けうゐ
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けうゐ
@e_eswe
博物学マニアです。 興味半分にドールをお迎えして、そしたら心を奪われました。だから一緒に博物学をしようと。ひかるちゃん、律花ちゃんとあれこれ探っていきたいと思います。
関西の南の方 شامل ہوئے Eylül 2019
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@kitano_tobi つまり地球が丸い、
と言う情報の正しさと同じように
アイヌは縄文人の子孫であり、北海道に昔から住んでいた、
と言う情報の正しさも認める、と?
どっちも現在科学の認めるところなのですが。
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@kitano_tobi それはねえ。
歴史への判断は確かに見方によって変わり得る。
でも人の集団の遺伝的情報なんかは科学的事実として捉えられるし、それに基づく判断はずっと揺らぎが少ないものだと思う。
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@takuya_k0909 「バスフィッシングは産業として確立されている」
のはなぜでしょう?日本に存在しないはずの魚を対象として、それが成立しているのはその分野の人達による勝手な放流が横行したからですね。
それをもとにした産業の正当性って?
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別にブラックバスを擁護したいわけじゃない。バス釣りやらんし
日本に本来いない生き物だという事も理解してる
でも答えが「殺すしかない」になる事には違和感がある
自然から減らす事が目的なら
管理釣り場・隔離池・水族館での活用なで別の方法も考えられるはず
外来生物=悪=駆逐してやる
この思考は少し単純すぎないだろうか
在来種を守る事が大事なら同じ命として外来種の扱いももう少し考えてもいいんじゃないかと思う
そもそも問題を作ったのは人間なのに責任を全部外来生物に押し付けて「殺せ」が正義になるのは少し怖いなと感じる
人間は人間の都合だけで他の生き物の命を奪っていいのかね?
栗林拓也@bell&joy@takuya_k0909
日本のバストーナメントが盛り上がらない背景には沢山の要因があると思います その中でもブラックバスが「特定外来種」であり、今もなお駆除され続け個体数が減り、殺されるべき存在であるとの一般認識があるのが凄い大きな問題であり、アメリカや他国と決定的に違う部分だと思う
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@raizin600 @tokompema いやいや、石器や土器を作るのは人類文化の歴史の普遍的な一定段階と認められるでしょうが、
「土器の表面に縄目で模様を付ける」
というのは土器として絶対必要なものでないわけで。むしろ『それがいい』と見なす集団がいた、と言う方は良さそうな。
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@e_eswe @tokompema “いやあ、縄文人は縄文式土器を作った連中、ということで1つの文化的世界、という感じはある。”
逆じゃね? 「縄の模様の土器作ってた時代に生きてた人を『縄文人』と呼ぼう」ってだけであって
それなら石器を作った連中は石器人になるやん
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意味不明。先住民族の定義を自分たちで都合よく変えただけの話ではないか。そもそも先住民とはその土地に先に住んでいた民ある事は明白だ。にも拘らず、縄文人やオホーツク人より後に北海道に来たアイヌだけが「自分達は先住民族だ」と騒ぎ「土地を奪われた」と被害者の立場を取るのは筋違いである。
マーク・ウィンチェスター/ Mark Winchester@archerknewsmit
デマを「正式の歴史」と称しても、そうはなりません。 そもそも国連「先住民族の権利宣言」第36条は、先住民族が祖先の土地にまたがって国境を越えて往来し関係を維持する権利を持つと定めている。国家はそれを保護する義務がある。先住民族を国家間政治の駒のように語る発想こそ、この原則に反します
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私は同意。
アイヌが北海道に住むようになったのは13世紀から。それに対して縄文人はそれ以前から北海道に住んでいた。
縄文人が先に住んでおりアイヌは13世紀から。こうなるとアイヌは先住民ではない。
竹田恒泰@takenoma
@nakanarumichi アイヌ人が縄文人より先に北海道に「先住」していたという根拠はどこにもありません。
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これ、割と早い段階で違和感として出てた奴だ。
「日本人は特定の宗教に阿らず、キリスト教も戴かない」
のが一般的だけど、
「キリスト教にこそ善悪判断の基準があるのに、それを学ばずに日本人はどうやって善悪を判断しているのか?」
「善悪の判断基準を持たないのだから、日本人は獣かそれ以下では?」
「神Godという絶対善を知らないのは罪では?我々が日本人を救わなければ彼らが可哀想」
だいたいこういう素朴な独善を持つ人が現れた。
日本人にも善悪道徳の判断はできてるけど(社会の治安状況は一神教社会よりも良い)、日本人自身には、それが何に根ざすのかがうまく説明できなかった。
整備された特定の宗教に基づいていないため、日本人自身がそうである理由をうまく説明できなかったから。
「神道」との対比になったのもたぶんそのせい。
神道に登場する神Kamiの概念をうまく説明できなかった、或いは通じなかったのは、
・前提となる環境(地理気候風土)の求める必然の違い
・翻訳では伝わりにくい表意文字言語と表音文字言語の文化的ギャップが、grok翻訳で却って分かりにくくなった
・依って立つアイデンティティ、自己の正当化もこれら説明しにくく、分かりにくいものの上にある
・相手を理解する努力の熱量の差(日本人は一神教を理解しようと試み、一神教の布教者は相手の土俵に近づかなかった)
などがあった。
これらは文明の衝突の再放送のようなもので、言葉が通じるだけで、ジョン万次郎や弥助が、三浦安針や小泉八雲になれたわけではない、ってことかも。二人のケビンとデイブ・スペクターとかも。
ペリーもさぞかし苦労しただろうし、白洲に食ってかかられた人たちの苦労が忍ばれるなw
財油 雷矢(五人衆ならザンクルス)@raiya_z
@azukiglg 逆に神に頼らないと、やっていいことと悪いことの区別もつかんのかとは思うw
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