれど、ボクの耳には鮮明に届いた。 「俺、自分でもうまく言えねぇんだけどさ。 今日一日中、岳が遠くにいるみたいで、気になってた」 「…えっ。 遠くって……ボクはずっと隣にいたじゃん」 笑って誤魔化そうとしたボクの言葉を、 豪は真剣な顔をして首を振って遮った。 「そうじゃなくて、岳のことだからさ…… また一人で勝手に色々抱え込んで、 社会人になるのを理由にして、色んなことから離れようとしてるんじゃないかって…… なんとなく、そんな気してさ」 波風を立てずに静かに離れようとしていたボクの逃げ道を、その真っ直ぐな瞳が完全に塞いでくる。 ビル群の冷たい夜景が、豪の大きなシルエットを縁取っている。 豪はさらに言葉を絞り出すように、ボクへと一歩近づいた。 「ここで『じゃあな』って別れたら、 明日からもう、俺と連絡をしないつもりなわけ?」 心臓が、ドクンと大きく波打った。 「花火の夜も、八ヶ岳の夜も、バイトの時も…… 俺、楽しかったんだよ。 だから今回の旅行だって誘われたとき、一緒に行こうって思ったんだ」 豪は誤魔化すことなく、 ボクの目を真っ直ぐに捉えたまま言った。 「卒業してお互い別々の社会人になっても、 これからもいつものように一緒に飯食ったり、たまには出掛けたりしようよ。 ……勝手にいなくなんなよ」 ボクのぎゅっと握りしめていた決意が、指の隙間からこぼれていく。 それは、甘い愛の告白なんかじゃない。 一人の「親友」に対する、 ひどく不器用で、どうしようもなく真っ直ぐな引き留めだった。 そう言って、豪は自分のバッグから、あの使い捨てカメラを取り出した。 彼の大きく分厚い掌の中で、それはおもちゃのように小さく見える。 「これ、まだ1枚残ってるだろ」 「……カメラ?」 「最後の一枚はさ、次に会ったときに撮ろう!」 視線を外したまま、ぶっきらぼうに言う。 「飯食ったときでもいいし、どっか出かけたときでもいいし」 ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。 「だからさ。また、遊ぼうよ」 その一言で、ボクの中で何かがほどける音がした。 もし昨晩見たドラマのように、いまここで、 あの腕の中に飛び込めたら、どんなに幸せだろうか。 でも、もうそんな「もしも」を嘆くのはやめよう。 彼は数え切れないほどの友人たちのなかで、 ボクという存在を選んで引き留めてくれた。 その事実が、今のボクにとって何よりの救いだった。 決して交わることのない平行線だとしても。 彼の近くにいる”特別な友達”としてなら、この先もずっと、同じ景色を見ていける。 こみ上げてくる熱いものを必死にこらえながら、 丸の内駅舎の温かな光に包まれて、 ボクは今度こそ、心の底からの笑顔を向けた。 「……うん」 少しだけ息を整えてから、そのまま言葉を続ける。 「また、遊ぼうよ」 その返事を聞いて、豪はパッと顔を輝かせ、太陽みたいな屈託のない笑顔を見せた。 「おう! じゃあとりあえず、 明日、俺が連んでた大学のやつらとまた八ヶ岳に行くから、岳も集合な!」 「えっ、ちょっと、そんな急に?」 「どうせ、暇してんだろ!」 呆れながらも笑い合う二人の声が、夜の広場に吸い込まれていく。 行き交うたくさんの人のなかで、二人の笑い声だけが、少しだけ長く残った気がした。 「……なんか、変な感じだな」 豪が、駅舎の方を見たままぽつりと呟く。 「さっきまで九州にいたのに、もう東京だもんな」 「ほんとだね。あっという間だった」 ボクはそう答えながら、 隣に立つ彼との距離を、そっと確かめる。 もう少しで、今回の旅は終わる。 「岳さ」 「ん?」 呼ばれて顔を向けると、 豪は少しだけ言葉を探すように視線を泳がせたあと、肩をすくめて笑った。 「……いや、やっぱなんでもないわ」 「なにそれ」 思わず笑うと、豪もつられるようにまた笑った。 その何気ないやり取りが、どうしようもなく愛おしい。 同じ場所に立っているのに、これから向かう先はそれぞれの道が続いていくのだろう。 「じゃあ、行くか」 豪が、少しだけ間を置いて言った。 「ああ、うん」 どちらからともなく、小さく頷く。 踏み出そうとしたその瞬間、 「着いたらまた後で連絡して」 「うん。わかった」 短い言葉。 それだけで、十分だった。 ボクはそのまま地下鉄への階段を下りていく。 ボクの決して言葉にできない学生時代の片想いは、 こうして静かに、温かく終わりを告げた。 どんなに願っても叶わない恋がある。 でも、大事なのは“叶わなかった恋だけが、必ずしも不幸なこととは限らない”ということ。 優しい光でライトアップされた赤レンガの駅舎が、春の夜空の下で静かに息づいていた。 -fin-

日本語
8
3
137
12.6K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 この旅を心から楽しんで貰いたい、そしてこれからもずっと仲良くしたい、という豪くんの気持ちが伝わってきました。 カメラの最後の一枚も次に会う為にって、キュンとします。 最終話まで、二人の繊細で甘く切ない心の描写が素晴らしかったです! ありがとうございました!
日本語
1
0
1
151
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクの学生時代のリアル体験談、最終話(第12話)です✍️ 物語を読んでくださり、ありがとうございました😉 ついに完結です🙇 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、固定ポスト、タイムラインからも読めます👍 ↓↓↓ 【第12話(最終話)27枚目のフィルム】 今朝、熊本の民宿をあとにしたのは、まだ朝の冷気が色濃く残る時間だった。 隣を歩く豪(ゴウ)は、「よく寝たわ」と屈託のないあくびをしていた。 その無防備な横顔を見るのも、もう数えるほどしかないのだと思いながら、駅までの道を歩いた。 そして今、ボクたちは熊本駅から乗り込んだ特急「あそ」の車内にいる。 窓の外を飛ぶように過ぎていくのは、九州の穏やかな山々の稜線と、淡く色づき始めたのどかな田園風景だった。 長旅の疲れと、列車の単調で心地よい揺れ。 そして車内に差し込む、早春の暖かな日差し。 “自分のために、彼から離れる” 昨夜、下した重い決断から逃げ込むように、 ボクはMDプレーヤーのイヤホンを耳に押し込んだまま、気づけば深い眠りに落ちていた。 列車のブレーキが軋む、わずかな衝撃でふと目を覚ますと、すぐ目の前に少しムスッとした豪の顔があった。 「岳(タケ)、ずっとそれつけて寝てるけどさ……」 ボクを覗き込むその顔には、いつもの余裕がない。 どこか自信なげで、寂しそうな色が浮かんでいた。 「もしかして、ずっと列車乗ってんの、退屈だった? 俺の趣味に付き合わせて、つまらなかった?」 豪の言葉に、ボクは一瞬言葉を失った。 違う。退屈なわけがない。 ただ、この夢のような旅行が今日で終わってしまう寂しさと、 彼との近すぎる距離の中で、どう振る舞えばいいのか分からなくなって、逃げ込んでいただけだ。 自分が組んだ過酷な行程のせいで、彼は彼なりに、不器用な責任を感じていたのだろう。 「ち、違うよ!そんなことない。 ただ……列車の揺れが心地よくて、つい寝ちゃっただけで。 ……ごめん」 必死に首を横に振って弁解する。 「……そっか」 豪はまだ何か他の疑いを持ったような顔をしつつも、 ほんの少しだけホッとしたように目尻を下げ、大きな身体を座席に預けた。 「せっかくこんなにいい景色なんだから、寝てたらもったいないぞ。 ほら、外見ろよ」 促されて窓の外に目をやると、雄大な山肌に沿って、早咲きの桜が淡い薄紅色を広げていた。 今年、初めて見る桜だった。 春の訪れを告げるその優しい色は、旅の終わりを鮮やかに彩っているように見えた。 「もう春だよな。岳はさ、社会人になったら、何かやりたいことあるの?」 流れる景色を眺めたまま、豪がぽつりと尋ねる。 「そうだなぁ……行きたかった旅行業界には就職できなかったから、 まずは配属された先で目の前の仕事を頑張ろうかなって思うよ」 「でも、旅行会社でホントは何がしたかったのさ?」 豪はさらに、ボクの心の奥を静かにノックする。 「昔から、ノートに架空の旅の行程表をいっぱい書いてたって話、したよね?」 「ああ、八ヶ岳の夜に言ってたな」 「企画の仕事を夢見てたんだ。 自分が考えた行程でツアーを組んで、こんな素敵な場所があるんだよって、たくさんの人に届けてみたくて」 「そっか。……なんか、それすごく岳らしいな」 豪は感心したように頷き、ふっと柔らかく笑った。 「いつか夢が叶ったら、岳が仕事しているときに、俺が客として乗ってやるよ」 叶うはずのない未来の約束。 ボクはただ、滲む景色を見つめながら、小さく頷くことしかできなかった。 あっという間に時間は流れ、乗り継いだ列車は本州へと渡る関門トンネルへと差し掛かった。 窓ガラスが並んで座る二人の姿を映し出す。 このまま時間が止まればいいと願った九州の景色も、非情なほど滑らかに後ろへと流れ去っていく。 山陽新幹線に乗り換えてからは、深い緑は次第に薄れ、コンクリートの灰色が増えていった。 整えられた街並み。 初日に聞いていた波の音が、遠い記憶みたいに薄れていく。 ボクの不自然な雰囲気に、豪は明らかに何かがおかしいと感じていたのだろう。 東京が近づくにつれ、雑誌を意味もなくパラパラとめくったり、座り直したりと、落ち着かない様子だった。 「岳、お茶、冷たいのと温かいのどっちがいい?」 普段は大雑把な彼が、 ボクの顔色をうかがうように何度も視線を向けてくる。 優しくしないでほしかった。決心が、鈍ってしまうから。 「……どっちでもいいよ」 そう答えると、豪は一瞬だけ何か言いかけて、 結局何も言わずにペットボトルを手に渡してくれた。その沈黙が、妙に長く感じられた。 「あっ、ごめん……ちょっと帰りたくないなって、黄昏れてただけ」 慌てて無理に作った笑顔でごまかすと、 豪は「そっか」と短く呟き、 どこか納得のいかないような顔で、再び窓の外へ視線を戻した。 列車は静岡の茶畑を抜け、富士山が見える区間へと差し掛かる。 カバンから取り出した使い捨てカメラを何気なく見ると、カウンターの数字が目に入った。 「……あと1枚か」 道中で撮った26枚の記憶を思い返していると、ふと隣から、ひょいと豪が顔を出す。 「あ、ほんとだ。最後の一枚じゃん」 「じゃあ、ここで使い切っちゃおうか」 そう言いながらカメラを差し出すと、 豪は受け取ったまま、少しだけ考えるような素振りをした。 「いや……これは取っておこうぜ」 「えっ?でも、もう現像に出すんだし……」 「いいの。まだ撮らない」 豪は少し悪戯っぽく笑うと、カメラを自分のバッグにしまってしまった。 その仕草は、どこか子どもみたいで、でも妙に強くて、何も言い返せなかった。 やがて列車は、魔法が解ける時間を告げるように、終着の東京駅へと滑り込んだ。 ドアが開き、冷たく乾燥した都会の空気が、一気に車内へ流れ込んでくる。 スーツ姿の大人たち、無機質なアナウンス、 せわしなく行き交う人々の足音。 「着いちゃったな」 豪がお土産の紙袋を持ち直す。現実は容赦なくボクたちを日常へと引き戻した。 「うん。あっという間だったね。」 新幹線の乗換改札を抜けたコンコースで、ボクは意を決して聞いた。 「ボクは地下鉄で帰るから、丸の内口に行くよ。豪は中央線でしょ?」 しかし、豪は首を振って、ボクと同じ丸の内側の出口へと歩き出した。 「いや、改札の外まで送っていくよ。 久しぶりに東京駅の駅舎も見たいし。」 そう言って、一緒に丸の内口の重厚な扉から外へ出た。 目の前に広がるのは、ライトアップされた赤レンガの丸の内駅舎と、その向こうにそびえる高層ビル群。 絶え間なく行き交う人々の波と、皇居へと続く大通りを走る車のヘッドライトが、ここが東京なのだと容赦なく突きつけてくる。 地下鉄の入り口へと続く広場の手前で、ボクたちは足を止めた。 ここで、本当にお別れだ。 駅舎のオレンジ色の光を背にして、ボクは心を固く結び直し、彼の方に向き直った。 「それじゃあ、気をつけて帰ってね。 旅行、すっごく楽しかった。……ありがとう」 きれいに終わらせるための、完璧なセリフだったはずだ。 「おお。……またな」 豪も短く答え、片手を上げた。 しかし、彼は背を向けなかった。 「……豪?」 不思議に思って名前を呼ぶと、豪はふっと顔を上げた。 まるで迷子のような、切実な瞳でボクを真っ直ぐに見つめた。 「……なんかさ」 豪の声は、背後を行き交う都会の車の音や、人々の足音にかき消されそうなほど小さく低かったけれど、ボクの耳には鮮明に届いた。 「俺、自分でもうまく言えねぇんだけどさ。 今日一日中、岳が遠くにいるみたいで、気になってた」 「…えっ。 遠くって……ボクはずっと隣にいたじゃん」 笑って誤魔化そうとしたボクの言葉を、 豪は真剣な顔をして首を振って遮った。 「そうじゃなくて、岳のことだからさ…… また一人で勝手に色々抱え込んで、 社会人になるのを理由にして、色んなことから離れようとしてるんじゃないかって…… なんとなく、そんな気してさ」 波風を立てずに静かに離れようとしていたボクの逃げ道を、その真っ直ぐな瞳が完全に塞いでくる。 ビル群の冷たい夜景が、豪の大きなシルエットを縁取っている。 豪はさらに言葉を絞り出すように、ボクへと一歩近づいた。 「ここで『じゃあな』って別れたら、 明日からもう、俺と連絡をしないつもりなわけ?」 心臓が、ドクンと大きく波打った。 「花火の夜も、八ヶ岳の夜も、バイトの時も…… 俺、楽しかったんだよ。 だから今回の旅行だって誘われたとき、一緒に行こうって思ったんだ」 豪は誤魔化すことなく、 ボクの目を真っ直ぐに捉えたまま言った。 「卒業してお互い別々の社会人になっても、 これからもいつものように一緒に飯食ったり、たまには出掛けたりしようよ。 ……勝手にいなくなんなよ」 ボクのぎゅっと握りしめていた決意が、指の隙間からこぼれていく。 それは、甘い愛の告白なんかじゃない。 一人の「親友」に対する、 ひどく不器用で、どうしようもなく真っ直ぐな引き留めだった。 そう言って、豪は自分のバッグから、あの使い捨てカメラを取り出した。 彼の大きく分厚い掌の中で、それはおもちゃのように小さく見える。 「これ、まだ1枚残ってるだろ」 「……カメラ?」 「最後の一枚はさ、次に会ったときに撮ろう!」 視線を外したまま、ぶっきらぼうに言う。 「飯食ったときでもいいし、どっか出かけたときでもいいし」 ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。 「だからさ。また、遊ぼうよ」 その一言で、ボクの中で何かがほどける音がした。 もし昨晩見たドラマのように、いまここで、 あの腕の中に飛び込めたら、どんなに幸せだろうか。 でも、もうそんな「もしも」を嘆くのはやめよう。 彼は数え切れないほどの友人たちのなかで、 ボクという存在を選んで引き留めてくれた。 その事実が、今のボクにとって何よりの救いだった。 決して交わることのない平行線だとしても。 彼の近くにいる”特別な友達”としてなら、この先もずっと、同じ景色を見ていける。 こみ上げてくる熱いものを必死にこらえながら、 丸の内駅舎の温かな光に包まれて、 ボクは今度こそ、心の底からの笑顔を向けた。 「……うん」 少しだけ息を整えてから、そのまま言葉を続ける。 「また、遊ぼうよ」 その返事を聞いて、豪はパッと顔を輝かせ、太陽みたいな屈託のない笑顔を見せた。 「おう! じゃあとりあえず、 明日、俺が連んでた大学のやつらとまた八ヶ岳に行くから、岳も集合な!」 「えっ、ちょっと、そんな急に?」 「どうせ、暇してんだろ!」 呆れながらも笑い合う二人の声が、夜の広場に吸い込まれていく。 行き交うたくさんの人のなかで、二人の笑い声だけが、少しだけ長く残った気がした。 「……なんか、変な感じだな」 豪が、駅舎の方を見たままぽつりと呟く。 「さっきまで九州にいたのに、もう東京だもんな」 「ほんとだね。あっという間だった」 ボクはそう答えながら、 隣に立つ彼との距離を、そっと確かめる。 もう少しで、今回の旅は終わる。 「岳さ」 「ん?」 呼ばれて顔を向けると、 豪は少しだけ言葉を探すように視線を泳がせたあと、肩をすくめて笑った。 「……いや、やっぱなんでもないわ」 「なにそれ」 思わず笑うと、豪もつられるようにまた笑った。 その何気ないやり取りが、どうしようもなく愛おしい。 同じ場所に立っているのに、これから向かう先はそれぞれの道が続いていくのだろう。 「じゃあ、行くか」 豪が、少しだけ間を置いて言った。 「ああ、うん」 どちらからともなく、小さく頷く。 踏み出そうとしたその瞬間、 「着いたらまた後で連絡して」 「うん。わかった」 短い言葉。 それだけで、十分だった。 ボクはそのまま地下鉄への階段を下りていく。 ボクの決して言葉にできない学生時代の片想いは、 こうして静かに、温かく終わりを告げた。 どんなに願っても叶わない恋がある。 でも、大事なのは“叶わなかった恋だけが、必ずしも不幸なこととは限らない”ということ。 優しい光でライトアップされた赤レンガの駅舎が、春の夜空の下で静かに息づいていた。 -fin-
