

ふみ
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@snitori
テーラワーダ系の瞑想を実践しています。 精神科専門医/指定医。精神療法(主にCBT、マインドフルネスの周辺)に関心があります。




以下引用 「よく知られる「五感」の区別がこれまで考えられていたほど明確でないことがわかってきた。人間の感覚システムは,相互に関連付けられており,これらを組み合わせたり,異種の感覚を混ぜ合わせるような形で人間は知覚をしている。 また,脳に損傷のある人は,特異な知覚能力を見せたり発達させたりする。目の不自由な人が,コウモリやイルカがやっているように,音の反響を利用して,障害物などを知ったりすることができる。このような例を通じて,人間の感覚・知覚の不思議な能力の手がかりが得られる。 たとえ健常者であっても,反響定位や共感覚といった多感覚の技能を,初歩的な形で備えている可能性がある。」


My book just came out in a Japanese translation. I’d be happy to speak to any classes or groups who happen to read it-

めちゃ勉強になりました👍️ 精神疾患における“記憶障害” 吉益 晴夫 高次脳研究 2025年 “解離性同一症の本質は,人格の分裂ではなく,記憶の分断である。そのため,治療の目的は人格の統合ではなく,記憶の共有であり,認知リハビリテーションの考え方を応用できる。” jstage.jst.go.jp/article/hbfr/4…



Xでよくバズる某精神科医の先生についての個人的な感想 ・ご本人の個人的な体験や、精神科のバックヤードで交わされるような「インサイダーあるある」話など、 ・一定の偏見、揶揄、スティグマが含まれるような内容を、 ・「断言」「全称命題」として、ポストする事が多い(一種のバズ構文)。 ・それに対して、(1)ハイポ同業者からの共感、(2)真面目な同業者からの批判や修正、(3)当事者からの憤慨や困惑、といったリプライや引リツなどがつく ・(2)について、有名で優秀なDrによるコメントは結構勉強になる・・・。有名アカウントがコメントすることで、さらに拡散する構造がある ・おそらく御本人は比較的賢い人で(結構鋭い指摘、知的なポスト、臨床的に妥当な知見も混じっている)、一部のポストでバズ構文を意図的に使っておられるのだと思う ・たとえば精神療法ディスや「自称PTSD」揶揄などは、「持ちネタ」として使いまわしておられるよう ・特にエンゲージメントを高めて稼いでいる形跡はなく、たぶん(一部は勤務中の)暇つぶしとして、評判や反応をながめて楽しむような、そんな動機づけでやっておられると予想 ・ただし、高名な精神科医からのコメントは、一定の「正の強化」にはなっているかも というわけで、「暇つぶしに、偏見混じりのジャンクなポストを、意図的に拡散させ、反応を眺めて楽しんでいる方」なのでは、と思う こういう構造があると思うので、私はこの方のポストはスルーするようにしている 頻繁にリプライなさる同業の先生方は、こうした構造に気づいておられるのかどうかは気になるところ

Xでよくバズる某精神科医の先生についての個人的な感想 ・ご本人の個人的な体験や、精神科のバックヤードで交わされるような「インサイダーあるある」話など、 ・一定の偏見、揶揄、スティグマが含まれるような内容を、 ・「断言」「全称命題」として、ポストする事が多い(一種のバズ構文)。 ・それに対して、(1)ハイポ同業者からの共感、(2)真面目な同業者からの批判や修正、(3)当事者からの憤慨や困惑、といったリプライや引リツなどがつく ・(2)について、有名で優秀なDrによるコメントは結構勉強になる・・・。有名アカウントがコメントすることで、さらに拡散する構造がある ・おそらく御本人は比較的賢い人で(結構鋭い指摘、知的なポスト、臨床的に妥当な知見も混じっている)、一部のポストでバズ構文を意図的に使っておられるのだと思う ・たとえば精神療法ディスや「自称PTSD」揶揄などは、「持ちネタ」として使いまわしておられるよう ・特にエンゲージメントを高めて稼いでいる形跡はなく、たぶん(一部は勤務中の)暇つぶしとして、評判や反応をながめて楽しむような、そんな動機づけでやっておられると予想 ・ただし、高名な精神科医からのコメントは、一定の「正の強化」にはなっているかも というわけで、「暇つぶしに、偏見混じりのジャンクなポストを、意図的に拡散させ、反応を眺めて楽しんでいる方」なのでは、と思う こういう構造があると思うので、私はこの方のポストはスルーするようにしている 頻繁にリプライなさる同業の先生方は、こうした構造に気づいておられるのかどうかは気になるところ




脳に損傷のある人は,特異な知覚能力を見せたり発達させたりする。これにより,人間が周りの世界をどう感知するかについて手がかりが得られる。 「五感を超えた力」 【別冊日経サイエンス255 新版意識と感覚の脳科学】 nikkei-science.com/sci_book/bessa…

一昔前に「気持ちや性格の問題で回収されがちなものの多くは、ちゃんと調べると貧血や甲状腺や血糖値の問題が隠れていたりするし、環境を変えるだけで別人のように変わるもいる」と言うものなら、そんなのは関係ない、全部気持ちの問題に決まっていると頭ごなしに切って捨てられがちだったのが頭ごなしに否定する人がだいぶ減ってきたように感じるので、身体や環境を見ろという話は、今や特殊な見方ではなくなく、認識の土台が少しずつ動いてきたのかも。

平井靖史「創造性とマルチタイムスケール」は、創造性を哲学の側から考える発表だった。記号的なプロセスにはコードブックがあるのに、そこから新しいものが出てくるのはなぜか。古典的な決定論(新しさはあらかじめある)と「神秘的な自由」(説明不能)のあいだで、自然主義的に「新しさ」を導けないかという問いが出発点にある。平井は世界モデルの更新を、末端のパラメータ調整にとどまる「浅い更新」と、ネットワーク全体の再編を伴う「深い更新」に分けた。後者における新しさとは可能性空間そのものの再編であり、それを実装する鍵がマルチタイムスケールにある。記号過程は安定したランドスケープ(コードブック更新の遅さ)を前提にしているが、ランドスケープの変化が記号過程自身の速さに近づき「断熱性」が喪失するとき、意味内容だけでなく、有意味と無意味の境界そのものが不安定化する。そこでは、意味付与はランドスケープの更新に対して(まさに断熱性原理ゆえに)事後的とならざるを得ず、何がそれを駆動したのかは遡及的にしか同定されない。新しさは自分を隠す。無意味だったものが意味化するが、意味に回収されたときにはもう新しくない。この事後性の強調が、発表の大きなポイントだった。
