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フェリックス清香
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フェリックス清香
@SayakaFelix
ライター・ブックライター・翻訳者・編集者|日仏国際結婚|子なし 構成を担当した本:『理念経営2.0』、『ウェルビーイングの魔法』、『学びをやめない生き方入門』など 好き→文学&児童文学、ギフト経済、発酵、アート、合気道。ここは今は周囲と自分の告知がメイン、滞在時間短め。🦋青空が今は好き。 #私的児童文学100のリスト
世田谷区ーフランスの南側 Katılım Haziran 2011
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12年も愛用しているこのピアス、昨日買い物をしていたらマダムに急に呼び止められて、「そのピアス、とてもステキ!どこで買ったの?刺繍でしょう?」と言われた。東京のNPO難民支援協会で買ったんです、クルドのあたりの伝統的な刺繍なんですと伝えた◎
フェリックス清香@SayakaFelix
トルコ・クルドなど中東の辺りの伝統工芸イーネオヤを使ったピアス、買っちゃった。手作り。しかも、日本に逃れてきた難民が作ってるの。軽くてかわいいし、なんと洗える!
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元VCの住職がたどり着いた、違いを活かして価値を生む関係性のつくり方|弦本 卓也 - 場所とコミュニティが描く未来|NewsPicks newspicks.com/news/16601141/… #NewsPicksトピックス
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カザフスタンのイリ・アラタウ国立公園では、野生のリンゴ Malus sieversii が開花中🌸
実はこの木、世界中のすべてのリンゴの原種とされ、DNA研究でも確認されています。
まさに“リンゴの故郷”🍎✨
ちなみに、「アルマティ 」という都市名は“リンゴの里(場所)”という意味なんです。
📸 Instagram:@dots_foto
#カザフスタン #絶景 #自然 #春 #花 #リンゴ


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詩10篇、短編小説1篇を私自身が選んで翻訳し、リーフレットを制作しました。「選ぶ」という行為はとても緊張感を伴うものですが、とてもよいものになったと思います。吉川凪さんの訳詩も収録しました。このリーフレットを羅針盤にして、イ・ジャンウクさんの作品世界を旅します。ぜひご参加ください。
CHEKCCORI@chekccori
⋱ 参加無料!⋰ 5/6(水・祝)11:00-12:30 【店内+オンライン】 詩と小説の船でイ・ジャンウクさんの作品世界を旅してみよう! 詩人・小説家・文芸評論家・翻訳家と幅広い分野で活躍するイ・ジャンウクさん。 翻訳家の五十嵐真希さんの司会で作品、人となりに迫ります。 chekccori260506.peatix.com
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あゆみ書房刊行『巣 日記アンソロジー 年の瀬せいかつ』。念願だった「日記屋 月日」さんでの取り扱いも始まってとても嬉しいです。本書デザイナー夫妻や写真家、新進小説家や人気作家のスピード感ある日記・エッセイをお楽しみいただきたいです。ぜひ。
日記屋 月日@nikki_tsukihi
<新入荷> 書くこと、撮ること、創ることなど、それぞれのかたちで日々表現を続けている17人による日記アンソロジー。 2025年12月21日から2026年1月3日までの二週間を、参加者それぞれが自由な形式で綴っています。 年末年始という季節ならではの空気が、さまざまな筆致で立ち上がってきます。
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📯増刷決定📯
新著「学校を休んだ日は本をひらいて」当初予定の初版より増刷しての発売が決定しました‼️
予約してくださったみなさま、本当にありがとうございます😭
学校が苦手な子、苦手だった大人、不登校…、すべてのきみに贈るブックガイドです。
shufu.co.jp/bookmook/detai…

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人はつい、外側に答えを求めてしまう。
どこにいれば正しいのか、何を選べば間違いがないのか、誰のようであれば周りに認められるのか。
環境が変われば答えも変わるし、一緒にいる相手が変われば、自分の輪郭まで曖昧になってしまう。
本当に拠り所にすべきものは、もっと手前にある。
自分の感覚である。
居心地の悪いところからは立ち去る。
自分の資質に合わないことはやらない。
いちいち自分と人を比べない。
「こうすべき」「こうあるべき」といった、べき論をいったん脇へ置く。
ぐるぐる考え続けるのではなく、つべこべ言わずに、自分の体感に即して決める。
そういう態度を一言で言えば、「自足」の感覚をつかむ、ということなのだろう。
自足の感覚をつかむこと。
それが、あらゆる意思決定の根拠になる。
自分にとって何が気持ちよく、何が気持ち悪いのか。
誰といると自然に笑えて、誰といると息苦しくなるのか。
何をしているときに身体がひらき、何をしているときに身体がこわばるのか。
とりわけ若いうちに、自足の感覚をつかむことには大きな意味がある。
若いときほど、人は外の評価に振り回されやすい。社会の基準、同世代の比較、成功のテンプレートのようなものに、自分を合わせようとしてしまう。
だが、その作業をどれだけ熱心にやっても、自分の感覚が置き去りになっていれば、どこかで息が続かなくなる。
だから、自足の感覚を育てるために時間や注意力を使うことは、決して回り道ではない。
むしろ、その後の人生を支える土台になる。
これは、「心」の問題というより、「身体」の問題だ。
気の持ちようとか、ものの見方のような抽象的な話ではない。
もっと具体的で、逃れようのない話である。
身体は正直だ。合わない場所では固くなり、合う場所ではゆるむ。無理をしているときには呼吸が浅くなり、納得しているときには呼吸が深くなる。
頭ではごまかせても、身体は案外ごまかせない。
正論も、常識も、誰かにとって有効だった方法も、自分を救ってくれるとは限らない。
必要なのは、自分固有の感覚をつかむことだ。
自分の身体に意識を向けること。そして、その身体が拠って立っている、もっと大きな生態の循環へと感覚をひらいていくこと。
瞑想という営みも、本来はそういうものなのかもしれない。
立派な思想を身につけることではなく、自分の内と外に流れているものを、そのまま感じ取れるようになること。
社会やシステムは便利ではある。
多くのものを与えてくれる。
だが、自足の感覚だけは、どこからも与えられない。
制度も、評価も、他人からの承認も、それに代わることはできない。最後は、自分の身ひとつでつかむしかない。
一言で言えば、「猫を師とせよ」だ。笑
猫は、居心地の悪い場所に無理してとどまらない。
合わない相手に愛想を振りまかない。
眠いときには眠り、縮こまるべきときには縮こまり、のびるべきときにはのびる。
その素朴さは、案外、人間がいちばん失いやすいものなのかもしれない。
正しさよりも先に、まず自分の身体は何を感じているのか。
そこに留まり、静かに確かめることからしか、自分の人生は始まらない。
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