岳(take) tweet media
日本語
23
10
280
31.3K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 豪くんの「いつか結婚して・・・」の言葉を聞き、岳君の、心臓のいちばん深いところで冷たくて重い音がした、という心の表現、めちゃくちゃ刺さりました。 自分の想いに気づいて欲しいけど、知られたら終わってしまう、この心の葛藤が痛いほど伝わってきます。
日本語
1
0
1
812
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクの学生時代のリアル体験談、第11話(全12話)です✍️ いよいよ、物語もクライマックス🕰️💦 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、固定ポスト、タイムラインにあります👍 ↓↓↓ 【第11話 決意の向こう側】 目を覚ますと、窓の向こうから、ざあ、ざあ、と規則正しい波の音が聞こえていた。 薄いカーテンの隙間から差し込む朝の光が、隣でまだ穏やかな寝息を立てている豪(ゴウ)の広い背中を淡く照らしている。 昨夜、月明かりに照らされた部屋の中で、響いた彼との不器用な会話の余韻が、まだ胸のなかで温かく燻っていた。 身支度を整え、古びた国民宿舎をチェックアウトして外へ出る。 春風の中に混じる、南国特有の少し湿気を帯びた空気が頬を撫でた。 「うわ……すげぇな」 豪がふと立ち止まり、感嘆の声を漏らす。 その視線の先を追ったボクも、思わず息を呑んだ。 空気を切り裂くように、圧倒的な存在感でそびえ立つ開聞岳。 完璧なまでに美しい円錐形の稜線は、「薩摩富士」と呼ばれるにふさわしい雄大さで、静かな海と青空の境界線に力強く根を下ろしていた。 ふと、バイト先のオフィスを思い出す。 パンフレットの表紙で見たあの景色。 自分の身体の半分に流れる、九州の血がざわめくような、理由のない懐かしさを覚えたあの山だ。 写真とは比べ物にならないそのスケールを、今、ボクは豪と肩を並べて見上げている。 ただそれだけの事実が、静かに、けれど確かに気持ちを震わせていた。 「いい景色だな。なんか、パワーもらえるわ」 大きく深呼吸をする豪の横顔を、ボクは目に焼き付けるように見つめた。 この先、どれだけ時間が経っても、開聞岳の写真を見るたびに、きっと今日のことを思い出すのだろう。 指宿枕崎線を抜け、特急「きりしま」、そして「にちりん」は、日豊本線を北上して宮崎から大分方面へと向かっていた。 窓の外には、強い日差しにきらめく日南海岸の海と、規則正しく並ぶヤシの木が流れていく。 東京では決して見られないその景色に、ボクと豪は相変わらず少年のように目を輝かせていた。 別府に到着し、ボクたちは国の天然記念物にも指定されている間欠泉へと向かうローカルバスに揺られていた。 景色を眺めている豪。 その横顔がとても穏やかで、ボクはカバンから使い捨てカメラを取り出し、ファインダーを覗かずにそっとシャッターを切った。 「カシャッ」という軽い音に、豪が驚いて振り返る。 「お、いきなり何だよ」 「なんでもない。油断してる顔、撮ってやろうと思って」 照れ隠しでそう言うと、豪は「なんだそれ」と笑って、また窓の外に視線を戻した。 現像されるまでどんな顔で写っているのかわからない不意打ちの一枚。 でも、この何気ない瞬間を、どうしても形に残しておきたかった。 バスを降りて、間欠泉の入り口まで続くゆるやかな坂道を歩く。 ボクは自然と、車道側を歩いていた。 その時、後ろから猛スピードで一台の車が走り抜けていった。 「危ねぇ!」 強い力で腕を引かれ、ボクは豪の大きな胸にぶつかりそうになる。 「車、スレスレだったぞ。ぼーっと歩きすぎだ」 少しだけ強い口調で注意したあと、豪はごく自然な動作でボクと場所を入れ替わり、自分が車道側を歩き始めた。 「こっち側、歩けよ」 彼にとっては単なる男友達への配慮に過ぎないのに、ボクの心臓は痛いほど脈打っていた。 どうしてこの人は、こんなにも無自覚にボクを惹きつけるのだろう。 間欠泉に着くと、熱湯が吹き上がるのを待つ観光客の中に、小さな男の子を連れた若い家族の姿があった。 やがて、地響きのような低い音とともに、白い湯気を上げて熱湯が勢いよく空へ向かって吹き上がる。 「うわぁ! パパ、すごいね!」 男の子が歓声を上げ、父親が「おー、すごいな」と笑って子供をひょいと肩車した。母親もその背中を支えながら、嬉しそうに笑っている。 「……いいよな、ああいうの」 間欠泉の轟音の合間に、豪がぽつりとこぼした。 ボクが隣を見ると、豪は吹き上がる熱湯ではなく、はしゃぐ男の子とその両親を眩しそうに見つめていた。 その横顔には、まるで自分のことのように目を細めた、優しくて無防備な笑顔が浮かんでいる。 「俺も小さい頃はさ、親父に色んなとこ連れてってもらったっけ。 ……自分が親の立場になったら、あんな風に笑わせてやれるのかなって、ちょっと思ったわ」 照れ隠しのように小さく笑って、豪はボクに視線を向けた。 それは、当たり前のように「普通の家庭を築く未来」を信じている、純粋な男の顔だった。 陽だまりのような、あたたかくて眩しい光景。 豪は、こういうあたたかい場所にいるのが、誰よりも似合う。 勝手な想像のなかでは、もしかしたら彼も自分と同じベクトルを向いてくれているのではないかと、少なからず期待してしまっていた自分がいた。 彼からこんな当たり前の幸せを奪う権利なんて、ボクにはないのに。 その後、間欠泉を見終えたボクたちは、再び列車に乗り込んでいた。 車窓には、別府湾が夕日を浴びて輝き、海岸線に沿って菜の花の野原がどこまでも広がっている。 その景色を眺めながら、豪がふと、独り言のように口を開いた。 「俺さ、やっぱり将来は電車の運転士になりたいんだよね」 力強い言葉に、ボクは思わず彼を見た。 実家で見たあの巨大なジオラマ。全国の路線を乗り潰すという情熱。 「趣味にとどめておくことも考えたんだけどさ。 でも、こうして列車に乗ってると、やっぱり諦めたくないって思うんだよな」 夕日を反射する豪の瞳には、まっすぐな光が宿っていた。 「社会人になって、たとえ遠回りになったとしても、いつかあの運転席に座りたいんだ」 見えない未来に対してただ流されるのではなく、自分の意志で道を切り拓こうとする彼の姿が、どうしようもなく眩しくて、そして、好きだった。 「豪なら、きっとなれるよ。応援してるから」 「おう。サンキュ」 やがて日が落ち、車内は少しずつ薄暗くなってきた。 窓ガラスは鏡のように、ボックスシートに向かい合って座るボクたちの姿を映し出している。 明日にはこの九州を出発する。 旅の終わりが、音もなく近づいていた。 「……でも、東京に戻ったら、いよいよ社会人だな」 窓ガラスに映る自分を見つめながら、豪が呟いた。 「配属先、どこになるか分かんねぇし。 営業とか、俺に上手くやれるのかな。今までみたいに、気が合うやつらとだけつるんでればいいわけじゃないしな」 バイト先で大人たちに囲まれ、堂々と振る舞っていた彼でさえ、見えない未来に対しては等身大の不安を抱えている。 「大丈夫だよ。豪ならどこでもやっていけるよ」 と返すと、豪は「そうだといいけどな」と短く笑い、再び窓の外へと視線を向けた。 すっかり夜の帳が下りた頃、ボクたちは熊本のローカル駅に降り立ち、今夜の宿である古民家風の民宿に到着した。 木の温もりと、どこか懐かしいお香の匂いがする、こぢんまりとした宿だった。 部屋に荷物を置き、一息ついたところで、明るい雰囲気の女将さんが顔を出した。 「ごめんねぇ、お兄さんたち。 今、ほかのお客さんで混んどってねぇ。 小さか家族風呂ならすぐ入れるばってん、男同士だし、二人でパパッと一緒に入っちゃってよ」 「えっ」 ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 広くない家族風呂に二人で入る……。 世間から見れば、ボクたちはただの男友達同士だ。 一緒の風呂に入るなど、何一つおかしいことではない。 「はい、全然いいっすよ。ありがとうございます」 豪は全く気にする素振りもなく、タオルを肩にひょいとかけた。 「岳、行くぞ。飯の前に汗流そうぜ」 心臓が、耳の奥で早鐘のように鳴っていた。 促されるまま脱衣所に向かうと、豪は躊躇いなくTシャツを脱ぎ捨てる。 首筋から続く分厚い胸板、野球で鍛え上げられた太い腕、大きなお尻と逞しい背中。 圧倒的な雄としての肉体が、古い電球の光の下であらわになる。 それに比べて、自分の身体はどうだろう。 服を脱いだボクの身体は、筋肉の薄い、細くて色白い頼りないものだった。 豪の熊のような固太りの身体を前にすると、自分の輪郭がひどく貧相で、恥ずかしいものに思えた。 「……早く入れよ、寒いぞ」 「う、うん……」 ボクは視線を泳がせながら、細い身体を隠すようにタオルを前で強く握りしめ、逃げるように浴室の扉を開けた。 湯気で白く霞む浴室は、お世辞にも広くなく、目の前の豪はすでにシャワーを勢いよく浴びていた。鏡には、シャワーの湯気で曇りかけた豪の姿が映っている。 彼は、まるで自分の部屋にいるかのように、全く無防備だった。 豪は躊躇いなくシャンプーを手に取り、短い髪をガシガシと洗い始めた。 見られることへの気負いも、隠そうとする素振りも、微塵もない。ボクは、豪のそのあまりの堂々とした無防備さに、息を呑んだ。 ボクは、豪の逞しい背中から目を逸らし、視線を床のタイルへと落とした。豪は、体を洗うため、石鹸を手に取り、自分の逞しい体を躊躇いなく撫でていく。その様子を、ボクはタオルで前を隠したまま、立ち尽くすしかなかった。 「岳、何突っ立ってんだよ。早く洗えよ」 豪が、泡だらけの顔をこちらに向けて、笑った。 その笑顔は、どこまでも屈託がなく、ボクの葛藤なんて微塵も想像していない、残酷なほどだった。 なんとか「う、うん……」と返して、ボクから無理矢理タオルを剥ぎ取ろうとする豪から背を向けて、シャワーを浴びた。 豪が先に「あー、生き返るわ」と大きな声を出して湯船に沈み込む。 ザバーッ、と勢いよく溢れ出すお湯。 ボクはあとから身体を縮こまらせるようにして、湯船の端にそっと浸かった。 すぐ隣。 お湯を通して、豪の体温が直接伝わってくるような距離。 「やっぱ、お風呂はいいな」 天井を見上げて息を吐く豪の、水滴が伝う太い首筋。 手を伸ばせば、すぐに触れられる距離に彼はいる。 けれど、これだけ肌が近くても、心が触れ合うことは永遠にない。 湯上がりのあと。 火照った身体に薄手のシャツをまとい、部屋に戻ったボクたちは、畳に敷かれた布団の上に寝転がりながら、なんとなくテレビをつけていた。 画面に映し出されていたのは、ちょうど最終回を迎えたらしい、流行りのラブストーリードラマだった。 すれ違い、傷つけ合っていた男女が、ついに互いの想いを確認し合い、光の差し込む場面で抱きしめ合う。 感動的な主題歌が流れ、物語は完璧なハッピーエンドを迎えようとしていた。 「おー、くっついたか。よかったな」 豪は、画面を見ながら気楽に笑って、枕元のジュースに手を伸ばした。 ボクは、そのドラマの結末を見つめながら、胸がきゅっと締め付けられるのを感じていた。 ドラマの中では、想いは言葉にされ、愛は奇跡を起こして報われる。 でも、現実は違う。どれだけ強く想っても、奇跡なんて起きないことはわかっていた。 ブラウン管から溢れる明るい光が、薄暗い部屋と、隣で無邪気に笑う豪の横顔をチカチカと照らしている。 ドラマのハッピーエンドを見届けて満足したのか、豪は大きく伸びをして、ふと天井を見上げた。 そして、何の悪気もない、ただ思い浮かんだことをそのまま口にするような無邪気な声で、こう言った。 「……俺もいつかさ、結婚して家族を持ったら、今回の旅で見たような景色を子供に見せてやりたいな」 ドン、と。 心臓のいちばん深いところで、冷たくて重い音がした。 「列車に乗って、色んな景色見せてさ。 親父が俺にキャッチボール教えてくれたみたいに、俺もなんか教えてやれたらいいなって。 ……まあ、相手がいればの話だけどな!」 豪は照れ隠しのようにハハハと笑った。 その笑顔はどこまでも健やかで、「普通」の幸せが訪れることを何の疑いもなく信じている、残酷なほどに眩しいものだった。 ボクは、笑い返すことができなかった。 数年後、あるいは十年後。 彼は当たり前のように女性を愛し、家庭を持ち、父親になる。 そこには、ボクがどう足掻いても入り込むことのできない「絶対的な境界線」が引かれている。 もし、いま抱えているこの感情を少しでも伝えてしまえば、彼を困惑させ、この心地よい関係すらもすべて壊してしまうだろう。 今日まで一緒に過ごしてきた日々さえも、一瞬で振り出しより悪い場所へと落ちてしまう。 ……それなら。 ボクは、小さく息を吐き出した。 彼への想いを、心のいちばん深い、光の届かない場所に永遠に閉じ込めよう。 自分の気持ちを完全に殺して、ただの「気の合う友達」という仮面を被り続ければ、きっとこの先もずっと、彼の未来の片隅に、友人として存在し続けることができるかもしれない。 でも… この人の思い描く未来の設計図に、ボクの居場所はないんだ。 自分の中で、ひとつの切なく重い覚悟が、静かに形を成した瞬間だった。 この旅が終わったら、ボクは… 自分のために、豪から離れよう。 ボクは布団の端をきつく握りしめ、目を横にすると、隣で豪がいつのまにか寝息を立てていた。 「……そうだね。豪なら、きっといいお父さんになるよ」 起こさないように、小さく絞り出した自分の声はひどく乾いていた。 さっきまで見ていたドラマの主題歌だけが、 小さなテレビのスピーカーから、まだ静かに流れていた。 旅行は、明日で終わる。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
16
30
816
62.1K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 忘れられない卒業旅行ですね! イヤホン片方ずつで同じ曲を聴くって、その距離感、ドキドキしますよねー! 宿での会話、互いの手探り感や、豪くんの照れ隠しのぶっきらぼうな感じや、岳くんの、ストレートに伝えられないもどかしさの描写が素敵です。
日本語
1
0
1
238
