

193(105888)
32.8K posts

@ysformen
リアリスト志向。日本保守党員です。 AI漫画や業務効率化をしたい。 ヴィパッサナー瞑想者。 Claude Codeを活用して色々作ります。




男のパンツ脱がせた時にビンビンになってなかったら「私を目の前にしてなんだそのだらしないち〇こは」と女はキレた方がいい




フォードのクソデカピックアップトラックで現れたクソデカテキサス兄貴がクソデカグリルで焼くクソデカ肉が食いたいの。


日本人は、 「信仰心」はあるけど、 「宗教心」がない。 神は何人でもいるだろう、と他人が拝む神を肯定しているけど、 唯一神以外を認めない、という教典を受け入れない。 日本人は、「神を型に填めてそれ以外を許さない信者と、信者が定めた神のあり方に従わされること」が窮屈なんだと思う。 人が定義した神のあり方(を記した教典)には大体矛盾があるが、それを指摘すると不機嫌になって暴力的について排他してくる器の小さい人間が仕切っている「宗教という作法」が気にくわない。 宗教は本来は「統治ツール」で、神という権威を笠に着て人を統べるためのツールとして発達した。ごく初期においてもそうで、戦争に負けなかった国ではたぶん今もそう。 日本は敗戦によって「政教分離」が行われた結果、宗教は統治ツールから公的には分離された。 今も宗教が統治にかかわることを忌避するし、自分の意志でなく宗教上の上位者による「神の意志の押し付け)を嫌う。 宗教(宗を強いる統治のやり方)は統治ツールから分離されたが、それを強いない信仰の部分は、「内心の自由」として否定されない。 正月飾り、鏡餅、初詣、どんど焼き、節分、彼岸、節句、七五三、願掛け、お百度、夏祭り、七夕、盆、罰当たりであることに怯え、誰も見ていないのに「お天道様には見られている」と自律自戒を自らに強いる。 信仰は残り、宗教の一部を成しているはずの行事は、統治ツールであったことからは解放されて、日常と境界が曖昧な習慣行事として続く。


ガソリン需要の抑制論に言及 - 自民幹部「国民の覚悟も」 news.jp/i/141082239976…


アメリカ人やさしいからXで「ウチのバーベキュー食べに来いよ!」って言ってる人の家にガチで行っても大丈夫だと思う。空港まで迎えにきてくれるだろうし泊めてくれるだろうし腹一杯肉を食わせてくれてクリスマスには家族の写真が入ったカードを送ってくれる。懐が深いんだよ。カリフォルニア民以外。

タイ人が日本のコンビニでカップラーメンのお湯を入れてから会計して注意されちゃったんだけど、タイではこれもオッケーなんで大目に見てください。 ってポストがありました。 ダメです。 タイじゃなくて日本だから。 「母国でOKなことは日本でもやっていい」 が普通になったら日本は終わります。

1ドル=160円をあっさり突破している… つい5年前の2021年には110円を切っていたのに




日本のツイッターに私を見つけてほしい! 友達になりましょう. 日本語を話せます! 😭