柴田 康博
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大学一年生の時、”ケーキを売る菓子屋店の社長が外車と映っている記事”を目にする ↓ 「これだ!」と思い、ケーキ職人を志す ↓ 店を持とうと大学中退 ↓ 資金を得るため最も給与が高い仕事を探す ↓ 月収50万のトラック運転手になり、早朝から深夜まで働く ↓ 気付くと貯金が600万円に ↓ ↓ ↓ 深夜に寝泊まりしていたトラックターミナルの近くで、若い男女が軽トラ居酒屋をやっていた ↓ 店を営むその二人の会話に癒される ↓ ただ売るだけじゃない、“人が集まる場所”に心を奪われる ↓ ↓ ↓ こんな憩いの場を自分も作りたい! ↓ 居酒屋に夢が転じる ↓ 引き続きトラック運転手として無我夢中で働き開業資金を貯める ↓ ↓ ↓ 地元に戻り、念願の焼き鳥居酒屋「トリドール3番館」をOPEN ↓ 生涯に焼き鳥屋を3店舗持ちたい、との想いから”3番館”と名付ける ↓ 同時に偶然再会した幼馴染と結婚 ↓ 二人で夢を追いかける ↓ ↓ ↓ 30代後半の時、父の故郷の丸亀市に立ち寄る ↓ 焼き鳥店で串に刺すタマネギの畑を視察した帰り ↓ その際、異常なまでに行列が続く店に遭遇 ↓ 「なんで、こんなに並んでるんだ…?」 ↓ 香川特産の ”讃岐うどん” の店だった ↓ ↓ ↓ このことをきっかけに讃岐うどん店も展開しようと考える ↓ 2000年11月「丸亀製麺」1号店を加古川市に開店!!! ↓ 名前の由来は「父の故郷の丸亀と、長寿の象徴の鶴亀の亀に丸というのが縁起がいい」との理由から ↓ ↓ ↓ 2004年1月、鳥インフルエンザの影響もあり、焼き鳥屋から緩やかにうどん屋へシフトチェンジ ↓ 2006年、東証マザーズ市場へ上場 ↓ 2007年、うどん店の売上が焼き鳥店を上回る ↓ 2008年12月には東証一部へ昇格 ↓ ↓ ↓ 2011年ハワイ出店を皮切りに海外へ進出 ↓ 外食大手が雪崩を打つように閉店を発表したコロナ禍でも閉店はゼロ ↓ 現在は、国内外に1,000店舗以上を構える、最も成功したうどんチェーンに!!! ↓ ↓ ↓ 最初に描いた夢とは、まったく違う場所にたどり着いた ↓ でも、“人が集まる場所を作りたい”という本質は、一度もブレていない ↓ ↓ ↓ 選んだ手段よりも、貫いた想いが人生を作る 渋谷の一等地に豪華なオフィスを作った理由を「外食企業はつらいというイメージが先行しがち。そのイメージを刷新して多くの業界から有能な方々に集まっていただきたい」と話すのは、 株式会社トリドールホールディングス 代表取締役社⻑ 兼 CEO 粟⽥ 貴也さん!