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクの学生時代のリアル体験談、第10話(全12話)です✍️ 舞台はついに最終章の九州旅行へ🚃 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) 良かったらコメントに感想をお願いします🙇 これまでの話は、固定ポストにあります👍 ↓↓ 【第10話 最南端の波音】 窓の外では、まだ肌寒い早春の夜風が吹いている。 寝台特急「あかつき」が関門海峡を静かに渡る頃、車窓の向こうの深い闇は、ほんの少しだけ白らみ始めていた。 「初めての九州上陸、おめでとう」 向かいのベッドから、まだ眠たそうな豪(ゴウ)の声がして、ボクを茶化した。 3日前に無事に大学を卒業したボクたちは、今日こうして卒業旅行にきている。 先の見えない未来への不安と、そして彼を独り占めできる数日間の、切ないほどの期待。 遠く、南の地へ。 自分自身の心の行方もわからないまま、ボクは列車の窓から、ゆっくりと明けていく薄暗い朝焼けの空を眺めていた。 東京から数え切れないほどの駅を通過して、列車は早朝の長崎駅に滑り込んだ。 「岳(タケ)、着いたよ」 いつの間にか呼び捨てに変わったその響きにも、すっかり慣れてきた自分がいる。 長崎駅のホームには、早朝にもかかわらず、多くの旅人が行き交っていた。 豪は、道中で一緒に買った使い捨てカメラを取り出し、少年のように目を輝かせて列車の先頭車両を撮っている。 二人の思い出を切り取れるフィルムの枚数は、たったの27枚。 よく考えてみれば、二人だけで並んで写っている写真は、これまで一枚も持っていなかった。 ボクは、通りかかった駅員さんに声をかけ、列車を背景にして二人の写真を撮ってほしいと頼んだ。 「え、俺も入るの?」 少し気恥ずかしそうにする豪の腕を、強引にならない程度に軽く引き寄せる。 肩先が触れ合い、シャッターが切られる。 現像するまでどんな顔をして写っているのか分からない、その不確かさが愛おしかった。 駅で朝食を済ませた後、ボクたちは息をつく暇もなく特急「シーボルト」に乗り込み、鳥栖駅でさらに南下するための特急「つばめ」へと乗り継いだ。 豪が引いた“乗り鉄”のための過酷な行程。 長崎から西鹿児島への移動は、想像以上に長く、遠かった。 車窓の景色は、有明海の穏やかな水面から、不知火海に沿った南国の風景へと、何時間もかけてゆっくりとグラデーションを描くように変わっていく。 長時間列車に揺られ続ける心地よい疲労感の中で、東京から遠く離れた異郷の地にいるのだという実感が、少しずつ輪郭を持ち始めていた。 ダークグレーの重厚な車体が、滑るように走っていく。 車内は落ち着いた静寂が流れていた。 横並びの座席で、豪がカバンからMDプレーヤーを取り出す。 「これ、聴く?」 そう言って差し出されたのは、片方だけのイヤホン。 豪の左耳にはもう、もう片方のイヤホンが収まっている。 受け取った右耳用のイヤホンを耳に入れると、二人の距離は、コードの長さの分だけ必然的に近くなった。 肩と肩が触れそうな距離。豪の体温が、すぐ隣にある。 流れてきたのは、流行りのTKソングだった。 トンネルを抜けるたびに変わる車窓の光を眺めながら、二人で同じ音楽、同じ時間を共有している。 ただそれだけで、心がじんわりと熱を帯びていく。 やがて、曲がサビに差し掛かり、ボーカルの切ない声が耳に響いた。 『君の名前は ずっと忘れずにいたいよ』 そのフレーズが耳を通り抜けた瞬間、ふいに鼓動が早くなった。 もし、これを真顔で口にしてしまえば、気まずくなるかもしれない。 けれど、この旅が終わってしまえば、もうこんな風に隣に座る口実すらなくなってしまう。その切迫感が、ボクの背中を強く押した。 心臓が早鐘のように鳴るのを必死に悟られないよう、ボクは豪のほうに顔を向ける。 そして、半分ふざけたような、からかうような口調を装って、わざと声に出してみた。 「……君の名前は、ずっと忘れずにいたいよ」 冗談めかしながらも、心のどこかでは、豪がどんな顔をして、どんな言葉を返してくれるのか。 そんな淡い期待を隠しきれずにいた。 豪は窓の外に向けていた視線をゆっくりとボクに移し、笑った後に少しだけ呆れたように、意地悪に口角を上げた。 「……名前だけかよ」 低い声。 からかわれたのだと分かっているのに、心臓が大きく跳ねて、喉の奥が熱くなった。 名前だけじゃない。 笑ったときに下がる目尻も、太い指先も、不器用な優しさも。 全部、忘れられるわけがない。 「じゃあ、名前以外も、覚えておくよ」 精一杯の強がりでそう返すと、豪は「なんだそれ」と笑って、再び窓の外へと視線を戻した。 繋がったままのイヤホンから流れる音楽が、ボクの早鐘のような鼓動を隠してくれていた。 夕方、列車は終点の西鹿児島駅に到着した。 ホームに降り立つと、南国特有の少し湿気を帯びた風が、夕暮れの空気を運んできた。 長時間の乗車で強張った身体を伸ばす。 「夕飯にはまだ早いけど、なんか小腹減ったな。軽く食おうぜ」 豪の提案で、駅構内にあるこぢんまりとした蕎麦屋に入った。 間食がわりに温かい蕎麦を頼み、狭いテーブルに向かい合って座る。 出汁の香りが漂う中、豪がふと手を止めた。 彼の手元を見ると、コップの冷水がすでに空になっている。 豪は何も言わず、ごく自然な動作でボクのコップに手を伸ばした。 そして、ボクがまだひと口しか飲んでいない水を、自分の空のコップへ「とくとく」と注ぎ分ける。 「あ……」 声が出かかったが、豪は何事もなかったかのように、半分になった自分の水を飲み干し、また蕎麦を食べ始めた。 氷がカランと鳴る音だけが、小さく響く。 ボクの水をもらうことに、確認すら必要としない。 家族や幼馴染にするような、無防備な行動。 彼が当たり前のように踏み込んできた事実だけが、テーブルの間に残された。 ボクは、分け合って半分になった冷たい水を、その温度を確かめるようにゆっくりと飲み込んだ。 さらに南へ。 列車を乗り継ぎ、ようやく降り立ったのは山川駅だった。 「日本最南端の有人駅」と刻まれた木の看板が、夕日が落ち掛ける橙色の空に溶け込むように静かに立っている。 今夜の宿は、海沿いに建つ年季の入った国民宿舎。 本土の端。 これ以上、道は続かない場所。 果てまで来てしまったのだという実感が、胸を満たす。 通された和室の窓の向こうには、水平線の際にわずかな夕暮れの名残をとどめる、薄群青色の海が広がっていた。 窓を少し開けると、ざあ、と低くやわらかな波音が入り込み、部屋の空気をゆっくりと満たしていく。 夕食を終え、二人で畳に敷かれた布団に寝転がる。 天井の木目をなんとなく目で追いながら、言葉のない時間を共有していた。 聞こえるのは、絶え間ない波のリズムだけ。 東京の喧騒は、まるで別の国の出来事みたいに遠い。 「……俺さ」 静寂を破るように、豪がぽつりと口を開いた。 「こうして男二人で旅行とか、今までしたことなかったから、最初はどうなのかなって思ってた」 突然の思いがけない言葉だった。 豪は天井を見たまま、組んだ腕に後頭部を押しつけ、体を少し動かす。 「大人数ならノリでどうにでもなるけどさ。 サシって、ずっとテンション保たなきゃいけない感じするじゃん」 「……そうだね。豪はいつも皆といるイメージだし。最初は正直、誘っても断られるかもって思ってた」 ボクの言葉に、一瞬の間が落ちる。 畳のきしむ音がして、豪がこちらに向き直った。 真正面から向けられた視線に、鼓動が跳ねる。 「岳とはさ、なんか、気を使わなくていいんだ。 無理して場を盛り上げなくてもいいし、黙ってても気まずくならない。 きっと一緒にいて、楽なんだと思う」 言い終わると同時に、少しだけ気まずそうに視線を外す。 そして、早口で付け足した。 「変な意味じゃねえからな。誘われたから行こうと思ったわけだし」 ぶっきらぼうな声。 けれど、その奥に隠れた不器用な照れが、痛いほど伝わってくる。 強がりの下にある、ほんの少しの本音。 それだけで、胸がいっぱいになるには十分だった。 「……そっか。ボクも、豪といると楽だよ」 静かにそう答えると、豪はわざとらしく大きなあくびをした。 沈黙が降りる前に、今度はボクから問いかける。 「ねぇ、豪。夏に行った花火のこと覚えてる?」 「ああ……もちろん覚えてるよ」 窓からの波の音が、心地よく響く。 「あれからだったよね、よく会うようになったの。 どうして、ボクたちいつも一緒にいるんだろうね」 少しだけ踏み込んだ質問。 息を潜めて返事を待つボクに、豪は少しだけ天井を見つめてから口を開いた。 「なんでだろうな。 ……岳は俺にないものを持ってるからかな」 その言葉を残して、「あー、急に眠気きた」と呟き、豪は背中を向けてしまった。 逃げるみたいに。 でも、その広くて厚い背中はどこか安心しきっていて、ひどく無防備だった。 ないものを持ってるから…。 その言葉が、暗闇の中で静かに反響する。 暗闇の中で響く彼の穏やかな寝息と、すぐ隣にある確かな体温だけが、ボクの欠落を静かに満たしていく微かな希望だった。 ただ、彼の奥にある柔らかな部分に、自分が触れられている。 それだけは確かだった。 波音が途切れることなく続いている。 この夜が、この距離が、このまま止まってくれたらいいのに。 旅行の終わりまでは、あと2日。 終わりがあると知っているからこそ、今がこんなにも胸に沁みる。 本土の最南端。 世界の端に置き去りにされたみたいな小さな部屋で、ボクはただ、すぐ隣にある確かな体温の存在を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
6
4
132
30.2K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 好きな人から、「好きな人とかいるの?」って聞かれた時、何て答えたらいいのか、悩みますよね。 「君のことが好き」と言ったら、相手から気持ち悪がられて、友人関係までもが崩れそうな気がして。 岳くんの書く二人の心の描写が凄く繊細で、惹き込まれます!
日本語
1
0
1
253
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクの学生時代のリアル体験談、第9話(全12話)です✍️ 最終話までは毎週、週末にアップします✨ 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、TLやハイライトからどうぞ👍 感想聞かせてくれたら嬉しいです🙇 ↓↓↓ 【第9話 天気予報の恋人】 世界から音が消えたような、唐突な静寂だった。 さっきまで大勢の熱気でひしめき合っていたソファには、乱れたクッションと、飲みかけのグラスの中で氷が溶ける微かな音だけが残されている。 「……みんな、帰っちゃったね」 「うん。いつもこんな感じ。最後だけ残るやつ、だいたい俺なんだよな」 そう言って、豪(ゴウ)は小さく笑った。 部屋の中には、つい先ほどまで誰かが歌っていた曲の残響が、まだ薄く漂っているような気がした。 デンモクの画面が暗く落ち、点滅するミラーボールの照明だけが、主を失った空間で勝手に回り続けている。 「岳(タケ)クン、眠くない?」 「平気だよ。豪は?」 「俺も平気。まだ時間あるし、もう少し二人で歌おっか」 豪が、お父さん譲りの太い指で、当たり前のようにデンモクを引き寄せた。 「次、これ歌っていい? 岳クン、知らないと思うけど」 豪らしい、少し照れ隠しを含んだ言い方でマイクを握る。 カラオケのモニターから放たれる四角い光が、彼の横顔を淡く、そしてくっきりと照らし出した。 軽快で、でもどこか切なさを帯びたイントロが部屋に流れる。 画面には『天気予報の恋人』というタイトルが浮かび上がっている。 「チャゲアスの曲なんだけどさ。なんか、昔から好きなんだよね」 ボクにとっては、初めて聴く曲だった。 けれど、豪が歌い出した途端、そのメロディは不思議なほど自然に耳へ馴染んできた。 八ヶ岳の夜、冷えた布団に並んで寝転がった時に彼が教えてくれた、少し揺らぐような歌い方。 それを真似ているのか、豪の太く甘い声が、狭い部屋の空気を優しく震わせる。 “誰のための君だろうと思う” スピーカーから響いたそのフレーズが、不意にボクの胸の奥を鋭く突いた。 豪は、ただ気持ちよさそうに歌っているだけだ。 彼の中に、深い意味や裏のメッセージなんてない。 それでも、ボクにはどうしようもなく刺さってしまった。 ──誰のための、君だろう。 それは、ボクのほうのセリフだ。 彼が気持ちを込めて歌い上げる横顔を見つめながら、ボクはマイクを握る代わりに、すっかりぬるくなったウーロン茶のグラスを両手で強く握りしめた。 やがて曲が終わり、採点画面の無機質なファンファーレが鳴る。 それすらも消えると、部屋には再び、微かなBGMだけが残された。 「……なんか、いい曲だね」 絞り出すようにそう言うと、豪は「だろ?」と嬉しそうに目を細めた。 マイクをテーブルにそっと置き、ソファの背もたれに深く身体を預ける。 画面の光が表情を切り取るたび、火照った頬が明滅し、すぐに影へ沈んだ。 「この曲さ、なんか分かるんだよな」 暗くなったモニターを見つめたまま、豪がぽつりと言った。 「好きになると、余裕なくなるっていうかさ。 相手が何考えてるか分かんなくて、天気予報みたいにときどき勝手に不安になったりして」 そこで言葉を区切り、画面の向こうの記憶をたどるように言葉を続ける。 「俺、高校のとき彼女いたんだけどさ。 そのときはどう接していいか分からなくて、嫌われたくなくて手も出さずに大切に扱い過ぎていたら、逆に『何考えてるか分かんない』って振られちゃったんだよね。 そのときに、あぁ、俺って恋愛とか、不器用なんだって思った」 そう自嘲気味に笑ったあと、豪はふと、モニターからボクへと視線を移した。 その瞳は、さっきまで仲間たちと馬鹿騒ぎをしていた時の無邪気なものではなかった。 もっと静かで、ずっと奥のほうに熱を帯びた、ひどく真っ直ぐな光。 そんなボクをまっすぐ見つめたまま、何かを慈しむように、ふっと優しく目を細めた。 「岳クンって、いま好きな人とかいるの?」 唐突な質問に、心臓が大きく跳ねた。 目の前にいると、 そう言えたら、どれだけ楽だろう。 喉の奥まで出かかった言葉を、ボクはウーロン茶と一緒に必死に飲み込んだ。 「……うん。いるよ」 平静を装って短く答えると、豪はふっと、どこか寂しそうに微笑んだ。 「そっか……。 岳クンの彼女になる人は、きっと幸せなんだろうな」 無垢な言葉だった。 豪にとって、ボクが想う相手は「女の子」であることが前提だ。 ボクが今、どんな気持ちで隣に座っているのか。誰を想って答えたのか。 彼はその可能性を、想像することさえできない。 いつか、豪は「普通の男」として、誰か女性を愛し、家族を持ち、ボクの想像もつかない未来へと歩いていくはずだ。 その時、ボクはどこで、どんな顔をして彼を見送るのだろうか。 息をするのも忘れるような沈黙が落ちて、言葉の居場所がなくなる。 やがて豪は、少しだけバツが悪そうに目を伏せ、小さく息を吐いた。 「さてと。そろそろ帰るか」 カラオケ店を出ると、冷え切った冬の夜気が一気に身体を包み込んだ。 あの言葉は、どういう意味だったんだろう。 二人並んで、豪の実家への道を歩く。 酔いもすっかり覚めるような寒さの中、見上げる空には、こぼれ落ちそうなほどの星が凍りついたように瞬いていた。 吐く息の白さが、街灯の光に溶けていく。 音のない住宅街を抜け、静まり返った実家へと戻った。 ご両親を起こさないよう忍び足で廊下を歩き、豪の部屋のドアをそっと閉める。 電気をつけると、部屋の半分を占める巨大な鉄道模型のジオラマが、静かにそこにあった。 昼間に見たときよりも、深夜の静寂の中にあるそれは、まるで眠りについた小さな街のように見える。 豪は上着を脱ぐとベッドの縁に腰掛け、愛おしそうにジオラマの線路を指でなぞった。 「全国のレールを乗り潰すのが夢だって、いつか話したろ?」 深夜の空気に溶け込むような、穏やかな響きだった。 「うん、八ヶ岳の夜に教えてくれたね」 「まだ乗ったことない路線が、たくさんあるんだよな。 とくに九州とかさ、海沿いを走る特急とか、スイッチバックする山の中の駅とか……。 いつか、自分の足で全部まわってみたいんだ」 レールをなぞる指先の先に、まだ見ぬ遠い景色がはっきりと映っているようだった。 ボクは、少し離れたところからその横顔を眺めていた。 ふと、豪が顔を上げ、ベッドに深く身体を預けた。 まぶたを閉じたまま、ぽつりと零す。 「……なんかさ、 卒業したら、さっきみたいにみんなでこうやってバカやったりするのも減るんだなって思うと、ちょっと寂しいよな」 「……そうだね」 卒業。 その二文字が、急に遠い未来を現実に引き寄せる。 旅行会社のバイトも、大学のキャンパスで偶然すれ違う日常も、春になればすべて「過去の箱」にしまわれてしまう。 『大事なのは、過去にどれだけ一緒にいたかじゃねぇ。これから先、誰と一緒にいたいかだ』 数時間前、煙の向こうでお父さんが言ってくれた言葉が、鮮やかに蘇る。 待っているだけじゃ、ダメだ。 透明な存在のまま、彼がボクの手の届かない場所へ去っていくのを見送るだけなんて、もう嫌だった。 ふと、旅行会社のパンフレットの表紙で見た、雄大な山の稜線が頭に浮かぶ。 そして今、目の前で豪が語った、九州の列車の話。 点と点が、ボクの中で一本の線に繋がった気がした。 「……ねえ、豪」 自分の声が、信じられないほど静かに、そしてはっきりと部屋の空気を震わせた。 「一緒に九州の列車、乗りに行こうよ」 それは、何気ない会話の流れの中で、ふとこぼれ落ちた一言だった。 深く考え抜いて口にした言葉でも、劇的な決意を込めた誘いでもない。 豪はいつもの落ち着いた表情でこちらを向き、少しだけ目を丸くした。 そして。 「……うん、いいよ」 と、短く、でも確かな声で答えた。 その小さな頷きは、ボクにとって想像以上に大きな出来事だった。 この誘いは、ボクにとって単なる「卒業旅行」なんかじゃない。 大学生活の締めくくり、なんていうありふれた言葉では片づけられない、まだ名前を持たない祈りのようなものを含んでいた。 突然、豪がベッドから起き上がり、ペンを手にとる。 分厚い時刻表を片手に、白紙のノートは行程を綴った文字でまたたく間に埋まっていく。 「できた。 でも、ちょっと電車に乗り過ぎかな?」 恐る恐る、という顔をしてボクにノートを見せてきた。 観光する時間がどこにあるのかわからないほど、それは見事なまでに“乗り鉄”のための行程だった。 でも、どこへ行くか、何をするかが重要なんじゃない。 誰と過ごしたいかを考えたら、ボクの中で行程なんて、正直どうでもよかった。 「この案でいいよ」 少し意外そうに目を丸くしたあと、豪はすぐに目尻を下げて柔らかく微笑んだ。 「良かった。じゃあ、早速今度、駅で切符を買ってくるわ」 そう言う彼の目は、大好きな電車に乗れる期待で、少年のように輝いていた。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
8
2
127
12.3K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 豪くんの親戚や、幼馴染が仲間内で盛り上がって、アウェー感がある中、お父さんが岳くんの寂しそうな気配に気付き、岳くんが豪くんにとって大切な存在であり、二人の仲を後押ししてくれるような事を言ってくれて嬉しいですよね! カラオケの後、めちゃくちゃ気になります!
日本語
1
0
1
423
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクが学生時代に実際に体験した、第8話(全12話)です✍️ 🌻1〜3話 花火編(夏) 🍂4〜6話 バイト編(秋) ⛄️7〜9話 実家編(冬) 🌸10〜12話 卒業旅行編(春) これまでの話は、TLやハイライトから読めます。 直筆の励みになりますので、良かったらコメントに感想等お願いします🙇 ↓↓↓ 【第8話 未来への言葉】 その夜、連れて行かれた焼肉屋は、 地元の人から地元の人へと愛されているのがよくわかるほど、活気に満ちていた。 店には親戚の集まりだけではなく、 豪(ゴウ)の近所の幼馴染たちまで合流していて、 ちょっとした宴会になっていた。 換気扇が回っているとはいえ、店内は焼肉の煙で白く霞んでいる。 壁に貼られた色褪せたビールメーカーのポスターも、長年染み付いた油で黒ずんだ小上がりの座布団も、ボクにとっては不思議な空間だった。 威勢のいい笑い声と、ジョッキがぶつかる音。 豪は幼馴染たちと、地元のローカルなネタや昔話に花を咲かせていた。 「お前、あの時のあれ、マジでヤバかったよな!」 と、ボクの知らない時間の中で大笑いする豪。 その顔は、東京で見せるものよりずっと幼く、そして無防備だった。 その輪の中に、やっぱりボクは入っていけなかった。 ボクには、豪と昔のことを笑い合える共通の話題がない。 豪の過去を知らない。 積み上げてきた時間の「厚み」が違う。 当然のことなのに、どうしようもなく疎外感を感じて、正直、羨ましかった。 網の上で焦げかけているホルモンを眺めながら、 自分だけが透明になってしまったような孤独感を味わっていた。 どんな情けない顔をしていたのか、自分でも分からなかったけれど。 ふと、「ドスン」と地響きのような音がして、椅子が軋んだ。 豪のお父さんが、ボクの隣に腰を下ろした。 「岳(タケ)、ちゃんと食ってるか?」 太い腕が伸びてくる。 お酒の強くないボクのグラスに、瓶のウーロン茶をなみなみと注ぎ足した。 「あ、ありがとうございます……」 恐縮して身体を縮こまらせるボクに、 お父さんは豪たちの方を見つめたまま、ガハハと豪快に笑って、ぽつりと言った。 「豪が大学の友達を、わざわざ実家に連れてきたのは、初めてなんだよ」 「……えっ、そうなんですか?」 思わず顔を上げる。 豪なら、夏休みのたびに大勢の友人を連れて帰ってきそうなのに。 自分よりもいつも一緒にいる、あの華やかな仲間たちがたくさんいるのに。 とても意外だった。 お父さんは、ジョッキについた水滴を分厚い掌で無造作に拭った。 「おう。あいつ、東京でのことはあんまり話さねぇし、どんな友達が来るのかと思ってたけどよ……。お前さんで、良かったわ。また遊びにこいよ」 その言葉の、飾り気のない温かさに、胸がきゅっと締め付けられた。 お父さんは、さらに言葉を続けた。 その声は、説教をするわけでもなく、ただ事実を淡々と並べるような、職人のような響きがあった。 「さっきから岳、難しい顔して座ってるだら?  こいつらの話に入れなくて、つまらねぇかもしれんけどよ」 図星を突かれて、ボクは息を呑んだ。 この豪快なお父さんには、 ボクの抱えていた小さな劣等感などお見通しだったのだ。 「い、いえ、そんなことは……」 「気にすんなって。昔からつるんでる奴らが偉いなんてこたぁ、ねえんだよ」 お父さんは、網から立ち昇る煙の向こうで、 幼馴染にからかわれて照れ笑いをする豪を顎でしゃくった。 「あいつらは、たまたま同じ場所に生まれて、ガキの頃から顔合わせてただけだ。 いわば『腐れ縁』ってやつよ。古漬けみてぇなもんだ」 お父さんはニヤリと笑って、ボクの肩をバシッと強く叩いた。 「いいか、岳。 大事なのは『過去にどれだけ一緒にいたか』じゃねぇ。 『これから先、誰と一緒にいたいか』だ」 「……これから、ですか」 「おうよ。過去なんざ、どういじくっても変わらねぇ。 でもな、これから先の人生のほうが、今まで生きてきた時間よりずっと長いんだ。 付き合いの長さなんて、あっという間に追い越せるさ」 お父さんはジョッキを煽り、豪快に飲み干した。 「だから、でんと構えてりゃいいんだよ。あいつが選んで連れてきたのは、 あいつらじゃなくて、お前なんだからよ」 その言葉は、どんな慰めよりも力強く、ボクの腹の底に落ちてきた。 気の利いた言い回しもない。 けれど、この人の、この身体から出た言葉だからこそ、揺るぎない説得力があった。 ふと、顔を上げた。 白い煙が充満する向こう側に、豪がいる。 相変わらず、地元の友達や従兄弟たちに囲まれて、馬鹿騒ぎをしている。 その笑顔は、やっぱりボクの知らない「昔の豪」の顔だった。 けれど、さっきまで感じていた、透明人間のような寂しさは、不思議と薄れていた。 彼らと豪の間には、ボクがどう足掻いても届かない『過去』がある。 でも、いま豪が帰る場所として選んだのは、東京であり、そしてここにいるボクだった。 過去を共有していなくてもいい。 「これから」を一緒に作ればいい。 お父さんの言葉の意味を、ボクなりに噛み砕いてみる。 その言葉が持つ本当の意味、 友人としてのものなのか、それとももっと別の形なのか… 今のボクにはまだ、その答えを出す資格も勇気もない。 けれど。 もし、この先も彼と同じ時間を刻んでいけるなら。 10年先、20年先……その長い未来のどこかで、 今日という日が「懐かしい過去」に変わる瞬間がいつか来るとしたら。 「……長さなんて、追い越せる」 小さく呟いてみる。 その言葉は、祈りのように響いた。 豪が、ふいにこちらを向いた。 煙の向こうで目が合う。 「岳クン、大丈夫? 親父に捕まってない?」 心配そうに眉を下げるその表情は、幼馴染に向ける無防備なものではなく、 ボクだけに向けてくれる、少し大人びた気遣いの顔だった。 「ううん、大丈夫。……すごく、楽しいよ」 嘘じゃなかった。 ボクの言葉に、豪は安堵したように「そっか」と笑い、また賑やかな輪の中へと戻っていく。 網の上で爆ぜる脂の音。 店内に響く笑い声。 すべてが、さっきよりも鮮やかに、温かく聞こえた。 「さぁ! そろそろお開きにするぞー!」 お父さんのよく通る声が、宴の終わりを告げる。 立ち上がる豪の広い背中を見つめながら、ボクは目を逸らせなかった。 店を出ると、富士山から降りてくる冬の夜風が、火照った頬を撫でるように冷たく吹き抜けた。 見上げれば、東京の夜空とは比べ物にならないほど濃い暗闇の中に、星がいくつも凍りついたように瞬いている。 店の前の道路を、車がときどき通り過ぎる。 町は思ったより静かだった。 「俺は先に帰ってるぞ」 豪のお父さんは、店の前で短く手を上げると、タクシーに乗り込んで帰っていった。 その余韻が消えないうちに、従兄弟の疾風さんが声を張った。 「よし、二次会いくぞ二次会!」 ボクたちは近くのカラオケボックスへと、まだ熱の冷めやらないうちに雪崩れ込んだ。 部屋に入ると、甘ったるい消臭剤の匂いと、廊下を行き交う音の反響が押し寄せる。 すぐに大音量の演奏が鳴り響く。 タンバリンの音、マイクを通した歪んだ歌声、そして爆笑。 さっきの焼肉屋よりも狭い密室の中で、熱気はさらに高まっていく。 誰かがマイクを握り締め、流行りのビジュアル系バンドの曲を熱唱する。 「岳君も歌いなよ!」 豪の地元の友達にマイクを押し付けられそうになる。 一瞬迷ってボクは結局、よく知っている無難な曲を入れた。 声が出るか不安だったけど、歌い始めると、案外、息が通った。 「おー、意外と歌うじゃん!」 誰かが囃し、誰かが笑う。 疎外感はもうない。 それだけで、今のボクには十分だった。 時計の針が22時を回り、誰かが大きなあくびをしたのを合図に、宴は唐突に終わりを迎えた。 「明日、仕事なんだよな」 「俺も、彼女の家に行かなきゃなんねぇし」 一人が立つと、次々に立つ。 さっきまでの熱が、潮が引くみたいに落ちていく。 「じゃあな、豪! 東京で頑張れよ!」 「岳君も、またなー!」 従兄弟たちや地元の友人たちは、手を振りながらカラオケ屋から消えていった。 いつのまにか部屋は、さっきまでの喧騒が嘘のように、しんと静まり返っていた。 ボクと豪を、そこに残したまま。 歌い終えた曲の余韻だけが、まだ、かすかに空気の中を漂っている。 豪が、ゆっくりと息を吸う。 気配だけが静かに、そこにあった。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
7
15
375
30K
ラビ
ラビ@raby4274758·
顎肉どうにかしたい笑
日本語
5
7
398
13.2K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 豪くんは、岳くんが泊まりにきた、あの夜、嬉しかったんだろうな〜と想像します。 距離が縮まる中、実家に誘う豪くん、自分の気持ちをストレートに伝えてくれて素敵ですね! 豪くんの故郷での岳くんの感情表現が深くて何度も読み返しました!
日本語
1
0
1
244
岳(take)
岳(take)@tak5894·
ボクが四半世紀前に実際に体験した実話の第7話(全12話)です✍️ ついに物語も折り返し地点! これまでの話は、ハイライトやタイムラインから読めます。 直筆の励みになりますので、良かったらコメントに感想等お願いします🙇 ↓↓↓ 【第7話 放物線の外側】 東京の灰色のビル群は、もうどこにも見当たらない。 窓の外を流れるのは、冬枯れした田畑と、どこまでも広がる高い空だけだ。 厚手のコートを着込んだ乗客たちを乗せて、暖房の効いた路線バスは、地方の道路を揺れながら走っていく。 人の話し声も控えめで、聞こえるのは、エンジンの低い唸りと、窓枠が微かに鳴る音くらい。 年明けの車内には、どこか時間の速度が落ちたような、のんびりとした空気が漂っていた。 ボクはいま、豪(ゴウ)の隣に座り、彼の実家がある静岡県へと向かっている。 揺れる車体に身を任せていると、記憶はふと先日の「あの夜」へと引き戻される。 終バスを見送り、衝動的に豪の家に向かって歩き出した、あの秋の夜。 ーーー 深夜のインターホン越しにボクの顔を見た豪は、 一瞬だけ目を丸くした。 それから、ほんのわずかに肩の力を抜くみたいに息を吐いて、 「帰れなかったんだ」 と、どこかホッとしたような柔らかい笑顔でドアを開けてくれた。 その夜、ボクたちの間に“決定的な何か”が起きたわけじゃない。 ただ、小さな部屋で、ボクはマグカップを両手で包みながら、他愛のない話を続けただけ。 けれど、言葉と言葉の隙間に落ちる沈黙は、 夏の花火の夜よりもずっと優しく、 越えてはいけないはずの線を、そっと跨いでしまったような、そんな確かな熱を帯びていた。 その明け方、 薄いカーテンの向こうが少し白みはじめたころ、豪が、天井を見たままぽつりと言った。 「昨日、実家の話したじゃん」 「うん」 「年明けたら、久しぶりに帰ろうと思ってて」 そこに、ほんの一拍。 湯気の切れた空気が、静かに冷える。 「よかったら、岳(タケ)クンも一緒に来ない?」 「……え、いいの?」 「うん、雪化粧の富士山、結構きれいなんだよ」 それは、あまりにも自然な誘いだった。 友達として、当たり前のように差し出された言葉。 その誘いに、特別な意味はないことは、もちろん分かっていた。 また、期待と理性が同時に揺れる。 それでも、断る理由なんて、どこにもなかった。 「……行くよ。」 そう答えた自分の声は、あまりにも自信のないものだった。 豪はボクのそんな戸惑いには何も気づかず、 「じゃあ決まりな」と、何事もなかったように話をまとめたのだった。 ーーー あの夜から、あっという間に日にちは過ぎて、いまボクはここにいる。 路線バスの車窓の向こうには、見たこともないほど大きな富士山が、景色の大部分を占めてそびえていた。 真っ白に雪化粧したその姿は、豪の言っていた通り、息を呑むほど美しいと思った。 二人掛けの席も、ボクが細身だから一緒に座れているようなもので、 もし普通の大人が豪の隣なら、肩がぶつかって座れていないだろうと思うくらいに、豪はシートを大きく占めている。 その窮屈さすら、いまのボクには心地よかった。 「家の近くのバス停まで、ここから20分くらいかな」 久しぶりの帰省だからなのか、 窓の外を眺める豪の横顔は、わずかに嬉しそうに見えた。 やがて最寄りのバス停に着き、豪の実家へ向かう。 門の前に立つと、庭木の影が短く、冬の光は思いのほか強かった。 玄関先で出迎えてくれたのは豪のお母さんだった。 「いらっしゃい、遠くまで大変だったね」 その声は優しくて、まるで昔から知っている子にかけるみたいな温かさがあった。 お父さんは自営業でいまは外出しているらしく、 ボクは豪とともにリビングに案内された。 買ってきた手土産を渡し、ふとリビングを見渡すと、 棚の上に豪を含む家族の写真がいくつも飾ってあった。 その中には、泥だらけで笑う豪の幼い頃や、 野球でピッチャーをしてマウンドに立っていた高校時代の写真があり、 ボクの知らない「過去の豪」がそこにあった。 知らないのが当然なのに、知らないことが痛い。 「岳クン、俺の部屋にいこう」 そう声をかけられ、案内された部屋に入って、ボクは息を呑んだ。 部屋の約半分の面積を占める、巨大な鉄道模型のジオラマ。 一人暮らしのアパートで見たものよりもずっと数が多く、 複雑に入り組んだ線路の周りには、家々や踏切まで精巧に作られ、ひとつの街が完成していた。 「ビックリするだろ、これ」 「うん、聞いてはいたけれど…凄いね」 これはきっと、豪が生きてきた証といっても過言ではないのだろうな、 好きなものを“好き”として積み上げてきた証が、目の前にある。 「でね、“モハ”と“クモハ”の違いはさ……」 豪は目を輝かせながら、難解な車両形式の説明を楽しそうに話し始める。 ボクはどちらかと言うと、「旅」そのものが好きで、 モーター車や運転台の有無といった車両の構造については素人だった。 だから上手い相槌も打てないのに、豪は気にせず、楽しそうに話し続ける。 ボクは、ただその横顔を見ていた。 無邪気で、一生懸命で。 “恋をしてはいけない相手”が、こういう顔をするたび、余計に苦しくなる。 そんな話を心地よく聞いていると、 そのとき。 「豪、帰ってきたか?」 低い、地響きのような声とともに、 部屋の扉がノックもされずに突然開いた。 そこに立っていたのは、一目で豪の父親だとわかる大柄な男性。 体重は100キロを優に超えそうな出立ち。 圧倒的な厚み。顔立ちの輪郭まで“親子”だった。 「もう、ノックくらいしてよ」 と、東京では見せないような顔で、珍しく不貞腐れる豪。 そんな親子のやり取りを取り繕うかのように、 ボクは慌てて立ち上がり、 「お邪魔しています」 と深く頭を下げて挨拶した。 「おう、君が岳か。よく来たなー。」 当たり前のように、最初から呼び捨てにする豪のお父さん。 その豪快な人柄なのか、距離の詰め方が大雑把で、それがそのまま温度になっている人だった。 「昼飯まだだら? 焼きそば作るから、ちょっと待っててな」 案内されたのは、土間のような場所に鉄板が備え付けられた部屋。 油が跳ねる音。 ソースの焦げる匂い。 湯気の向こうで、お父さんの腕が迷いなくヘラを動かす。 麺は驚くほど太く、香ばしさが部屋いっぱいに満ちていく。 「これから疾風(ハヤテ)達も来るから、夜は焼肉でも行くか!」 誰のことだろう、と目を瞬かせると、隣で豪が小声で教えてくれる。 「あっ、俺の従兄弟のお兄ちゃんだよ。本家だから、親戚が地元に多いんだ」 食事が終わると、本当に嵐みたいな勢いで従兄弟たちがやってきた。 元々、そういう家系なのだろうか。豪に似た雰囲気の、体育会系の男たち。 従兄弟の一人が豪の肩を叩きながら、 「友達連れてくるって聞いたからさ、てっきり女の子かと思って期待しちゃったよ」 その場に、軽い笑いが起きる。 豪は困ったように笑って、 「何言ってんだよ。”ただの友達”だって」 と肩をすくめた。 「豪、キャッチボールしようぜ!」 「おう、いいね!久しぶりにやるか」 当然の流れのようだった。 豪がグローブを手にしながら振り返る。 「岳クンもやらない?」 その言葉にボクもつられるように腰を上げるけれど、身体の置き所が見つからない。 「ううん、ボクはやったことないから。見てるよ」 「そっか。じゃあ、とりあえず外いこうぜ」 冬の陽射しが降り注ぐ庭。 冷たく乾いた風が吹き抜ける。 頭上には、東京では見たこともないほど広大で、突き抜けるような青空が広がっていた。 その青を背景に、雪を戴いた富士山が、圧倒的な存在感で町を見下ろしている。 「いくぞー!」 バシッ。 乾いた捕球音が、静かな冬の空気を震わせた。 豪と、従兄弟の疾風さんが距離をとって向かい合う。 きれいな放物線を描いて、白い球が行き交う。 バシッ。パァン。 小気味良いリズム。 言葉なんていらない会話が、そこにはあった。 豪が太い腕をしならせてボールを投げる。 体重が乗った重そうなボールが、一直線に相手のミットに吸い込まれる。 そのフォームは美しく、躍動感に溢れていて、普段の彼が隠している野生が解き放たれているようだった。 「ナイスボール! 鈍ってないねえ!」 従兄弟の声と、ミットを叩く音。 白い息を吐きながら、彼らは身体全体で謳歌している。 ボクは少し離れた庭の縁側に座り、近くの自販機で買った午後ティーを両手で握りしめていた。 温かいはずのボトルが、冷たい風にさらされて、すぐにぬるくなっていく。 ただ、ボールを投げる。 受け止める。 その単純なやり取りが、どうしようもなく眩しくて羨ましかった。 ボクは、ここに来てよかったのかな。 ふと、そんな思いが頭をもたげる。 豪の投げるボールは、決してボクの方へは飛んでこない。 ボクはキャッチボールのルールも知らないし、その輪の中に自然に混じることもできない。 ここから見える豪は、大学やバイト先で見る彼とはまた違っていた。 同じバイトをして、家にも泊まりに行って、ボクは豪との距離が縮まったと、勝手に思い込んでいただけだった。 家族との絆のなかには、ボクの居場所なんて最初から用意されていない。 風景の一部にすらなれず、ただの異物としてそこに座っているだけのような気がした。 「岳クン、寒くない?」 遠くから豪が手を振って叫んだ。 その笑顔は、どこまでも屈託がなく、残酷なほどに優しかった。 ボクは精一杯の笑顔を作って、首を横に振る。 バシッ。 またひとつ、良い音が響いた。 その音を聞くたびに、心の奥の柔らかい場所が、少しずつ削られていく音がした。 富士山の裾野に広がるこの町で、豪という人間がどう作られたのか。 その答えを目の当たりにすればするほど、 ボクたちの間に横たわる、決して埋まることのない深い谷底を 覗き込んでいるような気分だった。 傾きかけた冬の陽が、豪たちの影を長く引き伸ばす。 その影にすら触れられないまま、 ボクは冷え切った午後ティーを、強く握りしめた。 ―続く―
岳(take) tweet media
日本語
3
3
132
14.3K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 仕事が楽しいって思えるのは、精神的にも良いですよね!残業で身体壊さないようにね。 いつも応援しています!
日本語
1
0
1
305
岳(take)
岳(take)@tak5894·
最近、仕事が楽しくて仕方ない👍 (通勤の満員電車は相変わらず苦手だけど💦) 春リリースの新商品開発に向けて、連日、残業と会議続き😱 それでも、自分が直接関わったものが世に出ていくと思うと嬉しい😆 子どもの頃から思い描いてきた夢に、ようやく少しずつ、近づいてきている #たまには顔出し
岳(take) tweet media
日本語
22
15
1.3K
40.6K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 6話もドキドキしながら読みました! 「学校では話さないんですよ」は、確かにグサッと刺さりますが、豪君の照れ隠しなのかな?と思いました。 豪君から、東武線が止まって帰れなさそうなら俺の家に来れば?って、そんな事言われたら、めちゃくちゃ嬉しいですよね!
日本語
1
0
1
303
岳(take)
岳(take)@tak5894·
むかしの日記の文章化、第6話(全12話)です✍️ ボクが四半世紀前に実際に体験した実話です👍 こんな純粋な頃もあったということで、お付き合いください🙇‍♂️ これまでの話は、ハイライトやタイムラインから読めます。 直筆の励みになりますので、良かったらコメントに感想等お願いします🤲 ↓↓ 【第6話 越えてはいけない線】 バイト先での豪(ゴウ)は、大学で見る姿よりもずっと大人に見えた。 旅行会社のオフィス。 コピー機のトナーの香りが漂う中で、彼はすでに自然に溶け込んでいる。 社員さんたちの輪の中にいても臆することなく、要点を外さずに受け答えをする。 電話が鳴れば、はっきりとした声で応対し、社員さんの指示にも迷いなく頷く。 年齢が倍ほど違う人たちに囲まれていても萎縮する様子はなく、むしろ自然にこの場所に馴染んでいた。 「ほんとに学生?」 部長にそう冗談めかして言うたび、豪は照れくさそうに頭をかく。 その何気ない仕草すら、大学で見かける“陽気な姿”とは別人みたいで、どこか大人びて見えた。 ボクはシフト表に二人の名前が並んでいるのを見つけるだけで、 その日は手帳のカレンダーの中で特別な色を帯びる。 それだけで、その一日が特別になる。 理由なんてなくて、ただ、楽しみだった。 大学では、相変わらず挨拶を交わす程度だった。 豪は豪の仲間といて、ボクはボクの場所にいる。 昼休みに一緒にご飯を食べることもなければ、 授業のあとに連れ立つこともない。 けれど、バイト先では違った。 同じデスクで資料をホチキス留めし、封筒に宛名シールを貼る。 昼休みには、ビジネス街のランチを並んで食べる。 そんな時間が重なるたび、 大学での距離感が、少しずつ嘘のように感じられた。 ここでは、肩書きも所属も関係なく、ただ「同じ場所にいる二人」になれる。 その事実が、嬉しくもあり、同時にどこか落ち着かなかった。 ある日、店内に並ぶ旅行パンフレットに目が留まった。 まだ実際には見たことのない景色が、色鮮やかに並んでいる。 その中で、九州のパンフレットを手に取った。 自分の父親は学生の頃、家族と一緒に九州から関東へ引っ越してきたと聞いている。 だから、ボクの体にも、半分は九州の血が流れていることになる。 自分のルーツがあるかもしれない土地。 いつか行ってみたいという気持ちは、ずっと胸の奥にあった。 そのパンフレットの表紙に写る、鹿児島の開聞岳。 その雄大な稜線が、不思議と遠い存在には思えなかった。 “知らないはずの場所なのに、知っている気がする”そんな、根拠のない懐かしさ。 「九州に興味あるの?」 突然、仲のいい社員さんに声をかけられた。 いつの間にか隣にいた社員さんが、ボクの手にとっているパンフレットを覗き込む。 我に返って「あ、はい」と頷くと、自然が多いとか、美味しいものが多いとか、そんな話を楽しそうにしてくれた。 写真の向こうの景色が、ほんの少しだけ近づいた気がした。 「今日さ、週末だし、みんなで飲みに行くんだけど。豪くんも岳(タケ)くんも、よかったら来ない?」 行かない理由はなかった。 月島のもんじゃ屋。 数人で鉄板を囲んで、湯気とソースの匂いに包まれる。 初めて食べる、もんじゃ焼きにヘラの使い方が分からず、ボクがもたつくと、みんなが笑った。 「ゆっくりでいいんじゃない。最初はみんなそうだから」 隣で焼きそばを手際よく作りながら、豪は言う。 周りの人がその器用さを誉めていると、 「俺の地元、焼きそば有名なんですよ。家に鉄板ある家も多くて」 そう、みんなに答えている。 富士山が近いこと。 朝の空気が澄んでいること。 従兄弟が多くて、いつも賑やかなこと。 語られる実家の話はどれも温度を持っていて、 豪が過ごしてきた時間を、少しだけ覗かせてもらった気がした。 そんなことを考えていると、 「二人って、仲のいい兄妹みたいだよね」 社員さんの、何気ない一言。 笑い声の中に紛れたはずのその言葉が、ボクの耳だけに残った。 「学校では、全然話さないんですよ」 豪は、事実をそのまま口にしただけだった。 けれど、その言葉が静かに刺さる。 大学では交わらなかった時間が、 バイトという場所だけで、こんなにも自然に重なっている。 環境が違うだけで、人の距離はこんなに簡単に変わってしまう。 簡単に変わるなら、簡単に消えるのだろうか。 “期限”が見える関係。 卒業する三月までの関係。 このまま同じ場所で働き続けられたら。 叶わない「もしも」を、鉄板の上の湯気に混ぜて飲み込む。 もし、幼馴染だったら。 もし、同じ場所で就職できたら。 ……もし、これが異性だったら。 現実はいつだって、ボクの想像に冷水を浴びせる。 それを認める勇気も、壊す勇気も、 いまの自分にはなかった。 それでも、心だけは少しずつ、 越えてはいけない線の手前まで来てしまっている気がしていた。 そして、飲み会のあと、みんなと別れて家路に向かう。 季節はゆっくり冬に近づいていて、 どこかの金木犀の香りが、風とともにその香りを散らしていた。 山手線に乗り込むと、車内で会話が耳に入った。 「今日は東武線、事故で止まってるってよ」 慌てて、降りた駅で掲示板を確認する。 乗り継ぎの先で止まっていたら、終電に間に合わない。 駅は人で溢れ、電車がいつ来るのかも分からない。 もう帰れないかもしれない、という不安がよぎる。 時刻表を調べると、路線バスで先の駅まで行けば、何とかなりそうだった。 都心から少し離れたバス停で、いつ来るか分からないバスを待っていると、 PHSの着メロが鳴った。 豪からだった。 「いま、駅の掲示板で東武線が止まってるの見たけど、帰り大丈夫?」 バスに乗れば何とかなりそうだから大丈夫だよ、と伝えると、 「帰れなかったら、うち来る?」 心臓が、小さく跳ねた。 「でも、バスもまだあるから、大丈夫かな」 「そっか。もしダメだったら、また連絡して」 その声は電話の向こうで、ほんの一瞬だけ、声の温度が下がった気がした。 受話器を持つ手がわずかに震える。 その優しさが、今のボクにはいちばん厄介だった。 このまま行けば、今まで必死に抑えてきた 「越えてはいけない線」を、簡単に踏み越えてしまう気がした。 豪に他意はない。 きっと、他の友達を家に招くのと同じ感覚だ。 あの花火の夜と同じ、善意の延長。 それがわかっているのに。 でも、この人には… バス停から「本日、最終のバスが参ります」と アナウンスが、現実的に響く。 このままバスに乗れば、きっと家には帰れる。 それが分かっているのに、足が動かない。 夏の花火の時に言われた、 「俺には、気を使わなくていいよ」 という言葉が頭をよぎる。 自分の中で、何かを決めた瞬間だった。 もう、気を使うことも遠慮することも、理由を探すのはやめた。 目の前を通り過ぎるバスを見送り、 ボクは、小田急線の方向へ歩き出していた。 —続く—
岳(take) tweet media
日本語
8
4
124
12.8K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 5話もドキドキしながら読みました。 豪君が飾らない本当の自分を、岳くんだけに曝け出し、岳くんも、そんな豪君を羨ましいと返答して、お互いの好意を探り合ってる感じがしました。 2人だけの秘密の一夜でしたね。 今後のアルバイトの展開が楽しみです!
日本語
1
0
1
268
岳(take)
岳(take)@tak5894·
日記の文章化、第5話(全12話)です✍️ 第1話から4話は、ハイライトまたは、タイムラインから読めます。 良かったらコメントに感想等お願いします🤲 【第5話 明け方の約束】 八ヶ岳の夜気を含んだ、冷たい空気を遮るように、 豪(ゴウ)が部屋に入ってきた。 閉まったドアの向こうから、遠くの宴会の喧騒がかすかに響く。 この四角い空間だけが、切り離された隠れ家のようだった。 「寒かったなー」 豪は肩をすくめ、おどけたように首を傾げる。 風呂上がりなのだろう。 夏に会った時より少しだけ伸びた前髪は、まだ湿り気を帯びていた。 それを無造作に、指で掻き上げる。 いつも大勢の仲間に囲まれ、隙のない快男児として振る舞う彼とは違う。 目の前にいるのは、ひどく無防備な姿だった。 「隣、いい?」 確認というより、習慣みたいな言い方。 ボクが小さく頷くと、 豪は「どさっ」と音を立てて隣の布団に潜り込んだ。 わずかに沈む床の感触。 彼から漂う石鹸の匂い。 そして、微かなアルコールの熱。 そのすべてが、ボクの心拍数を跳ね上げる。 「……俺さ、実はそこまでお酒、強くないんだよね」 天井を見つめたまま、豪がぽつりと零した。 「え、そうなの? いつも一番飲んでるイメージだけど」 「あはは、たぶんそう見えるだけだと思う」 豪は苦笑いをして、言葉を続けた。 「場は嫌いじゃないし、盛り上がるのは楽しい。 でもさ、それなりには気を張ってるんだ。 そうしたら、いつの間にか“そういう役”になってただけ」 「役」、か。 その言葉を聞いて、自分と置き換えて考えていた。 それは、ボクがこれまで演じてきた「目立たない、波風を立てない存在」という役割。 形こそ違えど、本質は同じもののように思えた。 「俺も、気を使うのは得意な方なんだよ。岳クンほどじゃないけどさ」 冗談めかして笑う豪の横顔を、豆電球の淡い光が照らし出す。 その柔らかい光の中で、豪は初めてボクに「本当の自分」の欠片を見せてくれた気がした。 「岳クンはさ」 不意に、豪がこちらを向いた。 至近距離で、視線が重なる。 「たまに、みんなと違うところにいるよね。 なんて言うか、一歩手前で立ち止まって、静かに世界を見ているというか」 評価でも、決めつけでもなく、 ただ、気づいたことをそのまま言葉にしたような声音だった。 「花火のときもさ。女の子がいたのに、岳(タケ)クン、ずっとクールだっただろ? 実はあの中に、岳クンのこと気になってる子がいたんだよ。 でも、あまりに興味なさそうだったから、あの子、諦めちゃったみたいでさ」 …違う。 クールだったわけじゃない。 澄ましていたわけでもない。 ただ、自分だけがみんなと違うベクトルの中で、どう振る舞えばいいのか分からなかっただけだ。 その説明できない想いを前にして、 「そっか」としか返せなかった。 言葉は、想いを超えることができない。 本当のことを言えば、この心地よい静寂も、隣にある体温も、 すべてが壊れてしまうことを理解していたから。 「俺もさ、こんなおじさん顔で体もゴツくなければ、 岳クンみたいにスマートなら、女の子にもっと自信持てるんだけどなあ」 その言葉は、鋭い針のようにボクの胸を突いた。 「……ボクは、豪のほうがずっと羨ましいよ。」 思わず、本音がこぼれる。 豪は少し驚いたように瞬きをして、 困ったように笑った。 「岳クンはさ、もっと自分に自信持った方がいいよ。」 諭すようでもなく、押しつけるでもない言い方。 “友達として”話していることが、痛いほど伝わってくる。 その誠実な優しさが、今のボクには一番切なかった。 「あ、ごめん。なんか説教くさかったな」 豪が、いつもの調子に戻る。 話題を変えるように、豪が趣味の話を始めた。 列車が好きで、全国のレールを乗り潰すのが夢だということ。 「同じ車両でもさ、路線を変えれば景色が全然違うだろ?あれがいいんだよ」 好きなものを語る豪の瞳には、確かな光が宿っていた。 音楽の話になり、チャゲアスが好きだと豪が話すと、 「少し古いって言われるんだけどさ」と少し照れくさそうに笑いながら。 「ASKAの、あのちょっと揺らぐような歌い方が好きなんだ」 そう語る彼を、ボクは黙って見つめていた。 狭い布団の中で、お互いの肩が触れそうな距離。 好きな音楽のこと、将来のこと。 とりとめもない会話が、静かな夜に溶けていく。 「卒業したらさ、 ちゃんと社会人できるか、不安なんだよな。 今みたいに、誰かが助けてくれるわけじゃないし」 豪の吐露する弱さが、じわりとボクの心に溶け込んでいく。 この人は、強いんじゃない。 ただ、誰よりも誠実に、自分の弱さと向き合って戦っているだけなんだ。 気づけば、カーテンの隙間から差し込む光が。 深い藍色から、淡い白へと変わり始めていた。 「……もう、朝だね」 豪が大きくあくびをして、目を細めた。 ふとした沈黙の中で、ボクは心の中にずっとあった 「小さな賭け」を口にすることにした。 「そう言えば、さっきの旅行会社のバイトのことだけど……」 「ん?」 「もしよかったら、豪も一緒にやらない? 豪なら、きっと向いてると思うし」 豪は少しだけ天井を見つめたあと。 あっさりと、でも確かに答えた。 「いいよ。やってみようかな」 その一言は、 ボクにとって単なるバイトの誘い以上の、特別な約束のように響いた。 この気持ちに、名前をつけるとしたら何なのか。 まだ答え出せないまま。 でも、もう戻れないところまで来ていることだけは、分かっていた。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
4
1
134
14.1K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 豪君が「岳君、ここにいたんだ〜」と言って偶然を装って部屋に来たシーン、豪くんは、岳君がこの部屋だと絶対知っていて、来たんでしょうね〜! 豪君は、部屋に入る前に、ドキドキしながら大きな深呼吸して入ってきたのかなと想像します! この後の展開も楽しみです!
日本語
1
0
1
209
岳(take)
岳(take)@tak5894·
引き続き、日記の文章化、第4話(全12話)です✍️ ⭐️第1話【普通の人間】 x.com/tak5894/status… ⭐️第2話【沈黙が追いつく距離】 x.com/tak5894/status… ⭐️第3話【夜明け前の余白】 x.com/tak5894/status… ※コメントに感想など頂けると嬉しいです😉 【第4話 分岐点】 薄手のシャツが街から消え、上着が必要になる頃には、あの夏の夜の出来事は、 最初から存在しなかったかのように、日常の底へと静かに沈んでいった。 大学構内で豪(ゴウ)とすれ違うことは、相変わらずあった。 廊下で、ゼミで、講義室の後ろの席で視界の端にその姿を見つけることもある。 坊主だった髪は少しだけ伸び、短髪を立ち上げていて、以前よりも大人びて見えた。 けれど、言葉を交わすことはほとんどなかった。 目が合えば軽く挨拶をする、それだけ。 あの夜、確かに縮まったはずの距離は、 現実の時間の中では、まるで夢だったかのように元へ戻っていた。 ”あれは、特別な一晩だっただけ” そう心の中で繰り返すことで、期待と失望のあいだに線を引き、 感情が溢れ出さないよう、必死に抑えていた。 自分の気持ちを深追いしなければ、傷にはならない。 そう信じて、ボクは元の生活へと戻っていった。 就職氷河期と呼ばれている時代の中で、運よく内定をひとつもらい、 卒業と同時に東京を離れることが決まっていた。 人の多さと、速すぎる時間の流れ。 いつの間にか息を詰めて生きていたこの街から離れられることに、 どこかで安堵している自分がいた。 卒業まで、あとは静かに過ごすだけ。 そう思っていた矢先、大学の講師の紹介で、かつての教え子が勤めているという 八丁堀にある旅行会社でのアルバイトが決まった。 希望していた旅行業界に就職できなかったボクにとって、 その話は、思いがけない歓喜の出来事だった。 片道二時間弱。 朝は暗いうちに家を出て、夜は終電近くまで働く日々。 週の半分くらい、勤めていた。 整然と並ぶデスク、鳴り止まない電話、急ぎ足で行き交う人たち。 現実は、夢見ていたほど華やかではない。 ひっきりなしに鳴る電話、 山のような書類、チケットの発送作業。 テレビドラマで見たことのあるような、でも画面越しとは違う現実のオフィス。 中小企業だからこそ、一人ひとりが担う役割は重く、 学生のボクにも、その忙しさははっきりと伝わってきた。 予約の確認、チケットの発送作業。 旅行雑誌では学べないことを、次から次へと体験させてもらった。 旅が好きだという気持ちだけで、どこか自分には向いていると 思い込んでいたのかもしれない。 しかし、自分より十も二十も年上の大人たちに囲まれ、実務の厳しさを叩き込まれることに、 その自信はすぐに驕りに変わり、実務経験の無さを思い知らされる場面も多かった。 そして大学へ行く回数は減り、友人たちと会う機会も少なくなった。 その代わり、年上の先輩たちと飲む時間が増え、 自分が少しずつ、次の場所へ移動し始めている感覚があった。 秋が深まり始めた頃、大学の思い出作りの行事として、 八ヶ岳の麓にあるロッジでの一泊レクリエーションが企画された。 自由参加。正直、気乗りはしなかった。 それでも参加を決めた理由は、名簿の中に豪の名前を見つけてしまったからだ。 何も期待していないと言えば嘘になる。 でも、夏のあの出来事が特別だっただけ。 そう自分に言い聞かせながら、当日はその言葉を、何度も心の中で繰り返していた。 ロッジに着いてからも、豪は相変わらず自然に人の輪の中にいて、 ボクはその少し外側から、距離を保ったまま過ごしていた。 話すきっかけは見つからない。 視線が交わることもない。 夕方になり、 「やっぱり来なければよかったのかもしれない」 そんな弱気な考えが頭をよぎった。 夜の懇親会で、誰かが言った。 「あとで一つの部屋に集まって、飲まない?」 周囲が盛り上がる中、ボクは静かに立ち上がった。 日頃のバイトの疲れもあり、今夜は無理をする気になれない。 「ごめん、今日は先に休むね」 そう友達に告げて、一人で自分の部屋へ向かう。 無理をする理由が、もう自分の中にはなかった。 割り当てられた部屋は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。 床が、歩くたびに小さく鳴る。 冷えた布団に潜り込むと、天井の低さと、木の匂いが一気に迫ってきた。 疲れているはずなのに目を閉じても、眠気はなかなか訪れない。 話せなかったこと。 視線の先にあった、大きな存在。 名簿で名前を見つけただけで揺れた心。 何も起きていないはずなのに、確かに残っている感情が、 暗闇の中で、静かに輪郭を持ち始めていた。 そのとき、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。 扉がそっと開き、豆電球の灯りが、床を細く照らす。 「岳(タケ)クン、ここにいたんだ。 疲れてそうだったけど、大丈夫?」 逆光の中で部屋の入り口に立つ人影。 声を聞く前から、体の大きさとその輪郭で、 それが豪だと分かった。 「俺の部屋さ、みんなの宴会部屋に使われっちゃっててさ。 まだ終わりそうになくて」 少し困ったように言う豪。 みんなと随分飲んだのだろう、頬は赤く火照り、言葉の端がときどき絡み、身体を支えるように扉に手をついていた。 「ここで、寝てもいい?」 一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。 頭の中で何かが弾くような音が鳴る。 「う、うん。別に構わないけど……」 平然を装ったつもりの声が、思ったよりも上ずっていた。 豪はボクの答えをわかっていたかのように、 そして部屋に入ってきた。 ―続く―
岳(take) tweet media
岳(take)@tak5894

引き続き、日記の文章化(第3話)です✍️ (画像はAIによるイメージです😅) コメントで感想を教えてもらえると喜びますw ⭐️第1話 x.com/tak5894/status… ⭐️第2話 x.com/tak5894/status… 【第3話 夜明け前の余白】 並んで歩いていたはずなのに、気づけば豪(ゴウ)は立ち止まっていた。 「岳(タケ)クンさ。俺には気を使わなくていいよ」 彼はボクの反応を待つわけでもなく、夜風を味わうように、少しだけ歩調を緩めた。 「え……どうしたの、急に?」 不意を突かれた言葉だった。 「いや、今日一日見てて思ったんだ。岳クン、ずっと周りに気を回してたでしょ」 そんなふうに、面と向かって言われたのは初めてだった。 ボクは反射的に「そんなことないよ」と笑おうとしたけれど、言葉が喉につかえて、うまく返せなかった。 自分でも、無意識のうちに目を逸らし続けてきた領域だった。 ── 親戚のなかでも末っ子の自分は、確かに人の顔色をうかがって育ってきたのかもしれない。 相手が何を求めているのか。どんな返事をすれば、この場が丸く収まるのか。 言われる前に察して、先回りして、波風が立たないように自分を削る。 そうすれば、誰かを不快にさせることもなく、自分が傷つくこともない。 だからそれは「気遣い」や「優しさ」なんかじゃなくて、ただの臆病さの裏返しだった。 拒まれるのが怖くて、嫌われる前に自分の輪郭を薄くする。 それが、ボクにとっての当たり前だった。 ── そんな臆病さを、豪は責めるでもなく、正すこともなく、ただ「自分には必要ない」とだけ告げた。 ボクよりも、ボクのことを見ている人がいると錯覚するくらい、その事実に、心の底がかすかに揺れた。 「……うん。ありがとう」 絞り出すようなボクの返事に、豪はそれ以上踏み込むことなく、 「行こっか」とでも言うように、また歩き出した。 部屋に戻ると、先ほどと変わらない賑やかな声が溢れていた。 買い出しに出ていた数分間のことなど、誰も気に留めていないようで、笑い声と缶の開く音が交錯する。 豪を半歩後ろから追いかけた、あの夜道。 街灯の下で交わされた、二人だけの沈黙。 部屋の騒がしさの向こう側で、その記憶だけが、熱を帯びたまま淡く光っていた。 ボクも豪も、何事もなかったかのような顔で輪に戻る。 それができてしまう自分が、少しだけ寂しくて、同時に、自分たちだけの秘密が増えたようで嬉しかった。 夜が更けるにつれ、一人、また一人と睡魔に負けて脱落していく。 床に雑魚寝する者、椅子にもたれて寝息を立てる者。 自分も限界を感じ、空いている壁際に横になって目を閉じた。 外からは、新聞配達のバイクの音が、かすかに聞こえる。 豪はまだ起きているらしく、別の友人と声を潜めて笑っていた。 眠ってしまうのが、もったいなかった。 この熱を帯びた夜が終わってしまえば、また元の立ち位置に戻ってしまう気がして。 眠っているふりをしながら、意識の糸を豪の声だけに繋ぎ止める。 深夜特有の、少しだけ理性が緩む空気。 やがて話し声が途切れ、テレビの微かなノイズだけが部屋に残った、そのとき。 「岳クンってさ」 不意に、豪の声が耳に触れた。 すぐ近くで、誰かに話しかけるというより、思わずこぼれた独り言のような低さで。 「なんか……可愛いよね」 心臓が、鋭い痛みを伴って跳ねた。 目を開けてはいけない、と本能が告げていた。 豪がどんな顔で、誰に向かってそれを言ったのか。 庇護欲なのか、単なる興味なのか。分からない。 ただ、はっきりしていたのは、それが恋愛感情としての言葉ではない、ということ。 自分に向けられる感情が、特別であるはずがない。 ここで起き上がってしまえば、その一言は冗談に変わってしまう。 だから呼吸を整え、瞼を閉じたまま、深く沈んでいくふりを続けた。 その言葉だけを、心の一番深い場所に、そっとしまい込んで。 目が覚めると、カーテンの隙間から夏の容赦ない朝日が差し込んでいた。 夜の湿り気は消え、部屋には生活の匂いと、気だるい朝の空気が漂っている。 友人たちが一人、また一人と起き上がり、帰り支度を始める。 洗面所で顔を洗っていた豪が、タオルで髪を拭いている。 昨夜の出来事が夢だったのではないかと、確かめるように何度も瞬きをした。 帰り際、玄関で靴を履きながら、数人のなかで一瞬だけ豪と視線が合う。 「気をつけてね」も、「また学校で」もない。 ただ、まっすぐに視線を交わすだけ。 大勢の中では見せない、二人だけの約束のような静けさ。 それだけで、十分だった。 帰りの小田急線。 窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら、昨日の出来事を反芻する。 大輪の花火。 オレンジ色の夜道。 豪の広い背中。 「気を使わなくていいよ」という、殻を割るような言葉。 そして、暗闇の中で聞いた、あのささやき。 胸の奥に残る熱が、どうしても冷めない。 自分の本心に気づかないふりをして、やり過ごせていれば楽だった。 自分は「普通」で、「みんなと同じ」だと嘘をつき続けていれば、こんな思いを抱くこともなかったはずなのに。 電車が駅に停まり、ドアが開く。 新しい空気が流れ込み、心を揺らす。 大学生活の終わりが、少しずつ輪郭を持ちはじめた。 ボクはまだ、立ち止まったままだった。 時間は何事もなかったように進んでいく。 けれど、残った記憶だけは、消えないままで、季節は、あの日を置き去りにするように、音もなく秋へと傾いていった。 ―続く―

日本語
4
2
102
17.9K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 自分の高3の部活の夏合宿の時の事を思い出して、キュンとしながら読まさせていただいてます! 岳さんみたいに、「なんか可愛いよね」なんて言われてみたかったなぁ〜 今後の展開も楽しみにしております!
日本語
1
0
1
185
岳(take)
岳(take)@tak5894·
引き続き、日記の文章化(第3話)です✍️ (画像はAIによるイメージです😅) コメントで感想を教えてもらえると喜びますw ⭐️第1話 x.com/tak5894/status… ⭐️第2話 x.com/tak5894/status… 【第3話 夜明け前の余白】 並んで歩いていたはずなのに、気づけば豪(ゴウ)は立ち止まっていた。 「岳(タケ)クンさ。俺には気を使わなくていいよ」 彼はボクの反応を待つわけでもなく、夜風を味わうように、少しだけ歩調を緩めた。 「え……どうしたの、急に?」 不意を突かれた言葉だった。 「いや、今日一日見てて思ったんだ。岳クン、ずっと周りに気を回してたでしょ」 そんなふうに、面と向かって言われたのは初めてだった。 ボクは反射的に「そんなことないよ」と笑おうとしたけれど、言葉が喉につかえて、うまく返せなかった。 自分でも、無意識のうちに目を逸らし続けてきた領域だった。 ── 親戚のなかでも末っ子の自分は、確かに人の顔色をうかがって育ってきたのかもしれない。 相手が何を求めているのか。どんな返事をすれば、この場が丸く収まるのか。 言われる前に察して、先回りして、波風が立たないように自分を削る。 そうすれば、誰かを不快にさせることもなく、自分が傷つくこともない。 だからそれは「気遣い」や「優しさ」なんかじゃなくて、ただの臆病さの裏返しだった。 拒まれるのが怖くて、嫌われる前に自分の輪郭を薄くする。 それが、ボクにとっての当たり前だった。 ── そんな臆病さを、豪は責めるでもなく、正すこともなく、ただ「自分には必要ない」とだけ告げた。 ボクよりも、ボクのことを見ている人がいると錯覚するくらい、その事実に、心の底がかすかに揺れた。 「……うん。ありがとう」 絞り出すようなボクの返事に、豪はそれ以上踏み込むことなく、 「行こっか」とでも言うように、また歩き出した。 部屋に戻ると、先ほどと変わらない賑やかな声が溢れていた。 買い出しに出ていた数分間のことなど、誰も気に留めていないようで、笑い声と缶の開く音が交錯する。 豪を半歩後ろから追いかけた、あの夜道。 街灯の下で交わされた、二人だけの沈黙。 部屋の騒がしさの向こう側で、その記憶だけが、熱を帯びたまま淡く光っていた。 ボクも豪も、何事もなかったかのような顔で輪に戻る。 それができてしまう自分が、少しだけ寂しくて、同時に、自分たちだけの秘密が増えたようで嬉しかった。 夜が更けるにつれ、一人、また一人と睡魔に負けて脱落していく。 床に雑魚寝する者、椅子にもたれて寝息を立てる者。 自分も限界を感じ、空いている壁際に横になって目を閉じた。 外からは、新聞配達のバイクの音が、かすかに聞こえる。 豪はまだ起きているらしく、別の友人と声を潜めて笑っていた。 眠ってしまうのが、もったいなかった。 この熱を帯びた夜が終わってしまえば、また元の立ち位置に戻ってしまう気がして。 眠っているふりをしながら、意識の糸を豪の声だけに繋ぎ止める。 深夜特有の、少しだけ理性が緩む空気。 やがて話し声が途切れ、テレビの微かなノイズだけが部屋に残った、そのとき。 「岳クンってさ」 不意に、豪の声が耳に触れた。 すぐ近くで、誰かに話しかけるというより、思わずこぼれた独り言のような低さで。 「なんか……可愛いよね」 心臓が、鋭い痛みを伴って跳ねた。 目を開けてはいけない、と本能が告げていた。 豪がどんな顔で、誰に向かってそれを言ったのか。 庇護欲なのか、単なる興味なのか。分からない。 ただ、はっきりしていたのは、それが恋愛感情としての言葉ではない、ということ。 自分に向けられる感情が、特別であるはずがない。 ここで起き上がってしまえば、その一言は冗談に変わってしまう。 だから呼吸を整え、瞼を閉じたまま、深く沈んでいくふりを続けた。 その言葉だけを、心の一番深い場所に、そっとしまい込んで。 目が覚めると、カーテンの隙間から夏の容赦ない朝日が差し込んでいた。 夜の湿り気は消え、部屋には生活の匂いと、気だるい朝の空気が漂っている。 友人たちが一人、また一人と起き上がり、帰り支度を始める。 洗面所で顔を洗っていた豪が、タオルで髪を拭いている。 昨夜の出来事が夢だったのではないかと、確かめるように何度も瞬きをした。 帰り際、玄関で靴を履きながら、数人のなかで一瞬だけ豪と視線が合う。 「気をつけてね」も、「また学校で」もない。 ただ、まっすぐに視線を交わすだけ。 大勢の中では見せない、二人だけの約束のような静けさ。 それだけで、十分だった。 帰りの小田急線。 窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら、昨日の出来事を反芻する。 大輪の花火。 オレンジ色の夜道。 豪の広い背中。 「気を使わなくていいよ」という、殻を割るような言葉。 そして、暗闇の中で聞いた、あのささやき。 胸の奥に残る熱が、どうしても冷めない。 自分の本心に気づかないふりをして、やり過ごせていれば楽だった。 自分は「普通」で、「みんなと同じ」だと嘘をつき続けていれば、こんな思いを抱くこともなかったはずなのに。 電車が駅に停まり、ドアが開く。 新しい空気が流れ込み、心を揺らす。 大学生活の終わりが、少しずつ輪郭を持ちはじめた。 ボクはまだ、立ち止まったままだった。 時間は何事もなかったように進んでいく。 けれど、残った記憶だけは、消えないままで、季節は、あの日を置き去りにするように、音もなく秋へと傾いていった。 ―続く―
岳(take) tweet media
岳(take)@tak5894

前回の投稿に反響をいただき、ありがとうございます!🙂 学生生活の終わり、あの日から始まったボクと豪の物語… 引き続き、日記の文章化(第2話)です✍️ ⭐️第1話はこちら⭐️ x.com/tak5894/status… 【第2話 沈黙が追いつく距離】 向ヶ丘遊園駅から少し歩いた住宅街の一角に、豪(ゴウ)の部屋はあった。 外観は、いかにも学生向けのワンルーム。良くも悪くも、飾り気はない。 終電を逃した数人だけがその部屋に集まり、床に座ったり、ベッドに腰掛けたりしながら、まだ夜の続きを名残惜しむように酒を飲んでいた。 大きなテレビも、流行りのインテリアもない。 代わりにボクの目を引いたのは、棚に整然と並ぶ精巧な列車の模型と、壁に貼られた数枚の鉄道ポスターだった。 「豪くんって、電車が好きなんだね」 女子の一人が無邪気にそう尋ねると、豪は少し照れたように頭をかいた。 アルコールのせいか、日に焼けた頬がいつもより赤い。 「実家にはもっとあるんだけどさ。 さすがにここには置ききれなくて。気に入ってるやつだけ連れてきたんだ」 その言い方は、まるで長年連れ添った相棒を語るようで、どこか幼さを残していた。 あっ、そうなんだ。 胸の奥で、小さな火が灯ったような感覚があった。 ── 自分も、旅が好きだった。 いや、「好きだった」というより、そこに逃げ場を作ってきた、と言った方が近いかもしれない。 中学生の頃、周囲がゲームや部活に熱中する中、ボクは小遣いを貯めては分厚い列車の時刻表を買っていた。 ページをめくるたびに、聞いたこともない地名と分単位で刻まれた数字が果てしなく並んでいる。 それだけで遠くへ連れて行ってくれる気がした。 週末の夜、家族が寝静まったあとの静寂の中で、机に向かってノートを広げる。 どの駅で乗り換え、どの特急に揺られれば、憧れの街へ辿り着けるのか。 中学生では現実には行けない旅を、朝方まで一人で何度もなぞっていた。 それでも、「いつかこんな行程で旅をしてみたい」と、夢の中だけは自由だった。 ── 豪も、この模型を見つめながら、まだ見ぬ線路の先に思いを馳せてきたのだろうか。 そんなことを考えるだけで、心が少しだけあたたかくなる。 共通の話題がある、というだけで、思いがけない場所で足元がつながった気がした。 「あ、お酒なくなったね。誰か買いに行く?」 誰かが空の缶を振りながら言った。 自然と視線が交わる中で、ボクは反射的に手を挙げた。 まだ慣れていないお酒と、賑やかな空気の中に居続けることに、少しだけ疲れを感じ始めていたからだ。 一人になって、夜風に当たりたかった。 少しでも役に立てるなら、と言い聞かせたけど、本心はその方が楽だった。 「じゃあ、俺が行くよ」 そう言った直後に、ある重大なことに気づく。 コンビニ、どこだっけ。 この辺りの地理はまったく分からない。 言い出した手前、今さら取り消すのも気まずくて、どうしたものかと立ち尽くしていると。 「俺も一緒に行くよ」 豪が、ごく自然な動作で立ち上がった。 あまりにも自然な、当たり前の調子で。 その一言が、夜の静けさに染み込んでいく。 ただの買い出し。それだけなのに気持ちが、わずかに跳ねた。 玄関のドアを開けると、夏の夜の空気が一気に流れ込んでくる。 アスファルトが残した昼間の熱と、どこか遠くを走る車の音。 夜の住宅街の静けさに、さっきまでの賑やかな部屋の喧騒が嘘のように溶けていく。 「こっちだよ、コンビニ。」 豪が先を歩き出す。ボクはその背中を、半歩後ろから追いかけた。 自分の足音だけがやけに大きく響く。 大学では毎日のように見かけている背中なのに、こうして二人きりで歩くのは初めてだった。 別に特別な状況じゃない。ただ酒を買いに行くだけ。 そう言い聞かせても、隣を歩く豪の体温や、時折触れそうになる肩の距離に、意識が引き寄せられてしまう。 横に並ぶと、改めてその体格の差を突きつけられる。 自分より高い身長に、二回りほど分厚い胸板と、歩くたびにTシャツの袖を押し上げる逞しい二の腕。 そこから漂う、男特有の熱を帯びた匂いが、いつもの「熊みたいな」輪郭をより強く浮かび上がらせていた。 「花火、天気が良くてよかったね」 そんな、当たり障りのない言葉しか出てこない。 何か話さなきゃ、と思うほど、言葉が見つからない。 豪のまわりの明るい友人たちのように、場を盛り上げる面白い話題のひとつもない。 やはり、買い出しに行くなんて言わなければよかったかもしれない。そんな後悔が胸をかすめた。 やがてコンビニに着いて、みんなに言われた酒とお菓子を買い込み、店を出る。 「岳(タケ)クン、さっきさ」 帰り道に、不意に豪が横顔を向けた。 「花火、あんまり楽しめてなかっただろ?」 心臓が、鋭い音を立てて跳ねた。 気づかれていた。 その事実への驚きと同時に、自分を見ていてくれたのではないか、という淡い期待が胸をよぎる。 「え……いや……。楽しくなかったわけじゃないんだけど」 ボクは視線を泳がせ、曖昧に言葉を繋いだ。 「ただ、こんなに他校の女子とか、人が集まると思ってなくて。ちょっと圧倒されちゃって」 嘘ではない。 でも、それだけでもなかった。 豪は「そっか」と短く応じると、歩く速度をほんの少し落とした。 それがボクに合わせるための配慮なのか、ただの気まぐれなのかは分からない。 けれど、その微かな変化が、ボクの緊張を少しずつ解いていく。 「俺もさ、」 意外そうな声で、豪が続ける。 「ああいう大人数で行動するの、実はそんなに得意じゃないんだ」 ボクは思わず足を止めて、彼の顔を少しだけ覗き込む。 「え、でも……豪はいつもみんなの中心にいて、楽しそうに見えるけど」 飲み込もうとした言葉が、自然に出てしまう。 「慣れただけだよ。東京に来て、そう振る舞うのに慣らされただけ。 嫌いじゃないけど、得意なわけでもない。」 そう言って、豪は街灯の下で、少しだけ照れたように笑った。 その表情は、花火の光に照らされていた時よりも、ずっと柔らかく、ずっと近くにあるように感じられる。 ああ、そうか。この人も、演じている部分があるのかもしれない。 “普通”の輪の中で、異性や友達に振る舞いながら。 「岳クンはさ、ああいう場所だと、無理してるのがすぐ分かるね」 「……そんなに分かりやすい?」 「うん。割と顔に出てる」 即答されて、思わずお互い、苦笑いがこぼれる。 沈黙が落ちる。 けれど、それは先程のような、やり過ごさなければならない気まずい時間ではなく、 お互いの本音を少しだけ分け合ったあとの、心地よい静寂。 深夜の住宅街を照らす街灯のオレンジ色が、二人の影を長く引き延ばしていた。 もうすぐ、あの賑やかな部屋に戻る。 そう思うと、この何でもない夜道が、永遠に続いてほしいような、そんな切ない場所に思えてきた。 「岳クンさ、」 豪が、袋の中で缶がぶつかる音をさせながら、ふっと思い出したように言った。 ー続くー

日本語
7
5
204
40.9K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 仲間達がいる部屋から、気になる人と二人きりでコンビニへ、ドキドキしますね❤️ この後の展開、めちゃくちゃ気になります!
日本語
1
0
1
417
岳(take)
岳(take)@tak5894·
前回の投稿に反響をいただき、ありがとうございます!🙂 学生生活の終わり、あの日から始まったボクと豪の物語… 引き続き、日記の文章化(第2話)です✍️ ⭐️第1話はこちら⭐️ x.com/tak5894/status… 【第2話 沈黙が追いつく距離】 向ヶ丘遊園駅から少し歩いた住宅街の一角に、豪(ゴウ)の部屋はあった。 外観は、いかにも学生向けのワンルーム。良くも悪くも、飾り気はない。 終電を逃した数人だけがその部屋に集まり、床に座ったり、ベッドに腰掛けたりしながら、まだ夜の続きを名残惜しむように酒を飲んでいた。 大きなテレビも、流行りのインテリアもない。 代わりにボクの目を引いたのは、棚に整然と並ぶ精巧な列車の模型と、壁に貼られた数枚の鉄道ポスターだった。 「豪くんって、電車が好きなんだね」 女子の一人が無邪気にそう尋ねると、豪は少し照れたように頭をかいた。 アルコールのせいか、日に焼けた頬がいつもより赤い。 「実家にはもっとあるんだけどさ。 さすがにここには置ききれなくて。気に入ってるやつだけ連れてきたんだ」 その言い方は、まるで長年連れ添った相棒を語るようで、どこか幼さを残していた。 あっ、そうなんだ。 胸の奥で、小さな火が灯ったような感覚があった。 ── 自分も、旅が好きだった。 いや、「好きだった」というより、そこに逃げ場を作ってきた、と言った方が近いかもしれない。 中学生の頃、周囲がゲームや部活に熱中する中、ボクは小遣いを貯めては分厚い列車の時刻表を買っていた。 ページをめくるたびに、聞いたこともない地名と分単位で刻まれた数字が果てしなく並んでいる。 それだけで遠くへ連れて行ってくれる気がした。 週末の夜、家族が寝静まったあとの静寂の中で、机に向かってノートを広げる。 どの駅で乗り換え、どの特急に揺られれば、憧れの街へ辿り着けるのか。 中学生では現実には行けない旅を、朝方まで一人で何度もなぞっていた。 それでも、「いつかこんな行程で旅をしてみたい」と、夢の中だけは自由だった。 ── 豪も、この模型を見つめながら、まだ見ぬ線路の先に思いを馳せてきたのだろうか。 そんなことを考えるだけで、心が少しだけあたたかくなる。 共通の話題がある、というだけで、思いがけない場所で足元がつながった気がした。 「あ、お酒なくなったね。誰か買いに行く?」 誰かが空の缶を振りながら言った。 自然と視線が交わる中で、ボクは反射的に手を挙げた。 まだ慣れていないお酒と、賑やかな空気の中に居続けることに、少しだけ疲れを感じ始めていたからだ。 一人になって、夜風に当たりたかった。 少しでも役に立てるなら、と言い聞かせたけど、本心はその方が楽だった。 「じゃあ、俺が行くよ」 そう言った直後に、ある重大なことに気づく。 コンビニ、どこだっけ。 この辺りの地理はまったく分からない。 言い出した手前、今さら取り消すのも気まずくて、どうしたものかと立ち尽くしていると。 「俺も一緒に行くよ」 豪が、ごく自然な動作で立ち上がった。 あまりにも自然な、当たり前の調子で。 その一言が、夜の静けさに染み込んでいく。 ただの買い出し。それだけなのに気持ちが、わずかに跳ねた。 玄関のドアを開けると、夏の夜の空気が一気に流れ込んでくる。 アスファルトが残した昼間の熱と、どこか遠くを走る車の音。 夜の住宅街の静けさに、さっきまでの賑やかな部屋の喧騒が嘘のように溶けていく。 「こっちだよ、コンビニ。」 豪が先を歩き出す。ボクはその背中を、半歩後ろから追いかけた。 自分の足音だけがやけに大きく響く。 大学では毎日のように見かけている背中なのに、こうして二人きりで歩くのは初めてだった。 別に特別な状況じゃない。ただ酒を買いに行くだけ。 そう言い聞かせても、隣を歩く豪の体温や、時折触れそうになる肩の距離に、意識が引き寄せられてしまう。 横に並ぶと、改めてその体格の差を突きつけられる。 自分より高い身長に、二回りほど分厚い胸板と、歩くたびにTシャツの袖を押し上げる逞しい二の腕。 そこから漂う、男特有の熱を帯びた匂いが、いつもの「熊みたいな」輪郭をより強く浮かび上がらせていた。 「花火、天気が良くてよかったね」 そんな、当たり障りのない言葉しか出てこない。 何か話さなきゃ、と思うほど、言葉が見つからない。 豪のまわりの明るい友人たちのように、場を盛り上げる面白い話題のひとつもない。 やはり、買い出しに行くなんて言わなければよかったかもしれない。そんな後悔が胸をかすめた。 やがてコンビニに着いて、みんなに言われた酒とお菓子を買い込み、店を出る。 「岳(タケ)クン、さっきさ」 帰り道に、不意に豪が横顔を向けた。 「花火、あんまり楽しめてなかっただろ?」 心臓が、鋭い音を立てて跳ねた。 気づかれていた。 その事実への驚きと同時に、自分を見ていてくれたのではないか、という淡い期待が胸をよぎる。 「え……いや……。楽しくなかったわけじゃないんだけど」 ボクは視線を泳がせ、曖昧に言葉を繋いだ。 「ただ、こんなに他校の女子とか、人が集まると思ってなくて。ちょっと圧倒されちゃって」 嘘ではない。 でも、それだけでもなかった。 豪は「そっか」と短く応じると、歩く速度をほんの少し落とした。 それがボクに合わせるための配慮なのか、ただの気まぐれなのかは分からない。 けれど、その微かな変化が、ボクの緊張を少しずつ解いていく。 「俺もさ、」 意外そうな声で、豪が続ける。 「ああいう大人数で行動するの、実はそんなに得意じゃないんだ」 ボクは思わず足を止めて、彼の顔を少しだけ覗き込む。 「え、でも……豪はいつもみんなの中心にいて、楽しそうに見えるけど」 飲み込もうとした言葉が、自然に出てしまう。 「慣れただけだよ。東京に来て、そう振る舞うのに慣らされただけ。 嫌いじゃないけど、得意なわけでもない。」 そう言って、豪は街灯の下で、少しだけ照れたように笑った。 その表情は、花火の光に照らされていた時よりも、ずっと柔らかく、ずっと近くにあるように感じられる。 ああ、そうか。この人も、演じている部分があるのかもしれない。 “普通”の輪の中で、異性や友達に振る舞いながら。 「岳クンはさ、ああいう場所だと、無理してるのがすぐ分かるね」 「……そんなに分かりやすい?」 「うん。割と顔に出てる」 即答されて、思わずお互い、苦笑いがこぼれる。 沈黙が落ちる。 けれど、それは先程のような、やり過ごさなければならない気まずい時間ではなく、 お互いの本音を少しだけ分け合ったあとの、心地よい静寂。 深夜の住宅街を照らす街灯のオレンジ色が、二人の影を長く引き延ばしていた。 もうすぐ、あの賑やかな部屋に戻る。 そう思うと、この何でもない夜道が、永遠に続いてほしいような、そんな切ない場所に思えてきた。 「岳クンさ、」 豪が、袋の中で缶がぶつかる音をさせながら、ふっと思い出したように言った。 ー続くー
岳(take) tweet media
岳(take)@tak5894

年末年始に実家に帰省した際、学生時代に手帳へ書いていた日記が出てきて、懐かしく読み返しました。 そこから、ふと当時のことを文章にしてみたくなり、書いてみました✍️ ノンフィクションなので、心の中を覗かれるような感覚ですが、良かったら読んでください👍 反応次第で続き載せますw ↓↓ 【序章】 「一緒に九州の列車、乗りに行こうよ。」 それは、何気ない会話の流れの中で、ふとこぼれ落ちた一言だった。 深く考え抜いて口にした言葉でも、劇的な決意を込めた誘いでもない。 けれど、その瞬間の空気の揺らぎだけは、今でもはっきりと覚えている。 その一言が、あの卒業旅行の、すべての始まりだった。 豪(ゴウ)は、いつもの落ち着いた表情のまま 「いいよ」 と短く答えただけだったけれど、 その小さな頷きは、ボクにとって想像以上に大きな出来事だった。 この誘いは、ボクにとって単なる「卒業旅行」ではなかった。 大学生活の締めくくり、という言葉では片づけられない、 言葉にできない何かを含んでいた。 そして、ボクたちの関係が、のちに思いもよらない形になるなんて。 あの頃のボクは、想像することさえしていなかった。 ⸻ 【第1話 普通の人間】 同じ大学に通っていても、 ずっと近くで過ごしていたわけじゃない。 入学したばかりの頃、ゼミの説明会で見かけた豪は、 「熊みたいに大きな男がいるな」 それくらいの印象だった。 ボクは細身で中性的、どちらかと言えば物静かで、目立たないタイプ。 豪のようにスポーツができて、 自然と人が集まる男とは、住んでいる世界が違う。 最初から、そう思っていた。 お互いに存在を認識してはいたはずだけど、 連んでいる友人グループも違っていて、 豪の周りはいつも明るく、垢抜けた人たちで溢れていた。 その輪の中に、自分が自然に混じれる未来なんて、想像すらできなかった。 だからボクは、自分なりの距離感を守りながら、学生生活を送っていた。 ── 恋愛のことだって、ずっと曖昧だった。 高校三年のクリスマス。 友達の悪ノリで、放課後に 「それぞれ好きな女の子を別の場所に呼び出して告白する」 というイベントがあった。 断りきれずに参加したものの、 ボクには“好きな女子”が、そもそもいなかった。 周囲が落ち着かない様子でいる中、 ひとりだけ心が無痛で。 「自分はまだ、人を好きになる感情を知らないだけだ」 そう無理やり自分に言い聞かせて、 クラスのマドンナ的存在の子に告白した。 結果は当然、うまくいかなかった。 それなのに胸はまったく痛まなかった。 むしろ、どこか安心している自分がいた。 今思えば、あの時すでに、どこかで気づいていたのかもしれない。 自分は「みんなと同じ」ではない、ということを。 ── そんな自分が、豪ときちんと会話を交わした記憶が、 はっきりと残っているのは、大学最後の年の初夏だった。 豪のグループと親しい女子たちが、 「今度、隅田川の花火に行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」 と声をかけてきた。 なぜボクに声がかかったのかは分からない。 あとから聞けば、豪たちにも同時に声をかけていたらしい。 いつもとは違う、妙な組み合わせの花火見物。 女の子と遊ぶことなど、ほとんど経験がなく、最初は断るつもりだった。 そもそも地味で目立たない自分に、釣り合う人たちじゃない。 そんなふうに考えて、いつものボクなら断っていただろう。 けれど、その時だけは、何かを変えるきっかけになればいいと思い、 参加することにした。 花火当日。 学校の女子たちは、他校の友人まで誘っていて、輪はさらに広がっていた。 浴衣姿で集まった彼女たちに、 男子たちは分かりやすいほど浮き足立っていた。 ボクはといえば、帯を締め、裾を整えるのも大変そうだな、 そんな場違いな感想ばかりが頭をよぎっていた。 男子たちは、誰がタイプだとか、どの子が可愛いだとか盛り上がり、 当然のように豪もその輪の中にいた。 豪は、“普通の男”だ。 女子に囲まれていても気負うことなく、 名前を呼ばれれば自然に振り向き、当たり前のように笑って応じる。 それが特別なことだとも、思っていないようだった。 その様子を見ていると、胸の奥に小さなざらつきが残った。 それは、みんなが前へ進んでいる横で、 自分だけが立ち止まっているような感覚。 “人の数だけ普通がある” それは時に、誰かにとっては簡単で、別の誰かにとっては、残酷だった。 「岳(タケ)クン、どう? 楽しんでる?」 不意に豪が声をかけてきて、思考が途切れた。 気遣いなのか、それともよほど居心地の悪そうな顔をしていたのか。 どちらにしても、もっとあっけらかんとした性格だと思っていた豪の、 その優しさに一瞬、戸惑いを隠せなかった。 正直、楽しめているのかは、自分でも分からない。 やがて花火が打ち上がり、人の熱を含んだ夜が訪れる。 地元の街で上がる小さな花火とは、比べものにならない規模。 東京はこんなにも人が多いのかと、人並みに呑まれながら圧倒されていた。 巨大な音と、夜空に咲く光の花。 その度に一瞬だけ照らされる豪の姿に、どうしても目が引き寄せられた。 人の波の向こう。 屋形船の灯りに照らされる川面。 浴衣の裾を気にしながら歩く女子と気さくに話す豪。 きっと、こういう時間に慣れているのだろう。 夏の暑さのせいで汗ばむ視線の先には、 野球で鍛えたという太い腕と下半身、 友達との賭けに負けて坊主にした頭、 男臭い顔つきに夕方には濃くなる無精髭、 どれも自分には縁のない遠い世界のものだった。 壮大な花火に照らされたその横顔を、ボクは何度も盗み見ていた。 大学の中では、気づかないふりをしていた気持ち。 近づいてはいけないと、無意識に距離を置いていた相手。 その豪と、こうして同じ場所で、同じ夜風を感じている。 まさか、こんな日が来るなんて。 そして、花火のあと、みんなで食事をしているうちに、 終電を逃した数人が、豪の家に泊まる話になった。 豪は一人暮らしで、周囲はそれを当たり前のように話していた。 たぶん、それがいつもの流れなのだろう。 ボクには終電があったし、今日のメンバーと、まだそこまで親しいわけでもない。 そろそろ帰ろうと思った、そのとき。 「岳クンも、泊まっていけばいいじゃん」 無邪気な笑顔で放たれた豪のその一言に、不意に意表を突かれた。 深い意味なんてないことは、分かっていたはずなのに。 それでも、この一日のあいだに、ボクの中で曖昧だった“何か”が、 静かに形を持ち始めていた。 その瞬間、何かを考える理由を探す前に、 ボクはもう頷いていた。 ー続くー

日本語
10
3
454
64.6K
かっちゃん
かっちゃん@sadao39·
@tak5894 学生時代の岳さんの、恋の始まりの予感を連想して、自分の学生時代の同性に対するトキメキや、ドキドキを思い出しています。 この後の展開が気になります!
日本語
1
0
3
958
岳(take)
岳(take)@tak5894·
年末年始に実家に帰省した際、学生時代に手帳へ書いていた日記が出てきて、懐かしく読み返しました。 そこから、ふと当時のことを文章にしてみたくなり、書いてみました✍️ ノンフィクションなので、心の中を覗かれるような感覚ですが、良かったら読んでください👍 反応次第で続き載せますw ↓↓ 【序章】 「一緒に九州の列車、乗りに行こうよ。」 それは、何気ない会話の流れの中で、ふとこぼれ落ちた一言だった。 深く考え抜いて口にした言葉でも、劇的な決意を込めた誘いでもない。 けれど、その瞬間の空気の揺らぎだけは、今でもはっきりと覚えている。 その一言が、あの卒業旅行の、すべての始まりだった。 豪(ゴウ)は、いつもの落ち着いた表情のまま 「いいよ」 と短く答えただけだったけれど、 その小さな頷きは、ボクにとって想像以上に大きな出来事だった。 この誘いは、ボクにとって単なる「卒業旅行」ではなかった。 大学生活の締めくくり、という言葉では片づけられない、 言葉にできない何かを含んでいた。 そして、ボクたちの関係が、のちに思いもよらない形になるなんて。 あの頃のボクは、想像することさえしていなかった。 ⸻ 【第1話 普通の人間】 同じ大学に通っていても、 ずっと近くで過ごしていたわけじゃない。 入学したばかりの頃、ゼミの説明会で見かけた豪は、 「熊みたいに大きな男がいるな」 それくらいの印象だった。 ボクは細身で中性的、どちらかと言えば物静かで、目立たないタイプ。 豪のようにスポーツができて、 自然と人が集まる男とは、住んでいる世界が違う。 最初から、そう思っていた。 お互いに存在を認識してはいたはずだけど、 連んでいる友人グループも違っていて、 豪の周りはいつも明るく、垢抜けた人たちで溢れていた。 その輪の中に、自分が自然に混じれる未来なんて、想像すらできなかった。 だからボクは、自分なりの距離感を守りながら、学生生活を送っていた。 ── 恋愛のことだって、ずっと曖昧だった。 高校三年のクリスマス。 友達の悪ノリで、放課後に 「それぞれ好きな女の子を別の場所に呼び出して告白する」 というイベントがあった。 断りきれずに参加したものの、 ボクには“好きな女子”が、そもそもいなかった。 周囲が落ち着かない様子でいる中、 ひとりだけ心が無痛で。 「自分はまだ、人を好きになる感情を知らないだけだ」 そう無理やり自分に言い聞かせて、 クラスのマドンナ的存在の子に告白した。 結果は当然、うまくいかなかった。 それなのに胸はまったく痛まなかった。 むしろ、どこか安心している自分がいた。 今思えば、あの時すでに、どこかで気づいていたのかもしれない。 自分は「みんなと同じ」ではない、ということを。 ── そんな自分が、豪ときちんと会話を交わした記憶が、 はっきりと残っているのは、大学最後の年の初夏だった。 豪のグループと親しい女子たちが、 「今度、隅田川の花火に行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」 と声をかけてきた。 なぜボクに声がかかったのかは分からない。 あとから聞けば、豪たちにも同時に声をかけていたらしい。 いつもとは違う、妙な組み合わせの花火見物。 女の子と遊ぶことなど、ほとんど経験がなく、最初は断るつもりだった。 そもそも地味で目立たない自分に、釣り合う人たちじゃない。 そんなふうに考えて、いつものボクなら断っていただろう。 けれど、その時だけは、何かを変えるきっかけになればいいと思い、 参加することにした。 花火当日。 学校の女子たちは、他校の友人まで誘っていて、輪はさらに広がっていた。 浴衣姿で集まった彼女たちに、 男子たちは分かりやすいほど浮き足立っていた。 ボクはといえば、帯を締め、裾を整えるのも大変そうだな、 そんな場違いな感想ばかりが頭をよぎっていた。 男子たちは、誰がタイプだとか、どの子が可愛いだとか盛り上がり、 当然のように豪もその輪の中にいた。 豪は、“普通の男”だ。 女子に囲まれていても気負うことなく、 名前を呼ばれれば自然に振り向き、当たり前のように笑って応じる。 それが特別なことだとも、思っていないようだった。 その様子を見ていると、胸の奥に小さなざらつきが残った。 それは、みんなが前へ進んでいる横で、 自分だけが立ち止まっているような感覚。 “人の数だけ普通がある” それは時に、誰かにとっては簡単で、別の誰かにとっては、残酷だった。 「岳(タケ)クン、どう? 楽しんでる?」 不意に豪が声をかけてきて、思考が途切れた。 気遣いなのか、それともよほど居心地の悪そうな顔をしていたのか。 どちらにしても、もっとあっけらかんとした性格だと思っていた豪の、 その優しさに一瞬、戸惑いを隠せなかった。 正直、楽しめているのかは、自分でも分からない。 やがて花火が打ち上がり、人の熱を含んだ夜が訪れる。 地元の街で上がる小さな花火とは、比べものにならない規模。 東京はこんなにも人が多いのかと、人並みに呑まれながら圧倒されていた。 巨大な音と、夜空に咲く光の花。 その度に一瞬だけ照らされる豪の姿に、どうしても目が引き寄せられた。 人の波の向こう。 屋形船の灯りに照らされる川面。 浴衣の裾を気にしながら歩く女子と気さくに話す豪。 きっと、こういう時間に慣れているのだろう。 夏の暑さのせいで汗ばむ視線の先には、 野球で鍛えたという太い腕と下半身、 友達との賭けに負けて坊主にした頭、 男臭い顔つきに夕方には濃くなる無精髭、 どれも自分には縁のない遠い世界のものだった。 壮大な花火に照らされたその横顔を、ボクは何度も盗み見ていた。 大学の中では、気づかないふりをしていた気持ち。 近づいてはいけないと、無意識に距離を置いていた相手。 その豪と、こうして同じ場所で、同じ夜風を感じている。 まさか、こんな日が来るなんて。 そして、花火のあと、みんなで食事をしているうちに、 終電を逃した数人が、豪の家に泊まる話になった。 豪は一人暮らしで、周囲はそれを当たり前のように話していた。 たぶん、それがいつもの流れなのだろう。 ボクには終電があったし、今日のメンバーと、まだそこまで親しいわけでもない。 そろそろ帰ろうと思った、そのとき。 「岳クンも、泊まっていけばいいじゃん」 無邪気な笑顔で放たれた豪のその一言に、不意に意表を突かれた。 深い意味なんてないことは、分かっていたはずなのに。 それでも、この一日のあいだに、ボクの中で曖昧だった“何か”が、 静かに形を持ち始めていた。 その瞬間、何かを考える理由を探す前に、 ボクはもう頷いていた。 ー続くー
岳(take) tweet media
日本語
19
9
824
77K
つー
つー@gassugasuda·
本名でやってみた
つー tweet media
日本語
36
0
53
3.7K
だいじん
だいじん@Daijin3_hoyo·
全部に疲れた 自分に余裕がない 全て通知OFF 自分の機嫌が取れるまでは最低限にする
日本語
7
0
69
10.3K